それは、いつも通りの朝。


「それじゃあ、今から朝礼を始めるぞ」


いつもと変わらないはずの―――朝。



   ハヤトメロディ



朝の定例の進行役はいつもリボーンだ。


こう見えても彼はハヤトのマネージャーになる前はツナの秘書をしていて。そのときからこの役目は変わらない。


「まずツナ。お前は朝から会議が入っているな。昼からは―――」


淡々と続いていく定例。各人は今日の予定を再確認していく。


「続いて雲雀。お前もツナとの会議に出席だ。夕方からはいつでも動けるよう待機していてくれ」


雲雀が了解した風に頷く。それを確認してリボーンは次の報告に移る。



「…最後にハヤトは午前は取材が入っているな。取材にはオレも同行する。昼からは撮影だ」


「は、はい!」


「―――というわけで朝会はこれで終わりだ。何か質問はあるか?」


「特になし」


「今日も頑張ります!!」


「そうか。じゃあみんな今日も一日頑張ってくれ。あと、オレとハヤトが昨日籍を入れたからな。オレからの報告は以上だ。じゃあ解散」


リボーンの声を聞いてみんなが思い思いに立つ。みなの頭にはこれからの仕事のこと。


さて、今日はこれから会議。それが終わったら今度は………


と、不意にツナの足がぴたりと止まった。


…ちょっと待った。と、何かが動くのをストップさせる。


ツナは今、とてもとてもとても重要で大事で大切なことを聞き逃した気がした。


えーと…リボーンはさっき…リボーンと、ハヤトが…


………。


「「ちょたぢうあふhrhfんそいなkmsちょっと待てーーーーー!!!」」


理解した所で思わず叫び声が飛び出た。ちなみに雲雀と同時だった。


「ん? なんだどうした? 予定でどこか分からないところでもあったか?」


「違うだろ! って、ええぇえぇえぇぇえぇえええええ!?」


「キミ、何重要なことをさらりと言ってるのさー!!!」


「え? え? なになに何のお話ですか?」


ていうかハヤトは目をぱちくりさせていた。当事者とは思えない反応だった。


「ハヤト…不思議そうにしているけどキミも関係者だから。…リボーンと婚約したんだって?」


「こん…? ―――ふ、ふぇぇぇええええええええ!? ハヤトがですか!?」


「え? あれ? なんで当事者が知らされてないの? よもやリボーンのひとり暴走?」


「オレをお前と一緒にするな」


即行で突っ込みが返って来た。


…しかも、特に「お前」の部分に力を込められていた。



「なんだハヤト。お前昨日の今日でもう忘れたのか?」


「え…?」


言われてハヤトはうーんうーんと唸ってその昨日の事を思い出していた。


「昨日は、確かリボーンさんに…」





「おい。ハヤト」


「なんですかリボーンさん」


「前に一生、面倒見てやるって言ったけど」


「はい」


「お前はそれでも構わないか?」


「はい、リボーンさんに見てもらえるなら安心です!」


「そうか。じゃあこの紙に名前と住所を書け」


「はーい」(かきかき)





「あれ、婚約届けだぞ」


「そ、そうだったんですか…! じゃあ…ハヤトとリボーンさんは本当に…はぅ」


ハヤトは顔を赤らめた。照れている。


「って、ハヤトキミはそれでいいわけ? 任意じゃなかったんでしょ?」


「はぅ…リボーンさんのお嫁さん…はぅはぅ、夢のようですー!!」


ハヤトは雲雀の言うこととか全然聞いちゃいなかった。恋する乙女は盲目とか、そんな感じだった。


「夢か…この現実も夢ならよかったのに……ああ、もう、今日はいいや」


ツナは思った。今日は飲もう。飲み明かそう。


…畜生。





そんなツナの我が儘があって、その日の仕事はかなり早めに終わり職場内で「ハヤトとリボーン婚約おめでとうパーティ」が開かれたりした。


まぁパーティとは名ばかりでその実体は「ハヤトが取られてこんちくしょー! 今日は自棄酒パーティだ!」みたいなものだった。


「ええーい、ハヤトおめでとー! リボーンはくたばれ! この馬鹿ー!!」


「お前、早速酔ってるのか?」


「ご婚約おめでとうございますハヤトくん。お幸せに」


「えへへ、骸さんありがとうございます!」


ぺっかーと眩しいほどの笑みを骸に向けるハヤト。


それからも姉のビアンキや仕事仲間のランボなどに祝福の言葉を貰う二人は幸せそうだった。



「って、リボーン、よく見てみたら飲んでないじゃん」


すっかり酔いが回ったツナは目敏くリボーンのグラスに目を向ける。そこに注がれてあったのは烏龍茶だった。


「…あのな。オレが飲んだら一体どうやって寮に戻るんだ?」


「ここに泊まればいいじゃない! ったく、どうしても飲まないって言っても無駄なんだから!!」


言うが早いがツナはリボーンに向けて自分のグラスの中身をリボーンにぶちまける。


リボーンは本当は避けれたのだがそうすると後ろのハヤトが被ってしまうので避けなかったのだ。


しかしそのおかげでリボーンの衣服にはアルコールの染みが出来てしまった。


「…ほら、これで運転は出来ないでしょー! アルコール分は摂取されなくても疑いの目はかけられるよー? 大人しく餌食になれ!!」


酔いが回ったツナに抵抗するのは無駄だと悟ったのか、リボーンはため息を吐き酒瓶を手に取った。


「……………はぁ、仕方ないな…」


翌朝。


「…つーか、タクシー呼んで帰ればよかった…」


と、朝一番に目が覚めたリボーンが呟いたのは、胸の中で気持ちよさそうにすやすやと眠っているハヤトにすら内緒の話。





こうして、リボーンとハヤト。二人は夫婦となった。


リボーンの妻となったハヤトは住まいをリボーンの住むマンションに身を移して。


周りからかなりの反響があったが、二人は法律上既に夫婦で。


むしろ何の問題が?


