「獄寺。好きだ」


「ごめんなさい。リボーンさん」



某月某日。いつものようにリボーンは獄寺に告白をし、いつものように獄寺は断わっていた。


リボーンは不満気に頬を膨らまし、獄寺を睨む。対して獄寺はどこ吹く風と気にも留めてない表情でリボーンを見返した。


それもそのはずで、かれこれこのやり取りは既に10年ほど毎日続けられている行為なのであった。なのでとっくに獄寺も慣れていた。


10年振られ続けているが、だからと言ってリボーンの獄寺に対する気持ちが変わることはなかった。いや、むしろ強くなったと言っても過言ではない。


一目惚れだった。


初めて会ったその時に、その場で告白した。


当時リボーンは0歳だった。若かった。今ももちろん若い。


リボーンの初告白を受けた獄寺はツナのボスとしての素質を試すという茶番をひとまず隣に置いてリボーンに向き合い肩に手を置き、「リボーンさん落ち着いて下さい」と三回言った。そしてその上で断わった。


リボーンの初恋は瞬殺されたのだ。


しかし、だからと言ってそのまま泣き寝入りをするようなリボーンではなかった。リボーンはそんな可愛らしい存在ではなかった。


それから来る日も来る日も毎日リボーンは獄寺に告白をし続けた。そして獄寺は律儀に断わり続けた。10年も。



「…何度も言ってますが、愛人でしたら別に構わないんですよ?」



獄寺はこうして、度々リボーンに愛人ならと交渉を持ちかけていた。しかしリボーンは頑なに首を縦に振ろうとはしない。



「それは嫌だと言っている。何で本命を愛人にするんだ?」



…もっとも、リボーンの恋人・愛人になりたいと申し出る存在は多々いるがリボーンはただの一度も承諾したことはない。リボーンはただ獄寺だけを求めていた。


なおも獄寺を口説こうとするリボーンだったが、不意に携帯の呼び出し音が鳴った。仕事なのかリボーンの顔が不機嫌に歪む。



「…明日も来るからな」


「今日も任務頑張って下さいね」



軽やかにリボーンの発言をスルーしつつ獄寺は笑顔でリボーンに手を振った。リボーンはむっとした顔を作りつつも踵を返して行ってしまった。



「……………」



リボーンの姿が見えなくなるまで見送った獄寺はため息を一つ吐いて自分も仕事へと足を動かした。







その日の昼過ぎ。獄寺が通路を歩いていると、窓から見知った影を見つけた。


獄寺は足を止めて、その影をじっと見て……朝と同じようにため息を一つ吐き、その影の方へと向かった。







「…こんなところで寝ていたら、風邪を引きますよ」



木の陰で寝転がっている、黒い物体に声を掛ける。返事は当然のようにない。



「…リボーンさん」



名を呼び掛けてみるも、やはり影…リボーンの反応はない。完璧に寝入っていた。


リボーンは寝起きが悪いらしく、一度寝るとなかなか起きない。そんなんで最強の殺し屋になれるのか? と言う疑問も湧いたが今目の前にリボーンがいる以上寝起きは関係ないらしい。


獄寺は静かにリボーンの隣に腰掛けた。リボーンは起きず、二人だけの空間が出来る。


獄寺はリボーンをじっと見る。


…獄寺は、周りからよくリボーンに甘いと言われていた。


もっとビシッと言わないと駄目だと。そうでないと付け上がると。だから今の関係が10年も続いているのだと。それが嫌ならもっと厳しく当たれと。


しかしながら。周りは誤解していた。


別段、獄寺はリボーンのことを嫌っているわけではなかった。


むしろ、その逆だった。


獄寺はリボーンを愛していた。


一目惚れだった。


と言っても、それが分かったのは数年後で当時はまだ気付くことが出来なかったが。


最初はただ、リボーンという存在に圧倒されていた。


そんなリボーンに出会い頭に告白されて、パニックになった。


パニック状態でなお断わったのは、獄寺は自分を酷く過小評価しておりそんな自分とリボーンが付き合うことなど到底認められるものではなかったからだ。


それでも食い下がろうとしないリボーンをツナが嗜め、その日は終わった。


しかし困ったのは、それからもリボーンから告白を受け続けたということである。


告白されて帰ってから、「実はあれはリボーンの冗談だったのではないのか?」という疑問も湧き出て、もしそうなら失礼なことをした…と頭を抱えていたのだが次の日も普通に挨拶のように告白をされた。


