オレの名前は獄寺隼人。ボンゴレファミリーに所属している。
オレの隣には10代目がいて、姉貴がいて、シャマルもいて…
そしていつもいつも不機嫌そうなあの人も。
これがオレの日常。
- 本物への道 -
朝。
いつものようにオレが10代目の主務室に挨拶に伺うと、いきなり指令が下った。
「おはよう獄寺くん。いきなりで悪いんだけど、頼まれてくれる?」
「もちろんです10代目。何なりとお申し付け下さい」
10代目はオレの受け応えに満足したのか、笑った。
…はて。いつも通りの対応のはずなのだが何が10代目のお気に召したのだろう?
「…あのね。この間の抗争にリボーンが行ったんだけど…少し怪我して帰ってきてさ」
「リボーンさんが!?」
オレは驚いた。オレの記録にあるリボーンさんは並大抵のことでは傷付いたりしないはずだったから。
「そう。頭と足をね。頭の方は本当に軽いものだったんだけど問題は足でね。少し不自由になったみたいなんだ」
「………そう…なんですか」
あのリボーンさんが…
「それで、オレは何をすれば…」
「獄寺くんにはリボーンの手助けをしてほしい」
「オレが…ですか? お言葉ですが、オレなんかよりももっと相応しい適任者が他に……」
「オレの頼み事が聞けないの?」
「喜んでお引き受けいたします」
「そう。じゃあ任せたよ」
10代目はそう言って、オレを主務室から追い出した。
…さて、じゃあリボーンさんのところまで行くか。
通路を歩いていくと、向こう側から姉貴が現れた。
「あら。隼人じゃない」
「姉貴か」
軽く会釈を返す。いつもと変わらず。いつもと同じように。姉貴は何故か嬉しそうだ。
「もうツナのところには行ったの?」
「当たり前じゃねぇか。……って、そういえば姉貴、こんなところで油売ってていいのか?」
「え?」
「リボーンさんが怪我したって話だ。聞いてないか? …それでさっきリボーンさんの補助をするようにって10代目に頼まれたんだけど……」
もしかして姉貴知らなかったのか? むしろこのこと極秘だったらどうしよう…
とか一瞬思ったが、
「なるほど、それはいいアイディアね」
姉貴は笑顔だった。
…?
姉貴…リボーンさんのこと、好きなんだよな?
「それじゃあ早く行きなさいな。リボーンに何かされたら隠さず私に言うのよ?」
と言うと姉貴は颯爽とオレを通り過ぎていった。
…って、何かってなんだよ。オレがリボーンさんに何かなんてされるはずがないだろうが。
オレはあの人に嫌われてるんだから。
リボーンさんの病室を見つけ、オレは控えめにノックをする。一呼吸置いて返って来たのはあの人の「入れ」という言葉。
「失礼します」
室内にはリボーンさんがいつも通りの黒いスーツに身を包んでベッドに腰掛けていた。左脇には白銀に輝く細い杖が置いてある。
オレが室内に入ると同時にリボーンさんは顔をしかめた。…ああ、ほら10代目。やっぱりオレにはこれきつい仕事です。
「何しに来た」
「…10代目から何も聞いてませんか? リボーンさんの補助をするようにと仰せ付かって参りました」
「ツナが?」
オレがはい、と答えるとリボーンさんは舌打ちをする。目付きは鋭くまるで誰かを刺すように尖った。
「ツナの奴…嫌がらせか?」
そう言うあなたのその発言はオレにとっての嫌がらせでしょうか?