そう言うリボーンに周りは口を噤むしかなかった。


雲雀もハヤトの送り迎えは通いになり、仕事場以外で顔を合わせるのは朝と夜だけとなって。


けれどそれを覗けば二人はいつも通りだった。


いや、ハヤトの幸せオーラが婚約前の約30%増しにはなっていたが。


やがてメディアにもアイドルハヤトの婚約が発表され式も慎みやかに挙げられ二人の仲は世間的にも公認となって。


ハヤトは幸せの絶頂を感じているようだった。





「社長! おはようございます!!」


今日もハヤトは元気に出社してくる。その左手には光り輝くリングが一つ。


その輝きに少しツナは涙を流しそうになりながらも挨拶を返す。


「あ…うんハヤトおはよう。雲雀もお疲れ様」


「…なんで僕への朝の挨拶が終業時のものなのかな…」


だって凄く疲れてそうだし。ていうかやつれているし。苦労してそうだし。


「…あれから何ヶ月経ったと思ってるの。………もう慣れたよ」


「なるほど。じゃあ二人の生活ってどんな感じなの? 教えて教えて」


ツナはハヤトが奥の部屋へと向かって行ったのを確認してからいきなり態度を豹変させた。


「って、あのね…そういうの聞くのって無粋だと思うんだけど? 趣味も悪い」


「そうは言っても気になるじゃない。あのリボーンとハヤトの生活だよ!? 想像が付かない…」


「それに、僕もあまり思い出したくないし…」


「え? 慣れたんでしょ?」


「………」


雲雀は頭を抱えた。


しまった。こういう奴だった。こいつは。





「…まぁ…じゃあ観念して言うけど。と言っても僕もあの二人の生活は朝と夜を少ししか知らないんだけどさ」


「分かってるって。早く早く」


年甲斐にもなくねだるツナに雲雀はかなり重いため息を吐きながらも二人の生活を思い出して更に気を落ち込ませた。


「あの二人の生活、ね…ま。言ってしまえば早い話がバカップルかな」


「へー、ばか、っぷ…」


…ん?


「…気のせいかな雲雀。今ハヤトはまぁともかく…あいつにとても不似合いな単語が出てきたような気がするんだけど」


「だから、二人はバカップルなんだって。…まったく、毎日毎日よくも飽きないって言うか…」


雲雀はちょっと二人の朝の様子を思い出した。





「リボーンさんリボーンさん! お仕事行ってらっしゃいませ!!」


「ああ」


「あの、あのあの、今日は早く帰れるんですよね!?」


「そうだな。その予定だ」


「はぅ、なるだけ早く帰ってきて下さいね!? …その、ひとりは少し淋しくて…リボーンさんと少しでも一緒にいたいですし…」


「分かった。善処する」


「それからそれから! 車とかに気を付けて下さいね!? リボーンさんが怪我したりしたらハヤトは悲しみま…」


―――ぐいっ


「はぅ!?」


(ちゅ)


「………お前もな」


「は、はぅ…」





「…みたいな?」


「な、何やってんだあいつ…!!」


リボーンあの野郎マジ許すまじ。ツナはかなり本気でそう思った。


しかもそれが毎日…!? と言うかそれで一部分!? ありえなくね!?


ツナの苦悩は続いたという。





そしてそんな日々も過ぎ行く時にはみな感性とか色んなものが麻痺してきて。


数年経つ頃にはその辺りの葛藤も無と等しくなっていた。


けれど…だからこそその報告はみなの意表を付いた。


まぁある意味、それはいつなってもおかしくない報告なのだから、覚悟をしていなかった方にも責任はある…ような気もした。





それは某月某日のある晴れた日。


リボーンとハヤトが社長室まで訪れた。


話の内容は、ハヤトの長期休暇がほしい、ということだった。





「…どうしたの? いきなり休暇って…どこか悪くした?」


心配そうに告げるツナに、ハヤトはちょっと赤くなって応えた。


「いえ、あの…その、………あかちゃんが出来ましたから、それのお休みを」



あー、なるほど、赤ちゃん。それはおめでたい。だから休暇。ていうか。



「………あ、あか、ちゃん?」


「はい。あかちゃんです」


「…リボーンとの?」


「はぅ、分かりきったことを聞かないで下さいよー!」


ハヤトが照れてる。と言うことは…


かなり下世話な話だが…その、なんだ。


ハヤト…子供の作り方、ちゃんと知ってたんだなぁ…


ちょっと淋しくなったツナだった。


ああ、ついこの間アイドルにならないかと誘ったと思ったら、もう結婚して、子供まで…


そういえばデビュー当時はベッドシーンの意味も分かってなかったっけ。あの日々が懐かしい。戻りたい。


「あはは…ハヤトなら「赤ちゃんはコウノトリさんが運んできてくれるんですー!」…とか言いそうだったのに…もう大人なんだね…ハヤトは」


そう言うツナに、しかしハヤトは顔を更に赤らめる。


「ゃ、あの…その、ハヤトもそのときまではあかちゃんはコウノトリさんが運んできてくれるものだとばかり思っていたのですが…」


…ん?


そのときまで…は?


「でも…リボーンさんが「それは違う」って…」


んんんんん?


