穏やかな昼下がり。
暖かな陽溜り。
獄寺は今、ささやかな幸せの中にいた。
平和な日常。その隣には…恋仲である、リボーンの姿。
リボーンはつい最近まで呪われており、誰とも一定の距離を保ち……誰よりもみんなことを考えていながら、誰よりも遠くにいた。
数多くの愛人を持ち、それより多くの教え子を持ちながら。皆を纏め、支え、安心させながら……
リボーンはみんなの中心にいながら、誰よりも孤独だった。
リボーンは、諦めていた。
呪われたその身を受け入れた時から、大事なものを持つことを諦めた。
呪いが周りにどのような影響を与えるのか分からない。
もしかしたら…呪われた自分が。呪いに負けて。呪いに呑まれて。その人を殺してしまうかもしれない。
そう思ってしまったら。そう思いついてしまったら。誰かに―――ましてや大事な人に心を開くなんて。とても、とても。
常に命を狙われていながら、死ねぬ身体。歳を取らぬ赤子の肉体。にもかかわらず常人離れした身体能力。
化け物だと言われるし、自分でもそう思う。
だけどそんなリボーンの周りには常に彼を慕う誰かがおり―――中でも気付けば傍にいたのが、獄寺だった。
リボーンは獄寺を、避けていた。
9代目に託されたツナが第一だとか、日本生まれで才もある生徒の方を鍛えた方が効率的だとか、様々な理由を付けて。
無論獄寺もリボーンの生徒のひとりであるため、接する機会もあったが…わざとずれたことをしたり、最低限の会話だけで済ませたりと見るものが見れば明らかに他の人間と対応が違っていた。
聡明なる獄寺が気付いていないわけがない。
しかし獄寺はそれでも常に笑顔を絶やさず、リボーンの傍にいた。
根負けしたのは、意外にもリボーンで。
最初にその鉄の心が揺らいだのは、ツナを庇った獄寺が柿本千種の毒に倒れたとき。
そのような事態、当たり前に起こり得ることだった。ツナを盲信する獄寺が、ツナを悪意からその身を持って守ることなど想像するに固くない。
だというのにも関わらず。
元より獄寺はマフィアで。死ぬことについて誰よりも覚悟が出来ていて。こんなこと、いつかは起こると分かっていたのに。
リボーンの心は、揺らいだ。
その後も身体を立て直し、黒曜に挑む獄寺を見て気が気じゃなかった。
戦い、傷付き、倒れ、立ち上がり…血を流し続ける獄寺。
呪いとは別に、掟に縛られるリボーンはツナが骸を倒すまで獄寺に駆け寄ることすら出来なかった。
それが、始まり。
続いて、対ヴァリアー。嵐戦。
策を講じ、死地の中から逆転し。勝利を収めたと思われる獄寺が思わぬ奇襲をくらい、狂人と化したベルフェゴールに猛攻を食らった時。
あの時。獄寺は勝利のために命を落としてもおかしくはなかった。実際直前まで死ぬつもりでいた。
その時。人知れずリボーンの胸を占めた感情の渦。
長く特別を作らず、あくまで中立の立場で居続けた彼が自覚した思い。
けれどそれを、今更認めるわけにはいかなかった。
頑固にも意志を貫こうとするリボーンだが、それもあえなく瓦解する。
未来に飛ばされた先の話。辺りを偵察に出た獄寺。
仲間と軽口を叩き合いながら隠れアジトを発った獄寺は……瀕死の重傷で戻ってきた。
敵に遭い、交戦し、破れ…拷問を受けたのだと、聞いた。
機密を守るため。ツナを、ファミリーを守るため。殺される寸前、増援が来るまで、獄寺は口を閉じ続けていた。
安易に想像が付く。
獄寺は殺されることになっても、口を割らなかっただろう。
リボーンは外に出れぬその身を恥じた。
何がアルコバレーノ。何が最強。教え子一人何度も瀕死にされ、守ることも代わりに戦うことも出来ず、何が伝説のヒットマン。
獄寺が意識を取り戻すまで、リボーンは獄寺の看病をしていた。つきっきりで。眠らず、休まず。
もう自分を偽れない。
リボーンは、獄寺に好意を持っていた。
呪われし身体で、持ってはならぬ感情を抱いてしまっていた。
