「………」
それから、何人もの人間がオレのすぐ傍を通り過ぎていきました。
10年来の付き合いの奴ら。オレ直属の部下。その誰もが、オレの前を素通りして行きました。
それで、オレは気付いたんです。
…オレは、そんな存在になったんだって。
だから、
「…だから、貴方に声を掛けられたときには本当に驚きました」
言われてオレは、この場でこいつと会った時を思い出す。
ただぼんやりと、そこに立っていた。
声をかけたら、面白いぐらいに反応した。
―――その理由が、コレか?
誰にも見てもらえず、気付かれず。
そうしてずっとここにいたから。
だから"奇跡"なんてつまらない言葉を使ったのか?
「…どうやらオレは、今までずっと周りと食い違っていたようだな…」
獄寺が奇跡という単語を使った意味から、ツナに「獄寺と会った」と言って返された言葉。
…あの時ツナは「オレも会った」と返してきたが、あれは恐らく"医務室で眠っている獄寺の見舞いに行った"という意味だったんだろう。
………。
と、遠くからシャマルが走ってきた。
それも必死な形相で。
…あいつがあんな顔するなんて珍しいな…
「シャマル! どうしたんだ?」
「ああ? リボーンか…隼人の様子が急変したんだって連絡があったんだよ!!」
シャマルは走るスピードを落とさずそう叫んで去って行った。
隼人………?
オレは暫し考えて…
「ああ、お前の名前か」
「リボーンさん…いくらなんでもそれは酷すぎるかと…」
そうか?
「てか、お前…容態が急変したらしいぞ」
「らしいですね」
「…お前はいつも通りだな」
「不思議ですね」
…本当に容態急変してるのかよ。こいつ。
と、不意に後ろに気配を感じて。振り返る。
「…ツナか」
「また、がっかりさせた…?」
「別に」
現れたツナは、目に見えて生気が抜けていた。
「あはは…シャマルにね。追い出されちゃったよ」
「そうか」
「………」
ツナは黙ってこちらを見ていた。
そして。やがて。重く口を開く。
「リボーン…誰かと話していたようだけど…誰かいたの?」
「見てのとおりだ」
「……そう…」
言って、ツナ辺りを見もせずに顔を俯かせる。
やっぱりツナは獄寺には気付かない。
…獄寺が、見えてない。
日頃あれだけ獄寺の為に時間を割いているというのに。
恐らく獄寺の目覚めを一番願っているのはこいつだろうに。
なのにこいつには、目の前にいる獄寺の姿が見えていない。
獄寺の顔は、いつしか例の無表情面へと変わっていた。
………。
ああ、もう。なんでこんな時に…思い出しちまうかな。
「―――ツナ」
「…なに?」
ツナがけだるそうにこちらを見てくる。
獄寺は表情を変えず、どことも取れない方向を黙ってみている。
…はぁ。
「…いい加減、新しい右腕を作れ」
ツナの目が見開かれた。
横から獄寺の視線を感じた。
「それが獄寺の願いだ」
いつぞや聞いた獄寺の願いを、今思い出してしまった。
あの時はまさか獄寺が他の人間の目に映らないなんて知らなかったから、自分で言えといったが…
けれど獄寺の姿も声も、今はツナには届かないのなら。
なら…仕方ない。
今このときだけ、伝言板になってやる。
けれどツナの返答は、やっぱりというかなんと言うか予想通りなものだった。
「…嫌だよ。オレは獄寺くん以外の右腕は作らない」
オレの横では獄寺が複雑そうな顔をしている。
ツナはそんな獄寺が見えていない。
「それに…なんで獄寺くんの願いがそうだって分かるのさ。…獄寺くんに聞いたわけでもあるまいし!」
獄寺に聞いたんだ。
…などと言えるはずもなく、オレは声を荒げるツナに声を掛ける。
「―――聞かずとも、獄寺の性格を考えれば分かることだろう。それともお前はあれだけ獄寺と一緒に過ごしておきながら、獄寺のことなど何も分かってなかったと言うのか?」
最低限しかあいつと同じ時間を過ごさなかったオレですら分かるのに、と付け加えるとツナは苦虫を噛み潰したような顔になる。
…ツナだって、分かっているはずだ。
今自分のしていることが、決して最善ではないことぐらい。