ツナがリボーンを見ると、リボーンはちょっとバツの悪そうな顔をしながらそっぽを向いていた。


「…ハヤトごめん。ちょっと聞いていいかな。…子供の作り方。誰にどうやって習ったの?」


「は、はぅ、それは…」


ハヤトはリボーンにしがみ付いて、


「その…リボーンさんに手取り足取り腰取り…」


ほほう。腰取り。


ツナは少し怖い笑みを浮かべてリボーンを見た。リボーンはハヤトの口を押さえていた。


「…オレ、決めたよ。イタリア一のマフィアのボスになる。―――そしてリボーンを殺す」


「訳の分からないこと言ってるんじゃねぇ」



「…ま。大体の事情は理解した。二人とも下がっていいよ。休暇日時とかはあとでオレが教えるから。ちょっと先までの仕事の調整も少ししないとだしね」


「ああ。分かった」


「失礼しました」


言って二人は退室しようとする。



「―――ハヤト」


「はい?」


ハヤトが呼び止められ振り向く。ツナは一つの質問をハヤトに浴びせた。


「…子供が生まれても…仕事は続けていくつもり?」


「はい! ハヤトはこのお仕事大好きですから!!」


ツナはその答えに満足して、今度こそ二人を退室させた。





「…はぅー、ききき、緊張しましたね…!!」


「というか…マジで心臓止まるかと思ったぞ」


あの時のツナの目は本気だった…とのちにリボーンは語っていた。


「ハヤト…これから誰に聞かれても誰にどうやって子供の作り方を教わったなんて言うなよな」


「やですねー、言うわけないじゃないですかー! 社長だから言ったんですよー!」


むしろツナにこそ言うなよ。


リボーンは心の中でそう突っ込んだ。





それから社内にハヤトの長期休暇とその訳が知れ渡って行った。


純粋に喜ぶもの、取り乱すものとみなの反応は様々だったがそれでもみんなの内心はひとつだった。



………あの子、子供の作り方…知ってたんだ…



骸は自分のことのように喜んでくれた。


「おめでとうございます。ハヤトくん」


「はい! 骸さんありがとうございます!!」


ああ、この無垢な子が、こんなにも白い子が…その昔、僕が少し悪戯しただけで面白いくらいの反応を見せてくれたこの子が………子供を。


「はわー!? むむむ、骸さんんんん!?」


気が付けば骸は泣いていた。ぽろぽろと目から涙が零れている。


「おや…きっと嬉泣きというものですよ。…ところで、残念ですけど僕はこれから用があって…なので、僕はこれで」


「あ、はい。お疲れ様です、骸さん!」


「うう、う、ハヤトくんが…ハヤトくんが……!!」


骸は乙女走りで去った。


ちなみに一番の動揺が激しかったのは雲雀だ。


彼は一見は平静を保っているように見えたが…その内心は真逆であったことが行動を見てみると伺える。


たとえば、会議中に他の人の湯飲みに手を付けそうになったり。


たとえば、ツナに書類を届けるはずが廊下で雑巾を絞っていたり。


たとえば、事務室の鍵を取ってくるよう頼まれていたはずがバイクに乗ってどこかへと行ってしまったり…


…雲雀の動揺は計り知れなかった。


流石はボンゴレプロダクション名物「ハヤトのおかあさん」だった。





そして暫く日々が過ぎて。ハヤトは産休に入った。


愛しの旦那様であるリボーンを送るとハヤトは一人になる。少し淋しい。


(でも…リボーンさんも今日から帰宅が早めになるらしいし…それにもう少ししたら育児休暇が取れるって言ってました! それまでの我慢です!!)


そうハヤトが意気込んだときだった。


インターホンのチャイムが室内に響き渡る。どうやら誰かが来たようだ。


「あ、はーい!」


元気よく返事をしてハヤトは来客に応じる。


やってきたお客様は…雲雀だった。


「あれ…? 雲雀さん? どうしたんですか?」


「あれ…沢田から話聞いてない? まったく連絡不届きなんてあいつにも困ったものだね…まぁいいや。ハヤトお昼はもう食べた?」


ふるふる。ハヤトは首を横に振る。


「そう。僕もまだだから一緒にお昼取りながら話そうか」


そう言って雲雀は室内に入る。


久々の雲雀お手製お昼ごはんはとても美味しかったそうだ。





一方その頃。ボンゴレプロダクションでは―――


「おいツナ。雲雀を知らないか? 仕事で聞きたいことがあるんだが…」


「ん? ああ、雲雀? 雲雀なら育児休暇取ったよ」


「育児…休暇?」


はて。とリボーンは首を傾げる。


あいつ…結婚なんてしていたのだろうか。初耳だが。


「いやー、オレもまさか独身男性に育児休暇を出す日が来るとは思わなかったよ」


「………」


何言ってるんだこいつ。みたいな視線を浴びながらツナは苦笑する。


「いや、ね。雲雀がさ「ハヤトをひとり家にいさせるとか危険すぎるから!」ってね。それにオレの超直感もハヤトには誰かが必要って告げてたし」



この野郎。何でも超直感と言えばとりあえず凌げると思いやがって。



「それに、雲雀ってばまだハヤトが妊娠したってことのショックから抜け切らないらしくて仕事でミス多いし。…ある意味リボーンのせいなんだから、責任取ってよね」


言いがかりだった。


けど、確かに雲雀のミスが多いのもまた事実で。


「…はぁ、分かった分かった。少しぐらいは責任とってやる」


そう、リボーンが言ったときツナの目が邪悪に光り、口元がぐにゃりと笑みの形に歪んだ。


「そう、じゃあ雲雀の分までの仕事頑張ってね! 二人分になって、忙しくてちょっと育児休暇に入るの遅くなるかもしれないけどハヤトのところには雲雀もいるし、いいよね!」


