「やくそく、なんだからな」



小さな彼女はそう言って、僕に小さな小指を差し出してくる。


僕はふわりと笑って、自身の小指を彼女のそれに絡めてあげた。



「分かった。約束するよ」



どうせ幼いキミは10年という月日の間に全てを忘れてしまうのだろうから。


ならばこんな小さな小さな可愛い約束。なんの問題もないだろう。



ゆーびきりげんまん、うそついたら、はりせんぼんのーます。



―――指切った。



そうして小指を離したら、小さな約束が成立する。


彼女は少しだけ恥ずかしそうにはにかみながら、でも嬉しそうにもう一度言うのだった。



「やくそく、なんだからな?」




雲雀恭弥の憂鬱




ぐっと背伸びをしてから、雲雀は布団から出た。


辺りはまだ暗いけど、これが雲雀のいつもの朝。


まずは朝ごはんの準備。それと同時にみんなのお弁当の準備。


育児休暇中はハヤトも家事を頑張っていたけど、今はまたアイドルに戻っている。


というか…家にいるときのハヤトの仕事は遊ぶということで雲雀の中では決まっていた。


だってハヤトがいないときのほうが家事がはかどるのだ。本人には内緒の話だが。


とにかくみんなのご飯とお弁当を作っていく。総勢六人分のご飯となると流石に時間が掛かる。


この家で真っ先に家を出るのはリボーンだ。しかしそれにはハヤトも付き合う。


眠いだろうに、ハヤトはずっとリボーンと一緒にいたいということで本来の時間よりもかなり早く出ている。


なのでハヤトは毎朝リボーンに抱きかかえられての形で居間にやってくるのだった。



「おはよう。おふたりさん」


「ああ」


「ふみー…おはよーございまふ…」


ハヤトは寒いのかリボーンに抱きついての移動。かなり動きづらそうだがリボーンはそんなハヤトにもう慣れていた。


「顔を洗っといで」


「ふぁいー…」


むにゅむにゅと目蓋を擦りながらハヤトはリボーンに洗面台へと引き摺られていった。


そんな二人を見送り雲雀は急いで朝食の準備。すると上からパタパタと騒がしい足音。


「みんなおはよう。もうすぐでご飯出来るからね」


「はーい」


元気な声を出しながら返事をしてくるのはこの家の子供たち。朝早くから彼女達は元気いっぱいだ。


本当は子供たちが学校に出るまでの時間はまだ先。だから寝ていてもいいのだが子供たちはみんな起きてくる。


理由はなんとも可愛らしいことに、パパとママと一緒にご飯を食べたいから。


「はぅー…あ、みなさん! おはようございますっ」


顔を洗ってぴしっとしたのかハヤトは先程よりもしゃっきり顔で子供たちに挨拶をする。何故か敬礼しながら。


「ママー、おはようー」


次女ちゃんがママに抱きついてきた。彼女ももう学校に通う年となったが、まだまだ子供で甘えん坊だ。


「パパもおはようー!!」


「ああ」


次女ちゃんはママのあとパパに抱きつく。その間にハヤトは長女ちゃんと長男くんに抱き付いて挨拶しているのだった。


「お二人ともおはようございますー!!」


肌寒いはずの朝は、いつしか温かな団欒になっていた。



「いただきましょう」


「いただきます」


そんなわけで、朝はどうしても止むを得ない場合を除きみんなで食べている。


この家庭に出てくる料理は主に和食だ。家政夫の好みで。


一番先に食べ終わるのはリボーン。しかしハヤトも一緒に出るのでハヤトが食べ終わるまでの時間は新聞を見て過ごす。


