ある昼下がりのことでした。


一人の獄寺隼人が、街中に買い物へと出掛けていました。


今日の晩御飯の食材を買うためです。



(今日は10代目も一緒だし…豪華な食事にしないとな!)



10代目というのは、獄寺の子供のことです。


血の繋がりこそないものの、獄寺は10代目を実の我が子のように可愛がり育てていました。


しかし10代目はとあるマフィアの次期ボスでもあるので、この間9代目のところに引き取られました。


…と言っても、とあるマフィアことボンゴレファミリーに獄寺は毎日10代目の様子見に行ったりお弁当を作って持って行ったりしているのであまり寂しいという気持ちはありませんでしたが…


とはいえ離れて暮らしていることには変わりなく、明日の夕方にはまたボンゴレへと帰ってしまうので獄寺はこの日をとても楽しみにしていました。



(なににしよう…そういえば10代目、カレーが好きだったな…)



晩御飯のメニュー、そして愛しの我が子のことを考えながらふらふらと歩く獄寺。


そんな獄寺にありとあらゆるところから注がれる熱い視線。


獄寺本人のみ知らないのですが、この街のアイドル的存在な獄寺は常日頃からはぁはぁじゅるりされているのでした。


しかしその辺りの鈍さに関しては極めきっていると言っても過言ではない獄寺はもちろん誰の視線にもまったく気付かずいつも通りに町を歩くのでした。


ほとんどの街の人は遠くから獄寺を見るだけで満足しています。むしろ獄寺を見れたら今日は幸せ、話すことが出来たら今年は幸せ、触れることが出来たら人生幸せというジンクスが流れているぐらいです。


けれど世の中には遠目から見るだけで満足の出来ない人もいるわけで…


「おや。こんなところで会うなんて奇遇ですね」


「奇遇もなにも、八百屋に用事があるんだからむしろ必然じゃねぇの?」


何故か八百屋というポジションに落ち着いている一人の六道骸(変態)が獄寺に話し掛けてきました。


「必然!? つまり運命ですね!! 嬉しいですよ隼人くんさぁ今こそ僕と熱き二人だけの世界へ…」


「にんじんとジャガイモと玉ねぎをくれ」


獄寺の見事なスルー。


以前まではいちいち相手にしてあげていたのですが、旦那に「やめろ」と言われて「はい、分かりました」と二つ返事。


骸(変態)は若干涙目になっているけど気にしないのが大人のマナー。


「ああ…昔は律儀に付き合ってくれたのに!! なんて世知辛い世の中になってしまったのでしょう!!」


「今日は三人分作るからそっちのでっかいのくれ」


更にスルー技能発動。


しかし骸は獄寺のその言葉におや、と声を出す。


「三人分? もしかして綱吉くんが帰って来るのですか?」


「おう。だから今日は10代目の好物の…」


「それはそれはおめでとうございます隼人くん!!」


突如骸が身を乗り出して祝福の言葉を贈る。


「お、おう…」


流石の獄寺も若干引き気味で答える。いつもならスルーするところだがツナの話題ならば無視は出来ない。


「隼人くんは綱吉くんのこととても心配していましたからね。よかったですね隼人くん」


「ああ…ありがとう」


「僕に出来ることがあればなんでも言ってください。その時はお手伝いさせていただきますよ」


「…おう」


獄寺は思った。こいつ、ひょっとして良い奴?