笑ってそう言うツナに、リボーンは少し殺意を覚えた。


そしてその日の帰り。玄関まで戻ってくると迎えに来たハヤトと…今日から増えた同居人雲雀を見て。


…リボーンが少しだけため息を吐いたのは、ここだけの話。





しかし実際、リボーンはリボーンでハヤトを家にひとり置いていくのは心配だったので余計な不安要素が消えたのはありがたいことだった。


なんて言ったってあのハヤトだ。


一人にしておいたらなにがどうなってしまうのかまったくの不鮮明。


今時子供でも引っかからないような嘘も鵜呑みにし、街を歩けば三回は道を間違え、五回は転び、そして少しでも油断すれば車に轢かれそうになっている。


家に引き篭もっていたところで悪質な詐欺などにすぐ騙されるだろうし…


…本当。雲雀が付いてくれてよかった。


しみじみとそう思ったリボーンだった。



しかしそのおかげで自分の仕事が増えているが気にしてはいられない。


そもそも仕事そのものは嫌いでもないし、それにこれが終われば自分も休暇に入れる。


そう思い直し、リボーンが再び仕事に向き合うと―――


どさりと大きな音がした。


その方を見ると、リボーンの机に大量の書類が置かれていた。


置いたのはツナだ。…にこやかな笑みを浮かべている。


「…悪いんだけど…これもやってくれても、いいかな?」


「あのな…これはお前の仕事だろう。自分でやれ」


「まぁまぁそう言わず。…これが終わったら休暇に入ってもいいからさ」


ぴくりとリボーンが微かに身動ぎする。


リボーンは即座にこのまま自分と雲雀の仕事をして指定された日から休みに入るのと、この書類の山を片付けて休みに入るのとの差分を考えた。そして―――



「…分かった。特別にこの束もしてやろう」


承諾した。つまりはツナの仕事も片付けた方が早く休めるという答えが出たのだ。


「へぇ…やってくれるんだ。冗談半分で言ったのに」


「なんだ。休暇も冗談か?」


「いや…別にいいよ? 精々頑張って」


言ってツナはその場を後にする。残されたのはリボーンと大量の書類の束のみ。


さてと。これを片付ければ休めるそうだ。つまりツナの顔を見なくて済むと。


途端にやる気が出た。


「たまには…本気も出すか」


呟いて、リボーンは仕事に取り掛かった。





そうして愛しの旦那様が死ぬ気で仕事に取り掛かっている頃、ハヤトは大きくなったお腹を愛おしそうに撫でていた。


「はぅ…今…動きました…」


自身の中に宿る最愛の人との小さな命。その子が自分を主張するようにお腹の中で動いてる。


「…ほらハヤト。そろそろ病院に行く時間だよ。お医者様に診て貰わないと」


「あ、はーい…って、あわわわわ」


雲雀の声に、ハヤトは読んでいたたま○クラブを閉じ、立ち上がる…が、バランスを崩し転びかける。


「ちょ―――っと、もう。気をつけてよ」


間一髪雲雀がハヤトの身体を支えて事無きを得た。雲雀は少しでも気を抜けば転ぶハヤトに朝から冷や冷やしっぱなしだった。


「お願いだから足元見て歩いてよね!」


「は、はい。すいません雲雀さん」


謝るハヤトの手を引いて雲雀は歩いていく。車の前まで来て、雲雀は少しだけ気を抜いてしまった。


「はい、じゃあ病院行くよ。車に乗って」


「はい、…って、おっとっとt…」


車に乗り込もうとしたハヤトの身体がぐらりと崩れる。


「わーーーーー!!」


雲雀が叫びハヤトの身体を再度支える。この子は日に一体何度転びかければ気が済むのだろう。


「あ…重ね重ねすいません」


「うん…ていうか、この子と毎日一緒にって…リボーン凄過ぎる…」


リボーンの最強さを垣間見た雲雀であった。


「ていうかキミ、病院行かないで家まで医者に来て貰った方がいいんじゃないの?」


「そんな! 妊婦だからって篭りっぱなしは身体に毒って本に書いてありました! それにお医者様にわざわざおうちに来て貰うのって贅沢だし悪いです!!」


「ぜ、贅沢って…」


あの旦那の稼ぎでそんな発言をするなんて。雲雀はかなり驚いた。


「心配して貰えるのは嬉しいんですけど、ハヤトは大丈夫です。ほら雲雀さん、予約の時間に遅れると悪いので早く病院に行きましょう!!」


「…そうだね。じゃあ、足元に注意して乗ってね」


「はい!」


ハヤトは元気よく返事をして、言われた通りに足元に注意しながら乗り込もうとする。と。


―――ゴンッ


…痛そうな音が響いた。


「………」


「………………」


「………………………いたい…」


「…そりゃ…足元に気を付けてって言ったけど…頭の方も見ないと車の屋根にぶつかるよ…」


この後ハヤトは病院でお腹の調子を見てもらったあとにおでこに出来たたんこぶも診て貰ったという。


夜。かなり遅い帰宅をしたリボーンにこのたんこぶの事を聞かれ事情を話したハヤトは怒られて。


そしてこのことを聞きつけたツナの好意によってハヤトには専属の医療スタッフが付いたとか何とか。


…ハヤトにはとことん甘いツナだった。





そんな周りの協力もあり、どういうわけか聞いてた話よりもかなり早めの休暇を得たリボーンの存在もあってか無事に出産を果たしたハヤト。


ママに似た、かわいい可愛い女の子だった。


ママことハヤトは第一児にえらく感銘を受け、毎日のようにハグとちゅーをする。


ママことハヤトは毎日にこにこにこにこ。我が子がかわいくて可愛くて仕方がないようで。


「えへへー…ほらー、ママでしゅよー! パパはこっちでしゅよー! 雲雀さんもいましゅよー!」


「あー、あうー、うー、まー?」


「はぅー!! き、きききききき聞きましたか!? 今「ま」って言いましたよ「ま」って! これって「ママ」の「ま」ですよね!?」


「そうかもな」


ママことハヤトは今日も幸せそうです。





そんなハヤトとリボーンとの愛の結晶はすくすくと育っていって。


外見はまさにちったいハヤトであった。


リボーンの育児休暇が終わる頃にはちったいハヤトはパパに一番懐いていて。


「ぁぅー、ぱー、うー」


「はぅー!! か、かかかかか、可愛いですねー! リボーンさん、こっち向いて下さいー!」


ハヤトはちったいハヤトを抱きかかえるリボーンを携帯のカメラで撮る。


ちなみに携帯をカメラモードにしてシャッターボタンを押すという一連を覚えるまでハヤトは丸三日かかった。


(ああ…でも…でもでもでも…!)


ハヤトは携帯のカメラでは少し物足りなくなっていた。


ハヤトの携帯はカメラ機能はおまけのようなものだし、撮りまくるからすぐに充電が必要になってしまう。


(…リボーンさんに頼んでみましょうか…)


今、ハヤトにはとても欲しいものがある。でもそれはちょっと高いかもしれない…いいかな、大丈夫かな…


不安になりながらも一日は過ぎ、仕事を終えたリボーンが帰ってくる。…ちなみに雲雀は未だに育児休暇中だ。


「戻ったぞ」


「あ、お帰りなさいリボーンさん」


てとてととハヤトが愛しの旦那様を迎え入れる。そしてハヤトは意を決してリボーンに向き合った。


「あ…あの、リボーンさん…!」


「ん? なんだどうした」


「あの、あの…あの……」


ハヤトはもじもじとしながら上目遣いでリボーンを見つめる。心なしか、顔も赤くて。


「…何なんだハヤト。言いたいことがあれば早く言え」


「…あの! ハヤト、でじたるかめらが欲しいです…!!」


「………カメラ?」


呟くリボーンにこくこくと頷くハヤト。


「あの…あのあの、あの子の今しかない瞬間を写真にしたくって、その…」



―――お前に扱いきれるのか?



