月が雲に隠れて暗い夜。
「はぁ…」
獄寺はため息をひとつ吐き、木に背を預けた。
思わず気が緩む。筋肉が弛緩してか、傷口から血がだらだらと流れ出した。
額から。首筋から。腕から。脇腹から。足から。
現在仕事の帰り道。任務は完了したがこちらも深手を負ってしまった。
まぁ、命に別状はないだろう。多分。
昔から何だかんだで悪運だけは強かった。生きている。うん。大丈夫。
息をもう一つ吐いて、歩き出す。背を付けた木には血がべっとりと付いていた。
ちょっとだけ意識が朦朧として、視界が霞んでいるけど気にしない。
ボンゴレアジトまでもう少し。得意の気合と根性で辿り着こう。
敷地内まで入る。
すると見慣れた影が現れた。
「よう」
「え…?」
聞きなれた声。雲が風に流され月が出てくる。その人の姿が露になる。
「リボーンさん?」
「随分とボロボロだな」
笑いながら言われ、獄寺は少し恥ずかしくなる。
こんな情けない姿、誰にも見られたくなかったのに。特に、この人には。
「ほら」
リボーンが近付き、獄寺の傷口を拭う。
「え?」
「手当て。自分は大丈夫だとでも思っているのか? やばいぞ。お前」
リボーンが獄寺を抱きかかえる。
「え!? り、リボーンさん!?」
「運んでやる」
「一人で歩けますよ!?」
「いいから」
有無を言わせず獄寺を運ぶリボーン。
獄寺は羞恥の余りに暴れ、無駄に傷口を開かせた。
「こら、暴れるな」
「ですが…!!」
「大人しくしろ」
「………」
獄寺はまだ何か言い返したかったが、リボーンのスーツに自分の血が染み付いていっているのを見て流石に言葉を噤んだ。
黙って運ばれているうちに、なんだか眠くなってきた。人肌の暖かさがそうさせるのだろうか。
「……………」
目蓋が、重い。
「………―――――」
「…獄寺?」
リボーンの声が、遠い―――
目が覚めると、ベッドの上だった。
「………」
一瞬状況が掴めず頭が空っぽになる。
とりあえず起きようとして、身体が軋んだ。痛い。それでようやく思い出した。
「ぁ―――」
痛い。息をするだけで。ふと横を見ればチューブが腕から生えていた。点滴を受けている。あと輸血。
「………」
起き上がることを諦め、ぼんやりと天井を眺める。
暫くそうしていると、部屋のドアが開かれた。
「起きてたのか」
「…シャマル……」
穏やかな顔で近寄られ、頭を撫でられた。振り払いたかったが腕が動かなかった。
「無理に動こうとするな。三日も寝っぱなしだったんだぞ。お前」
三日? 獄寺は耳を疑った。三日。そんなにもか。
「もう意識が戻らないかと思った」
なんだと? 獄寺は驚いた。どうやら自分は思っていたよりもかなり危険な状態だったらしい。
「リボーンに礼を言っとけよ? あいつが応急処置してなきゃお前もっとやばかったぞ。最悪死んでた」
げ。
そんなに危なかったとは…
獄寺は顔をしかめた。
「ま、暫くは絶対安静だ。久し振りの長期休暇だとでも思ってゆっくりしてろや」
「………」
シャマルはそう言って、輸血の袋を代えて出て行った。
「……………」
獄寺は大きく息を吐いた。
血が足りないのだろうか。頭がぼんやりとする。身体が自分のものと感じられない。
確かに、暫く休んだ方がいいのかもしれない。
目を瞑る。
暗闇が広がる。
獄寺が再び眠りにつくまで、そう時間は掛からなかった。
次に目を覚ますと、心配そうな顔をしているツナと目が合った。
「あ…」
「獄寺くん…起きたんだ」
静かな声。気のせいだろうか。どこか震えている気もする。
「よかった…獄寺くん、一度起きてからまた眠って、三日間起きなかったから…ずっと目覚めないんじゃないかって、思った…」
「みっか…」
三日。三日寝て起きてまた三日寝たのか。全然自覚がない。
「よかった…獄寺くん、本当に……」
ツナの声が震えている。涙ぐんでいる。
「…大丈夫ですよ10代目。…オレが、あなたを置いて死ぬ訳がないじゃないですか」
「うん…うん……」
声を出すだけで体力が消耗していく。しかし言わないわけにはいかない。ほかならぬ、10代目のためならば。
ああ、しかし、自分は右腕失格だ。
こんなにも、主を悲しませてしまっているのだから。
…目蓋が、重い―――
次に目を覚ますと、本を読んでる雲雀が目に入った。
「起きたんだ」