…いや、過ごしていたが正しいか。今では家庭内でリボーンが暇な時間を過ごしていると知れば次女ちゃんがパパのお膝の上にやってくる。


「パパー!」


「なんだ。もうご飯は食べたのか?」


「食べた! パパと遊びたいから!!」


「そうか」


よしよしと膝の上で頭を撫でられる次女ちゃん。えへへーと笑っている。


「…こら! パパに迷惑掛けちゃ駄目でしょ!」


パパに撫でられ浮かれる次女ちゃんの所にやってきたのは長女ちゃん。彼女もパパに構ってほしいみたいです。


「ううー、姉貴が虐める…そんなにすぐ怒鳴る怒りんぼはパパに嫌われるぞ!!」


「き、嫌わないもん! パパはそれぐらいで怒らないもん!」


娘二人に取り合いされるリボーン。パパは今日も大人気だった。


「は…はぅう…あの、ママも…」


ハヤトもその輪に入りたそうにしていた。しかしハヤトはまだご飯を食べている。


「い、今すぐに食べますから暫しお待ちを!!」


「ああ。お前が食べ終わったらすぐに出るがな」


「はぅ!?」


ハヤトはショックを受けていた。ああ、ハヤトもリボーンさんになでなでしてほしいのに!!


しょんぼりしたハヤトをリボーンは撫でてあげていた。


ちなみに長男くんはそんな光景をいつものこととして認識しており、


「雲雀。ご飯おかわり」


「はいはい」


普通に受け流していた。



「では、いってきますよー!」


ハヤトはリボーンと共に玄関に来てお出掛けの挨拶をした。見送りには全員集合する。


「いってらっしゃいママ。すぐに帰ってこいよな!!」


「こーら、その乱暴な言葉使いいい加減直しなさい。…いってらっしゃいママ、車に気を付けてね」


「知らない人についていったら駄目だからな」


「迷子になったら慌てず騒がず電話するんだよ?」


物凄い過保護な対応だった。未だにママは子供たちに心配されていた。


「あ、あぅ…だだだ、大丈夫ですよ! ハヤトはその気になればひとりでも生きていけるのですから!!」


………。


思わずみんな沈黙。そして。


「あ、あぅ…やっぱり無理ですごめんなさい。ハヤトはみなさんがいないと淋しくて死んでしまいます…」


ハヤトは二秒で謝った。


淋しくて死ぬ以前の色んな問題でハヤトは一人では生きていけないだろうがまぁそういうことで話は収まった。



そして今度こそリボーンとハヤトは仕事に出掛けていく。


見送りが終わると雲雀は朝食の片付け。それから昨日の分の洗濯物を今の内に干しておく。


そして子供たち用のお弁当を包み、終わる頃には出掛ける時間になっているのが毎日だ。


「みんな準備出来てる? そろそろ出るよ?」


「はーい」


子供たちが通う学校は結構離れているので送り迎えは雲雀の役目だ。学校は小学生から大学までエスカレータ式なので送り先はみんな同じ。


リボーンとハヤトは仕事へ。そして子供たちは学校へと送ったあと雲雀は事前に用意しておいたメモを出して街中へと車を走らせる。


まずはお買い物だ。少なくなってきた調味料。それにお米に野菜と食材を買い漁る雲雀。


そういえばと更に雲雀はデパートへ。雲雀は長女ちゃんからノートを買ってくるよう頼まれていたのだった。


それに長男くんからは今度学校の授業で使うらしく画用紙とクレヨンを。あと次女ちゃんからは美味しいデザートを希望されてしまい本屋さんでレシピ本を眺める。


みんなで作ってパパとママを驚かせたいとか言ってたから選ぶのは比較的簡単なのを。えーと足りない材料は…あ。そういえばシャンプー足りてたっけ…?


