ある、雪の日に。とても悲しい事件が起こりました。


仲間の誰をも愛し、仲間の誰からも愛される彼が囚われました。


けれども、彼を誰よりも愛する黒い人が、彼を助け出しました。


彼は衰弱していましたが、それでも命に別状はないようでした。



「……生きてるか?」


「は、ぃ……なんとか…」


「そうか。それは何よりだ」


「……………すいません、オレ…みんなに迷惑を…」


「お前が思ってるほどの損害は出てねーぞ」


「でも…リボーンさん…怪我、してます」


「引っ掛けただけだ」


「………」


「どうした」


「オレなんて…」


「ん?」


「オレなんて…リボーンさんに怪我させるぐらいなら…オレなんて殺されればよかったのに」


「…そういうことを言うな」


「でも…」


「生きてさえすれば、償いなんていくらでも出来るんだ。それにオレはお前に生きていてほしいしな」


「………」


「―――分かったか? なら帰るぞ…。獄寺」


「はい。…リボーン、さん」





歩けないほどの怪我をして。衰弱していた獄寺を抱いてリボーンは戻った。


獄寺は愛しい人の温もりに緊張の糸が切れたのか、穏やかな眠りについていた。


これは、こうして終わった………このときにはもう全てが終わっていた。



とても悲しい、ひとつの物語。





BAD END





獄寺がボンゴレに戻ってから、そう日の経ってないある日。


体中を痛めつけられ。特に足は歩けないほどの傷を負わされていた獄寺は手も足も包帯だらけにされて。自室で休養を強いられていた。



他のメンバーは仕事で。獄寺以外はいつも通り。





「おいツナ。この硝子代ってのはなんだ」


「あーそれ? いや、この前割れてたんだよ。近所の子供が石でも投げたのかな」


「………ガキが投げた石ぐらいで割れる程度の硝子? 前全部強化硝子にしとけっつっただろうが」


「あ…あー…そういえばそんな話も…ははは、した、ね…」





そんな、いつも通りの風景。





「う…ぅ」


「ランボ…いい加減大人でしょ。そのぐらいで泣きやみなよ」


「でも…ボンゴレ10代目、あの子たちは…何の罪もないのに!!」


「確かに残念だけど…でもあの子たちはランボが泣いててもきっと喜ばないから。だから泣き止もう?」


「ボンゴレ…10代目…」


「お前らさっきからなんの話をしてるんだ?」


「リボーン…」


「死んじゃったんだよ!」


「何が」


「猫!!!」


「……………」


「……………」


「……………」


「…で、お前らさっきからなんの話をしてるんだ?」


「いや、猫がね?」


「お前まで言うか…」


「いや、だから…最近この辺を溜まり場にしている猫が沢山いたらしいんだけど…なんか死んじゃってたみたい」


「それでこの馬鹿が大騒ぎしているわけか」


「騒ぎもするよ! うー…みんな可愛かったのに…」


「もう馬鹿については否定しないんだねランボ…」





そんな…いつも通りの日常をみな送っていた。


けれど、それは既に偽りでしかなく。


薄い皮を被っただけの平和は、いつ剥がれてもおかしくなかった。


だからなんの前触れもなくいきなり起ったようにも思えるそれは…唐突でもなんでもなく。本当に必然でしかなかった。


けれどそれを知るものは…誰もいない。





ツナが通路を歩いていると、見知った人間が現れた。


けれど思わず止まってしまう。


まず、彼は倒れていた。


いや、それはある意味自然で正しい。だって彼の傷は完治してない。まだ絶対安静を言い渡されている。だから無理に歩いたら倒れてもしまうだろう。


否。そうではなくて。ツナは少々混乱していた。じゃなくて。そういう問題ではなくて。


血が。


彼の内側から流れてくる赤いモノが流れて。ツナの足元まで届いてくる。


その色にツナは正気に返って。


「獄寺くん!!」


自身の右腕の名を叫んで。駆け寄った。


獄寺は胸元を負傷していた。


そこの皮が破け。


肉が裂け。


傷口は焼け爛れ。


そして血が流れていた。



そしてその同日…ほぼ同刻。



別の場所で別の人間が倒れているのが発見された。


そこは獄寺が倒れていたところとそう離れてないところで…そして彼…ランボは。


心臓に銃弾を撃ち込まれていて。絶命していた。