獄寺は変わらずリボーンの傍で笑いかけ。
リボーンも獄寺を認め、近付いてはならぬ…と思いながらも獄寺と話し、獄寺に触れるようになる。
その微かな変化に気付いたものは、果たしてどれだけいただろう。
そして…そして。
例の、あの出来事により……リボーンの、アルコバレーノの呪いが解けた。
獄寺もまるで自分のことのように喜んでくれ…そして、今二人は身を寄せ合っている。
想いを告げたのは、どちらが先か。同時だったような気もする。
どちらも、こんな自分なんかでいいのかと戸惑い…けれど二人とも同じ気持ちで。
今、二人は同じ時間を共にしている。
二人の間に、特別なイベントなど必要ない。
ただ、傍にいられれば。そのぬくもりを感じ合えれば。
それだけで、幸せ。
そんな二人の幸せは、ひとつの足音で壊れてしまう。
ザッと草を踏む音。誰かの来客。二人の世界の空気が霧散し、現実へ帰還。
現れたのは……
「…あれ? ボンゴレの嵐くんじゃん」
ヴァリアー幹部である、ベルフェゴール。
「………」
眉を寄せ、顔をしかめさせる獄寺にベルは馴れ馴れしく近付き、声を掛けてくる。
「なーにしてんの、こんなとこで」
「てめーには関係ないだろ」
笑いながら軽く言うベルに、不機嫌そうに重く言う獄寺。
髪の色も相まって、二人は対極に見えた。
「なんにもしてないの? なら、オレと遊ぼうぜ?」
「絶対に嫌だ」
にべもなく断る獄寺に、ベルは面白そうに笑う。
「オレにあんな目に遭わされておいて、そこまで言えるのはあんたぐらいだよ」
あんな目。
思い出されるのは対嵐戦の、最後の光景。
正気を失ったベルに押し倒され、殺されそうになる獄寺。
「ま、その強気な言葉は恐怖を押し殺してかな? オレ自分の血を見ると記憶吹っ飛ぶけど、不思議なことにあの時だけはひとつだけ覚えてたんだよね」
なんだと思う? と獄寺を覗き込むベル。
「あんたの怯えた眼だよ」
「………」
獄寺は手を拳にし、力を込める。
それはまるで、震えそうになる身体を無理やり抑えるような。
「まーまーまーそう恥ずかしがることはないって。そりゃ殺されそうになったら誰だって怖いんじゃね? オレには分かんねーけど」
だってオレ王子だし。なんて。いつものお決まりの台詞。
「あの時の眼…もっかい見せてよ。今度は記憶飛ばさないで、あんたが恐怖に怯えるさまをしっかりと眼に焼き付けたいんだから」
「……………ベルフェゴール」
じんわりと嫌な汗を掻いている獄寺の握り拳をそっと手で触れながら、リボーンが静かに告げる。
「いい加減に…」
しろ。と言いながら銃を撃とうとするリボーンだったが、それより前に。
「う"ぉお"おおおおおおおい!! ゴラァ!! ベル!!!」
大声が。
辺りの空気を壊すかのような、それまでの雰囲気を塗り替えるような大声が響いた。
思わず硬直する三人の前に声の主たるスクアーロが現れ、ベルを張り倒す。
「抜け駆けは厳禁だって言っただろうがぉああああああああ!! 何考えてんだ!!」
「し…ししっ、そんなの知らないね。だってオレ王子だし―――いてっ」
減らず口を叩くベルの頭に更に拳が飛ぶ。その向こうからは妙に身体をくねくねさせた筋肉質な男が。ようはルッスーリアが。
「はぁい獄ちゃん! ご機嫌よう。うちのベルちゃんにセクハラされてなかった? 大丈夫?」
くねくね。くねくね。
変な動きをするルッスーリアに思わず視線が行く獄寺。ルッスーリアは頬を染める。
「ってやだ! もう! 獄ちゃんどこ見てるの!? そんなにアタシのこと……もーやだぁ!! 照れちゃうわ!!」
照れ隠しなのか、(本人にとっては軽く)腕を振るうルッスーリア。
リボーンは獄寺の腕を引き位置をずらせる。続いて、先程まで獄寺の肩があった場所にルッスーリアの拳が飛び、背後の大木に穴が空いた。
思わず背筋を震わせる獄寺の横から、今度は幼い声。
