夕暮れの帰り道を、獄寺が歩いている。


その足取りは重くもなく、軽くもなく。


ただ淡々と、黙々と歩いている。


片手には何かを持っているのか、握ったり転がしたりしていた。


それが何なのかは、分からない。





ツナが獄寺を見ている。黙って獄寺を見ている。


その表情は何処か不思議そうな、何処か訝しげな。


けれどその理由は、何故自分がそう思うのか分からない所から来ていた。



何故か、何処か、獄寺が違うように思える。


何処が、と聞かれてもはっきりとは答えられない。



それは違和感と呼ぶには不自然で。


それはおかしいと言うには弱くて。



それはどうしたのと聞くことも出来ないような、小さな変化。


だけど、だからこそ、獄寺から目が離せなくて。


何も言えないからこそ、黙って見ていることしか出来なくて。



そして当然、獄寺はその視線に気付いていて。



「どうなされましたか、10代目」


「……獄寺くん」



聞こえる声は、いつも通りで。


その様子にどこもおかしいところはなくて。


なのにツナの感じる違和感は、拭えることが出来なくて。


むしろ、増したような気すらして。


何故だろう、普段の彼とは似ても似つかない。



「10代目?」


「…なんでも…ないよ」



違和感を感じるのに、ツナはそう言うことしか出来なくて。


―――ふと、獄寺がツナに一歩近付く。


いつもと同じ獄寺だ。いつも通りの獄寺だ。そのはずだ。


なのに。



「………っ」



何故か、ツナは一歩引いてしまった。


それに気を悪くした様子もなく、獄寺は更にツナに近付いて、



とんっ



と、ツナを押す。


思わずたららを踏むツナ。


ツナは何故こんなことを、と疑問符を浮かべる。


そしてその答えは今まさにツナがいたところにやってきた。弾丸が、悪意を持って撃たれた凶器が、地面にめり込む。



「………!」



息を呑むツナ。とはいえ、たまにあることだ。どこそこの裏社会の人間が、まだ子供の将来のボンゴレのボスを狙うなんてことは。


獄寺は弾丸が飛んできたところを見据え、その手にはいつの間にかナイフを持ち、そして走り出す。


10代目はここに、という呟きを残して、消える獄寺。


その姿を見て、ツナはまた疑問を覚えていた。





ああ、何故、今、オレは―――


彼の姿を見て、あいつを思い描いたのだろう。


今日本にいない、今遠い地に出ている、いつも傍にいるあいつを、





何故、彼から感じたのだろう。





その疑問に答えるものはどこにもおらず。


暫くして、獄寺が戻り「終わりました」と告げた。


ツナを狙った人物がどうなったのか、ツナは知らない。





それから日が経つにつれ、ツナの感じる獄寺の違和感は増していった。


声も、仕草も、間違いなく獄寺本人のものなのに。


なのにその姿はどこか不自然で。


おかしくて。


歪で。



何故だろう。何故か、まるで何かに溺れているかのようにも感じて。



けれど、獄寺を疑問に思う日々は唐突に終わりを告げた。


それどころではなくなった。


ツナの、皆のよく知る人物が亡くなったという情報を聞いて。


それからの騒ぎで、ツナは獄寺どころではなくなった。


だからツナは、彼の死と同時に獄寺の異変も影を潜めたことに、そして獄寺が原因不明の負傷を負ったことに気付くこともなかった。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

彼はいつもその手に何かを持っているようだった。

だけどそれが何なのかは、結局分からなかった。


なにせ彼の手の中には、何もなかったのだから。