- 序章 -



お前は病にかかったんだと、生まれた時からの知り合いの白い医者に言われた。


その病を殺すことはもう出来なくて、ようはもう手遅れというやつで。


末期だと申告されても、年を明けるまで生きられないだろうと言われても…特にオレの心に揺らぐものは来なかった。


…思えば昔から無茶ばかりしてきたものだ。こうなるのも、ある意味当然か。


ひとまずその場でオレが望んだものは、二つ。


それは―――…





あなたへ贈る偽りの日々







     - 患者 獄寺隼人の場合 -



…冬の日差しが静かに室内に降り注ぐ。


室内にはひとりの青年。彼は寝具に寄り掛かりながら窓の外を見ていた。


空は晴天。木々には葉の代わりに白い雪が花を咲かせ、それは地にも続いていた。


そうして彼が外の景色を楽しんでいると…聞こえてくるノックの音。


応えるよりも前に開かれる扉。彼の視界に飛び込んできたのは恋人の姿。


「…来てくれたんですね」


微笑みながら、彼は言葉を走らせる。



「嬉しいです。リボーンさん」



「…あまり外に身を晒すな。狙われるぞ」


彼…獄寺の言葉には応えず、リボーンは寝具の横に置かれていた椅子に座る。


「大丈夫です。この窓硝子防弾ですしそれに…その、ほら」



もうすぐいなくなる人間を、わざわざ狙うような輩はいませんて。



くすくすと笑いながら少し咳き込む獄寺。それは中々収まらなくて。


「…ん……すいません、リボーンさん」


「構わん」


「あ…空気悪くないですか? 今窓を開けて換気を…」


「獄寺」


窓の枠へと伸ばされた手を押さえ込み、リボーンは獄寺を寝具へと戻す。


「いいから大人しく寝ていろ。この時期の風はお前の身体に障る…そもそも、少し動くだけでも辛いはずだ」


「…なんというか…やっぱりリボーンさんには全てお見通しなんですね」


「当たり前だ」


あっさりと言い放つリボーンに、再度静かに笑う獄寺。けれどまた咳き込んで、咳き込んで、咳き込んで…口元を押さえている手からは赤いものが流れて―――…


リボーンはすぐに獄寺を寝かせ、口元を拭ってやり、医者を呼んだ。


シャマルと入れ違いに獄寺の病室から退室するリボーン。


その彼がどこか辛そうに見えるのは…それは果たして気のせいなのだろうか。







     - 患者と医師の会話 -



あー、せっかくリボーンさんと二人っきりだったのに!


うるせーな。ぎゃーぎゃー喚くな。うざいことこの上ない。


うっせーよ。あー…なんでこんな時に吐血っちまうかなぁオレは。


吐血ぐらい毎日してるだろ。単にお前がオレを呼ばないだけで。


そうだっけか? まぁそれはそうと…あああリボーンさんとの数少ない時間がぁぁああ…


あいつも忙しい身で見舞いなんてよくやるよな。


そうなんだよ! やばい嬉しいどうしよう。まさか本当に叶えられるなんて思ってなかった。


………。


…ん? どうしたシャマル。


―――いや。まぁ…そりゃ叶えられるだろう。


あ?


お前ら恋人同士なんだし。


………。


どうした隼人。


や…その、なんだ…





恋人同士って単語に…かなり照れた。


………。


…なんだよ。


いや…その、なんだ…今のお前、しおらしくて少し可愛かった。


はぁ!? お前馬鹿か!? なに男相手に可愛いなんて単語使ってんだよ!!