「…なんで、テメーがここにいるんだよ……」
「静かだから」
そーかよ。獄寺は内心で毒付いた。
「三日」
「あぁ?」
「三日間、寝っぱなしだった。ってさ」
「マジかよ…」
どうやらツナと少し話をしたあと、また眠ってしまったらしい。三日も。
「もっと寝ててもよかったのに」
「あ?」
見上げれば、いつの間にか雲雀は本を閉じ、獄寺を見ていた。
「キミが口を開くとうるさくてかなわない。黙っていた方がいいよ」
「知るか」
「ほら、可愛くない」
可愛くない? 上等だ。自分は女ではないのだから、可愛いなどと言われて嬉しい訳がない。
「勿体無い。綺麗なのに」
「はあ?」
綺麗? 確かに自分の容姿は少し珍しいかもしれない。だが自分は嫌いだ。このせいで昔からどれだけ苦労したか。
「嬉しくねぇ」
「だろうね」
雲雀は獄寺の頭をぽんぽんと撫でた。
獄寺は思いっきり眉間に皺を寄せて腕で払いのけた。
「じゃあね」
雲雀はまったく悪びれた様子を見せず出ていった。
獄寺は不機嫌になり寝返りを打つ。痛みはない。
ふと横を見ると、輸血パックはなくなっていた。
次に目を覚ますのと、ノックの音が聞こえてきたのは同時だった。
「…どうぞ」
「起きてたのか」
声に答え、入ってきたのはリボーンだった。手には林檎を持っている。
「あ、リボーンさん…」
「調子はどうだ?」
「お陰様で……」
起き上がろうとするが、手で制された。
「寝ていろ」
「ですが…」
「ひとついいことを教えてやろう。お前は今絶対安静の重体で、面会禁止なんだ」
なんと。獄寺は驚いた。
じゃあ10代目も雲雀もシャマルの目を盗んで病室に入ってきたということか。あと目の前にいるリボーンも。
しかし絶対安静の重体か。全然そんな自覚はない。身体の痛みもないし。感覚はちょっと曖昧だが。
「食うか?」
林檎を差し出される。そういえばこの部屋で食事はまだ一度もしてない。腹は減ってないが。
「ええと…」
「…無理にでも食って体力つけねぇと、現場復帰は遠いぞ」
そう言われて食べないわけにはいかない。ありがたく頂くことにした。
リボーンがナイフを取り出し、林檎を剥く。
…なんだか、ものすごく恐れ多いことをしてもらっている気がする。獄寺は戦慄した。
「ほら」
「あ…ありがとうございます」
リボーンから林檎を受け取る。齧る。はは。味がしない。
視線を感じて見れば、リボーンが穏やかな顔をして獄寺を見ていた。…なんだか恥ずかしい。
「そ、そういえばリボーンさん」
「ん?」
「あの時はありがとうございました」
「どの時だ?」
「オレが任務から帰ってきた、夜のことです」
あの時リボーンと出会わなければ。応急処置をしてもらわねば。
今よりもっと危なかったと。もしかしたら死んでいたかもと。シャマルは言っていた。
「リボーンさんはオレの命の恩人です」
「オーバーな」
リボーンは肩をすくめる。オーバーなことないのに。
「本当にありがとうございました」
「よせよせ」
リボーンは帽子を深く被り直す。…これは実はリボーンが照れ隠しの時によくする行為なのだが、獄寺は気付かない。
「…まぁ、なんだ」
「はい?」
リボーンが獄寺の頭をぽんぽんと撫でる。優しい顔。
「早く元気になれよ」
「もちろんです」
獄寺は笑顔で答えた。
それから暫くして、リボーンは退室した。
その数分後、シャマルが様子見に来た。
誰も来なかったか? と聞かれ、誰も来なかったと答えた。
そのあと獄寺は寝た。
それからは獄寺の病室への不法侵入がばれたのか、暫く誰も来ない日々が続いた。
獄寺の体力は順調に回復していき、歩けるようにまでなった。
だが暫くはリハビリがてらにアジト内を歩くのみの許可しか降りなかった。
獄寺は現場復帰を目指してリハビリを続けた。
歩く。歩く。…少し歩くだけで疲れる。復帰の道は遠い。
それでも無理して歩く。…だんだん頭がぼんやりしてきた。
なんだか…目の前が…白い……
「獄寺くん!!」
倒れそうになったところを誰かに支えられる。…ツナだ。
「…10代目…」
「大丈夫?」
「ええ……」
床に座り込む。呼吸が荒い。
「大分よくなったって聞いたけど…あんまり無理しちゃ駄目だよ。獄寺くん」
「はい…」
ああ…10代目に迷惑を掛けてしまった。と獄寺が自己嫌悪していると…