正直泣きたくなって来たんですけど。
「はぁ…まぁいい。補助に来たなら補助に使ってやるからこっちに来い」
「は…はい!」
リボーンさんは駆け寄ったオレを掴むとその反動で立ち上がる。左には杖を持ってバランスを保っていた。
「もういい」
言うが早いがリボーンさんは自分からオレと離れる。…どうやら立ち上がるときには補助が必要らしいが歩く分には杖があれば支障ないらしい。頭に書き込んでおく。
リボーンさんは病室を出て行こうとする。と、扉が閉まっていたので(というかオレが閉めた)小走りして扉まで向かって開けた。
「これぐらい、自分で出来るぞ」
「…オレはあなたの補助なので」
馬鹿にするな、とか言われるんじゃないかと内心はらはらしたがリボーンさんは無言で外に出た。
「どこに行かれるんですか?」
「仕事だ」
オレの方など見向きもせずに言葉を放つリボーンさん。
「…その身体でですか?」
とオレがそう言うと、今度はリボーンさんは首だけでオレに振り返った。その顔は呆れていた。
「…お前な…一体何のための補助だ?」
「………了解しました」
オレの仕事はリボーンさんの補助。どうやら片時も離れられないらしい。
リボーンさんはまたすぐに歩き出す。オレは一歩後れて着いていく。
…ああ、ごめんなさいリボーンさん。
あなたはオレのことなど嫌いでしょうけど。
オレはあなたのことが大好きです。
あなたはオレが傍にいるこの空間に苛立ちを感じているみたいですけど。
オレはとても幸せです。
…ああ、ごめんなさいリボーンさん。
「リボーンはどんな様子だった?」
と、聞いてきたのはシャマル。今ここにいるのはオレとシャマルだけだ。
あれから数時間。日も沈みかけ業務も終わりあとは部屋に戻るだけ…となったところでリボーンさんはオレに「お前は絶対に着いて来るな」と言ってどこかへと行ってしまった。
一応仮にもオレはリボーンさんの補助なのですが…と思ったがそこでシャマルに捕まった。
ああ、リボーンなら心配するな。これからあいつが行くとこならあいつも無茶はしねぇ。と言って。
リボーンが戻ってくるまで話し相手になれと言って。
そして二人きりになって開口一番が先ほどの言葉だったが…どんな様子かと言われてもな。
「どんなって…いつも通りだったけどな」
オレから見て。の話だけど。
「そうか…」
シャマルは急に声を落とし顔を俯かせ影を作る。
「実はな…ここだけの話、リボーンはもう長くないんだ」
………長くない?
「…って………それどういう意味だよシャマル!!」
「無論そのままの意味だ。……これが分からないほど子供ってことはないだろ隼人」
「そんな…」
リボーンさんが? あのリボーンさんがもう長くない?
杖がある以外はいつも通りで。それを除けば業務も淡々とこなしていたリボーンさんが!?
オレは何を見てた? リボーンさんは本当は辛かったんじゃないのか? なのにそれに気付かないで何が補助だ…!
「…おい? 隼人?」
「なぁシャマル!!」
「うお!?」
急に飛び掛ったからかシャマルが驚く。しかしそんなことを気に掛けてる場合ではない。
「リボーンさんは…本当にもう長くないのか!? 助からないのか!?」
「落ち着け隼人!」
落ち着くなどと無理な話だ。あのリボーンさんの生死の問題なのに。
オレは思いっきりシャマルの腕を掴みギリギリと掴み千切れさせるような思いで掴んで逃さないようにする。
「…!! 嘘だ冗談だ! リボーンは足を除けば健康体で死ぬ要素なんてない! だから落ち着け隼人!!!」
大声で言われたシャマルの言葉にオレの頭が一気に冷める。
………嘘?