「―――ぅ…」


「獄寺くん!? 気付いた!?」


「じゅう…だいめ…? あれ…お見舞いですか? あ、すいませんオレ寝てて…っ」


無理に起きようとするが、思わぬ痛みに顔をしかめる獄寺。…彼は状況を理解出来てなかった。


「獄寺くん…無理しないで。発見が早かったからよかったものの、もう少し遅かったら危なかったってドクターが言ってたんだから」


「は…? 発見…? もう少し遅かったら…って…なんの話ですか?」


「…何も覚えてないの?」


「………?」


ツナに真剣に言われ、困惑する獄寺。けれども…獄寺にはなんの心当たりもない。


「…そっか。あのね、獄寺くん。獄寺くんはね…廊下に倒れてたんだよ。血を流しながらね」


ツナは獄寺に状況を説明した。獄寺は最初は実感が湧かないようだったが…増えている傷に認識せざるを得ないようで。


「…それからね…。獄寺くん」


ツナはもうひとつの事実…ランボの死を獄寺に告げた。


「あいつ―――が?」


「…うん」


死去した思わぬ人物の名に獄寺は目を見開いた。


嗚呼―――彼は憎めない弟分だったのに。獄寺は力が抜けたかのようにベッドの中に崩れ落ちて。


「なんで…何が…?」


「それはまだ…だけど、犯人はすぐに見つけるよ。獄寺くんは傷の回復に専念してて」


「……………」


心配そうに見つめてくる獄寺の頭をツナはくしゃりと撫でて。室内から出て行った。


獄寺はひとりの時間に、目が覚める前の記憶を思い出そうとしたが…


何度思い出そうとしても。この部屋で眠りに落ちたとき以降の記憶は出て来なかった。





犯人は誰か。


目的は。単独か、複数か。…バックに誰か付いているのか、否か。


考えられ、調べられ。探したが…どれも当たりではなくて。


死傷者のどちらもが守護者ということで他の守護者にも気を付けるよう呼び掛けがかけられた。…言うまでもないことだろうが。


けれど…一週間後、次の犠牲者が出た。彼もまた守護者の一人で。


彼の死はボンゴレ内部に振動を走らせた。


あまりにも予想外だった。そんなことは起りえないと誰もが思っていた。


彼はランボのときと同じく、銃弾によって命が潰えていた。…その弾数は増えていたが。


胸に。腹に。そして心臓に弾丸を撃たれた彼は。いつものようにむすっとした表情で。その口端から血を流しながら。目を開けたままで。…事切れていた。


…殺された被害者の名こそ。


雲雀恭弥。…最強の称号をも所持していた人物。


そして何よりも不可解なことに。


彼には抵抗した様子が見受けられなかった。





「まさか雲雀がね…」


信じられないのはツナも同様だった。殺しても死なない。その言葉が似合いそうな人だったのに。


なのに死んだ。犯人の接近には気付いていたはずだ。だからこそあんな顔で死んでいた。なのに抵抗した形跡がない。


おかしい。


相手はあの雲雀恭弥だ。見ず知らずの他人だろうと身内だろうと油断するなんてことは有り得ない。


…なのに。死んだ。


「……………」


そして…雲雀の身体にも銃弾が残っていた。ランボのときとまったく同じだった。同一犯と考えるのが自然か。


「……………」


ツナは思案する。獄寺を負傷させ、ランボと雲雀を殺した人物。…誰なら可能だろうか。出来るとする人物を思い浮かべる。



「…いやいや。それだけは考えてはならないだろう沢田綱吉」



ひとりごちるツナ。今のは変な妄想だと頭を振って払って。するとそこに来訪者が現れた。


「―――10代目!」


獄寺だった。無理に動いて傷が開いたのか白の包帯は赤く染まっていて…壁に手を付き、立つのがやっとと思えるような状態の獄寺の顔色は悪く血の気は引いていた。


「雲雀が…その、あの、馬鹿な噂が…!」


「…ごめんね獄寺くん。その噂は本当だよ」


「!!」


ショックを受けてか一瞬動きが止まり。放心する獄寺。


「雲雀…」


力無く項垂れる獄寺。その間にも開いた傷口から血液が溢れ獄寺の身体から抜け出ていこうとする。


「…獄寺くん。そう気に病まないで。あとそんな身体で無理しちゃ駄目。部屋に戻って休んで」


「でも…っ」


「いいから。獄寺くんは怪我人なの。怪我人は大人しく寝てる。…って一人で帰すのにも気が引けるな…オレがエスコートしたいけど残念ながらちょっと外せない仕事があるんだよね…」