「まったく、基地外に馬鹿。それから勘違いに迫られるなんて災難だね? えっと…獄寺くん」
「お前は…マーモン」
「バイパーだって。…まあ、どっちでもいいけど」
マーモンが獄寺を見上げ…その顔を正面から見てしまい、硬直する。
「…? どうした?」
「な、なな……なんでもないからあああ!!!」
耐え切れず、マーモンは走り去った。幻術とかではなく、普通に足を使った。
マーモンは、超照れ屋だった。
「………?」
何がしたかったのかよく分からないまま行ってしまったマーモンを見る獄寺は、唐突に威圧感と迫力を感じる。
振り返れば、そこにいるのは彼らヴァリアーを締めるボス。
ザンザスが、そこにいた。
「…ボンゴレファミリー嵐の守護者、獄寺隼人」
静かに告げられる声に、押し潰されそうになる。
それでもそんな顔を見せるわけにもいかず。獄寺は平気なふりをしながら先を促す。
「なんだ」
「…時間があったら…ヴァリアーアジトに来い」
「何?」
突然の提案に疑惑を抱く獄寺。
一体、何故。何のために。
「ベルの公開処刑を見せてやる」
「え!? オレ!? なんで!?」
ザンザスの言葉に驚いたのはベルで、しかし周りは当然とばかりに頷いている。
「当たり前じゃない、獄ちゃんをあんなに痛めつけて」
「いやあれ試合だし!? 勝負なんだから傷付くの当然だし!? ていうかオレだって怪我したし!!」
「お前自分の血を見て正気失っただけだろ。いい加減制御しろって言ってるのに未だに出来てねえし、もういい。死ね」
「いやいやいやいや!!!」
本気で慌てているように見えるベルに、どうやら本気で処刑するらしいと察する獄寺。
「だが…何故、今……?」
「そりゃあ、お前と仲良くなるための口実じゃないか?」
と、獄寺の声に応えるのはヴァリアーの人間ではなく、別の人物。
その声にも聞き覚えがある。見れば、思った通りの人物がそこに。
「γ…」
「よお。賑やかだな」
場違いなほど余裕な空気を纏わせ、その場に立つγにヴァリアーの面々も目を向ける。
中でもこのままだと殺される流れのベルは喜々としながらγの隣に立った。
「お、あんた知ってる。ミルフィオーレファミリーのγじゃん。あの嵐くんを拷問したんだって?」
「この世界のオレじゃないがな」
肩を竦めるγ。
「ねーねー、嵐くんどんな様子だった? 死に怯える顔してた?」
「そんな顔はしなかったな。ずっと強い意志を秘めた眼でオレを睨みつけていた。なのにだんだん抵抗しなくなる身体が可愛くてな」
「おお! いいねいいね。その話もっと聞かせてよ」
「そうだな…」
やれ剥いだだの破っただの。潰しただの抉っただの。食らわせただの浴びせただの。不快な単語が飛び散る。
その時の状況を、空気を、苦痛を、屈辱を思い出してか、獄寺の身体が密かに強ばる。気付いたのは獄寺に触れていたリボーンのみだろう。
獄寺は別段、γを恨んではいない。怒ってもいない。
獄寺とてγと同じ立場、同じ状況に立ったなら同じことをするだろう。たとえ相手が子供であろうとも、敬愛する10代目のためならば。
しかし。
身体が覚えてしまった恐怖は、拭おうと思って拭えるものではない。
顔色が悪くなっていく獄寺。
黙らせようと、リボーンがγとベルを睨んだとき…
「―――γ」
幼い、声。
威圧感があるわけではない。迫力があるわけでもない。
大きいわけでもなく、主張が強いわけでもない…周りに流されそうな、声。
だというのに、その声は辺りを包み話に熱中していたベルですら思わず言葉を失う。
その場にいる全員が声の主を探す。
程なくして見つかったのは、白き少女。
呪いが解け、今は普通の女の子となった―――ユニである。
ユニは隣に白蘭を従えさせ、可憐な花のような笑顔と共にγに告げる。
「その不快な口を閉じなさい」
あれ?
ユニって、こんなキャラだっけ?