「…それでも」
「………」
「それでも…駄目だよ。無理だよ…。ずっと獄寺くんは、ボンゴレ10代目の右腕を目指してきた…獄寺くんが目覚めた時、その居場所がなくなっていたら…獄寺くんは…」
目の端に捉えた獄寺は、無表情を解いていて。…寂しげに笑っていた。
ツナの気遣いが嬉しいのと、幼き頃からの夢を諦めなければならないことの悔しさで。
獄寺の表情からは言葉を聞くまでもなく。言いたいことが伝わってくる。
それをツナに伝えられるのは…オレしかいない。
…やれやれ。
(…10代目)
「―――ツナ」
静かに呟けば、ツナの肩が揺れる。
(オレは貴方の傍にいられて、幸せでした)
「獄寺はお前の隣にいられて、幸せだった」
獄寺の変わりにそう言えば、ツナは獄寺の方ではなくオレの方を見る。
(オレは貴方の右腕になれて、貴方を守ることが出来て。…幸せでした)
「獄寺はお前の右腕になることが出来て、お前を守れて。…満足したはずだ」
…満足だった。と言おうとして少し言い換える。こう言わないとツナには通じない。
(だけど)
「だが」
ツナの顔が曇る。
(オレは、貴方の足枷にはなりたくない)
「獄寺はもう、使えない」
ツナがオレを睨みつける。そんな事ないと目が訴えている。
(どうか、オレを切り捨てて下さい)
「もう、獄寺は諦めろ」
ツナに更に睨みつけられる。それとは対照的にオレの横にいる獄寺は満足そうだ。
(オレのことなんて、忘れて)
……………。
「…だけど、ま―――たまには思い出してやれ」
(……え…?)
それぐらいなら、いいだろう?
(…リボーン、さん…)
それから暫し、沈黙が辺りを支配した。
…そして。
「…今の、本当にリボーンの言葉…?」
「あ?」
「なんか、本当に…獄寺くんに言われたような気分だった。…獄寺くんが、すぐ傍にいるような気さえ…」
「………」
それは気のせいではないのだが、オレにはそれを正しく伝えれる術を知らない。
オレの横ではツナの言葉を聞いてか獄寺が少し驚いたような顔をしていた。
「10代…」
「―――ごめん、オレ…ちょっと部屋まで戻ってる。なんか、頭ごちゃごちゃしてきた」
ツナは目元を抑えながらこの場を去った。
あいつ、やっぱり獄寺の前では泣く姿を見せないんだな。
見えてないくせに。
「本当にこれでよかったのか…?」
「オレとしては満足です。ありがとうございました、リボーンさん」
後ろから獄寺の声が聞こえる。
「そりゃ、お前は満足だろうが…ああ、くそ。柄にもないことをした。二度はないと思え」
「大丈夫です。最初から二度目なんて畏れ多いもの期待してませんから」
…むしろお前の今の発言の方が畏れ多い気がするぞ…
「…まったく、お前という奴は…」
呆れ顔で振り向いた先には、誰もいなかった。
「…獄寺?」
呟いてみるも、返って来る返答もない。
まるで、最初から何もなかったかのように。
「……………」
―――――リボーンさん。
ありがとうございました。
そしてそれから数日。
ツナはとうとう折れ、獄寺を右腕から外すことを宣言した。
空いた右腕の席は、オレが継ぐことになった。
…そしてその、ほぼ同時に…獄寺は亡くなったらしい。
最初から目覚める可能性は低かったという話だ。
どちらかというと…死へと向かっていた身体を、無理矢理生き長らえさせていた…というのが正しい。とシャマルはぼやいていた。
…それでも、生かせたかったとも。
それはツナも同じ気持ちだったのだろう。
だが、それでも獄寺は………いってしまった。
心残りであるツナを、オレに託して。
「…まったく、最後の最後でとんだ迷惑を喰らっちまったものだ」
「んー? リボーン今なんか言った?」
「なんでもねぇ」
「…? ならいいけど」
ツナと二人、あのフロアを通る。
出る直前に振り返ってみたが、そこには当然のように子供のように手を振ってくる馬鹿の姿はなかった。
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あいつは、もういない。
反転有り。