「よっと」
「10代目っ!?」
ツナが獄寺を背負った。獄寺は思わず暴れる。
「な、なにを…」
「獄寺くんをこのままにもしておけないでしょう。病室まで連れていくよ」
「そんな、いけません!」
「いけないことないない。ほら、大人しくして」
「ですが…」
10代目にここまでさせるなんて恐れ多いし、人に見られるし、恥ずかしいし…ごにょごにょ。
「オレはそんなに頼りない?」
「そんなこと!!」
「ならいいでしょ」
ツナにそう言い切られ、すたすたと歩かれ…獄寺は諦めてツナの背中に身を預けることにした。
「…すみません、10代目…」
「いいっていいって」
ツナの背に頬をぺたんと付ける。広い背中。たくましい背中だ。
いい匂い。安心する。
…………………
……………
………
気付いたらベッドの上だった。
「!?」
獄寺は思わず起き上がる。
どうやらツナにおぶさったあと、眠ってしまったようだった。
さーっと顔が青褪める。
自分は。自分は一体どこまで10代目に迷惑を掛ければ気が済むのだろう。
獄寺は頭を抱えた。切腹したい。本気でそう思った。
獄寺はシャマルが様子を見に来るまでそうして項垂れていた。
それから暫くして、獄寺はまたアジト内を歩いていた。
体力も前よりは回復していたし、前回のような失態はしない。はずだ。
休憩をちょくちょく挟みつつ歩いていると…
「あれ? スモーキン?」
「ん?」
知ってる声に呼び止められた。振り返ればそこには跳ね馬のディーノの姿。
「生きてたのか!? お前!!」
「あぁ?」
なんだ? それは一体どういうことだ? と獄寺はディーノに詰め寄る。
「いや…一ヶ月ぐらい前にお前が死んだって噂が流れて来てだな……」
「なんだと?」
どうやら獄寺が生死の境を彷徨っている間にそんな噂が流れていたらしい。なんてことだ。
「いやー生きてたんだな。よかったよかった」
「当たり前だろ!」
「怒んなって」
そう言われるが、不機嫌にならざるを得ない。いつの間にか自分が死人扱いされていたとは。
「本当、聞いたときはショックだったんだぜー。まさかお前が…って」
「そーかよ」
ディーノが獄寺の頭をポンポンとなでる。獄寺は振り払う。
「今度飲みに行こうぜ。奢ってやる」
「傷が治ったらな」
そう言って、獄寺は病室に戻った。そろそろ体力の限界だった。
ベッドに倒れ込んで、すぐ寝た。
それから更に暫くして、獄寺はまたアジト内を歩いていた。
その日は、快晴で。とてもいい天気で。
そのせいか、獄寺の身体も調子良くて。
獄寺は意味もなく上機嫌で歩いていた。
「機嫌いいな」
「リボーンさん」
と、道すがらばったりと会ったのはリボーンだ。病室で会って以来、初めての再会。
「今日は調子がいいんです」
「それはよかった」
その場で暫しリボーンと談笑。楽しい時間。
…と、名残惜しいがいい時間になってきた。
「リボーンさん、オレはそろそろ…」
「ああ」
別れようとする。その瞬間、感じる気配。―――殺気。
「―――リボーンさん!!」
叫んだ瞬間、強い力に突き飛ばされた。続いて発砲音。
リボーンが殺気を感じた方向に銃を向ける。撃つ。誰かが倒れる音がした。
「リボーンさん!?」
「………」
獄寺を突き飛ばしたのはリボーンだった。見ればリボーンの袖がちぎれ血が吹き出していた。リボーンが突き飛ばさなければ獄寺に当たっていただろう。
「大丈夫ですか!?」
「………」
リボーンは獄寺の呼び掛けにも答えず、黙って撃たれた腕を見ていた。手は痙攣している。
「…リボーンさん?」
「…大丈夫……と言いたいが……」
リボーンは手にしていた銃を腕に当て、そのまま撃った。
「リボーンさん!? 何を!!」
「毒だ」
リボーンはあっさりとそう言い放ちナイフを取り出して腕を切り取った。銃を撃ったのは骨を砕くためだったらしい。服をちぎって傷口を絞める。
「毒って…でもいきなり切断だなんて、そんな……と、とにかく医務室へ!!」
「ああ」
獄寺とリボーンは急いで医務室へと向かった。ちぎれた腕を持って。血の道を作りながら。
リボーンはすぐに治療室へと回された。獄寺は病室で治療が終わるのを待った。
待っているうちに、眠ってしまった。
目が覚めると、朝だった。
「よう」
聞きなれた声が聞こえ、そちらに振り向く。
