「そして…10年の付き合いの奴らも…オレの部下も…」


「―――獄寺」



オレはなおも言葉を放つ獄寺に手を伸ばした。



「っ、リボーン、さん…?」



なんだ。ああまで言うからてっきり本当に幽霊か何かなのかと思ったが…ちゃんと触れるんだな。どんな論理なんだ?


オレの目では普通に見えるし、普通に触れるんだけどな。


獄寺は茫然とオレを見ている。


…どうした? こいつ。



「…獄寺?」


「え!? あ、あぁ…はい、リボーン、さん…」



こいつ…本当に大丈夫か?


全然大丈夫に見えない獄寺はやっぱり大丈夫じゃないらしく、今度は何故だか顔を俯かせて肩を震わせる。


…そんなにオレに触られたのが嫌だったのか?


そう思い手を離そうとすると、逆に掴まれる。…その手も震えていた。


…何がしたいんだ? こいつは…



「…すいません、リボーンさん…」


「ん?」



「まだ…もう少しだけ、このままでいて下さい…」



二年振り、なんです。と小さく呟かれる。


何が、なんて言われるまでもなかった。


こいつが言ってることが正しいのなら、人と会話するのはもちろん…こうして誰かと触れ合うことも二年振りだろう。


……………。





暫くして、獄寺は自分から離れていった。





「ありがとうございました」


「もういいのか?」


「出来ることなら、一生涯リボーンさんに触れていて頂きたいです」


「………お断りだぞ」


「ええ。分かってます。…ので、今日はこの辺りで」



今日はってこいつ…次の機会も狙ってやがる…



「はぁ…ま、そのうちな。それで、二年振りの他人の手はどうだった?」


「冷たかったです」



オレ体温低いからな。


…獄寺の頬もそれなりに冷たかったが。



「…冷たかったんです、けど…」



獄寺の言葉尻が震える。


そして…




「あたたかかった…です……っ」




はらりと、獄寺の目から涙が零れる。


二年越しの人との触れ合いは、こいつの中でとても大きなものみたいだった。


「いい年した男が泣くなよ。ったく」


言って指で涙を絡め取れば、雫は手の平の中へと入る。



「…っ、リボー、さ……!」



なおも涙を流す獄寺が抱き付いてきた。


…男が抱きつくな。鬱陶しい。気色悪い。


そう言って獄寺をぶん殴っても、獄寺はどこか嬉しそうだった。


しまった。こいつマゾだったか。



「違います。人との触れ合いに感動していただけです」


そうかよ。



「…泣くほど嬉しいなら、もっと早くオレに触って来ればよかったんじゃないのか?」


「…何言ってるんですか。オレからリボーンさんに触るなんて畏れ多いこと出来ませんし、リボーンさんが許すとも思えません」



許すって…お前な…



「じゃあ、「すいません、ぬくもりが恋しいのでリボーンさんに触っても宜しいでしょうか?」って聞いたらリボーンさんはどうしました?」


「「何言ってんだお前」って言って、断るな」


「じゃあ、オレがおもむろにリボーンさんに手を伸ばしてきたらどうしてました?」


「普通に避けるな」


「……………」



…そんな顔するな。悪かった。



「はぁ…そういうことです。まぁそうじゃなくとも…自分から触ろうなんて怖くて思いませんでしたでしょうけど」


「あ?」



怖い?



「…身体をすり抜けたりして、触れなかったら…怖いじゃないですか」


「………」



…やれやれ。


オレは獄寺のでこを指で弾いた。



「ぃた!?」



獄寺が怯むが、構わずオレは更に獄寺を弾く。



「いた! 痛いですよリボーンさん!?」


「当たり前だ。身体をすり抜けるわけがねーからな」


「………」



…だから泣くなって。


って、


ん?


不意に変な気配を感じて、振り向いた。



「…ってなんだ。またお前か」


「なんだって…本当リボーンて失礼だよね…」



振り向いた先にいたのは、先程別れたツナだった。



「どうした。もう用は済んだのか?」


「うん。…獄寺くんの容態がまだ不安定で…シャマルに追い出されちゃったよ。それよりリボーンこそさっきからぼけっと突っ立って。待ち合わせか何か?」


「……………」



やはり、こいつには見えてないのか。


オレのすぐ横、ツナの正面に獄寺がいるというのに。


オレの手には先程獄寺に触れた感触だって残っているというのに。



「…なんでもねぇ」



オレはその場を去ろうと、一歩下がった。





―――と。





―――唐突に殺気が現れた。



それはオレがツナから離れる瞬間を待っていたとしか思えないタイミング。



急な敵の出現に思わず懐の銃へ手を伸ばし、構えるが…時間が足りない。



そいつは恐らくずっとチャンスを伺っていたのだろう、最初から構えていた相手とこれから武器を取り出すオレとでは…クソ、間に合わない!!





