「出掛けるぞ。獄寺」
「はい」
ある日の朝。リボーンは当然のように獄寺を外出へと誘い、そして獄寺もまた。当たり前のようにそれに応えた。
「…ちょっと。二人揃ってどこ行くのさ」
その様子をぼんやりと見ていたツナが二人を止める。リボーンと獄寺は同時に振り返って。
「お前には関係ねぇだろ」
冷たく切り捨てた。
「え…いやそうそうかもだけど…ボスとして知っておきたいかなー…って」
「えと、いくらボスでも、部下のプライベートまで干渉する必要性はないと思います」
少し気を遣った、けれどはっきりとした獄寺の言いようにツナは項垂れる。ええそうですね。キミも言うようになったよね。
「じゃあな。お前は精々一人で仕事していろ。戻ったらチェックするかなら」
鬼だ。そうツナは思った。人の想い人をちゃっかり隣に立たせただけでなく日々頑張るオレにこの仕打ち!! この鬼!
「…10代目。頑張って下さいねっ」
超頑張ります。ツナはそう思った。凄い単純だった。
「じゃあ行くか。獄寺」
「はい」
そんなツナを放って置いて、二人は町へと繰り出した。
平和な一日
二人が向かった先は、書物の城…図書館だった。
図書館というのはいつ来ても静かで。来訪者を歓迎する。
二人とも何度か来たことがあるのか、慣れた足取りで入って行って。
二人は…というか獄寺は。専門書、実用書、哲学書などなど雑多に、しかも言語すら問わず眺め歩いていた。リボーンはその後ろを黙って着いていっている。
暫し歩いた所で、獄寺は足を止めて。
「んー…読んだ事ない本がないですね」
困ったように笑いながら言い放った。読んだ事ない本がない。つまりは全て目を通し済みだということだろうか。
「そうか。じゃあ出るか?」
しかしリボーンは特に驚いた様子もなく静かに言って。その言葉に獄寺は少し考えて。
「そうですね…あ、あと一コーナーだけ行って見てもいいですか?」
「ああ」
そう言った獄寺が向かった先は、絵本のコーナー。
可愛らしいイラストと拙い話が画かれた、本の集まり。
「意外だな」
「そうかもしれないですね」
くすくすと笑いながら獄寺は幼い子供に飽きるほど読み込まれたのだろう、ぼろぼろになっている一冊の絵本を選んで。
「懐かしいです」
「借りるのか?」
「流石にそれは恥ずかしいです」
それに…と獄寺は言葉を続けて。
「オレが借りるよりも、子供に借りられた方がこいつも嬉しいですよ」
オレはガキの頃に散々読みましたし。と獄寺は遠い目をして。
「―――子供の頃、まわりの大人の期待に応えないといけないって思い込んでたオレに、シャマルが借りてきてくれたんです」
初めての絵本。それをシャマルが朗読してくれて。幼心にそれはよく響いて。
「…それから何度も。シャマルにこいつを読んでもらったんですよ。この図書館にもよくくっついて行きました」
ちょっと恥ずかしいですね。と獄寺は苦笑しながら。絵本を元の場所に戻した。
「―――出ましょうか。すいません、やっぱり何も借りなくて」
申し訳なさそうに言う獄寺に対し、リボーンは頷いて図書館から出て。獄寺もそれに続いた。
外に出た二人は特に行く宛てもないのかゆっくりと。そしてのんびりと街中を歩いている。
日は徐々に高く登り。時は昼時、というところまでなって。
二人は軽く昼食を小洒落たオープンカフェで取った。そこで出てくる会話はとても平和なもの。
それは世間話にもならないほど他愛のないもので。二人の共通項となりそうな武器の話とか、上司同僚の話とか。敵対マフィアの話なんてただの一度も出なかった。
暫くして食事も終わり。二人はまた街中へと赴いて。
今度はアーケードの中の店の商品を眺め歩いている。相変わらず獄寺は楽しそうで。
―――忙しく過ぎる毎日と全然違う、ゆっくりとした時間。のんびりとした時間。
「ね。リボーンさん」
「なんだ」
「楽しいですね」
「そうだな。悪くない」
いつも通りなリボーンに、獄寺は苦笑を返すのだった。
まるでゆったりとした一時だったのに、時は無情にもいつもと同じく過ぎていく。気が付けば時は既に夕暮れとなっていて。
「もうこんな時間なんですね…」
「そうだな。少し早いが、もう戻るか?」
リボーンの言葉に、獄寺は暫し考えて―――…
「…実はですね。近くにアンティークショップがあるらしいんです。出来ればそこに―――」
申し訳無さそうに言ってくる獄寺に、リボーンは分かったと告げて。場所は知っているのか獄寺の前を歩き出した。
そこは小さな、普通に歩いていたら民家と勘違いしてしまいそうな佇まいの店で。けれどその建物の中にはこじんまりとしてはいたが確かに数多くの品物が飾ってあった。
「好きなのか?」
黙って。しかし楽しそうにアクセサリーの類を見つめている獄寺に、リボーンは静かに問う。獄寺はちょっと恥ずかしそうに。
「ええ。…女みたいだと、笑われますか?」
「どうだろうな」
言いながら、リボーンは無造作に置かれていた指輪を手にとって。獄寺の指にはめて。
「女みてーか否かはともかく。お前に似合ってればそれでいーだろ」
「……もう、そんなこというなんてずるいです。…照れてしまいます」
「それが目的だからな」
「っ! …なんてこと言ってるんですか貴方は!」
照れ隠しにか、獄寺はリボーンをぽかぽかと殴る。…世界広しといえど、あのリボーンにこんなこと出来るのは彼だけであろう。
兎にも角にも、二人は一旦外へと出て。…どれほど見ていたのだろう、外は真っ暗で。
「あー…凄い時間ですね。すいませんリボーンさん、こんな時間まで…」
「なに、明日から暫く逢えなくなるんだ。これぐらい構わんぞ」
「あ…そうでしたね」
リボーンは明日…時間からしてもう数時間後か。に、出張任務で遠い地まで赴くことになっていて。…数ヶ月は戻ってこれなくて。
「よりにもよって明日というのが少しだけ悲しいです。…いえ、オレの我侭だってことは分かってますが」
「なに、そんな顔するな」
どこからか鐘の音が聞こえる。それは日付の変わる音。一日の終わり。始まる音。
「…休暇、終わっちゃいましたね」
「そうだな。アジトに戻れば祭り騒ぎになってるだろうな」
「…騒がしいのは苦手なんですけど、ね…」
「そう言うな。あいつらは騒ぎ好きなんだ。―――ま、何はともあれ…」
リボーンは獄寺を引き寄せて。二人との距離をゼロにする。
「ハッピーバースディ? 獄寺」
「…ふふ。ありがとうございます。リボーンさん」
「しかし…お前はこんなのでよかったのか?」
「こんなの、じゃないですよ」
日付が変わって今日は9月9日。獄寺隼人の誕生日。
しかしその日はリボーンが任務でいないから。二人は休暇を取って一日早い誕生会。
獄寺がリボーンとの二人っきりでの誕生日に望んだもの。
それはゆっくりと、のんびりと。…仕事の話なんてしないで、二人っきりで過ごして。そして、最後に少しだけ甘い…
平和な、一日。
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今だけはこの時を、あなただけと過ごしていたい。
リクエスト「獄寺くんバースディ」
雨宮おねーさまへ捧げさせて頂きます。
リクエストありがとうございました。