あーはいはい悪かった。そう叫ぶな。身体に障るぞ。







     - 患者 獄寺隼人の場合2 -



獄寺が飽きもせずに窓の外を見ていると…街の様子は少し変わってた。


遠目でも分かるほどの色鮮やかなイルミネーション。更に遠い向こうにはツリーも見えた。


ナターレの飾り付け。…少しずつ変わる景色を見るのは楽しかった。



「…リボーンさん」


「なんだ」


「その…あの……リボーンさんはナターレに何か予定…入って、ますか………?」


「ああ、入っているぞ」


「あ…そうですか…」


「………」


「………」


「…はぁ、」


「な、なんですか!? なんでため息吐きながら人の頭撫でますか!?」


「いや、お前があまりにも予想通りだったものでな」


「はい…?」


「そういうお前こそ、なんか予定はあるのか?」


「あ、いえ。何もないです。ナターレばかりは検査も検診も薬物投与もなしです。それでも予定を上げるなら精々吐血と意識混濁ぐらいです」


「そうか。意識混濁は耐えろ。…なんにしろ、ひとりということだな」


「………はい」


「じゃあ夜になったら来るからな」


「はい。…って、え?」


「オレの方の用事は夕方までに片付ける。だからお前のところには夜に行くぞ」


「え…あ、あ…―――はい!」







     - 患者と医師の会話2 -



シャマル! シャマルどうしよう!!


あー、何だよ。どうした隼人。


リボーンさんと…! リボーンさんとナターレ過ごせる!!


そうか。そりゃよかったな。


ああもう本当…どうし、どうしよう! いいのかな、許されるのかな!?


あいつから来るって言ったんだろ? ならいいだろ。あと許されるってなんだ?


だって…オレといてもつまらないだろうし…それにやっぱりあの人は忙しい人なのに…


今更だろ? お前はもっと自分に自信持てよ。あいつは下手な同情や憐憫とかで好きでもない人間のところに来るような奴じゃない。


それは………分かってるけど…


そういえばなんか食いたいもんあるか? 少しぐらいリクエストに応えてやってもいいぜ? せっかくの聖夜なんだからな。…まぁ、あまり選択肢はないんだが。


別にいいよいつも通りで。あ、じゃあ点滴は外せるか? これあるとどうにもムードが…


それだけは駄目だ。諦めろ。


そうかー…


………。


はぁ…ナターレをリボーンさんと過ごせるのか…楽しみだなぁ…


………隼人。


ん?


……いや、なんでもない。


…なんだ? どうした?