リボーンがいた。獄寺の隣のベッドに身を預けていた。
「リボーンさん!?」
当然というか、リボーンには片腕がなかった。もう片方の腕から輸血を受けている。
「リボーンさんもこの病室を当てられたんですね」
「ああ。別にどうってことないんだけどな。輸血と検査のために押し込められた」
やれやれと肩をすくめるリボーン。いつも通りだ。よかった。
「暫くはここに缶詰だってよ」
「そうですか…」
同じ病室。つまり食事も一緒。寝るのも一緒ということだ。
「………」
…何故だろう。なんだかドキドキしてきた。顔が赤い。
「どうした?」
「な…なんでもないです」
こほんと一つ咳払いし、獄寺はベッドから降りる。
「どっか行くのか?」
「ちょっと…散歩に」
「そうか」
それ以上は特にリボーンも追求せず、獄寺は病室から外に出た。
「はー…」
ドアを閉め、もたれかかる。心臓が脈打っていた。
どうやら自分は緊張していたらしい。何故かは不明だが。
獄寺は頭を軽く振って、気を紛らす。気持ちを切り替える。
意味もなく獄寺は走り出した。体力はもう走っても大丈夫な程回復していた。
暫く走って、獄寺は冷静さを取り戻す。あと自分は一体何をやっているんだと少し自己嫌悪に陥った。
歩いて病室に戻る。その途中、医務室の傍を通りかかった。
なんとなしに見てみると、そこには一本の腕……ちぎれたリボーンの腕があった。
変色していた。
傷口のところが特に酷い。紫色に染まり、爛れ、腐っていた。
「…!」
もし、リボーンがすぐに腕を切断しなければあの症状が全身に広がっていたのだろうか。考えるだけで恐ろしい。
獄寺は急に不安になって、急いで病室へと戻った。
ノックもなしに病室のドアを開ける。
「戻ったか」
当然のように、リボーンはそこにいた。片手で本を読んでいた。
「え…ええ。戻りました……」
自分のベッドに腰掛ける。積んである本を適当に取って読んだ。
しかしどうにも集中出来ない。リボーンを意識してしまって。
「どうした?」
すぐに見破られてしまった。リボーンは視線は本に向けたまま問い掛ける。
「いえ、その……すいません…」
「ん?」
「リボーンさん…オレを庇ったせいで……腕を…」
「ああ、なんだ、そんなこと気にしていたのか」
リボーンはあっさりとそう言い放つ。そんなことて。腕を一本落としておいて。
「気にすんな。オレが勝手にしたことだし、腕だって…まぁ、オレが未熟だったせいだ」
「………」
リボーンが未熟なら、自分は一体何だというのだ。
獄寺は一刻も早く現場復帰して、リボーンの分まで活躍しようと心に決めた。
「いきなりいい顔になったな」
リボーンにはからかわれた。
それから、獄寺の体力は順調に回復していった。
外出許可も出て訓練することも許され、徐々に昔の勘を取り戻していった。
対してリボーンは、病室に入った日から、一歩も外に出ることはなかった。
獄寺が病室に戻ると、リボーンは寝ていることが多かった。
まぁ、自分も三日ほど寝っぱなしだったときもあるので、と獄寺は気にも止めなかった。
たまに起きてるリボーンとの会話が楽しみだった。
会話といっても、なんてことない話。他愛のない話。
それでも獄寺にとっては十分楽しめるものだった。
暫くして、獄寺は退院した。といっても寝泊りする場所が病室から自室に変わっただけだが。
業務にも少しずつ参加していった。流石に現場には出してもらえず事務処理ばかりだったが。
リボーンの見舞いには毎日行った。やはりというか、リボーンはほとんど寝ていた。点滴はいつまで経っても外れなかった。
リボーンの寝顔を見ながら、獄寺は思う。
…気のせいだろうか。顔色が悪い……ような気がする。
なんだか……自分が回復するに比例して、リボーンは悪化していってるような…気がする。
杞憂であればいいのだが……
それから急に多忙になった。獄寺も駆り出されるほど。
ツナは何度も謝っていたが、獄寺にとっては望むところだった。
今まで空けてしまった穴を埋めたい気持ちもあったし、今いないリボーンの分まで頑張りたかったから。
任務に集中し、暫くリボーンの見舞いに行けない日々が続いた。
そんな中、少しだけ空いた時間が出来た。
獄寺は久し振りにリボーンの見舞いに行くことにした。手土産は林檎。
懐かしい病室を訪れる。