思わずそんな言葉が出掛けたが、何とか堪えた。


しかしリボーンがそう思うのも無理はない。ハヤトのメカ音痴っぷりは相当のものだ。


なんていったってデビュー当時に雲雀にエアコンの使い方を習ったらしいのだが、未だにうまく扱えないのだから。


「お、お願いします! リボーンさん!!」


「まぁ、別に構わないぞ」


「ほ…本当ですか!?」


「ああ」


ハヤトの目が輝く。それほど嬉しかったのだろう。


「はぅうううう…! リボーンさん! ありがとうございます!!」


ハヤトはリボーンに抱きつく。


そして、大好きですの意味を込めたキスを愛しの旦那様へと送った。





そして次の休みの日。


リボーンとハヤト。そして雲雀とちったいハヤトはみんなで電気屋に来ていた。


目的はもちろん、ハヤトが望んだデジタルカメラ。


こういったことがさっぱりなハヤトを置いてリボーンと雲雀が定員を呼び寄せ目的の物を持ってこさせる。


画素数だのデザインだの機能美だのを二の次に、二人が示した条件は、とにかく、初心者でも扱いやすいもの。だった。


ぶっちゃけ二人の内心は"デジタルカメラじゃなく使い捨てカメラでいいんじゃ…"だったがハヤトの手前黙っていた。


そうして無事にカメラを購入出来たハヤトは延々と取扱説明書と睨めっこをしていて。自分なりに使いこなそうと奮闘して。


そして、数日後。


―――パシャ


ハヤトは誰の手も借りず、自分ひとりの力だけで可愛い我が子の写真を撮ることに成功した。


雲雀は驚いた。リボーンも驚いた。正直ハヤトが使いこなせるとは思っていなかったから。


「はぅー! ややや、やりましたやりましたよ!! お昼寝シーンを撮っちゃいました!!」


ああ、これが母の力なのか。可愛い我が子の為なら何でも出来るという見本なのだろうか。


それからハヤトは我が子の写真を収めるべく日々シャッターチャンスを狙っていた。


その光景はほのぼのとしていて見ている分には微笑ましいし、ちったいハヤトがぐずったらすぐさまハヤトが飛んでいけるので放っておいた…のだが。


ある日、一つの問題が起こった。



「はぅ…おっとっとっと…はわ!?」


すってんとハヤトが転ぶ。母になっても転ぶ所は治らないらしい。


しかしハヤトもただ転んでいるわけではない。常日頃から転んでいるからこそ少しぐらい受身が取れる…のだが、


最近は両手にしっかりとカメラを持っている上にそのカメラを傷付けないようにと自分の身体よりもカメラを庇うから日々生傷が絶えなくなった。


「…お前な。育児休暇を終えたら仕事に戻るんだろ? アイドルが生傷だらけでどうする」


「あうう…すいません。でも、中のデータが飛んだらって思ったら…!!」


「それに、アイドル以前にお前は女で、オレの妻なんだ。…少しは自分も大事にしろ」


「リボーンさん…」


きゅん、とハヤトは胸の中に温かさを感じた。そして旦那様であるリボーンが大好きだという気持ちが溢れ出て来る。


「…はい。分かりました…」


ぽーっとしならがらそう応えると、リボーンは短く「そうか」と告げて…ハヤトの手からデジタルカメラを取り上げた。


「…はぅ?」


「分かったら、これば没収だ。これを持ってる限り生傷が絶えないだろうからな」


「はぅ…はぅ。―――はぅぅぅうううううう!?」



奇声を上げるハヤト。まさか自分の言葉がこんなことを巻き起こすなんて夢にも思わなかったらしい。


「…そうショックを受けるな。子供の写真はこれからも撮るから…オレか雲雀が。お前は子供と一緒に写ってろ」


ハヤトはまだなにか言いたそうだったが結局何も言わなかった。


自分の言葉で分かったと言ってしまったし、リボーンは意地悪ではなく自分の身を案じて言ってくれたのだから。


…あと、子供と一緒に写る、というのがちょっと魅力的だった。


そういえばカメラを握りっぱなしで可愛い我が子の写真は撮りまくったが自分とのツーショットの写真はまだなかった。当たり前だが。


「はぅ…楽しみです…」


…と、このときはこのときでそうして納得し、引き下がったハヤトだったが。


リボーンは仕事、雲雀は買い物で家にはハヤトとちったいハヤト二人っきりのときに限って見逃せないワンシーンがやってくる。


「はぅ! かかか、可愛いですー!! でも…カメラは今雲雀さんが持ってるし…でもこの瞬間を撮らないのは罪ですし…! そうだ!!」





「…ん? メール…ハヤトから? 添付ファイル付き…件名は…」



件名:リボーンさん、見て下さい!!



送られてきたのはちったいハヤトが欠伸をしている写真だった。


「………って、またメールが来た…?」


リボーンがハヤトの行動に呆れているとまたも来るメール。その差出人は…やっぱりハヤトで。添付ファイル有りで。件名は…



件名:リボーンさん、こっちも見て下さい!!



「………」


続いて送られてきたのはちったいハヤトがうとうとしている写真だった。そしてまたも送られてくるメール…


リボーンは携帯の電源を切った。そして仕事に向かった。



そして帰ってから、リボーンはハヤトに「メールは一日10通まで」と即行で言ったという。


ハヤトは最初渋ったが「言うことが聞けないならお前の携帯をメール機能なしに変える」と言われてしまった。


あるいは「着信拒否にする」とも言われてしまい、ハヤトは「それだけはいやです」と涙目で承諾したのだった。


しかしそれでも可愛い我が子の愛しい写真が減ることはなくて。


ああ、この写真を誰かに見せたい! 幸せを分けたい!! 誰かとこの気持ちを分かち合いたい…!!


そう思ったハヤトはリボーンにはちゃんと一日10通まで。そして残りの写真は結果として雲雀やツナなどに大量に送られることとなったのだった。





そうしてちったいハヤトがはいはいをするようになり寝返りを打つようになり簡単な単語を話すようになるほど成長して。


ちったいハヤトはママの過剰なスキンシップに早くもうんざり気味のようだった。


「はうー、ほらー、ママなんでしゅよー!!」


「うー、ゆー、あうー、ままー」


「はぅー!! か、可愛いですー!」


むぎゅー。すりすり。ちゅー。


ハヤトが繰り広げる魅惑の三コンボ。何が行われているのかは押して知るべし。


しかしその愛の抱擁の有り難味がいまいち分かってないちったいハヤトは幼い力でハヤトを引き離しハヤトから逃げだした。


「あああ! うー…逃げられました…反抗期です…」


「…そういうのとは少し違うと思うけど」


夕飯の準備をしていた雲雀がちったいハヤトを抱きかかえながら現れる。


「あ、雲雀さん」


「あんまりハヤトがべたべたしてるから、この子も少し驚いてるんじゃない?」


「ううう…そうでしょうか」


嗚呼けれど。こんなにこんなにこんなに可愛い我が子と少しでも距離を置けだなんて!