「………大丈夫、です10代目…オレ、ひとりで…戻れますから」


「…いや、駄目。なんか今の獄寺くんは放っては置けないとオレの直感が言っている。待ってね、今誰か呼ぶから…」


さて誰にしようかなとツナが受話器を取ると。またこの部屋に来訪者が訪れて。


「ツナ。報告書を持って………」


「あ、リボーンさん…お久し振りです…」


「……………っ」


現れたのはリボーンだった。彼は獄寺を視界に納めると無言でツナに何故ここに? と問いた。


「いや…雲雀のこと聞いて飛んできたみたい。あ…そうだ丁度よかった。リボーン、獄寺くんを部屋まで送ってくれる?」


「…お前本気か?」


「本気も本気。獄寺くんもリボーンといられる方が嬉しいんじゃない?」


「え…それはもうリボーンさんと少しでもいられるなんて幸せにも程が…って10代目なに言わせるんですか」


頬に赤みを走らせながら獄寺が言ってくる。…少しは元気も出たようだった。


しかしリボーンは変わらず憮然としている。あまり乗り気はしてないようだった。


「…あの、10代目…リボーンさんお忙しいようですし…やっぱりオレひとりで戻りますよ」


「いいの。リボーンは完璧超人だから仕事なんて少しぐらい多くても問題ないの。というわけでリボーン、獄寺くんを任せた!」


半ば強引にツナは獄寺をリボーンに押し付けて部屋から追い出した。獄寺はもう立つこともままならないようで…リボーンにもたれる形で何とか地に足を立てている。


やれやれとリボーンはため息を吐いて…歩けない獄寺を抱きかかえた。


「ひゃわっ!? リ…リボーンさん…?」


「怪我人が無理すんな。お前の受けた傷は酷いんだ。治りきらないうちから動いたりするんじゃねぇ」


「…リボーンさん…すいません…」


「…謝るぐらいなら、最初から無茶すんな」


「はい…でも、じっとしていることが…出来なくて」


「………」


それからふたりは無言で移動して。リボーンは獄寺をベッドに寝かしつけて。それからすぐに出て行こうとする。


「あ…リボーンさん!」


思わず獄寺はリボーンを呼び止めた。振り向かず、足だけ止めるリボーン。


「その…あ、ありがとうございました。お忙しい中」


「気にすんな。ツナに言われたからやっただけだ」


素っ気無く言って、立ち去ろうとするリボーン。獄寺はその背にまた声を掛ける。


「…リボーンさん」


足を止めないリボーン。けれど獄寺は構わず言葉を続ける。


「…リボーンさん、あの……」


獄寺は遠くなる背中に縋るように。手を伸ばすように小さく声を放つ。



「…リボーンさんは―――…死なないで、下さいね」



その言葉に、リボーンの足が止まった。そして振り向く。


「―――まさかオレに向かってんなことをいう奴がいるとはな」


そう言うリボーンは少し苦笑していて。その顔に獄寺はようやく安心して。


「もう…何を言ってるんですか。オレがあなたを心配するのは当然じゃないですか」


「…お前に言われずともオレは大丈夫だ。………恐らく…」



「―――――え?」



不意に聞こえた小さな声に、獄寺は思わず驚き顔を上げるが…今度こそリボーンは部屋から出てしまっていた。


「今…リボーンさん、恐らくのあと…」


小さな声だったが、静かな室内でははっきりと聞こえた。けれどそれは一体どういう意味を持つのか…


「恐らく…死ぬとしても最後…って…?」


首を傾げる獄寺の元に、リボーンと入れ違いの形で医師が現れる。…そういえば自分は怪我をしているのだった。


痺れたように熱い足を見ると、染み出した血液でか白のシーツが赤黒く汚れていた。





―――ランボが死に、雲雀もが死んだ。



この事実にボンゴレ10代目の頭と心を痛めていた。


どちらも古い付き合いで。助けられたことも何度もある。


しかし10代目という立場は仲間の死を悲しむ間もない。波のような仕事に流されるだけだった。


心労は絶えない…が、表に出すわけにもいかない。


と、そこへ…ノックもなしに開かれる扉。


「随分と困ってるみてーじゃねーか。ツナ」



現れたのは…





「よー、スモーキン。聞いたぜ、色々大変みたいじゃねーか」


「あ…跳ね馬? お前なんでここに」


「何って見舞い。ほれ見舞い品」


「………植木鉢は素か? 素だよなお前の場合…」


? と首を傾げるディーノをため息で迎える獄寺。


「って、まさかお前そのためだけに来たのか…?」


「だったら惚れた?」


「呆れるだけだ」


にべもなく言い放つ獄寺にだと思ったと笑うディーノ。


「…まぁ、お前への見舞いは悪いが目的の三割ぐらいだ。ついでって奴だな」


「残りは?」


「恭弥の敵討ちが六割」


あっさりと言い放つ跳ね馬のディーノ。その目は笑ってはいない。


「…ここには長くはいられないが…それでも尻尾ぐらいは掴んでみせるさ」


じゃあなと言ってディーノは席を立つ。


「…ディーノ。残り一割はなんだ?」


その獄寺の問いにもディーノはあっさりと答えてみせる。


「教え子の墓参り」


その顔は少し。淋しそうに見えた。





―――雲雀恭弥が殺されてから、四日目の夜。


酷く暗く静かな夜だった。月の明かりも雲に隠れ、虫たちも今夜は何かを感じ取ったのかどこにもいない。


そんな、まるで世界から切り離されてしまったかのような空気すら纏った暗闇の中。…ゆっくりと歩く影がひとつ。


…それは獄寺隼人。彼は壁に手を付いてゆっくりと進んでいる。


彼は周りの異質な空気にも気付かないようで。暗闇の中を歩き続けている。


…そんな彼に近付く影が…ひとつ。


獄寺は気付かない。影はゆっくりと獄寺に近付いてくる。影はとうとうその腕を伸ばし獄寺への距離を縮める―――


「おい」


「…え?」


振り向く獄寺。外では雲が動き月が現れ夜に明かりを灯す。影の正体が明らかになる。影は…


「あれ。…リボーンさん。こんばんは。こんな時間に会うなんて奇遇ですね」


影の正体はリボーンだった。能天気に会話を振ってくる獄寺に対し、彼は不機嫌そうな顔をしている。


「お前な…こんな時間に出歩くな。つーかんな身体で歩こうとするな。また傷が開くぞ」


「ゆっくり歩けば大丈夫ですよ。それにリボーンさんだって出歩いてるじゃないですか」


「オレはいいんだ」


「…流石です」


リボーンとは久し振りに会ったが、相変わらずみたいで獄寺は安心する。…知らず、笑みまで零れていた。


…リボーンの方は変わらず不機嫌そうだったが。


「それで、なんでお前はそんな身体の中こんな時間で出歩いてんだ? 死にたいのか?」


「いえ、その…喉が渇いてしまってですね…」


「喉?」


鸚鵡返しに聞いて来るリボーンに恥ずかしながらと頷く獄寺。呆れてしまうリボーン。


「お前な…」


「あはは…は。でもあれです。オレだってただで死ぬつもりはなくてですね。以前リボーンさんから頂いたお守りがここに」


と、自分の懐を指差す獄寺。


「そうか。…悪いが今度は部屋まで連れてってやれねぇぞ。オレはこれからやることがあるんだ」


「はい。大丈夫ですよ。オレの部屋から水飲み場は近いですし。…リボーンさんはご自分の任に専念して下さい」


「ああ。―――じゃあな獄寺。なんかあったら大声を上げろ。聞こえたら駆けつけてきてやる」


「…ありがとうございますリボーンさん。…おやすみなさい」


「ああ」


素っ気無く言葉を返すと、リボーンはその場を立ち去る。


獄寺はぼんやりとその後姿を見送って。自身も喉の渇きを癒す為にまた歩き出した。





…その日の晩。


ボンゴレアジトの中から、六発の銃声が響いた。


跳ね馬のディーノが腹に弾丸を喰らって死亡していると獄寺が聞いたのは、翌日のことだった。





「…ミイラ取りがミイラに…ってことでしょうかね。あの馬鹿…」


絶対に尻尾を掴むと意気込んでいた。なのに…彼はこうして返り討ちとなり、教え子の下へと旅立った。


「そう、だね………。それからね。獄寺くん…。見つかった死体はもう一つ。あるんだ」


「え?」


ふと、獄寺の脳裏に昨夜の晩に出会った人物が思い出される。………まさか?