………。


…? …おかしなシャマル。







     - 医師の独り言 -



…ああ、言えなかった。


どうしても言えなかった。


何度言おうと思っただろう。何度真実を教えようかと悩んだだろう。


けれど言えなかった。


…何も知らないままいってしまった方が、あいつにとっては救いになるんじゃないだろうか。


そう思うオレは逃げているのだろうか。


酷だと知っていながらも、全てを教えた方が…あいつの為になるんじゃないだろうか。


そう思うオレは間違っているんだろうか。


全てを知っている苦痛を誰かに押し付けて、楽になりたいだけなんだろうか。


…今日もまた言えなかったことを「あいつにそう頼まれたから」と言い訳するのは…やっぱり逃避だろうか。


なんにしろ決まっている唯一のことは…オレは自分の息子も同然なガキが死ぬのを…ただ黙って見ている事しか出来ないってことだ。


それも…二人。


―――――畜生。







     - 序章 その真相 -



それはある日のこと。


お前は病に掛かったんだと、生まれた時からの知り合いの白い医者に言われた。


なるほどな、とそう思った。道理で身体の調子がどこかおかしいと。


その病を殺すことはもう出来なくて、ようはもう手遅れと言うやつで。


言われて手を開いてじっと見てみる。…上手く力は入らなくて、身体の節々が痛んでた。


末期だと申告されても、年を明けるまで生きられないだろうと言われても…特にオレの心に揺らぐものは来なかった。


ただこのあと…オレと同じく病にかかった奴の名を聞いた時、少し心が揺らめいた。


…思えば昔から無茶ばかりしてきたものだ。こうなるのも、ある意味当然か。


自覚し、原因の分かった痛みを殺しながらオレは目の前の医者に目をやって―――


ひとまずその場でオレが望んだものは、二つ。


まず、大量の痛み止めとそして…


…オレの恋人…獄寺隼人には黙っていろと。



―――絶対に、気付かせるなと。







     - 患者 リボーンの場合 -



白い錠剤を無造作に取り出して、噛み砕く。


薬は勘を鈍らせるのであまり使いたくはないのだが、そういうわけにもいかなくなった。


…まだ、死ぬわけにはいかないからな。


とっとと目の前にいる馬鹿共を片付けて、あいつのところに行かなければならない。


あいつはああ見えて淋しがり屋だからな。いつも強がっているがオレには全然隠せてない。


だから…こんな所で時間を喰ってる暇なんか欠片もなくて。早くこいつらを倒してあいつの…獄寺の、ところに。


―――と、喉の奥から込み上げてくるもの。思わず咽て、ついさっき飲んだ薬が血液と共に戻ってきた。


ああ、こんな所で…手間取っている場合ではないのに…


微かに震える指先で銃を構え、狙いを定めて。引き金を引いていく。


一つ。二つ。…段々と数が減っていく。そして全ての気配を消し去った。


ああ―――あとは、あいつのところに行くだけだ。それよりも先に着替えか? 攻撃は当たってないのに血塗れだぞ畜生。


着替えが済んだらもう一度痛み止めを飲もう。あいつにだけは隠し通して死にたい。


あいつはぼろぼろな身体でも変わらず無茶するからな。オレが止めてやらないといけない。


あいつの受けてる痛みは分かる。あいつの受けてる苦しみは分かる。



オレも同じものを味わってるからな。



…さて、早くあいつのところへと向かわねば。…なんにしても、まずは移動だな…


壁に手を付いて、立とうとするが…上手く力が入らない。



ええい、忌々しい。少しの無茶ぐらい…聞きやがれ。



まだ…オレは…死ぬわけには……



あいつが死ぬまで…死ぬわけには………



……、………。



………。







     - 蚊帳の外 獄寺隼人の場合 -



「はぁ…リボーンさん夜に来るって言ってたけど、まだかな…」


病に焼かれている青年は、愛しい恋人を待ち続ける。


同じ病に焼かれている恋人を…その事実を知らないままに待ち続ける。


「何とか…オレが起きてるうちに来てほしいな…いや、違うか。あの人が来るまでオレが起きてないと駄目なんだ…」


ぶつぶつと獄寺は呟く。無意識ではなく、意識的に。


…そうしていないと、気付いたら意識を失ってしまいそうだから。


数日前…最後にリボーンが去ったあとから獄寺の容態は悪化していった。


身体に力は入らなく、眠るというよりは堕ちるように意識を失う。


次に目を閉じたら、もう開けることが出来なくなりそうで…それが獄寺は怖くて。



それで彼はある決意をした。



「………言うんだ。今日で…別れましょうって。オレなんて忘れて…新しい恋人を作って下さいって」


本当はひとりになるのは…怖いけど。それでも彼はそう決意した。


それはリボーンが健康体であると信じての想い。仮にリボーンがそれを言われたとして、決して頷くはずのない言葉。


「あ、でも…もうとっくに作ってたらどうしような…うう、少しショックかも知れない…」


けれど何も知らない、何も知らされてない獄寺がそれを分かるはずもなく、自分の言葉が受け入れられると…自分の言葉が伝えられると信じて、彼は恋人の到来を待っている。


「…リボーンさん…まだかな…」


獄寺の意識が段々遠のいてくる。


それでもまだ、まだと耐える。


恋人である彼に、あと一目会えればいい。あと一言告げれればいい。


それが終われば、死ぬまでずっと眠りに着いたって構わないからと、今だけと耐える。


そんな獄寺の耳に、静かな靴音が響いて入る。


思わず扉の向こうに目をやる獄寺。


ノックもなしに入ってきた影は―――…





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それは全てを隠している黒い恋人か。

それとも全てを打ち明かす白い医者か。