「嘘なのか…? リボーンさんが長くないって」
「ああそうだ。単にお前の反応が見たくて悪ふざけをしただけだ。………悪かった」
「なんだ…そっか……」
よかった…本当に。
はぁ、と一息吐いたところでリボーンさんが戻ってきた。
「なんだまだいたのか、お前」
「リボーンさん!!」
オレはぱっと手を放しシャマルから離れリボーンさんへと近付く。
「リボーンさんの為なら何時間だって待ちますよ!」
「……………そ、そうか」
リボーンさんは何故か少し面食らったような顔で頷いていた。
その日から、オレはリボーンさんの補助として日々を過ごすことになった。
動かぬリボーンさんの足となり、杖を持つリボーンさんの腕となってフォローをする。
だけどやっぱりリボーンさんは何日かに一度オレを置いてふらりとどこかへ行ってしまい、また戻ってくる。その間、オレはずっと待っている。
それがオレの日常となった。
そうしてその日常がある意味崩れ、ある意味確定したのはオレがリボーンさんの補助となってから138日が経った、ある日のこと。
舞台は人気のない廃ビルの密集地帯。せっかく(オレだけが)楽しく二人で歩いていたというのに、無粋な邪魔が入ったある日のことだった。
「リボーンさん、」
「分かってる。あの程度ならお前ひとりで平気か?」
「お任せ下さい」
リボーンさんが負傷したと言う噂を聞きつけてか、リボーンさんを狙う輩が本人曰く以前の三割ほど増えたらしい。
リボーンさんの足であり腕であり補助であるオレは当然ながらリボーンさんの代わりに迎え撃つ。
「オレは先に行ってるぞ」
「はい、すぐに追いつきます」
リボーンさんはオレの返答を最後まで聞きもせずに背を向け歩き出す。
ある意味信頼されているのだ。そう思えば単純な頭は嬉しいとも思う。
「リボーンさんはお前らと違って忙しい身なんだ。リボーンさんと遊びたいならまずはオレを倒すことだな」
オレだって忙しい身だ。早くこの程度の奴等なんて屠ってリボーンさんの補助へと回らないと。
銃声が響く。人が死んでいく。暫くして、辺りが静かになる。
…はて。今回はやけにあっさりと終わったような。手応えがない。歯応えも。言ってしまえば物足りない。
…今回は相手のレベルが低かったのだろうか? いやしかし仮にもあのリボーンさんに立ち向かおうとするような相手だぞ…?
焦っていた気持ちがなかったわけではない。早く終わらせたい気持ちも。
だけどこれは………
背を見ると遠くにリボーンさんの影が見える。
オレは急いでリボーンさんを追った。リボーンさんがある一つの廃ビルを通り過ぎようとする。
―――廃ビル内部より熱感知。量からして推測されるのは…爆弾?
「リボーンさん!!」
オレが叫ぶとリボーンさんは振り返る。次いで廃ビルに目をやり察したのかそこから離脱しようとする。
だけど…片足の自由が利かない身体では機敏に動けるわけがない。
オレが助けなければ。
オレは更に急いでリボーンさんへと走る。熱量は段々と上がっている。
オレはリボーンさんを抱きしめて転ぶ。同時に廃ビルが爆発し背に熱と衝撃を受ける。
どこかで似たようなことがあったような気がした…けど。それはどこだったのかどうしても思い出せなかった。
…というかそうだ、今はそんなことよりもリボーンさんだ。
「ご無事ですか? リボーンさん」
「………」
リボーンさんは無言だ。黙ってオレの腕を見ている。って、オレの腕?
オレも釣られて腕を見てみた。
肘から先が吹っ飛んでいた。
ていうか、
裂けた皮膚の中から見えたのは、赤い血でも肉でもましてや骨でもなく。
割れた金属と、千切れたコードと、バチバチと音を鳴らせている電気だった。
なんだこれ。
なんだこれなんだこれ。
なにがどうなってこんなことになっていてオレはいつからこんな身体で他のみんなはリボーンさんはこのことを知っていて?
「おい、獄寺」
なんでオレはこんなことに一体いつからこんなこと誰が一体こんなことを?
「獄寺!」
「リボーンさん…」
リボーンさんに叱咤されてオレは正気に返る。…といってもこの表記はおかしいだろうか? 機械が正気に返るなどと。
けれど本当にいつから? 昔はこうではなかったはずだ。ちゃんと皮膚の内側には肉が詰まっていて骨があったはずだ。あれ? その記録は本当に正しいものか?