思わず身を固める獄寺。しかし、出てきた名前は思い浮かべたそれとはまた違った。そして別の意味で…衝撃的だった。


「ロマーリオさん」


「!?」


予想外だったが…納得出来た名前でもあった。


けれど獄寺の見舞いの時にはディーノひとりだけだったから…ロマーリオはひとりで大丈夫だというディーノを陰ながら見守っていたのだろう。彼が万全でいられるように。


けれど結果は…双方の死で終わっていた。彼らは一体なにを見たのか。誰に殺されたのか。…未だそれは明らかになっていない。


「……………」


「ん? どうしたの獄寺くん」


「あ、いえ…その、リボーンさんは大丈夫だったのかな、って…」


「リボーン? なんで?」


「いえ、昨夜オレ…廊下でリボーンさんとお会いしまして。だから少し心配で…」


「リボーンなら今朝も会って元気そうだったけど…ていうか…え? なにリボーン昨日の夜部屋の外に出たの? ちょ、じっとしてろって言ったのに…!」


「じゅ、10代目…?」


いきなり怒り出した…というよりもどちらかというと苛立ち始めたツナに困惑する獄寺。


「貴重な情報をありがとう獄寺くん。じゃあオレリボーンを問いただしてくるからこれで」


「え!? あの、10代目…!? その…なるだけ穏便に…」


あのリボーンがツナの小言で参ったりするとは到底想像も付かないが、それが自分からの情報だというのは気持ちのいいものではない。


しどろもどろにそう言うが…


「んー、そうだねー…ところで獄寺くん。さっきリボーンに廊下で会ったって言ってたけど…まさか獄寺くんも部屋の外に出たの? 獄寺くん自分の容態分かってる?」


にっこりと微笑みながら言われて獄寺は言葉に詰まる。嗚呼、口は禍の門とはこのことだろうか。


「その…すいません10代目…」


「うん。分かってくれたらいいよ。大丈夫リボーンにもそれを分からせるだけだから」


ぶつぶつと文句を言いながらツナは部屋を出た。


…しかし、10代目は何をあんなに怒っているのだろう。


獄寺は小首を傾げる。自分が叱られるのは…この傷だらけの身体でだろうがリボーンはどこも怪我なんてしていない。…確かに、相手はかなりの使い手だろうけど。


純粋にリボーンを心配してだろうと決め付けて獄寺はベッドに横になった。そうするとすぐに眠気が襲ってきた。





―――どれだけ、時間が経っただろうか。


遠くから。近くから。廊下を歩く人間の声が聞こえる。それが断片的に獄寺の耳に入ってくる。





また出た。



被害者は。



まさかあの。



信じられない。



だとするならば。



あの噂。



そんな馬鹿な。



信じない。



けれども。



辻褄は。



信じるな。



でも。



凶器。



今回も?



容疑者。



真犯人?