リボーンは本気だった。初めから。


しかし、獄寺にはやはりそれに応える事は出来なかった。


自分のようなものがリボーンと恋仲になると、最強の殺し屋の名に傷が付く。


自分のせいでリボーンの名に傷が付く。それが何よりも獄寺は嫌だった。


自分の思いに気付いても。いや、気付いたからこそ。好きだからこそ獄寺は自分に正直になれなかった。


こんな半端物が。この人の隣に立つなどなんておこがましい。


この人には、いつか自分なんかよりも相応しい相手が現れる。


そいつが現れたら、この日々も終わる。


いつかその日が来るまで。こうしてリボーンが眠っている時だけ。


今この時だけ。この人の隣にいさせてほしい。ただ隣に。触れることもせず。


それが獄寺の願いだった。独りよがりの満足と分かっていても。





それから少しして、獄寺は静かに立ち上がりまた建物の中へと消えた。


それから少しして、リボーンは昼寝から目覚めて同じく建物の中へと消えた。





数分前に、獄寺が自分のすぐ傍にいたことなど知りもせず。










ずっと、そんな日々が続くのだと信じてた。


いつか終わるのだとしても、それはずっと先のことだと信じてた。


ましてや、こんな風に終わるだなんて……欠片も信じてはいなかった。










「…リボーンさん?」


「獄寺か」



ある朝。


いつものようにリボーンと獄寺は出会ったが、リボーンの様子がおかしかった。


と言っても、そうだと気付いたのは獄寺だけだっただろう。それだけリボーンの変化は乏しかった。



「…大丈夫ですか? 顔色が……」


「なんだ、お前には分かるのか? …愛だな」


「冗談を言ってる場合ではなく…」


「本当に…なんでお前には分かったんだ? お前にだけは……知られたくなかったのに…」


「リボーンさん?」



いつものように不敵に笑うリボーンだったが、その笑みもどこか弱々しい。


リボーンは帽子を深く被り直す。…獄寺は知っている。これはリボーンが何か都合の悪いものを隠すときの癖だと。


どこかへ逃げるように、リボーンが獄寺に背を向ける。その足取りは人形のように嫌に頼りない。



「リボーンさん…本当に具合が悪いのなら休まないと……」



言いながらリボーンを追い掛ける。ほんの数歩でリボーンに追いつき、その腕に手を伸ばす。


その腕の、なんと冷たいこと。細いこと。



「…リボーンさん?」



獄寺の怪訝な声に応えるように、リボーンの身体が獄寺に倒れてきた。獄寺は慌ててリボーンの身を支える。


その身体もやはり冷たかった。氷のように。


リボーンの目は瞑られ、苦しそうに浅い呼吸を繰り返していた。額からは気持ちの悪い汗が流れている。


ただならぬ事態とようやく察した獄寺はリボーンの小さな身体を抱き上げ医者のもとへと走った。










リボーンが目を覚ますと、そこは病室だった。


何故自分がこんなところにと記憶を巡らせようとするが、それよりも前に心配そうにこちらを見る獄寺の顔が目に入った。それで全てを思い出した。



「…リボーンさん…よかった、目が覚めたんですね…」


「ああ…」



心底ほっとしている様子の獄寺。しかし次の瞬間には泣きそうな子供のような顔になった。



「リボーンさん…身体の不調は……いつから…」


「……………」



思わず口を閉じたリボーンだったが、獄寺の目がそれを許さない。渋々といった風にリボーンは口を開いた。



「少し前…ほんの数日前からだ」


「―――――」



獄寺が唇を噛み、俯いた。気付けなかった自分を恥じて。


そんな獄寺を見て困るリボーン。まさかそんなに自分を責められるとは思わなかった。