ハヤトはちったいハヤトを抱こうとちったいハヤトへと手を向ける。しかしちったいハヤトはママのところに戻ってあの三連コンボを受けるのはちょっといやなようだった。


ていうか今戻ったら確実にその上を行くし。16連コンボは軽いとちったいハヤトは思った。


「うー、やー、ひばー!」


「あうううううううう! ふられました!!」


そんなほのぼのとしたいつもの光景があっていると、室内にチャイムの音が鳴り響いた。


「―――はぅ!」


ぱぱっと玄関に走り出すハヤト。ちったいハヤトも雲雀を急かしてハヤトを追う。



…この時間帯にチャイムが鳴ったら。


それは愛しの旦那様の帰宅の合図。



「戻ったぞ」


「はぅー! お帰りなさいリボーンさん!!」


ハヤトはリボーンに飛びつきハグとちゅーをかます。リボーンもなんだかんだで応えてくれる。


ハヤト至福の時。愛しの旦那様のぬくもりをその身に受けて咬み締める。


…のが、いつもの光景なのだが。


「うー! ままー! めー!」


二人の間にちったいハヤトが割り込んでリボーンに抱きつく。ハヤトの居場所がなくなってしまう。


「ぱぱー!」


「ん? …ああ。ただいま」


きゃっきゃとちったいハヤトも愛しのパパにちゅーをして。残されたハヤトはちょっと泣いていた。


「あ…あう…ハヤトもパパを…お迎えしたいのですが…」


「…ていうかキミたちいつまで玄関にいるの。冷えるから早く中に入りなよ」



けれどこれも、いつも通りの風景。



ハヤトの朝は、子供が生まれてからちったいハヤトを抱き締めることで始まる。


…のだが、この日は初めてそうならなかった朝だった。


「むー?」


ちったいハヤトは覚悟をしていたのになんだか拍子抜けで。でも最初はそんなこともあるかと楽観していた。


でもハヤトがちったいハヤトを抱き締めなかったのには理由があって。


「ふみ…くちゅん、くちゅん、…くちっ」


「…まったく。大丈夫か? ハヤト」


「もう…起きたら熱があるなんて…今日は一日安静していなよ?」


ハヤトは軽い風邪を引いてしまっていた。ぽーっと赤い顔をしながらベッドの中で横になっている。


「うう…ごめいわくを…くちゅん、おかけして…」


「気にするな」


ぽんぽんとリボーンはハヤトの頭を撫でる。


「じゃあオレはもう出るが…雲雀。ハヤトと子供を頼んだぞ」


「分かってる。任せて」


リボーンは今、なんか凄いことを言った。


リボーンは今、自分の妻を若い独身男性に任せると言った。


かなり凄い光景だが、しかしなんの問題もない。


何故なら雲雀は既に誰にも男性として見られていないからだ。


ついでに本人も、最近はその事をすっかり忘れている様子だ。



「…それじゃあハヤト。行ってくるぞ」


「あ…はい、リボーンさん…行ってらっしゃいませ…」


ハヤトはそう言うがどことなくなんとなく何かをねだっている雰囲気だった。


「…なにかしてほしい事でもあるのか?」


「あ、あああ、あの、その…でも……ううう…」


ハヤトはかなり悩んでから、いってらっしゃいの挨拶がしたいです…と小さな声で呟いた。


「朝の挨拶…? ああ、あれか」


リボーンはそう言うとハヤトにそっと口付けた。


「…行ってくるな」


「はい…」


リボーンはちったいハヤトの頭も撫でてから出社していった。


ちなみに雲雀は、それまでの十数秒の時間でなんか汗だくになっていた。


「…この空間は熱すぎる…」





そんなわけでリボーンは仕事に出てハヤトはベッドで大人しく眠り、雲雀は家事と子供の世話を行うことになった。


「うー? ままー?」


「はいはい。ママは今日はお休み。僕と遊ぼうねー」


雲雀はちったいハヤトの世話をするが、ちったいハヤトはどうにも落ち着かないらしくて。


「ままー? ままー、…ままー!」


やがてちったいハヤトはママを呼んで泣き出してしまった。やはり母親が恋しいのか。


「…ママは今病気でキミとは会えないの。…理解して?」


「やー! ままー! ままぁー!!」


びーびーと泣き出してしまうちったいハヤト。その声を聞いてか寝室から影が一つ。


「はいー…ままを呼びましたかー?」


ハヤトがふらふらとしながら二人の所に現れた。


しかし無理をしているのは明らかで。朝よりもその顔は更に赤くなっていて。


「ああもう…ハヤト。無理しちゃ駄目じゃない」


「ご、ごめんなさいー…でも…この子に呼ばれちゃいましたから」


ちったいハヤトはママの登場に涙を止めて急いでママの所に行こうとしていた。しかし雲雀に抱きかかえられていてそれも出来ず。


「うー! ひばー! めー! ままー!!」


「めーじゃないの。キミはまだ小さいんだから病気になったらすごく苦しいよ?」


「やー! うー! ままー! あうー!」


ちったいハヤトはじたばたと暴れてママの所に行こうとするがママも応えてくれない。いつものように抱きかかえようとしてくれない。


「ひっく…うう…ままぁ…らっこ…」


「はぅうううう…ママも抱っこしたいです…!!」


「駄目だよハヤト」


「はい…この子に風邪を移すわけにもいきませんしね」


ごめんねーとハヤトはちったいハヤトに謝る。



…この子の為にも、早く風邪を治さないとですね。



「…ではハヤトはお布団に戻りますね。お邪魔してすいませんでした」


「うん…お昼になったらお粥持って行くから。ほら、キミもママに挨拶しな」


「うー! ままぁー!!」


ちったいハヤトは泣いていた。自分を抱き締めてくれないママが悲しくて泣いていた。


どうしてママは抱きしめてくれないんだろう。自分のことなんて嫌いになってしまったのだろうか。


ママに触れたい。ママに撫でられたい。ママに抱き締めてもらいたい。


けれど今日はママは一度だって自分を抱き締めてはくれなかった。


それが悲しくてちったいハヤトは一日中泣いていた。





…けれど翌朝。


「復活したのですよー! ハヤト、全快したのですよー!」


一日使ってたっぷり休養したハヤトは風邪を完治させて。


そして昨日出来なかった分のハグとちゅーを可愛い我が子にこれでもかというほどぶつけたという。


…けれどちったいハヤトは、まったく嫌がらなかったとか。





それから暫くして、子供も成長しハヤトはアイドルへと復帰しました。癒し系アイドルは人妻属性もプラスして帰ってきたのです。


ハヤトは仕事場でも愛しの旦那様と一緒にいられるということで嬉しそうです。帰ってきてからの子供のお出迎えも楽しみの一つです。


「ママー、パパー、おかえりなさいー!」


「はぅー! ただいまですー!!」


ママは仕事が終わっても子供のお出迎えがあるとトップギアなテンションになります。やっぱりむぎゅ―と抱き締めます。ちゅーもします。


「お帰りなさい」


雲雀も出迎えてくれます。ちなみに雲雀は未だに育児休暇中です。



…ハヤトが仕事に復帰し家には雲雀も待機してみんな安心してました。油断してました。