獄寺は内心で首を傾げた。
「ひ、姫…何故ここに」
流石に愛する姫に拷問の話を聞かせたくなかったのか、それとも少しばかり獄寺に配慮が足りなかったかと気付いたか、気不味そうにしながら慌ててユニに問いかけるγ。
ユニは変わらず笑顔のままだ。まるで動物の戯れを見ているような。
「私は獄寺さんに会いに来たのですが、γは何故ここに?」
「い、いえ、オレも…獄寺に、会いに」
「拷問の話を聞かせに?」
「………」
表情と台詞が合ってない。
穢れを知らぬ乙女の笑みで、口にするのは生臭い拷問の話。
「一体何を考えてるんです? そんな話を獄寺さんの前で…いいえ、誰の前であろうとするなんて」
「す、すみません、姫…」
「私に謝ってどうするんですか?」
「わ、悪い獄寺…」
「私に言われたから謝ってるんですか?」
「………」
次々とγを狙い打つユニ。相変わらず、その守ってあげたい笑顔のままで。
硬直し、固まるγの脇をすり抜けユニは獄寺の前に立つ。
「……すみません獄寺さん。うちのγが大変無神経なことを…」
「い、いや、構わねえ」
完全に引いてる獄寺に気付かず、ユニは続ける。
「いえ、私が許せません。私の騎士でありながら、私の獄寺さんにこんな無礼を働くなんて……」
今さり気に「私の」と言ったユニだが、誰からも突っ込みはない。恐ろしくて。
「私の方から罰を与えておきますので、どうかそれでお許し下さい」
「い、いや…だから、怒ってないから……」
「ああ…獄寺さん……なんてお優しい」
「ち、ちなみに…どんな罰なんだ?」
ユニに過剰なまでにビクビクしながら、獄寺はユニに聞く。
ユニは満面の笑顔のままに「罰」の内容を告げる。
「すべてのパラレルワールドのγに、γが昔……未来? に獄寺さんにした拷問と同じ拷問を受けてもらいます」
容赦ねえ。
全員が心の中で突っ込んだ。
γは冷や汗を掻いている。
「そ…それは……厳しいんじゃねぇか? 中にはオレと関わりのないγだっているだろうし……」
「本当に優しいんですね獄寺さん。でもこれでも私、甘くしてるんですよ?」
それで甘いのか。
恐ろしいことを言う娘だった。
「本当は、すべてのパラレルワールドのγを瀕死の重傷まで傷付けて、回復して、また瀕死の重傷まで傷付けるのを一万回ほど繰り返したあと新宿三丁目辺りに放置したかったんです」
本当にあれはかなり甘くしてくれていたようだった。
さらりと言ってのけるユニが更に恐ろしい。
「でも…すべてのパラレルワールドに干渉するなんて、どうやって……」
ユニはにっこり笑って隣の白蘭を見た。
「僕の力を使えば楽ちんだよ〜」
「お前は監視されてるんじゃなかったのか」
「ユニちゃんのためなら何でもやるよ〜」
白蘭はいいように使われていた。
白蘭はもう害はないと言われているのは本当だろうが、肝心の白蘭が慕うユニに害がありまくりだった。
むしろ、常に白蘭に付いているといわれている監視は実はユニに付いているのではあるまいか。
そんなことすら考えさせられた。
「なので、ご安心ください」
「いや…」
ちっとも安心出来なかった。
「ここではなんですから、場所を変えましょう。特等席で特別ショーを一緒に」
見たくなかった。
今説明された特別ショーなるものを見せられた日には、間違いなく精神が崩壊する。
「えっと…」
「待ちな。小娘」
制止の声をかけたのは、ザンザス。
「そいつはオレたちと先約があるんだ」
ねぇよそんなの。
「そうそう、ベルちゃんの血祭りショーをこれから見るのよ♪」
勝手に決めるなよ。
「あら、でしたら僭越ながらベルさんへの罰もγと一緒に与えますが」
「え!!」
鈴のように笑いながらユニがそう言えば、ベルがぎょっと驚く。まさか自分にも厄災が降りかかるなんて。
「甘ぇな。殺さず済ますなんて、甘すぎて反吐が出る。流石はガキだな」
「まあ。殺して差し上げるだなんて、ザンザスさんってとてもお優しいんですね」
本当怖いなお前は!!
「では…そうですね。ここはお約束に、獄寺さん本人に決めて頂きましょうか」
「上等だ」
対面しあってたヴァリアーとミルフィオーレの人間が一斉に獄寺を見る。
「獄寺さん、私たちとお茶とお菓子を摘みながら、面白いものを見ましょう」
邪気の全く感じられない顔で、ユニ。しかし彼女の言う面白いものは絶対面白くない。
「さっさとアジトに行くぞ。今レヴィがひとりでせっせと頑張っているはずだ」
「別にレヴィとかどうでもいい」
「そうだな。まったくその通りだ。レヴィなんてどうでもいい」
哀れ。レヴィ。
「……で、どっちについていくかだって? 悪いんだが、オレは今リボーンさんと二人きりで楽しんでいたところだ。だから…」
ひょい、と獄寺は今までずっと、獄寺に付き添い共にいた愛するリボーンを胸元に抱き寄せる。
それを見て、周りは一斉に驚いた。
どうやらリボーンの存在に今まで本気で気付いていなかったらしい。
その後、切れたリボーンが暴走するという出来事があったが、それも収まり。
ヴァリアーもミルフィオーレも、獄寺とリボーンの仲を邪魔するつもりはなかったらしくあっさりと引き。
しかしちゃっかり獄寺にいつか遊びに来るように約束を取り付け。
獄寺は呆れ、疲れた表情でベルとγを許してあげたらそのうち行くと言って、二人を救ったのだった。
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この日、この場にいた彼らはユニを敵に回してはならないと悟った。
リクエスト「リボ獄←←←←←ヴァリアーorミルフィの話お願いします!!」
リクエストありがとうございました。