―――面会禁止の札が掛かっていた。
「!?」
獄寺は驚いた。前はこんなのなかった。自由に面会出来た。
容態が急変したのだろうか。顔色の悪いリボーンの顔が頭に浮かぶ。
「………」
試しに、ドアノブを回してみた。
無用心なことに、鍵は開いていた。
周りに誰もいないことを確認して、さっと入った。
電気は付いていなかった。
ベッドの中にいるはずの、リボーンの様子を見る。
「………リボーンさん?」
「…ん? 獄寺か」
声はいつも通り…普通だ。顔色は薄暗くて分からない。電気を付けていいのかも分からない。
「久し振りだな。元気にしてたか?」
「ええ…まぁ」
どんな話題を振っていいのか分からない。どんな話をすればいいのかも。大丈夫ですか? と聞くのも恐ろしい。
「ん? …林檎か?」
リボーンが獄寺が手に持っていたものに気付く。そして笑う。
「あの時と立場が逆だな。だが見舞い品は嬉しいんだが…今は食欲がないんだ。悪いな」
「いえ………食べてないんですか? 何も?」
「ああ、ここ数日な…」
「………」
何も言えず、沈黙する獄寺。
と、リボーンの息が荒くなっていることに気付いた。
「!? リボーンさん!?」
「なんでもない…」
獄寺はリボーンの声を聞かず、明かりを付けた。
照明に照らされ、リボーンの身体が露になる。
リボーンは汗だくで傷口を押さえていた。白い包帯が、肌が、シーツが赤く汚れていた。
「リボーンさん! 血が…」
「ああ、傷口が開いただけだ」
口では軽くそう言ってみせる。そういうリボーンの顔色は非常に悪い。なんだか紫がかっているし。…紫? 獄寺はちぎれたリボーンの腕を思い出す。
傷口から紫色に変色し、爛れ、腐れ…それが全体に………
獄寺の血の気が引く。
「…どうした? 顔色が悪いぞ?」
「…リボーンさんほどではありませんよ」
「そうか?」
「そうです」
悠長に会話などしている場合ではないはずなのに。自然とそんな言葉が口から零れる。口の中は喋るほどにからからになっていく。
「リボーンさん…毒……全部抜けてなかったんですね…」
「そうみたいだな。…オレとした事が、油断した」
自分のせいだ。
自分があの場所にいなければ。リボーンと出会わなければ。こんなことにならなかった。なのに。
「…獄寺」
「はい…」
「あんまり、自分を追い詰めるなよ」
「…はい」
全てを見通したような目で、リボーンはそう言う。
そうだ、沈んでいる場合じゃない。何はともあれ傷をどうにかしなければ。
「し…シャマルを呼んできます!!」
「ああ…獄寺」
「はい!!」
呼び止められ、思わず返事する。振り返れば笑っているリボーンがそこにいた。
「あとは、頼んだぞ」
「…? はい」
ひとまずそう返事をして、獄寺は病室から飛び出した。
すぐにシャマルを見つけ、状況を説明し病室へと向かわせた。
後は祈ることしか出来なかった。
けれどその日以降、獄寺がリボーンと再び会うことは二度となかった。
次に会ったのは、墓場でだった。
「……………」
リボーンが死んだと告げられたとき、リボーンの容態も教えてもらった。
やはり毒は抜けきっておらず、少しずつ身体を犯していったらしい。
…症状の進行をどうにか緩めることしか、出来なかったらしい。
気付かなかった。
…気付けなかった。
近くにいたのに。
すぐ傍に、いたのに。
隣に―――いたのに。
大丈夫だと。あの人ならきっとすぐに立ち直ると、愚かにも妄信して。
獄寺は墓前に花を添える。それと、あの日渡し損ねた林檎を一つ。
涙は出なかった。放心していた。
「…獄寺くん」
ふと、ツナが遠慮がちに話し掛けてきた。獄寺は振り返る。微笑む。
「…すいません。…行きましょうか」
「…いいの?」
「ええ。…心配を掛けてしまい、すいません」
あの日の。リボーンの最後の言葉が思い出される。
あとは頼むと。リボーンはそう言った。
親愛なる、尊敬する人からの、最後の頼みだ。
聞き入れないわけにはいかない。
獄寺は意識を新たに、歩き出した。
振り向くことは、しなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今は前へ。ひたすら前へ。
リクエスト「獄総受け死ネタ、リボ獄オチで。」
リクエストありがとうございました。