そんな感じで午前の買い物を終え、家に戻ると雲雀は買ってきたものを仕舞い掃除を始める。


元来綺麗好きな雲雀は広い家を丁寧に掃除していく。


時間を掛けて掃除を終え、太陽の光を浴びて乾いた洗濯物を取り込んだ頃に雲雀のお昼は終わる。


そして午後から雲雀は会社に出向き育児休暇中に溜まった仕事を片付けて。


時折会議にも参加しているが、会議時間の八割ほどの時間を書類ではなく夕方のタイムセールスのチラシを延々と睨みつけているので最近はあまり会議には出ていない。


そして雲雀は夕方頃まで仕事をして会社を出る。



―――子供たちの、迎えの時間だ。



まず最初に迎えに行くのは次女ちゃん。彼女を車に乗せて家に戻る…かと思いきや雲雀は次女ちゃんをボンゴレプロダクションに連れて行く。


家に帰ったあと雲雀はまた出てしまうのでその間次女ちゃんはひとりになってしまう。


ひとりだと淋しくて泣いちゃう次女ちゃんは姉兄が戻ってくるまで社長の所で時間を潰すのだった。委託所扱いだった。


そして雲雀はそれから長女ちゃんと長男くんを迎える時間になるまでまた町に出て今度はタイムバーゲンの渦に飛び込む。


そうしてゲットした戦利品に満足しながら雲雀は子供たちとお家に帰るのだった。


リボーン邸に戻ると雲雀は子供たちの相手をしながら夕飯の下拵えを始めて。


子供たちの分と、帰りの遅い子供たちの両親の分。量もそれなりになる。


子供たちは本当は両親たちと一緒に晩ご飯を食べたいらしいのだがあの二人は帰りがかなり不規則で。


稀にだが急遽泊り込みになることもあるので晩ご飯は子供たちと雲雀で食べる。


食事のあと暫くしてハヤトから連絡があり迎えに車を出して、そのあとリボーンが帰ってきてそうして雲雀の一日は終わる。


もう育児休暇の枠とかを超えているとしか思えないが、それでもこれが彼の日常なのであった。


たとえ長女ちゃんが高校生になり長男くんが中学になりそして次女ちゃんが小学生生活を満喫しているほどの年月が経っていようとも育児休暇中なのであった。



そういえば次女ちゃんはぎりぎりまだだが長女ちゃんと長男くんはついにママの身長を超えてママは妹に見られるようになった。


ママは「ハヤトは妹ではなくママなんですよ!?」と頑張って訂正していたが、分かっていてもそう見えてしまうのだ。


流石はハヤト。外見年齢14歳は伊達ではなかった。


まぁ外見年齢もだが天然属性とどじっ子属性すらも身に付けているハヤトは更に幼く見えてしまうのだ。


あと何故かハヤトは事故に巻き込まれやすい。トラブル体質とでもいうのだろうか。


特に道路の道を歩くのなんて考えただけでも恐ろしい。ハヤトは知っての通りよく転ぶのだがそのとき丁度車も通りかかる。


いつも旦那様であるリボーンやあるいは家政夫扱いな雲雀や移動中の社長とかライバル会社の骸などに日々助けられているハヤトだった。


…ちなみにこの間、ハヤトは長男くんと一緒にお買い物へと町に出掛けたが帰ってきたときハヤトは何故か長男くんにおんぶされていた。


………少し長男くんが目を放した隙に転び、更に運悪くそのとき車が通りかかりぶつかったという。


長男くんはこの日親父に殺されるんじゃないかと正直どきどきはらはらしてたそうです。


でもハヤトが嬉しそうだったから何とかお流れになりました。


ハヤト曰く、


「あの頃はハヤトが抱っこしてたのに…今日はハヤトが抱っこされちゃったんですよ! はぅー…時の流れって偉大ですー…」


とのことで。


まぁいつものこととはいえ転んだハヤトにも非はあるし、何よりもぶつかってそのまま逃げた車が一番悪いということで話は終わった。


その車と車の持ち主がどうなったのかは秘密。



そんな日常が緩やかに過ぎていった。


誰も彼もこの日常が当たり前になりすぎて、変化というものを忘れていた。


…それは小さな小さな。けれどとても大切な…幼い約束。





「雲雀」


「ん?」


ぱたぱたと雲雀のいる部屋へと現れたのは花咲く少女へと成長した次女ちゃん。


まだまだ朝の早い時間。一体どうしたのだろうか。


「おはよう。どうしたの?」


「オレ、今日で16歳になったんだけど」


………16歳。


そうか。もうそうなるまでの月日が流れていたのか。


道理で長男くんは大学に通うようになり、長女ちゃんにいたっては社会人になってると思った。


ちなみに長女ちゃんのお仕事はボンゴレプロダクションで専属モデルだ。プロポーションはママをとっくに超えていた。


まぁそれはともかく、今は目の前の花も恥らう16歳な次女ちゃんだ。


「16歳…か。そうだね。おめでとう」


「うん」


といっても既にプレゼントは買ってあるし、今日のご飯も次女ちゃんが好きなものばかりだ。


「で、」


しかしどうやら次女ちゃんのお話は終わってないみたいだった。


「…? うん」


「かねてからの約束通り、オレと結婚してもらうぞ!!」


「………」


「?」