夜歩いてた。



火のないところには…



やっぱり。





その人の名は―――





獄寺はがばっと身を起こして傷が開くのも構わずに走って部屋を出た。


いきなり出てきた獄寺に話をしていた彼らは驚いたが…獄寺の剣幕に何も言えなくなる。


獄寺にはどうしても聞き逃せない部分があった。


「お前ら…今の話、詳しく聞かせろ」


…この事件の犯人と思われる人物は、既にいたのだ。





「…ずっと黙っていたなんて…酷いです」


「悪いな。お前に心配を掛けたくなかったんだ」


拗ねて口を尖らせる獄寺に、少しも悪びれた様子もなく言葉を放つ…犯人と思われている人物、リボーン。


…といっても、証拠などはなにもない。ただ…犯行に使われている凶器が、リボーンの愛用の一つと同じで。


更にそれは、とても珍しく…そう簡単に入手出来るような武器でもないという点が、リボーンが疑われている要因の一つ。



そして…何よりも。



…あの雲雀を。抵抗させる間もなく殺せるのはリボーンぐらいしかいない…という事実がもっとも大きな要因で。


「道理で…どこか様子がおかしいと思いました。オレ、何かしてしまったのかとどきどきしちゃったじゃないですか」


「あ?」


リボーンは獄寺を睨みつける。


「…重傷の状態で部屋を飛び出したり、殺人鬼が出るような時間に外をうろついたりして何もしてない、と?」


もっともな言い分に、獄寺は思わず乾いた笑いを零した。


「あ……あはは、は―――…って、外をうろついたのはリボーンさんだって同じじゃないですか!」


「オレは犯人をとっつかまえようと思って見回りをしていただけだ」


「…10代目。お怒りでいましたよ」


「ああ、こっ酷く叱られた。自分の今の立場と状況を理解しろ、とか何とか」


そのときのことを思い出したのか、リボーンは面倒臭そうな顔をする。…もしかしたら少しは堪えているのかもしれない。



「…オレにも話してほしかったです」



ぽつりと。獄寺は言葉を零す。その表情は俯いているため見ることが叶わない。


「獄寺?」


「あなたが疑われた時、オレは否定して怒りたかったと言ってるんです」


顔を上げた獄寺は怒った顔でリボーンを見上げる。除け者にされたのが余程頭にきているようだった。


「だから…」


「それとも」


リボーンの言葉を遮り獄寺は言葉を放つ。リボーンは獄寺を見る。


「それとも…まさかオレまであなたを疑うと。そう思ったんですか?」


「……………」


「リボーンさんの、馬鹿」


「お前…」


「オレがあなたを疑うわけがないのに」


「―――悪かった」


リボーンは素直に謝った。が、それでも睨みを止めない獄寺。


「……………」


「……………」


「―――――はぁ」


リボーンはため息を吐いて。獄寺に近寄って…唇を、獄寺のそれと重ねる。


………。


「―――これで許せ」


「………分かりました。許します」


獄寺はそう言ってリボーンに抱き付いた。


恋人ふたりの久し振りの、逢瀬だった。



「…って、もしかしてそれであのときの台詞ですか…?」


「何のことだ?」


「ほら、少し前………雲雀が死んだとき………言いましたよね。死ぬとしても、恐らく最後になるって…」


「なんだ。聞こえていたのか」


「ええ。びっくりしたんですから。…それで、もしかして…犯人はリボーンさんに罪を被せようとしているから、殺されるとしたら最後になるって、意味だったんですか?」


「まぁな。犯人が自分の代わりにオレを裁かせようと思っているなら狙われないかもしれないし。少なくとも今はオレを隠れ蓑にしている状態だろ」


「……………」


「どうした」


「犯人が憎いです…。リボーンさんをそんな風に使うだなんて…」


「もしかしたらこれは犯人も予想外のことかもしれないがな。オレを犯人にしたくての行為なら…緩すぎる。まだ全ては推測の域だ。…さて、オレはもう行くぞ。用がある」


「あ、はい。リボーンさん。お疲れ様です」


ああ、と獄寺に声を掛けて。リボーンは退室した。





ふぅ…とリボーンはため息を吐く。その顔は…どこか影が入っていて。


―――自分を信じると言った。そう言い切った恋人。


…けれど。



「そんなこと言って…本当にオレが犯人だったらどうするつもりなんだ…?」



小さく、そう呟く。その表情は読めなくて。


ふと誰かが近付く気配を感じ、リボーンはその方を見る。


「チャオ、リボーン」


片手を上げて答えたのは、彼の愛人の一人。そして獄寺の姉であるビアンキだった。





「久し振りね。リボーン」


「ああ。仕事は片付いたのか?」


「もちろん。少し骨が折れたから休もうと思ったんだけど…でもボンゴレで変な噂が流れているじゃない? 飛んできちゃった」


変な噂とはもちろん今起っている事件と…その犯人がリボーンであるといわれていることだろう。ビアンキもまた信じていないようだが。


「まったく。馬鹿も休み休みに言ってほしいものね。あなたが隼人を殺そうとした? 更に教え子にも手を掛けた? 有り得るわけないじゃない」


「言わせたい奴には言わせておけ」


「ええ。そうしたわよ? …全部言い終わらせたあと、半殺しにしたけど」


…この姉にしてあの弟ありだな。と思った。獄寺も似たようなことをしたらしい。


「それじゃあ私は隼人のお見舞いに行くわ。…酷い傷を負ってるんですってね…」


「そうだな。怪我の治りが遅いのはあの馬鹿が傷が塞がりきらないうちに歩き回るからだが。お前からもよく言ってやれ」


「…分かったわリボーン。恋人が心配してたって言っておいてあげる」


そう言って。リボーンが口を開く間も与えず微笑んだままビアンキは獄寺の部屋まで入っていった。


二人はそこで別れた。


彼が彼女と言葉を交わしたのは、それが最後になった。





…ボンゴレの噂は伝説の医者にして暗殺者。シャマルの耳にも届いていた。


誰が何を狙ってのことかは知らないが…野放しにしておくのは気が進まなかった。


あそこにいるのは付き合いの長い…それこそ、息子も同然のような人間ばかりなのだから。


シャマルがボンゴレへと足を勧めると、出迎えたのは獄寺の絶叫だった。


彼は血まみれで、肉の塊を抱いていた。



「あ…あ、あ、ああああああああああ!!!!!」


「隼人!?」


慌ててシャマルは獄寺に駆け寄る。白の白衣が見る見るうちに赤く染まった。


「隼人、おい! しっかりしろ!!」


そう声を掛けるも、獄寺には聞こえてないようで。ただただ、叫び声を上げ続けている。


「なんで…こんな……嘘…嘘だこんな…!」


獄寺の言葉は主語が抜けていて、何が言いたいのかは分からない。


…よく見ると。獄寺は肉塊に刺さっているナイフに手を掛けていて。何度も何度も抜こうとしていた。けれど血で滑り手は震えていて何度も失敗していて。


見かねたシャマルが手を貸して。それでようやくナイフが抜けた。よく見ればそれはビアンキが護身の為に持ってたナイフだった。


獄寺は泣きながら肉塊を抱きしめて。


「………姉貴…!」


…姉貴?


シャマルの思考が止まる。



…ビアンキちゃん? コレが?