「オレ…どうして…一体……?」
視界が霞む。目からあふれているこの液体はなんだろう。
頭が熱い。オーバーヒートしているのは果たして脳かそれとも無機物の詰め合わせか。
「リボーン…さん」
オレの力が抜ける。リボーンさんに被さるように倒れる。
リボーンさんはオレを抱きとめて携帯を取り出す。連絡した先は…
「ああ、ツナか。獄寺が壊れたぞ」
リボーンさんの口から淡々と言い放たれた「壊れた」の単語。
…ああ、やっぱりオレは人間ではないのだろうか。
…そうなのでしょうね。だってこんな身体なのですから。それにあまり気に掛けていなかったけどどうしてオレは熱感知なんてものが出来たのだろう。それはオレが人間じゃないから。
「腕が割れて、自分の身体の内部見たらパニックを引き起こした。どうにかしろ」
ああ、ごめんなさいリボーンさん。
オレはあなたの補助なのに。オレはあなたに迷惑ばかりかけて。
話が終わったのかリボーンさんは携帯を畳んでいた。そしてオレを見る。
「リボーンさん…」
これ、一体どういうことなんですか?
「眠ってしまえ」
オレの問い掛けに返ってきたのは、問いとは関係のないもので。
だけどそう言われると同時に、オレの意識は途切れていって。
最後に見たリボーンさんの顔が辛そうに歪んでいたのは、きっとオレの目がいかれているに違いない。と思った。
オーバーヒート?
自身を機械だと知らずに認知して。
性格は上手く現されていたと思ったのに。
そうね。私を見ても挨拶してきた辺り完璧だったわ。
…少し改造されてるし。
なんか言った?
いや、別に。
ああ、パワー制御掛けとけ。腕が千切れるかと思った。
どうせ変なことしようとしたんでしょ?
反応を見たかったんだ。
結果は?
実に隼人らしい反応だったな。腹立だしいことに。
今後の修正として、やっぱり最初の設定を少し。
だがそうすると違和感が。
まぁ所詮は試作段階。
あとでいくらでも調整が。
それもそうね。
それじゃあ次は―――――
「リボーンさん!!」
「…獄寺」
オレが声を掛けると、相変わらず白銀の杖を片手に持って歩いていたリボーンさんは露骨に嫌な顔をしました。
まぁ、嫌われてるのは解ってます。のでこの反応も予想範囲です。
「先日は大変ご迷惑をお掛け致しました…でももう大丈夫です! 獄寺隼人、復帰しました!!」
「…先日って、お前そのときの記憶残っているのか?」
「はい、だらしなく取り乱してしまい本当に恥ずかしく…しかし同じ過ちは繰り返しません!!」
「本当か…?」
「はい! 以前は自身の自己管理及び自己認識の不届きがあった為あのような失態が展開されましたが今度は大丈夫です!」
「………」
ああ、信じてない。その顔はさては信じてないですねと判断します。
「オレはボンゴレ科学班獄寺隼人開発部試作機獄寺隼人第一号。主な仕事はリボーンさんの補助と本物と見分けが付かないぐらいの獄寺隼人になることです!!」
言い終わるや否や、リボーンさんは多分手加減無用でオレの頭をぶん殴った。
思いっきり頭が揺れてオレは倒れた。
杖ではバランスが保ちきれなかったのか、リボーンさんも倒れた。
オレの名前は獄寺隼人。ボンゴレファミリーで作られた。
オレの隣には早く本物の獄寺隼人になるようにと願う獄寺隼人の陶酔する人がいて、獄寺隼人の姉がいて、獄寺隼人の尊敬する人物がいて。
そして獄寺隼人が愛した人がいて。
オレの仕事は片足の動かないリボーンさんの補助と、ここにはいない獄寺隼人に成りきること。
それがオレの日常。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
オレはどこかにいるはずの獄寺隼人に成り代わって、今日も獄寺隼人として振舞う。