当然と言わんばかりに宣言した次女ちゃんのその言葉に思わず停止する雲雀。次女ちゃんも怪訝顔だ。


そして暫くして。


「……………えぇぇぇぇええぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」


次女ちゃんの言わんとしていることを理解した雲雀は大いに叫んだ。


そんな雲雀を見て少しむっとなってる次女ちゃん。


「…なんだよー。約束しただろ? 昔」


「や…約束? …昔…?」


言われて雲雀は遥か過去を思い出す。彼女と過ごした日々。幼い彼女との生活。


…それは…今から10年ほど昔のお話。



「ひばりー」


とてとてとやってくる小さな影。


「ん? なに?」


雲雀はやさしく答える。家には雲雀と次女ちゃんだけの二人っきり。


「ひばりは"ひとりみ"なのか?」


「………いきなり凄いこと聞いてくるよねキミは」


一体どこで覚えてきたのだろう。テレビだろうか。


「しゃちょーが前そう言ってた」


「………」


咬み殺す。雲雀はそう決意した。


「で、で! それでひばりは"ひとりみ"なのかー?」


「……まぁそうだけど。それがなに?」


どこか疲れたように言ってくる雲雀に、けれど次女ちゃんはとても嬉しそうに。


「そっか! ひばりは"ひとりみ"なのか!! じゃあよろこべひばり!!」


「?」


「オレがひばりとけっこんしてやる!!」


「ぶ!!」


思わず雲雀は吹き出してしまいました。だって結婚て。この子理解しているのだろうか。


「あのな。ねーねーはパパとこんやくするっていってて、にーにーはママとせきいれるんだって」


末恐ろしい子供たちであった。


「だからオレはひばりとけっこんするの! なぁ、いいだろ!?」


「………ああ、なるほど。姉兄の真似事ね…びっくりした」


「ひばりとけっこんすればまいにちごちそうだよな! オレってあたまいいー!」


次女ちゃん、早速尻に敷く気満々のようだった。


「わお。そこまで思われて光栄だけど…女の子は16歳にならないと結婚出来ないんだよ?」


「えぇ!? そうなのか!?」


「そう。法律で決まっているの」


「んー…」


そうなんだ…と次女ちゃんは暫く唸って。でもやがて顔を上げて。


「じゃあ、オレが16になったらけっこんな! やくそくだからなひばり!!」


「うん。分かった」



そうして二人は小指を絡めて小さな小さな約束をしたのだった。


それは遥か昔。おおよそ10年ほどのことだった。



「…思い出したか?」


「いや…思い出したけど、確かに約束したけど…あれは…」


「よし! じゃあ役所行って婚約届け出しに行くぞー!」


「もう!? え、待って。僕これからハヤトの仕事に付き合って海外に…」


「海外!? じゃあそれを新婚旅行にしよう!!」


「しんこ…ってえ、え、え、ぇぇぇええええええええ!?」


次女ちゃん、誰に似たのか行動力が半端ありませんでした。


そしてその数十分後には次女ちゃんは見事に荷造りを果たし、雲雀にさぁ行こう! と言いのけたという。


まさか新婚旅行が親同伴になるなんて。世界初ではなかろうか。


いやいやそんなことよりも。雲雀はかなり悩み困っていた。


まさか自分が結婚だなんて。しかもその相手があのハヤトの子供だなんて。


かなり不意打ちだった。だってまさか10年ほど昔の約束事を持ち出してくるなんて普通誰も思わない。


しかし…約束は約束。


昔とはいえ確かに約束したし、雲雀も彼女のことは嫌いではない。


まぁだからと言っていきなり結婚は早過ぎると思うが。とはいえ友達からというほどの浅い付き合いでもないのだが。


このことは緊急家族会議にかけられたのだが次女ちゃんの父親であるリボーンは、


「…ふー…そうか。まぁ迷惑を掛けるとは思うが、よろしく頼む」


と、かなり意外なことに肯定的な意見を出してくれた。


ちなみにハヤトは、


「今日はお赤飯ですね!! 雲雀さん、よろしくお願いします!!」


晩ご飯のリクエストを出していた。


ていうか作るのはやっぱり雲雀なのか。自分の結婚で赤飯を自分で炊くのか。


「………いや、なんかそんな…そんなあっさりとしていいわけ?」


「…は! そ、そうですよね! ハヤトってばついうっかり…雲雀さんのご両親にもご挨拶をしないとですよね!!」


「いやだからそうじゃなくて…あと僕の両親はもうどちらも亡くなってるから挨拶の必要はないよ」


「はぅー!?」


亡くなっている。その言葉に早とはがーんとショックを受けていた。


…全然知らなかった。


雲雀ともう何年も何十年も共に暮らしているといるのに、自分は雲雀のことなど何も知らないのだと。


「…いや、そう落ち込まないでハヤト…別に僕はどうとも思ってないから…」


「でも…! そうだ、この子と結婚すると言うことは雲雀さんはハヤトたちと本当の家族になるって事ですよね! ハヤトの事をこれからママって呼んで下さい!! …ほらリボーンさんも!!」