けれどよく見れば確かに…長い髪が見える。肉にへばりついてる服も…彼女が持っていたものとよく似ている。


それに辺りに散らばる肉塊を掻き集めてみれば…彼女と同じぐらいの大きさになるだろう。


それでもシャマルには獄寺が泣きながら姉と言う肉塊をビアンキと断定することは出来なかった。


それの顔があったであろうと思われる箇所は。原型がないほど潰されていたから。


それはディーノとロマーリオが殺されてから。ほんの三日後の出来事だった。





『そう…それで、獄寺くんの様子は?』


「…精神的にかなり参ってる。…ビアンキちゃんをずっと呼んでるよ…」


『…分かった。悪いけどシャマル。獄寺くんをお願い出来る?』


「任せておけ。つーかオレからも頼むつもりだった。今の隼人はとても一人に出来る状態じゃない」


それから二、三言葉を交わして。シャマルは電話を切った。


隣を見れば、獄寺はうわ言のように姉を呼んでいた。…うなされながら。





あれから、シャマルは獄寺を必死に呼んで。何とか意識をこちらへと向けさせた。


獄寺はぽろぽろと涙を流しながら。焦点の合ってない目でシャマルを見て。



姉貴を助けて。



そう言って崩れるように倒れた。


けれど…シャマルには彼女を助けることは出来ない。



―――死者を蘇らせる術は。それこそ神でもない限りは持ってないのだから。



ひとまずシャマルは獄寺の悲鳴を聞きつけて来た人間にビアンキ…だったものを任せて獄寺を部屋まで運んだ。


血塗れの獄寺の身体を見る。…が、獄寺自身には新しく付けられた傷はなくて。


精々が前からの傷が開いていたとか。ビアンキに突き刺さっていたナイフを抜く時に手を切ったとか。その程度で済んでいた。


その状態にシャマルは安心して。獄寺の服を代えて簡易に手当てをして…そして静かに…獄寺の目が覚めるのを待った。


そうして、目覚めた獄寺は…どこかぼんやりとしていて。傍にいるシャマルの姿にも疑問を持たずに静かに呟いた。


「夢を…見た」


それは事実を認識してない言葉だった。


「姉貴が…血だらけで倒れていて。オレは慌てて駆け寄って…嘘だって。こんなの嘘だって叫びながら…姉貴に…姉貴…」


それ以上はシャマルが聞くに耐え切れず、思わず獄寺を抱き締める。獄寺が初めてシャマルを見た。


「あ、れ―――シャマル? なんで…夢には出てきたけど…あれ? 夢………?」


ぶつぶつとうわ言を繰り返す獄寺。そこにシャマルは…それを酷と知りながら。真実を告げる。…彼女は、もう―――…



「…嘘」



小さく呟かれる、否定の声。


「だって…そんな。昨日だって話したのに…笑い合って、今日も来るって…!」


嘘だと。嫌だと泣いて。叫んだ。


届かない嘆きはシャマルの胸に吸い込まれていった。



そして…今に至る。



獄寺はずっとずっと姉を呼び続けていて。シャマルはそれを悲痛な表情で見守っていた。


己の無力を噛み締めながら。


だから。このときにシャマルは誓った。


せめて…獄寺だけでも守り切って見せると。





けれどそのシャマルも。


その日の晩に―――殺された。


ビアンキほどではないが、ナイフでその肌を幾重にも渡って傷付けられて。


シャマルの胸の中には、獄寺がいた。


シャマルは獄寺を何かから守るように。庇うように。抱き締めていた。


当の獄寺は気を失っていた。


そしてその日。ボンゴレから姿を消した人物が一人いた。その人物こそ―――…





この事件の最有力犯人候補…リボーンだった。





「あーもう! リボーンの馬鹿ー!!!」


ツナは一人自室で叫ぶ。もう頭がこんがらがって付いていけない。


恐らく…シャマルは犯人から獄寺を庇って死んだ。


…もしかしたら、獄寺はずっと狙われていたのかもしれない。そんな考えがツナに浮かぶ。


犯人に襲われた人間の中で、怪我こそ深いものの唯一の生存者。


彼には傷を負わされたときのことを思い出したら進言するようには言っているが…少々強引な手を使って記憶を引きずり出さなければならないかもしれない。


気が進まないなどともう言ってはいられない。それだけの仲間が…犠牲になってしまった。


ため息を一つ吐くと、ツナに直通の電話。それを取ろうとした時、入口の扉が開けられて。


来賓の姿を見たとき…ツナは。自分がとんでもない思い違いをしていたことに気付いた。







10回目のコールをしても対応がなく。電話主…リボーンは舌打ちを一つして電話を切った。


「……………」


リボーンはある調べ事をしていた。それが終わり報告を入れようとしたのだが…


それは…出来ることなら外れてほしかった予感。


けれども…当たってしまった現実。


リボーンは暫しこれからすべき行動を…取るべき行動を思い…悩み………


苛立ちを誤魔化すかのように、電話を思いっきり殴りつけて。リボーンはアジトまで走った。







音もなく。目蓋が開けられる。


目が醒めたばかりの獄寺は動作が遅い。ゆっくりと身を起こして…状況を判断しようとする。


どうにも…最近記憶が欠落している。ノイズが走っていて全てを思い出しきれない。


「…?」


はて。と獄寺は首を傾げる。


どうして…自分の身体中が血で汚れているのだろうか。傷がまた開いたにしては量が多すぎる。



ザ、ザ、…ザー…



思い出そうとしても頭の中にノイズが走るだけで。蘇るのは断片的な記憶だけで。


それでも見えたのは…自分以上に血にまみれた、シャマルの―――…


「ぁ―――――」


かちりと。頭の中で何かが切り替わる音がした。


途端に獄寺の目から色が消える。


頭の中が空っぽになって。ただ…ただ一つの衝動だけが獄寺に残った。



それは喉が焼ける程の飢渇衝動。



獄寺は喉の渇きを潤す為に、傷が開くのも構わずに外に出る。


けれど向かった先は何故か彼の敬愛するボンゴレ10代目の部屋で。


獄寺はノックをすることすらもせず、コールが聞こえてくる室内の扉を開け放った。







走る。


リボーンは走る。


まだ間に合うと信じて。


息を切らせて。


悲劇をどうにか止めようと。



―――頭の片隅、冷静な部分が今の自分を醒めた目付きで見ているのを感じながら。



…もう、全ては手遅れなんだと。自身を嘲っているのを聞きながら。


それでも、走った。







…辺りが。静かになった。


もう。何も聞こえない。喉の渇きもどこかへいってしまった。


周りに動くものは何もない。獄寺のみが無音の世界の中で佇んでる。


けれど…そんなはずはないと。ぼんやりと獄寺は思う。だってここは…10代目の部屋だ。


自分だけがいて、10代目がいない…なんてことはないだろう。彼が留守の間に自分がここに訪れることはないのだから。


だから…10代目はどこかにいるはずなのだ。姿は見えないけれど、きっとどこかに。


と、そういえば………視界が。いつもと違う。


部屋の真ん中に、いつもならばない。…人間大の大きさの物が…あって。それから…赤い染みがどんどん広がっていて…


「………10代目?」



ザ、ザ、ザザ、ザー



ノイズが走る。獄寺の回想の邪魔をする。


けれどそれでも…獄寺は思い出そうとする。



