羊がいっぴき。羊がにひき。


それはまるで、歌うように。


羊がさんびき。羊がよんひき。


それは彼の為の、こもりうた。





   あなたへ羊の贈り物





「リボーンさん…まだ起きていらっしゃったんですか?」


「お前こそ起きてるじゃないか」



あっさりと言い切られてしまい、なるほどそれもそうだ…と不覚にも一瞬思ってしまったがそういう問題ではない。



「…オレは今から寝ます」


「そうか。ご苦労。下がれ」


「リボーンさんはいつお休みに?」


「眠くなるまでだ」


「眠くなるまで?」


「ああ。眠くなったら寝る。それまでは仕事だ」


「…ちなみに、最後に寝たのはいつですか…?」


「ざっと、120時間程前だな」


「丸五日じゃないですか…! 寝て下さい!!」


「眠くねぇ」


「身体壊します」


「オレはアルコバレーノだから平気だ」


「アルコバレーノでも何でも、子供は寝ないと駄目です」


「ガキ扱いするな」


「ところでリボーンさん、今おいくつでしたっけ?」


「なんと今年で10歳になる」


「充分子供です。子供は寝るのも仕事のうちですよ!」



言いながら、オレは半ば強引にリボーンさんをベッドへと押し込んだ。


…我ながら、随分と大胆になったものだ。



「全然眠くないんだが」


「それでも寝て下さい」


「無茶を言う」


「オレも協力しますから」


「なんだ? 子守歌でも歌うつもりか?」


「…残念ながらオレは音痴で、しかも子守歌も知りません。…ので、おまじないをしたいと思います」


「おまじない?」


「ええ。オレが子供の頃…眠れない時にシャマルがしてくれたんですけど、よく眠れたんですよ」


「睡眠薬でも飲まされたか? 薬は勘が鈍るから嫌だぞ」


「…誰も薬なんて使ってません」



多分。とは言えない。



「簡単です。羊を数えるんですよ」


「羊?」


「ええ」


「そんなんで本当に寝れるのか?」



馬鹿馬鹿しい、と思われているような気がする。


…オレの被害妄想だろうか。



「…とにかく、オレもリボーンさんが寝るまでお付き合いしますから。一度試して下さい」


「別にわざわざ付き合わなくてもいいぞ」


「オレが部屋から出たらリボーンさんまた起き出すでしょ?」


「ああ」


「…お付き合い致します」



やれやれとため息を吐く。



この人はなまじ何でも出来る分、全てを一人でやろうとするのだ。


確かにこの人は強いし、それだけの実力も持ってるだろうけど…


それでも少し、心配だ。



「―――…羊がいっぴき、羊がにひき」



…ずっと昔を思い出す。


眠れないとぐずったとき、シャマルはオレの手を握って。ずっと羊を数えてくれた。


…懐かしい。


気付いた時には、オレはリボーンさんの手を握っていた。


てっきり振りほどかれるかと思ったけど、意外なことに―――本当に意外なことに―――そのままだった。



「羊がさんびき、羊がよんひき」



…と、気付いた。


―――リボーンさん、なんでオレを直視してるんですか…



「…リボーンさん…」


「どうした。羊は数えなくていいのか?」


「いえ、数えますけど…その…」



そんなに見つめられると気恥ずかしいって言うか…照れるって言うか。ごにょごにょ。



「何か言ったか?」


「い、いいえ。なんでも…ところで、目は瞑らないんですか? 開けていると眠れるものも眠れなくなると思うんですが」



てっきり「余計なお世話だ」とか言われるかと思ったが、意外なことに……本当の本当に意外なことに、リボーンさんは「そんなもんか」と目を瞑ってくれた。


…それとも、寝たふりをして手早くオレを追い出すつもりなんだろうか。



「数えないのか?」


「え? え、えぇ…」



はっとして、オレは再度羊を数え始める。


…目を瞑ったリボーンさんに見惚れてた。とは言えないな…。


や。だってこの人。目を瞑るどころか瞬きだってしないから。



羊を100も数える頃には、リボーンさんは静かに寝息を立てていた。


…こんなに無防備な顔も出来るんですね、リボーンさん。


オレもいい加減眠くなってきて、早く自室に戻って寝ないといけない。のに。


もう少し。もう少しこのままでいたいなんて思っていた、ら……目蓋が、段々と、段々と重く―――





     ―――なんて。そんな。夢を見た。





…いや、夢といっても今までのことが全部なかった…というわけではない。誤解しないように。


あれは本当に昔あったこと。オレはその時の夢を見ただけ。


…戦場で。


白昼夢? それともオレはこんな所で本当に眠りこけてたんだろうか。…だとしたらたいした精神力だな。それかリボーンさんの言う通りただの馬鹿か。


―――それにしてもいい夢だった。まだ余韻に浸りたいぐらい。



…あのあと。


結局オレはリボーンさんの手を握ったまま眠ってしまって。…朝まで、ずっと眠ってしまって。


まさか朝一番にリボーンさんに朝の挨拶をする羽目になるとは思わなかった。


しかも眠気眼で。


…あれは失態だったな……



―――さて、夢に浸るのはこのぐらいにしておこう。


先程も言った通り、ここは戦場。


あいつらを、全部ころさないといけない。


あいつらを、邪魔で煩い赤羊たちを狩り尽さないといけない。



だってそうしないと、あそこでお眠りになられているリボーンさんが起きてしまう。


だからそうならないように、あの羊を全部、全部。…殺し尽くさないといけない。



待ってて下さい、リボーンさん。


すぐに静かに、させますから。



さぁ、羊がいっぴき、羊がにひき。


アハハハハハ、と笑いながら。


サァ、羊がさんびき、羊がよんひき。


赤い水溜りに映っているオレの顔は笑っている。



辺りに響くそれは銃声のオーケストラ。悲鳴の演奏。怒号の歓声。


…全部不要だ。


あの人の眠りの妨げにしかならない。


すぐに、全部終わらせよう。



あの人は地面に横たわり、目を瞑って眠っている。


あの人の背から赤いモノが流れているけど、そんなものオレの目には見えない。





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あなたはは無茶する人。

でも無茶も平気な人。

無茶しても誰も心配しない人。



だからオレが心配します。