「あ? あー…パパだ。どんと来い息子よ」


リボーン、ハヤトに促されてかなり棒読みに、どうでもよさ気に言ってきた。


「ほら、あなたたちも!!」


「雲雀! これから私のことを姉さんって呼んでね!!」


「…雲雀がオレの弟になるのか…」


ハヤトの勢いに押され思わず叫んで言う長女ちゃんと冷静に状況を分析する長男くん。


確かに雲雀が次女ちゃんと結婚すればハヤトとリボーンは雲雀の義理の両親になり、長女ちゃんと長男くんにとっても妹の旦那なのだから雲雀は義理の弟ということになる。


たとえ雲雀がこの家の中で最年長だったとしてもだ。


なんだか恐ろしい現象が起こっていた。


「これからはハヤトたちにたくさん甘えて下さいね! 雲雀さん!!」


満面のアイドルの笑顔。


これから法律上この人が母親になるというのに、雲雀の中ではハヤトは一番手のかかる子供と言う認識に最早なっていた。


というか。


「いや…あの、その。………いいの? 僕が彼女と結婚しても…反対意見とか…ないの?」


「なんだ。お前はいやなのか?」


「…いやというか…むしろ彼女のことは好きだけど…」


「そうか。ならば何の問題もないな」


「………」


雲雀、いつしかむしろ結婚をしなくてはいけない流れに突入していた。


どうやらこの家庭には年の差とか今までの関係とかそういう理屈は一切通用しないようだった。


そんな周りの強い押しというか流れのままに雲雀は気付いた時には婚姻届に判を押していて。


そうして他人の関係から始まったハヤトと雲雀はピー年の月日を介して無事に義理の親子となったのだった。


そんな雲雀の座右の銘はその日から「人生、何があるのか分からない」になったらしい。


まぁそんなことがあっても雲雀の生活にあまり変化はなかったが。


いつものように朝早く起きて朝食とお弁当の準備をしてみんなを送り迎えして。


お買い物に出て。


家の掃除をして。


ボンゴレに顔出して。


子供たちを迎えに行って。


晩ご飯を作って。


ハヤトを迎えに行って。


そして最後に布団の中で眠りに付く。


雲雀の中でそれはもう習慣となってしまったのか、特別その生活が変わるわけではなかった。


ただ…


「雲雀ー!!」


「ん? おはよう。ってわー!?」


朝っぱらから次女ちゃんが雲雀におはようのキスをしに雲雀を押し倒してたりしたが。


流石は新婚。そして学生。若さゆえの過ちをするには好条件が揃っていた。


おはようのキスのみならず、次女ちゃんはいってきます、ただいま、そしておやすみのキスまでしないと気が済まないみたいだった。


全てはあの両親の影響だった。


なんて言ったってあの二人はそういうことを素でやってのけているのだ。


そんな両親を見て育った子供たちはやっぱりそういうのが正しい夫婦のあり方だと信じて疑っていない。


次女ちゃんもその例に漏れておらず…いや、最も影響が深いのが次女ちゃんで。そしてその被害を被ったのが雲雀だった。


まさかこんなことになるだなんて夢にも思ってなかった雲雀はなんかもう日々がいっぱいいっぱいみたいだった。


嗚呼これが普通の一般家庭とちょっと普通という枠から外れた一般家庭の常識の差。けれどそんなこと次女ちゃんには分からないみたいで。



「オレ…雲雀に嫌われてるのかな…」



ふと、そんなことを口から零してしまった。


「なんだ急に。どうした?」


「そうですよ! あなたを雲雀さんが嫌っているだなんてそんなことがあるわけないじゃないですか!!」


「でも…雲雀の奴オレからのキスを嫌がってて…」


「そんな、雲雀さんはただ照れているだけですよ!!」