「獄寺…そう、気に病むな。オレはお前にだけは気付かれたくなかったんだ」


「気に病みます…オレは、オレだけは気付きたかった…一番あなたの傍にいたのだから」



朝に告白を受けるとき。昼に擦れ違うとき。夜に挨拶をするとき。昼寝をするリボーンを見つけたとき。無意識にリボーンを目で追うとき。


チャンスはそれこそいくらでもあった。いくらリボーンが隠していたとしても。


なのに気付けなかった。10年も一緒にいて、自分は愛する人の不調一つ気付けないような奴だった。



「…だから…そんなに気に病むな。…痛みが酷くなったのは今朝からだ。それまではそんなに強い痛みじゃなかった」


「痛み…? 身体が痛むんですか!? リボーンさん!!」



そういやそこまで言ってなかったか。とリボーンは自らの失言を恥じた。しかし今更撤回出来るものでもない。



「…そうだな、少し」


「酷くなったって今言ったじゃないですか!!」


「…今は収まっている。それは本当だ」



憮然とした表情でリボーンが言う。しかし身体の内側から生じている痛みは消えてない。


熱く燃え上がる炎のようにリボーンを内側から焼いていた。アルコバレーノの呪いだった。



「…悪いな、獄寺」


「え…?」


「忘れていた。オレは呪われた身だ。…こんな奴に告白されても、迷惑なだけだよな」


「迷惑だなんて、そんなリボーンさん…オレは……」



リボーンは目線を上げて獄寺を見る。獄寺の目は確かに嘘など付いておらず、真実のみを語っていた。



「……そんなこと言われたら、勘違いするぞ」


「リボーンさん…」



痛みが強くなる。激しくなる。リボーンの額から汗が出て粒となり、頬を伝って落ちた。


痛みの炎が身を包む。身を焼き尽くそうとする。痛みはどんどん酷くなり、収まるところを知らない。


長くない。リボーンは直感的にそう感じた。


けれど痛みを感じていることをおくびにも出さず、リボーンは獄寺をもう一度見た。不安そうな顔をしている。…自分がそうさせている。それが悲しかった。



「…獄寺」


「…はい?」


「そういえば…今日はまだお前に告白してなかったな」


「リボーンさん…こんな時に……」


「こんな時だから言うんだ。獄寺…好きだ」


「……………」


「出来れば…そうだな、お前からのキスがほしい」


「リボーンさん…そんな台詞は元気になってから……」


「…ダメ、だよな。…ああ、分かってる。お前には長いこと…迷惑を掛けた」


「リボーンさん?」



リボーンの手が弱々しく獄寺の頬へと伸び、撫でた。落ちそうになる腕を慌てて獄寺が支えた。



「最後にお前の顔を見れて…本当によかった……」


「リボーンさん、最後だなんて…冗談でも言っては……」


「………―――――」


「…リボーンさん?」



リボーンの目蓋が下がる。獄寺が支えている腕も。



「リボーンさん?」



獄寺の呼び掛けに、リボーンは答えない。ただ力の抜けた腕が獄寺の手から滑り落ち、揺れた。



「リボーンさん……嘘、でしょ?」



リボーンはもう、答えない。


目を開けない。


動かない。





何故なら、死んでしまったから。





「う…そ……リボーンさん……」



獄寺の口から呟きが漏れる。だけどもうそれにリボーンが応えることはない。


そのことにようやく気付き、獄寺は強い自責の念に駆られた。


何も出来なかった。


好きな人に対して。何にも。


この人はただ自分を求め続けてきたのに、それを突っぱね続けた。自分よがりの、酷いエゴで。


それがこの人のためだと信じていた。いつかこれで正しかったと思える日が来ると信じていた。


だけど、その結末がこれか?