けれど…油断は大敵だということを、みんな忘れていたのです。





「………ちょっと待ってハヤト。…もう一回言ってくれるかな」


「はぅ…その…あの…二人目が出来ました…」


そう言って、愛しそうにお腹をさするハヤト。


ツナはハヤトの隣に立つリボーンを睨みつけました。


この野郎。その目はそう語っていました。


「…なんだよ」


「なんだよって、なんだよって…お前この野郎


目だけでなく口でも語りました。


「あ…あの、そういうわけで…その、」


「ああ…うん、育児休暇ね…いいよ。ゆっくり休んで」


「あ…は、はい。すいません社長…」


「いいんだよハヤト。………代わりにリボーンに馬車馬のように働いてもらうから


やっぱりそう来るかとリボーンはため息を吐いた。今回は休暇ゼロかも知れない。


「いや…前回は驚いたよ。リボーンの本気とか始めてみたかも、オレ」


そういえばこいつに本気を見せたのは始めてかもな…とリボーンも思った。



「…精々、使わせてもらうから」



少し…早まったかもな。


黒く笑いながら言うツナを見てそうリボーンは思い、再度ため息を吐いた。





そんなわけでハヤトは僅か数年でアイドル復帰から再び妊婦へと戻った。


あと雲雀は変わらず育児休暇中だ。もう元の仕事とか覚えているのだろうか。


そして変わらずハヤトには社長の好意で専属スタッフが付いていた。


ちったいハヤトは知らない人にちょっとびくついていた。ちったいハヤトは人見知りが激しかった。


でもハヤトはそんなちったいハヤトが可愛くて「大丈夫なんですよー」と言いながらむぎゅっと抱き締める日々。


それからちったいハヤトに「お姉ちゃんになるんですよー」と微笑みながら教えていた。ちったいハヤトも嬉しそうだった。


きゃっきゃとはしゃぐちったいハヤト。そしてそれ以上にはしゃいでいるのはママハヤト。


雲雀はその光景を見て子供が二人いるようだと常々思っているとか。


しかし片方は一応言っておくが一応大人のはずだ。一応。


外見はアイドルにデビューしたての年齢とまったく違いが見えないがそれでも彼女には旦那がいて。一児の母で。そしてまた子供を生もうとしていて。



「きっとパパに似てカッコいい子が生まれますよー!」


「パパに?」


「そうです! パパにです!」


「あうー…パパ…あいたい」


「はぅ! ハヤトも会いたいです…電話してみましょうかっ?」


「うー!」


「…あのね。彼に迷惑掛けちゃ駄目でしょ? ほら、おやつの時間にするよ」


「おやつ! おやつですか雲雀さん!!」


「おやつー!」



…外見以上に内面が若い…というか幼いが、それでも彼女は旦那がいて子供がいてもうひとり産む。


…それを認識したらまたちょっと動揺が走りそうになったが。



家庭内でそんなほのぼのとした時間が流れている頃、旦那様であるリボーンは文字通りに山のような大量の仕事の量から目を背けていた。


ていうか、この量はない。有り得ない。嫌がらせ以外のなんでもない。


あれだ。奴はオレを過労死させるに違いない。そうリボーンが思うほどの量だった。


携帯が振動し電波の受信を告げる。…ハヤトからのメールでちったいハヤトとのおやつを食べてるツーショットの写メだった。


…今だけは仕事も忘れたいリボーンだった。


妻が出来、子供も出来たリボーン。ひとりだった彼に大切で守るべきものが増えていく。


そうしてまたひとり。守るべきものが増えるという。


…そろそろ、大きな買い物をするのもいいかもしれない。


帰ったらハヤトに相談しようと、そう思った。





「お家ですか!?」


そしていつも通りとなってしまった前までとはかなり遅い帰宅を果たしたリボーンは早速ハヤトに話してみた。


それは一戸建ての購入。


「ああ…今はまだいいが子供が大きくなったらここは窮屈だろうしな」


というかここは社宅で。いつまでもここに住んでるわけにもいかない。


「お家…お家ですか! リボーンさんとハヤトとこの子たちと雲雀さんとのお家ですか!」


今ナチュラルに一般家庭なら出てこない単語が出てきた。でもどこからも反論が出ない。それほどまでに彼はこの空間に馴染んでいた。


「―――お家…素敵です!!」


どうやら一戸建て購入はすぐに実現しそうだった。





「へぇ、一戸建て買うんだ」


それはあるボンゴレオフィス内。


リボーンに届け物をしにハヤトが久し振りにボンゴレプロダクションに来た時だった。


ちなみにハヤトはちったいハヤトも連れている。保護者の雲雀も同伴だ。


ハヤトは子供が生まれても変わらずよく転んで。…けれど母としての力か子供だけはどうにか守り通すハヤト。


結果自分への怪我が増えて…変わらず目が離せない雲雀だった。


というならそもそも雲雀が届け物をすればいいという案も出そうだがそれは却下だ。


ハヤトは愛しの旦那様に逢いたいし、ちったいハヤトだって愛しのパパに逢いたい。それに旦那様の影の支えになるのは妻の役目だ。


そしてそれはまあ関係なく今ハヤトとちったいハヤトは愛しのリボーンと会うことが出来そこにツナが現れて…雑談を繰り広げるうちにその話題が出たのだった。



「ああ…いつまでもあそこにいるわけにもいかないしな」


「そう? ハヤトのためだったら増築してもいいけど」


流石は我らがツナ社長。器がでかかった。


しかしリボーンはあまりいい顔をしない。


だってあそこはボンゴレの施設。いわばツナの手中といってもおかしくないのだ。


…ていうか、増築なんてされたらそのときカメラでも仕掛けられどうな気がした。



「…そんな理由で増築なんてするな。家は買う。これはもう決定だ」


「はぅ。…社長のご好意は嬉しいんですけど、でもハヤトもリボーンさんとのお家…ほしいです」


リボーンさんとの。この一言は少し強力だったらしいくてツナが少しよろめいた。


「…その一言がなければハヤトに家の10個や20個買ってあげたんだけど…こいつとのか…」


ツナはリボーンのために買い物をする趣味はないようだった。


「二階建て! 二階建てなんですよ!!」


ハヤトの中でイメージは固まっているらしい。子供部屋は二階に。


「それからそれから! 雲雀さんのお部屋も二階にあって! でもリボーンさんのお部屋は一階にあるんです!!」


「あはは。雲雀の部屋もあるんだ。…なら…オレの部屋も作って貰おうかなー…なんて」


ツナがそう言った途端オフィス内の空気がぴしりと固まった。あと気温が五度くらい下がった。


このとき、その場にいた社員は後ほど語る…あの時の空間だけ固有結界が張られたと。



「…なんてね。冗談だよ。冗談」


「当たり前だ」



…この、短い間に何があったかなんて。


それを知っているのは、この世にこの二人のみ。





とりあえず今日のことでリボーンは下手な所に家を建てたら隣の土地をツナに買われるということを直感で悟った。


そうなるとそれからは果てしない心理戦だった。


ツナとリボーンは何の心情も表に出さずお互いの腹の内を探り合っていく。