「まだ結婚して日も浅いしな。あいつも戸惑っているだけだろう」


「うん…」


「元気出して下さいね? と言うわけではいリボーンさん。あーん」


「ん」


もくもくとハヤトの手から間食を取るリボーン。


なんでもハヤトがそういうのをテレビで見たらしくやってみたいと言ったらしいのだ。


言うハヤトもハヤトだが、それを承諾するリボーンもまたリボーンだった。


「………」


「なんだ。どうしたハヤト」


「あの…その、ハヤトも…」


どうやらハヤトはリボーンの手でおやつを食べてみたい模様。


リボーンは読んでいた新聞を置いて、ハヤトの持っていたスプーンで今日のおやつ(雲雀作)をすくって…


「ほら」


「えへへ、あーんっ」


差し出されるがままにぱくりと食べるハヤト。幸せそうだった。


次女ちゃんはなんだかもう忘れ去られているようだったが、次女ちゃんは特に気にせず。



「…いいなぁ…オレもあんな風に雲雀と愛し合いたい…」



などとますます一般家庭との溝を開かせていた。


それからも次女ちゃんは雲雀に熱烈な愛をぶつけていたが雲雀は基本逃げていた。


ああ、やっぱり雲雀は自分のことなど嫌いなのだろうか。


こんな男みたいな口調の女など雲雀の好みではないのだろうか。やっぱり大和撫子とか淑女な雰囲気がいいのだろうか。


あるいはママか。


次女ちゃんの脳裏にはぅはぅ言いながらリボーンに甘えるハヤトが思い浮かぶ。


………ちょっと無理そうだった。


しかし、ならばどうすればいいのだろうか。


それとも…もうどうすることも出来ないのだろうか…


次女ちゃんの胸の中に切なさが込み上げてくる。





「…どうしたの?」


「社長…」


それは日の暮れる夕方。次女ちゃんはボンゴレプロダクションの社長室にいた。


雲雀と結婚してもなお社長に対する忠誠心(?)は変わらないらしくやっぱり社長の手伝いをしている次女ちゃん。


学校を卒業したら本格的に社長の秘書を目指すらしくその道の勉強も手を抜いてはいなかった。


…が、時折ため息を吐く恋する少女。いや新婚学生妻。なんにしろ問題の相手は変わらないが。


「…オレ…雲雀に嫌われているのかも知れません…」


「雲雀が?」


ありえない…とツナは思った。あの雲雀がこの子を嫌うだなんて。


「なんでそう思うの?」


「だって…! 雲雀の奴オレが飯を食わせようと「はい、あーん」しても怒るんですよ!!」


次女ちゃん、いきなり両親の影響を受けていた。


「それは…また勿体無いね。オレなら喜んで貰い受けるのに」


社長、この人もまた一般人とは違いました。流石です。


「でしょう? なのに…雲雀はいやだって…やっぱりオレ…雲雀に嫌われて…まぁなんだかんだでいつも無理矢理やらせるんですけど」


次女ちゃんはかなり過激派だった。


「あはは。雲雀の本気は分かりにくいからなー」


「え…?」


「…雲雀はね。どれだけの付き合いがあったとしても。………好きな人とじゃないと結婚なんてしないよ」


「でも…」


「信用出来ない? でも、答えは結構近くまで来てるっぽいよ?」


「え?」


ふと台詞が途切れて。…聞こえてきたのは誰かの足音。



「―――ああ、やっぱりここにいた。あのね。遅くなるなら連絡しなさいってあれほど言ったでしょ?」



「雲雀…」


「ほら。ナイト様のお迎えだ」


茶化すように言うツナにちょっと次女ちゃんが照れる。顔が赤く見えるのは夕日のせいだけではないみたいだ。


「な…んだよ。どうせ雲雀は…オレのことなんて嫌いなんだろ?」


「誰がいつそんなこと言ったの。もう。…最近元気がないと思ったらそんな馬鹿なこと考えていたわけ?」