10代目のことをこんなに気に掛けてくれるなんて…そうだな、きっと良い奴に違いない!! と獄寺は思った。


「いいえ。騙されてはいけません」


「うお!?」


と、突如骸の背後から一人の少女が現れた。


「このナップルは沢田さんを立てて獄寺さんを安心させ、獄寺さんを食べてしまう算段なのです…」


「く、クローム…」


困ったように笑う骸。


「妹か?」


「ええ…ほらクローム。挨拶なさい」


「…クローム、です…」


言って、クロームは獄寺にぺこりと頭を下げた。


「獄寺だ。よろしくな」


獄寺が握手をしようと手を差し出す。


それをクロームはそっと受け取って。


「………隼人お姉様……」


「へ?」


二人の間に奇妙な空間が生まれた。


「クローム! 隼人くんを変な世界に引き込まない!! あるいは僕も仲間に入れてください!!」


変な空間に骸も加わった。


「えーと…」


流石の獄寺もこの空間はおかしい。ということに気付いた。


どないしたもんか…と獄寺が頭を抱えようとした時。


「キミたち…何してるの?」


背後から聞き覚えのある声が聞こえた。


雲雀恭弥だった。


「キミたち何待ちの風紀壊してるの? 殺すよ?」


わー、リボーンさんみてぇー。と獄寺は思った。


「風紀など壊してませんよ。新ジャンルに挑戦していただけです」


「どういう意味?」


「お姉様…」


「ワオ。新ジャンルだね」


どうやら雲雀と骸の思考回路は同一のものらしかった。


「これだけでご飯三杯はいけますね」


「そうだね」


獄寺はついていけなかった。


とっとと買い物を終わらせよう。


「にんじんとジャガイモと玉ねぎをくれ」


「はい…お姉様……」


流石の獄寺も若干引いた。


(さっさと帰ろう……)


「ああ、どこへ行くのですか隼人くん!!」


「まだもうそ…話は終わってないよ」


「お姉様…もっとお話したい……」


「うあー…」


四面楚歌だった。


獄寺が唸っていると、


「人の母さん困らせないでくれる?」


と、背後から聞きなれた声が。


獄寺が振り返ると、そこには声の通りにボンゴレ10代目ことツナがいた。


「10代目!!」


獄寺が笑顔で迎え、ツナをむぎゅーと抱きしめる。


「母さん、大丈夫? セクハラされなかった?」


「せくはら?」


「セクハラも知らない母さん萌えーーー!!」


ツナは獄寺を抱きしめた。


「楽しそうなところ悪いんだけど、僕たちまだ話があるから」


「妄想の間違いでしょ」


「そうそう、ここからは大人の時間なのですよ」


「お昼から八百屋が何言ってるのさ」


「お姉様…」


「クローム…帰っておいで」


哀れみを込めた目でツナが言う。


やれやれとため息をひとつこぼし、ツナは獄寺の手を取る。


「買い物は終わったんでしょ母さん。帰ろう」


「そうですね」


二人が帰ろうとする。


「あ、ちょっと待ってください…」


すかさず骸が声をかける…が。



「オ・レ・た・ち・は・か・え・る・の」



ツナが振り返り、にっこりと微笑みつつも青筋を立てて言い放った。


ツナの全身から覇気が満ちる。骸たちの肌にピリピリとした感触が張り付く。



「じ・ゃ・ま・し・な・い・で」



にっこり。


「く…クフフ。お気を付けて」


骸は引いた。


「さ、帰ろうか母さん!! あ、オレ荷物持つよ!!」


「そんな、大丈夫です!! 10代目にお手を煩わせるようなことは出来ません!!」


「オレが持ちたいのー!!」


キャッキャウフフと笑い合いながらツナと獄寺は歩いて帰った。


後には百合に目覚めた三人だけが残った。





「ところで10代目、どうしてこんなところに?」


「母さんに会いたくて早めに修行切り上げて来ちゃった!!」


「ええ!? 大丈夫なんですか!?」


「大丈夫!! オレを誰だと思ってるの?」


「ボンゴレを継ぐ10代目です!!」


「そう! そのための修行ちゃんと毎日してる!! だから今日ぐらい大丈夫!!」


「なるほど!! さすが10代目です!!」


二人はかなりのハイテンションだった。


「ところで今日の晩御飯なに?」


「カレーです!!」


「やった! オレカレー大好き!!」


「ええ! 久々に帰ってくる10代目のためにカレーにしました!!」


「ありがとう!! オレ嬉しい!!」


ガバ!! とツナが獄寺に抱きつく。町広しといえどこんな芸当が出来るのはツナとリボーンだけだ。


「オレ作るのも手伝うよ!!」


「そんな! 10代目のための晩ご飯なのに!!」


「オレが作りたいの!! 母さん、お願い!!」


「10代目…わかりました。ありがとうございます!!」


「やったー!!」


獄寺は目尻を下げ、ツナはいつもよりも幼くなる。


それは二人が会えて嬉しがっている確かな証拠。


今日が終わればまた二人は離れ離れ。


その時が来てもいいように、そうなってもいいように二人は悔いの残らないように過ごす。


「あ、父さんのカレーだけ激辛にしようよ」


「リボーンさんは辛いのもお好きですからね。そうしましょうか」


「父さんをあっと言わせようね!」


「そうですね。喜んでくれるといいです」


微妙にずれた会話をしながら二人は帰路を急ぐ。


その日に出来たカレーは、とてもとてもあたたかくて美味しかった。





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あなたも喜んでくれました。