何も変わらない、いつも通りの風景のはずなのにその場には何故だか痛いほどの緊張感が張っていた。


それは下手なものがその場にいれば即座に胃痛になるほどだ。ちなみにその場に偶然居合わせてしまったランボは何故か恐怖を感じ泣き出してしまった。


しかし当事者である二人はそのことにまったく関与せずに相手の動きのみに集中していた。


その甲斐あってかリボーンは無事、見事にツナを出し抜き新居をゲットすることに成功した。


…その頃には、ハヤトの二人目の子供が生まれていたが。


生まれた二人目の子供はかわいい可愛い男の子。


その容姿を見てツナは、「リボーンの若い時と瓜二つなんだけど…」と呟いたのだった。





リボーンと腐れ縁であるというツナの言うとおり、まさに生まれた子供は旦那であるリボーンとよく似ていました。


スーツを着せればそれこそちったいリボーンさんです。


ママがちったいリボーンさんを抱き締めます。


ちったいリボーンさんはママの抱っこがお気に入りなのかずっとずっとママの胸の中にいます。甘えん坊です。


でもママは全然気にしません。ていうか、むしろ自分からぎゅー、すりすりの嵐を巻き起こしていますから。


ママはちったいリボーンさんを抱き締めたくて、ちったいリボーンさんはママに抱き締めてもらいたい。


完璧な需要と供給でした。らぶらぶでした。


でもそこに…割ってはいるのがちったいハヤト。


「…ママー」


「はぅ! あああごめんなさい、もちろんママはあなたもぎゅ―ってしちゃいますよー!」


「…あたしもだっこしたい…」


がってむ。ちったいハヤトはママに抱っこしてほしいのではなくちったいリボーンさんを抱っこしたいのでした。


ハヤトは少しだけショックを受けながらちったいリボーンさんをちったいハヤトに優しく手渡します。


ちったいリボーンさんはお利口さんなので泣いたりしません。それにちったいハヤトに抱っこされるのも嫌いじゃないようです。


「えへへ…たかーい、たかーい」


ちったいハヤト。どうやらちったいリボーンさんを抱っこすることで少しだけ母性本能が出てきたようです。お姉さんです。


そんな微笑ましい光景を眺めながらハヤトは思いました。


は…これはシャッターチャンスです!!


ちったいハヤト(3歳)がちったいリボーンさん(0歳)を抱っこしている…


完璧でした。素晴らしい光景でした。感慨無量です。やりました。遂げました。何をかは伏せますが。


「はうはうー! 二人ともー、こっちを向いて下さいー!!」


ハヤトは携帯の写真機能を使って気の済むまで写真を撮っていました。


その数日後、リボーンはツナと雲雀と骸とランボとその他大勢にハヤトからの写メールについての苦情が来たというが、「着信拒否にしろ」の一言で切り捨てたそうな。





そしてそれから暫くして、リボーンの仕事もようやく落ち着き普通に休暇も取れるようになりました。


そんなお休みの今日は家族全員で水入らずのお出掛けです。パパも疲れているはずなのに家族サービスをしてくれます。優しいパパです。


「はぅ…リボーンさん、折角のお休みをお買い物に付き合わせちゃって…ごめんなさい」


「気にするな。こいつらにも休みの日ぐらい構ってやらないとな」


言って、リボーンはちったいハヤトの頭を撫でた。ちったいハヤトはパパの腕にしっかりと抱き付いて、嬉しそうに笑ってる。


それを見てハヤトが少し羨ましそうな顔をして…リボーンは苦笑しながらハヤトの頭も撫でて。ハヤトも嬉しそうに笑って。


一応リボーンはちったいリボーンさんの頭も撫でましたがちったいリボーンさんはいつも通りだった。


「…あ! リボーンさんリボーンさん! あれ見て下さい!!」


ハヤトが指を差した先には、お洋服屋さんがあった。


「…あのお洋服…この子たちに似合うと思いませんか!?」


「分かった分かった。今から行くからそんなに急くな」


直球過ぎるハヤトのおねだり。


ハヤトは自分に対しての欲は稀薄なのだがこと子供たちに対する欲しいものというものがその分あった。


服を包んでもらっているときちったいハヤトがちったいリボーンさんを抱っこしたいと言い出して、ハヤトはちったいリボーンさんを受け渡す。


それを見て優しく微笑む店員さん。かわいいねー、仲良いねー。


仲の良い家族…そう思われてハヤトは幸せでした。優しい旦那様と、可愛い子供たちに囲まれて…ああ本当なんて自分は幸せなんだろう!


「今日はパパさんと一緒にお出掛けですか?」


「はい! そうなんですよ!」


っと、今のは子供たちに投げられた質問なのに自分が答えてしまった。


でも店員さんはなんの気も損ねた風がなくて。変わらずにこにこにこにこ微笑みながら。


「優しいおねーさんがいてボクたち幸せだねー」


って。


………って…おねーさん…?


んんんんんんんん? ハヤトはおねーさんではなくておかーさんなのですが。ハヤトは首を傾げます。


けれどそうしてハヤトがうなっている間にも店員さんの言葉は続きます。そしてそれは、決定打で。


「ママはどうしたの? 一緒にお出掛けじゃないのかな?」


はぅ!? ママは、ママはここにいるんですよ!?


ハヤトが店員さんにちょっと焦り気味に主張する。しかし店員さんは信じてくれない。


どうやら店員さんの目には、リボーン:パパ。ハヤト:長女。ちったいハヤト:次女。ちったいリボーンさん:長男に見えてるようだった。


惜しい。残念ながらハヤトは長女ではない。ハヤトはパパのお嫁さんであり、子供たちのママだ。


何とか分かってもらおうと躍起になって説明していく。すると、


「あ…この子たちのママ代わりって…ことですね。…ごめんなさい、辛い過去を…」


どうやら店員さんにはママはお亡くなりになり、長女は子供たちを淋しがらせないためにママの代わりをしていると勘違いされた風だった。


「ちが、違いますよ!? ママは生きてますよ!? 元気ですよ!?」


「ああ…じゃあ訳あって今は別居を…」


―――――違!!


なんだか涙目になってきたハヤトをリボーンが撫でて慰める。


…確かにその光景は夫婦というよりもお父さんと娘といった感じであった。


「…本当、仲良いですねー」





結局信じてもらえなかった。


はぅ。ハヤトはリボーンさんの旦那様で、この子たちはハヤトが産んだ子供なのに…


ハヤトは大ショックでした。リボーンだって少なからずショックでした。子供達はいまいち理解していませんが。





彼女の名前は獄寺ハヤト。(旧姓)


外見年齢は永遠の14歳。


…彼女には愛しの旦那様がいて、可愛い子供にも恵まれて。…ただいま、幸せの絶頂期。


そんな彼女の悩みは、旦那様の妻だと思われなくて、子供たちのママだと思われないこと。


けれど彼女の大好きな人と一緒に歩む、幸せな長い人生はまだまだ始まったばかり。





続く。





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ヒビキミトリ様へ捧げさせて頂きます。