報われない。これではあまりにも報われない。


思いを受け取ればよかった。


想いを伝えればよかった。


自分もあなたと同じ気持ちです。と、一言でも言うことが出来ればよかった。


そうしたら、少しは違ったかも知れない。たとえ結末は同じでも、リボーンの心はまだ少しだけ救いがあったかも知れない。


だけど、それすら打ち砕いた。チャンスは出会ってから毎日あったのに。ついさっきまであったのに。


オレもあなたが好きですと、真実の想いを伝えることが出来れば、そうすればリボーンも嬉しかったかも知れないのに。


自分は一体何様だ。この人が自分を望んだのに自分は距離を置いて傷付けて。



「リボーンさん…オレもあなたが……あなたのことが、好きです」



涙を流しながら、獄寺は物言わぬリボーンに告白を返した。


今まで、誰にも告げなかった…墓の中まで持っていくつもりだった、素直な気持ち。



「ずっと好きでした……出会ったときから、ずっと」



絶対に自分が先に死ぬのだと思ってた。最強であるこの人が死んで、自分が生き延びることがあるのは信じられなかった。


だけど、現実はそうはならなかった。リボーンは死んだ。最後まで自分に想いを寄せて。


獄寺は動かないリボーンの肩に手を置く。


出来るなら、今更が許されるのなら。リボーンの最後の願いを叶えたかった。


つい数分前の出来事だ。声すら鮮明に思い出せる。





   出来れば…そうだな、お前からのキスがほしい。





リボーンがどうせ叶わないと諦めながら、それでも望んだ最後の願い。


それが出来るのは獄寺しかいなかった。



「リボーンさん…失礼します―――」



獄寺の唇が、リボーンの唇に触れた。



































獄寺が目を覚ますと、そこはリボーンが寝かされている病室だった。



「………?」



微妙に重い頭を押さえながら身を起こす。獄寺は眠るリボーンが起きるのを待つうちに眠ってしまったらしい。


夢を…見ていた。


どんな夢だったかと頭を巡らせる。


そして思い出した。



「!?」



慌てて獄寺はリボーンを見た。リボーンの胸元はゆっくりと呼吸の動きを見せていた。


生きている。


それをそうだと認識し、獄寺の力が抜ける。そうか、全ては夢だったんだ、と。


と、リボーンが微妙に顔をしかめてゆっくりと目蓋を開けた。続いてゆっくりと目線を動かして獄寺を見た。



「獄寺…?」



小さな声。だけど確かにリボーンの声。それがまた聞くことが出来るだなんて。



「リボーンさん…」



獄寺は感激のあまりに涙した。それを見てリボーンはぎくりと身体を強張らせた。



「ど、どうしたんだ獄寺? 何か嫌なことでもあったのか?」


「いいえ…むしろ嬉しいことが。それよりリボーンさん、お身体の調子はいかがですか?」


「ん? ああ…だいぶ楽になった。今は痛みも感じない」


「よかった……」



獄寺は安堵し、胸を撫で下ろした。よかった。本当によかった。



「…? なんだ? ああ、そういえば獄寺、まだ今日の告白をしてなかったな。好きだ。オレと付き合ってくれ」


「ああ、そうですか。ごめんなさいリボーンさん」


「……………」


「…と、言うつもりでしたが……」


「…?」


「いいですよ」


「本当か!?」



よっしゃー! とリボーンはガッツポーズを取った。年相応の喜び方で、見ていてとても微笑ましかった。



「ええ。あなたが元気になったら、買い物でも何でもお付き合いいたしましょう」


「いや、違う獄寺。そっちの意味じゃない」



即座に間違いを訂正させようとするリボーンだったが、獄寺は聞く耳を持たない。



「…それと、リボーンさん」


「なんだ?」


「……ずっと前から思ってたんですけど…その言葉使い、何とかなりません?」


「?」



本気で分からないと言った風にリボーンが小首を傾げる。獄寺はため息を一つ吐いて、



「せめてオレとか…それだけでも直して下さいよ」





     あなたは女の子なんですから。





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久樹さまへ捧げさせて頂きます。