「―――10代目!!!」





オレにしか聞こえない獄寺の声と、二つの銃声が響いた。


相手はツナの命さえ奪えれば自分の命など要らなかったのだろう、オレの動きには目もくれず何の反応も示さず…引鉄を引いていた。


相手はオレの銃弾に撃たれ、赤い血で床を汚す。


オレは相手の放った銃弾が獄寺をすり抜けツナに当たり、血を流しているのを想像した。想像の中の獄寺は真っ青になっている。


恐らくそれが命中するだろうと思いながら………振り向く。と。



「…リボーン…今…」



そこに広がっていた光景は、オレの予想とは違ったものだった。


何故か獄寺の姿はなく、そしてツナは一見無事なようだった。…まぁ、顔色は悪いが。



「ツナ。撃たれたと思ったが…大事ないみたいだな」


「そんなことよりもリボーン! 今!!」



ツナはオレの話なぞ聞かず捲くし立てる。しかし言ってる本人も混乱しているのかどうにも要領を得ない。



「…うぜぇぞ。言いたいことがあるならきちんと言え」


「オレ…今、撃たれた…よね?」


「その場はオレは見てねぇ。見たところどこにも撃たれた様子はねーがな」


「違うんだって! 撃たれたんだよ! 銃弾が真っ直ぐオレに飛んでくる所だって見えて! 当たるって思ったんだよ!!」


「当たってねぇじゃねぇか」



確かにオレもあれは当たるかと思ったが。



「そう…オレ、当たってないんだよ………ねぇリボーン。信じられる…?」


「あ? 何をだ?」


「今…さっき…オレに弾丸が当たる直前に………」



ツナは一度言葉を切る。


それほど言うことに抵抗のあることなのだろうか。ツナは言葉を紡ぐのにかなり悩んでいた。



「直前に………一瞬、獄寺くんの…姿が…」



―――――。


オレの脳裏に、最後に聞こえた獄寺の声が蘇る。





―――10代目!!!





切羽詰った声だった。



「…獄寺の姿が、見えたのか?」


「…え?」



ツナは否定されるものとばかり思っていたのか、かなり驚いていて…けれどすぐに頷いて。



「…見えた。…声だって聞こえた………オレ…また、守られた…」



そう言ってはツナは先程か…それとも二年前を思い出したのか、ぽろりと目から雫をこぼす。


オレは辺りを見渡すが…それでも獄寺の姿は見受けられない。


まるで初めからいなかったかのように、その姿は消えていて。


ふと思い立って手の平を開いてみれば、その手は乾いていた。





―――この、同時刻。


オレたちが襲撃を受けた所より離れた病室にいる獄寺の身体が急変したらしい。


…全ては後日に聞いた話だ。


獄寺は突然、胸を押さえて苦しみだしたと。


…そこは二年前、ツナを庇って受けた傷の場所とはまた違って。(その時は腹部に傷を受けたそうだ)


更に言うならそこは…ツナがいうにはあの時"現れた"獄寺がツナを庇って撃たれた…辺りの場所らしい。


…全ては、後日聞いた話だ。


だからオレたちはこのとき、獄寺がそれこそ死ぬほど苦しんでいるなどと…知るよしもない。





そして―――





…オレはまたあの通路を通る。


けれどやはりあいつの姿はない。


今度はあいつが収納されていた病室の前を通る。


そこには人の気配すらない。





…あれから、一度だけ…(ツナに引っ張られるようにして)獄寺の病室に行ったことがある。


そこにいた獄寺は―――オレの記憶のうちにあるあいつの姿とは変わり果てて見えた。


肉が落ち、ほぼ皮と骨で構成されたような肉体。


身体のいたるところからチューブが刺され点滴が打たれ…そうして無理に、生き長らえされていた。


薬物漬けにされ、起き上がること…いや、意識を取り戻すことすら二度と出来そうにない獄寺。


そんな獄寺を見て、獄寺をこんな常態にさせたツナは…「無事で良かった」と涙を流していた。


無事? 無事だと?


この状態を見てツナは無事というのか?


ツナの獄寺を死なせたくないという気持ちは分からないでもない。


けれど…これは異常だ。


怒りにか、それとも失望にか…オレは思わず思いの丈をツナにぶつけようとした。


けれど。










       リボーンさん。



       やめて下さい。










小さな声が、それでも確かに耳に届いた。


ツナをぶん殴ってやろうと思っていた右腕を誰かに掴まれる。


振り向くが、誰もいない。


腕を見てももちろん誰の手もなくて。…掴まれていた感触さえもう消えていた。


それでも確かに"い"た。


ツナの事を一番に考え、ツナの事を第一に行動する"誰か"が。



「……………」



オレはこれ以上そこにいられなくなって。退室した。


それから今日に至るまで、獄寺に関する話は一切聞いてない。





ツナは今日もどこかへ向かっていたから、てっきり獄寺の下かと思ったが…それでもなさそうだ。


獄寺はもう…いない。





「リボーンさん?」


「やべぇ。幻聴が聞こえるぞ。どうしたもんか」


「…そういうことはせめて胸のうちで言ってほしいっていうか…と言いますか幻聴ではないです」



………はぁ。



「なんだ。生きていたのか。獄寺」


「はい。…生き長らえてしまいました」



振り向けば、そこには車椅子に座っている獄寺。


…身体は痩せすぎているが、それでも最後に…病室で見たときと比べれば遥かに肉が付いている。



「と言いますか…二年振りにお会いしたというのに、開口一番が幻聴なんて…酷いです」


「二年振り?」


「そうですよ。…え? もしかしてそれ以上経ってます? あれ…オレ、リボーンさんが長期の任務に出る前…見送りしたはずなんですけど」


「いや、そうじゃなくて…」


「はい?」


「………」



こいつ。…何も覚えてないのか。



「…いい。じゃあな獄寺。オレはもう行く」


「え………あ、はい、リボーンさん…」


「………」



そこでそんな、残念そうな顔されても困るんだが…



「…今日は忙しいんだ。そのうち、時間作って見舞いに行ってやるから」


「あ……は、はい! ありがとうございますリボーンさん!!」



…なんでこいつはこれだけのことでそんな嬉しがるんだ。


やれやれとため息を吐きながらオレと獄寺はそこで別れた。


フロアを出る前に一度だけ振り返ると、そこにはやっぱり獄寺がいて。満面の笑みで手を振り返してきた。


やっぱりあいつ。子供だな。





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けれど、どこか微笑ましい。