「馬鹿って何だよ馬鹿! もう雲雀なんか嫌いだ! ばかばかばかばかばかばかばか!!」


「ワオ。それは困るね。僕はキミのことを愛しているのに」


「え…?」


「…というか。僕が嫌いな子なんかと結婚するわけがないでしょ?」


もっともなことを雲雀は言う。けれど次女ちゃんはまだ少し信じきれないようで。


「でも…雲雀はキスを嫌がるし、「あーん」だって逃げるじゃねぇか」


「………ああゆうのはもっと時間を置かないときついよ。それに同じお布団で寝てるでしょ?」



寝てるのかよ。思わずツナは内心で突っ込んだ。



「ほら、帰るよ」


「…うん」


二人は手を繋いで室内から出て行って。


そんな二人を見て、ツナはぽつりと呟いた。



「なんだ…やっぱり付け込む隙もないぐらいらぶらぶなんじゃない」



そしてその夜。


雲雀はいつもより遅い時間に自室に戻ってきた。


けれど未だ付いている明かりを見て、少し雲雀は驚いて。



「まだ起きてたんだ」


「ん…うん」


少し眠たそうに応えてくる次女ちゃんに雲雀は苦笑する。


「寝ててもよかったんだよ? 明日に障るし」


「…やだ。雲雀が来るまで起きてるもん」


「そう」


明かりを消して雲雀も次女ちゃんのいる布団の中に入り込む。


「それじゃ、おやすみ」


「………」


眠ってしまおうとする雲雀に対し、むーっと睨みつけながら無言の抗議をしてくる次女ちゃん。


「…何? どうしたの?」


どこかからかっているような口調の雲雀に、けれど次女ちゃんは負けずに答える。


「………おやすみのキスしてくれないと、一日が終わらない」


少ししおらしくって来る次女ちゃんが可愛くて。雲雀は笑って次女ちゃんの唇にキスをして。


「…これで満足? 僕の可愛いお嫁さん」


「うん。…えへへ」


次女ちゃんは嬉しそうに笑って、そしてもっととキスをねだるのだった。



そしてその階下。リボーンの部屋では…


カラン…


ガラスのコップの中の氷が音を立てて揺れる。


この家の主人とその妻は窓から見える綺麗な満月をつまみに晩酌をと洒落込んでいた。


ちなみに、リボーンはもちろんのことハヤトもかなり意外なことに酒には強い。


まだハヤトが結婚する前、酒で腰砕けにさせようとツナが目論んだがそれが失敗したぐらいの強さだ。


「…はぅー、雲雀さん…少しは照れ屋さんな所も治って下さると嬉しいんですけど…」


「ま、朱に交われば赤に染まるもんだ。いつか感覚が麻痺して照れも消えるだろう」


本日早速その兆が見えたのだが、でもそれはまだこの二人も知らないこと。


「…はぅー…」


ハヤトが顔を赤くさせてリボーンに擦り寄ってくる。リボーンは少し珍しいものを見るように、


「なんだもう酔ったのか? いつもならまだ平気なのに」


「うーんどうでしょう…なんだか…お酒を飲むリボーンさんがいつも以上に格好良く見えて…」


どうやらハヤト、酒ではなく酒を飲むリボーンに酔ったようだ。


「リボーンさん…」


キスをねだるようにリボーンの首に腕を回すと望んだだけの甘く優しい口付けをリボーンはしてくれる。


「えへへ…リボーンさん、大好きです」


いくつ目になるかも分からないハヤトの甘い告白。けれどリボーンもいつも同意の意を返してくれる。


それは長い長い夜のこと。


ハヤトとリボーンの甘い晩酌は、その日は夜遅くまで続いたという。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そして翌日。夜更かししたハヤトは寝坊してしまったという。


ヒビキミトリ様へ捧げさせて頂きます。