ザザ、ザ、ザー…



頭が、痛い。


手で頭を押さえようとして。…気付いた。自分は手に何かを持っていると。


それは…







―――ある施設で、そういう研究が行われているという噂は聞いたことがあった。


ある因子を体内に挿入して仲間殺し―――最大の裏切り行為を強制させる研究。


けれどそれはまだ実験途中で。…モルモットに選ばれていたのは捕らえた人間。


そしてその研究を率先して行っていたのが、数ヶ月前…獄寺を拉致したファミリーだった。


獄寺も実験体にされたのだろう。拷問を兼ねての。


獄寺はあのファミリーの中で作り変えられた。


リボーンが助けに来た時には、"獄寺隼人"は既に死んでいた。


…いや、もしかしたらまだ獄寺隼人は"い"るのかもしれない。


仲間の死に涙し、憤り、絶望していた彼の想いは…本物だった。


けれどそれも時間の問題。


…死体が出るまでの日数が、段々と短くなってきている。


獄寺隼人が獄寺隼人でいられる時間は…残り僅か。


リボーンは自身の不甲斐なさに苛立っていた。


リボーンは、気付けたはずだったのだ。


けれど今まで見逃してしまったのは…



そんな現実を、信じたくなかったという甘い考えから。



…それはずっと昔の話で。


彼にある贈り物をしたことがあった。


それはまだ、彼らが恋人同士になる前のこと。


彼はリボーンからの贈り物を大層喜び、大事にしますと花が綻ぶような笑顔を向けてくれた。


常に持っていて。お守りにしますからとも言っていた。


「……………」


リボーンは回想する。あくる日の深夜の。獄寺との会話を。



あはは…は。でもあれです。オレだってただで死ぬつもりはなくてですね。以前リボーンさんから頂いたお守りがここに。



どれほど遅くともあの時。気付くべきだった。思い出すべきだった。


リボーンは懐から銃を取り出す。…ランボ、雲雀、ディーノ、それにロマーリオの命を奪った銃…と同じ型。


それとまったく同じものを、獄寺もまた持っていた。


ボンゴレに着いたリボーンは迷う事無くツナの部屋まで急ぐ。…扉は開いていた。そしてそこから見える光景は―――


「…っ」


地に伏して。血を流し。倒れているツナ。…と。茫然と。それを見つめている…獄寺。


「ご…」


思わず声を掛けるも、その言葉は途切れる。…獄寺が振り向いたから。


獄寺は生気のない瞳で恋人を見ていて。その手には恋人が持っていた凶器が握られていて。


それはそのまま。リボーンへと真っ直ぐに向けられた。


銃声が響いた。







…けれどそれは、リボーンに当たらなかった。


獄寺の左手が、銃を持っていた自分の右腕を弾いたから。


茫然としているのは獄寺。


唖然としているのも獄寺。


今見た光景が信じられないのも…獄寺。



「リボーンさん…? オレ…オレ…?」



状況がまるで分かってない、酷く混乱している様子の獄寺。


そんな獄寺の視界に…



ザーーーーー。



いきなり、砂嵐が。


「ぁ…?」



ザザ、ザ、ザ、ザー…



ノイズが聞こえる。ノイズにまみれた白黒の世界が見える。


それは少し前の…まだ誰もいなくなってない世界の光景。





始まりは、喉の渇き。


それだけ。


獄寺は自室の水差しの中身を全部飲み干した…けど。


でもそれでも収まらなかった。


その後…自分は眠ったはずだ。そのはずだ。


だけどノイズの混じった白黒世界は獄寺の記録とは違う景色を映し出す。


獄寺は少し悩んで…絶対安静だと言われているのにも拘らず、水飲み場へと向かって行った。


そしてその途中、バランスを崩して倒れそうになった時、思わず伸ばした手が…硝子を壊した。


ガシャン。


そのときの音が。感触が…喉の渇きをいつしか収めていた。





   …そうだとして…それが?





ザ、ザザザ、ザ、ザー…



ノイズが走る。ノイズが走る。頭の中に、ノイズが走る。


一瞬の砂嵐。


それが視界から抜けたとき、視界の世界は数日経っていた。





また、獄寺は喉の渇きを感じていた。


水差しの中は、当然のように空っぽで。


また…水を飲もうと部屋を移動して。


その中で見つけた子猫。


それに獄寺は自然と手を伸ばして―――





ザーーーーー。





「ぁ―――――」


その光景は、悪夢か。


獄寺が視たものは、何故か自分がランボを銃で撃っているシーンだった。


見えたのは、状況をまったく理解出来てない弟分の姿。



ザーーーーザザザザ、ザーーーー



ノイズが。ノイズが走る。


その風景は、何の冗談か。


獄寺が視たものは、何故か自分が雲雀を銃で撃ってるシーンだった。


避けれただろうに。真正面にいる雲雀は何故か…とても不機嫌そうな顔をして。…そのまま撃たれた。


銃弾を腹に胸に心臓に受けて。雲雀恭弥はそのまま倒れた。



ザー、ザザザザ、ザザー



ノイズが走る。ノイズは途切れない。途切れてくれない。


その景色は、本当に現実か。


獄寺が視たものは、自分が物陰に隠れていたロマーリオを撃ち殺し。そして銃声に驚くディーノに残りの弾丸を叩き込んでるシーンだった。


最後のディーノの顔はどんな形相をしていただろうか。それを確認するのは…恐ろしかった。



ザザーーー、ザザ、ザザーーー



ノイズが。ノイズが走る。


その間に身体の内側から激痛が響いている。何の前触れもなく、突如として現れた痛みに翻弄される。


内側から壊されるような。何者かに破壊し尽くされるような痛みが…右手を引っ張られる感触と共にまたも急に和らいだ。


どこか朦朧としながら何事かと見てみれば…


「………」


リボーンが。獄寺の恋人であるリボーンが。


…獄寺の銃を握ったままの右手を掴み、それをそのまま…自分自身の眉間へと向けていた。





「リ、ボーンさん…止めて…くださ…」


獄寺はリボーンに哀願する。気付けば、獄寺の頬から一滴の涙が。


「冗談でも…そんな、こと……オレ…今、おかしくて…っ」


獄寺は拳銃から手を離そうとする。けれどまるでそこだけ別のものになってしまったかのように命令を受け付けない。


それどころか…


「っ…リボーン、さん…っお願いします…っオレから…離れて…!」


獄寺の指は少しずつ少しずつ引鉄に喰い込んで行く。すぐ目の前には恋人がいるというのに。


ぽろぽろと涙が零れる。その最中にも、また獄寺の脳裏にはノイズと―――見たくもない現実が。


映像が断片的に獄寺の頭に映し出されては消えていく。


映像は一瞬で消えて行くも、それだけで事実を知るのには充分だった。


視えたのは、ビアンキを追い掛ける自分。


視えたのは、振り返るビアンキ。


視えたのは…ビアンキを刺している、自分。


視えたのは、驚いているビアンキ。


視えたのは、いつまでもいつまでもビアンキを刺し続けている自分自身。


「あぁ…」



記憶が。


知らない記憶が蘇る。



それは自分を守ろうとしてくれた人との記憶。


喉が渇いたと言った自分の為に、水を持って来ようとして…


その身体を、刺した。


彼は驚いていた。


なおも構わず、無表情で刺し続ける自分。



―――止めろ! 止めやがれ!!



必死に叫ぶも、目の前の光景は止むことはない。


獄寺は既に分かっていた。


これは実際に起こったこと。


けれどそれを認めるのは、恐ろしかった。


だけどそれ以上に恐ろしいことは…



今。自分が最愛の恋人であるリボーンを殺そうとしていること。



指は徐々に徐々に…引鉄を引き切ってしまおうと力を入れ続けている。


その先にはリボーンがいるというのに。


「リボーンさ…オレから逃げて………いえ、オレを…殺してくださぃ…リボーンさん!!」


リボーンならば、自分が引鉄を引ききる前に自分を殺すことは可能だろう。


…可能だろうに、リボーンはそのまま動かない。


「リボーン、さん…!」


「―――ずっと。考えてた」


「…!?」


静かな口調で、リボーンは口を開いた。


「お前が皆を殺したとして…果たしてオレは、お前を殺せるのかと」


「なにを…!」


獄寺の耳にはリボーンの言葉は半分も入ってこない。気を抜くとすぐにでも右手が引鉄を抜いてしまいそうで。


けれどリボーンはそんなことまるで意に返してないように。銃なんて見えてないかのように言葉を紡ぎ続ける。


「殺せる、と。そう思ってた」


自分の持っていた武器を持って。腐れ縁を殺し。教え子を殺し。そして…今自分を殺そうとしている人間なんて殺せると。


そう、思っていたのに。


今目の前で。涙を流し。見知らぬ事実に怯える恋人。



―――殺せるわけがなかった。



「…悪いな。獄寺」


もう彼は戻れないと。…殺さない事には救えないと分かっていながら、それでも殺せなかった。


「オレは、お前に生きてて欲しいんだ」


「な、に…言ってるんですか! オレは…みんなを、ころ、して…!」


「…生きてさえいれば、償いなんていくらでも出来るんだぞ」


「でも…!」


獄寺の引鉄に絡む指が引き寄せられる。


リボーンは避けない。…それどころか、今もなお獄寺の腕を掴んで。自分自身に標準を合わせている始末だ。


…リボーンは知っていた。


あのアジトで、獄寺になにが施されたのか。


今の獄寺の裏に、殺戮者の顔を入れて、混ぜる。


普段はいつもの獄寺で、殺すときだけ…殺戮者の顔が現れる。


そのときの記憶を、獄寺は一切持ってない。


…仮に記憶を持っていて。しかも現実のショックに耐え切れず自殺でも図ろうものなら…その身体は急激に痛みを発する。


それを止められる方法は…



―――目の前の人物を、殺すこと。



その事をリボーンは知っていた。


今までずっと。調べていた。


獄寺を抱き締めたシャマルの遺体を最初に発見したのは、なにを隠そうリボーンだった。


シャマルの胸の中で、血だらけのナイフを握っていた獄寺。


それで獄寺が犯人なのだという可能性から目を逸らせなくなり、それに連動して…その研究の事を思い出してしまった。


それからリボーンは、調べに走った。


どうにか獄寺を救えないかと。


けれど出てきた答えは………


「…最悪だな。研究はまだまだ途上中だ。完成していればまだ治せたのかもしれないのに」


独り言のように呟くリボーン。そして他人事のように目の前の銃口を見ている。


「リボーンさん…いや…いやです、オレ…」



引鉄が、引かれる。



「…獄寺」



引かれる。



「お前を救えなくて。悪かったな」



引かれる。



「お前を殺すことが唯一の救いになるって事…分かってんだけどな」



引かれる。



「…多分。雲雀もそうだったと思うぞ。あいつも恐らく…お前に殺されなきゃお前が死ぬと分かったんだろうな。あいつお前に惚れてたから」



引かれる。



「…そんな、泣くなよ」



引かれる。




「―――獄寺」




引かれる。




「本当に悪い」




引かれる。




「どうか」




引かれる。




「お前は」




引かれ―――




「ぃダァアン!!!!!





―――そうして…目の前の少年は物言わぬ亡骸になった。





至近距離で撃たれた弾丸はリボーンの顔を原型のないほどにまで潰していた。


「あ…あぁ、ああああああああ!!!」


顔を真っ青にさせて、獄寺はその場に座り込む。


思い出した。


思い出した。


全てを思い出した。


あの組織に捕まって。


閉じ込められて。


変な薬を打たれて。


痛くて。


苦しくて。


喉が渇いて。


窓を壊して。


猫を殺して。


そして…


「あ、ああああああああ!!」



ランボを殺した。



そう。そしてそのとき。


そのときも一度、自分は思い出したんだ。


だからこそ、あの時…獄寺は自殺を図った。


けれど…死ねなかった。


火薬が吹き飛ばしたのは自分の命ではなくて、とても重要な記憶だった。


なんてこと。


なんてこと!


皆を殺していたのは…なにを隠そう、自分自身だった。


獄寺はよろよろと、右手を自身のこめかみに持っていく。


右手は今もなお、皆の命を奪った凶器を持ったままだった。それはまるで身体の一部になってしまったかのように離れてはくれない。


熱を帯びたままの銃口を皮膚に当てる。


あとは引き金を引くだけで、みんなのもとまで旅立てる。


引き金を引こうとする。


引こうとする。


引こうとするたびに、さっきまで生きていたリボーンの言葉が蘇る。



…悪いな。獄寺。


オレは、お前に生きていてほしいんだ。



なんで…なんでそんなことを。


「どうして…そんなことを最後に言うんですか」


獄寺の頬に、冷たい何かが伝った。


「オレは…死にたいのに!」



…生きてさえいれば、償いなんていくらでも出来るんだぞ。



「オレはその生を。奪ってしまったというのに!!」


引き金を引こうとする。


なのに指は固まってしまったかのように動かなかった。先程はあんなにも必死で止めようとしても無駄だったのに。


「…リボーン、さん…」


泣きじゃくる獄寺。


…その獄寺の耳に、どたばたと足音が。


開かれたままの扉の向こうから現れたのは、ボンゴレの部下。


彼らからは、憎悪の念が感じられた。


「獄寺…隼人! 貴様が犯人だったのか!」


獄寺が言葉を発するよりも先に、相手から無数の銃弾の雨が与えられた。


鼓膜が破れるような銃声。


その集中砲火を浴びた獄寺の身体は見る見るうちに穴だらけになっていく。


獄寺の皮膚が破れ、肉が抉れ、骨が砕ける。


出来た傷口を思わず庇おうとも、当てた手も吹き飛びますます傷口を増やしていく。


銃声は止まらない。


獄寺に既に致命傷を与えているというのに、銃声は止まらない。


一秒経つごとに獄寺の身体が小さくなっていく。意識も薄くなっていく。


やがて。弾丸の一つが…獄寺の頭に命中し。その顔を吹き飛ばした。


獄寺の意識も吹っ飛んだ。


それから暫くして、ようやく砲撃が終わる。


残ったのは、ボンゴレ10代目と、リボーンと…そして裏切り者の肉片。


こうして、真相は全て闇の中に葬られ。獄寺隼人はボンゴレ史上最悪の裏切り者として歴史に刻まれた。


獄寺隼人は10年来の仲間を殺し。


姉を殺し。


師を殺し。


自らを拾ったボスを殺し。


そして…最愛の恋人を殺して。


最後にはファミリーの人間に殺されたと。そう刻まれた。



…その、彼が。


最後の最後まで…皆の、命を奪った。


恋人からの贈り物である銃を抱き締めて離さなかったことは…





それこそ本当に。誰も知らない話。





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そしてそれは。誰も知らなくていい話。


ヒビキミトリ様へ捧げさせて頂きます。