獄寺隼人は走っていた。


獄寺隼人は急いでいた。


獄寺隼人は両の手に大きな荷物を抱えていて…前がよく見えてなかった。


なので、



「…ん? 獄寺お前何をそんな急いで―――って、おい!」


「―――え?」



スコーン!!



…獄寺隼人は、うっかり自分の上司であるリボーンを蹴っ飛ばしてしまったのであった。





   - 本日の主役 -





「…今リボーンさんの声が聞こえたような………でも誰もいないし、きっと気のせ…」


「気のせいで済まされてたまるか! この馬鹿たれが!!」


獄寺のひよった声は、下から聞こえてきた怒鳴り声で途中からかき消された。


「わ、リボーンさん! すいません、わざとじゃないんです! リボーンさんが小さくて視界に入らなくて!!」


「悪かったなチビで! つーか10歳に長身を求めるな!!」


慌てて頭を下げる獄寺に、容赦ないリボーンの叱咤が飛ぶ。


「いつも思ってたがお前はまず落ち着きが足りない! もう少し冷静になれ!!」


「うう…すいません、仰るとおりです、リボーンさん…」


蹴られたのが余程頭に来たのか、リボーンの説教は止まらない。獄寺も悪気がなかったとはいえリボーンを蹴っ飛ばした感触がまだ足に残っているので謝るしかない。


「すいません、本当すいませんでしたリボーンさん!」


「まったく…」


「正直、リボーンさんという存在そのものを忘れかけてました!!」


「酷いなお前!!」



…リボーンは数ヶ月前から長期の任務に出ていた。それがようやく終わり元教え子たちのいるアジトまで戻ってきたというのに…なのにこの仕打ち。この言われよう。


いっそのことぐれてやろうか。などとリボーンは子供のような、あるいは年相応なことを半ば本気で思った。



「やっほー、リボーン戻ってきたんだ。お帰りー」



と、元教え子の一人にして現ドン・ボンゴレであるツナの声が聞こえてリボーンの思考が途中で打ち切られる。


「また獄寺くんと痴話喧嘩? もー、こんな廊下でやらなくともオレの主務室でやればいいじゃん。面白いから見ていたい」


「何の話だ何の」


全然痴話ではないし、ましてや喧嘩でもない。獄寺からも言ってきた。


「違うんです、10代目」


「ん?」


「オレ…さっき急いで走ってて、…前を歩いてるリボーンさんに気付かなくて………こう、ゲシッと」


ゲシッと。足蹴にしてしまいました。


それを聞いたツナが爆笑する。10年も前だったなら青褪めていただろうに!



「あっははははははははは!! マジで!? それ見たかったー! つーかリボーンそれぐらい避けてみせろよ!!」


「うるさい!」


任務は完璧にこなしたのに、無事にアジトまで戻ってきたのに。残りは報告という所まで来て元教え子に蹴られ、元教え子に笑われる。



一体何の冗談だ。



リボーンはやや八つ当たり気味にツナに報告書を投げ渡した。


「…オレは先に部屋に戻ってる。なんかあったら呼べ」


リボーンの声は低く落ち着いていながらも憮然としていた。というか不貞腐れていた。


「ああ…うん。じゃあ七時に、オレの主務室ね」


「分かった」


そう言うとリボーンはすたすたとその場を去って行く。そんなリボーンの後頭部には大きなたんこぶが出来ていて。それを見て吹き出すツナ。


リボーンはなんだと言いたげにじろりと睨んできたが…結局何も言わずにまた歩いて行った。





「…行ったか…じゃ、支度しようか」


「そうですね! 素早く手早く準備してしまいましょう!」


「それにしても…くく、リボーンの存在自体を忘れかけてたって…! あははっ!」


どうやら少し前からいたらしい。大声だったので離れていても聞こえたのだろう。


「それは…本当にお恥ずかしく」


「っていうか…くく、それ本末転倒だよ、獄寺くん」


言いつつ、ツナは獄寺の荷物を一つ持つ。


「ああ、10代目そんな、オレ持てますよ!」


「いいのいいの。また誰かにぶつかる。中身が壊れたら大変」


その中身というのは酒瓶だ。酒。酒。酒。古今東西選りすぐり。


「リボーン任務ご苦労様お帰り会をするんでしょ? これ重いし、早くやっちゃおう」


もっともお帰り会とは名ばかりのただの飲み会だが。知らないのは獄寺隼人氏のみ。


「…はい。ではすいません10代目、手伝って下さい!」


「了解」


先を走る獄寺の背中を追い掛けながら、ツナはこの後のこと思い密やかにほくそ笑んだ。





そうして、約束の七時。


ツナの主務室で仕事の話でもあるのだろうと思っていたらしいリボーンは突然の飲み会に多少面食らったようだったが、しかしそれも自分のための会だと分かって。少しは頬の筋肉を緩めていた。


…開始の、10分ぐらいまでは。



「…ツナ」


リボーンが赤い顔をしているツナに声を掛ける。


「んー? 何? 本日の主役が景気の悪い顔して」


「…なんで本日の主役とやらが飲みの席でジュースなんだよ!!」


ドン! とリボーンは自分のコップをテーブルに叩きつけた。中のオレンジジュースが揺れる。


「だってリボーン、まだ10歳じゃん」


「アホか! 酒なんぞお前らが中学生の時から飲んどったわ!!」


「飲んでますか10代目! リボーンさん!!」


不機嫌にリボーンが声を張らす空間に、空気が読めないぐらいまで酔っ払った獄寺が乱入してくる。リボーンは顔をしかめた。


「またうるさいのが来た…」


「あー、またそう言って。リボーンさん飲みます? オレ注ぎます?」


「飲む。注げ獄寺」


「はー…」


い。と返事をしながら酒瓶を傾けようとする獄寺に、


「獄寺くん」


ツナがここぞとばかりに声を掛ける。獄寺は動きを止め、振り向く。


「はい?」


「…ボンゴレ10代目の権限を使って、お酒は二十歳になってからじゃないと飲めないことにする!」


「変に日本的だな!」


「ここじゃオレが法律だからね!」


ビシィ! と親指を上にあげていい笑顔で返してくるツナの姿はまさしく暴君であった。職権乱用であった。


着いていけないとリボーン。しかしそんなツナに着いていく人物がいた。


「すいませんリボーンさん、10代目が駄目って…」


「嫌がらせか? 嫌がらせだなこのダメツナが! お前そんなにオレが嫌いか!?」


「まっさかー。むしろ好きだよ。愛してる」



ピキーン!



思わず息が止まった刹那。


「ダメー! ダメダメダメダメそれだけはダメですよ10代目ーーー!!」


獄寺がツナとリボーンの間に入った。というかリボーンを抱きしめた。そして威嚇するようにツナを睨む。何故か仔猫を守る母猫を思い出させた。


それを見て、吹き出すツナ。


「く…っくくくくくく…うん、分かってるから獄寺く…! あははははははは! 取らない、取らないから…!」


言いつつ、爆笑しつつ、机をドンドンと叩いている。…初志貫徹で冗談だったようだ。



…なんか、どっと疲れた。



獄寺の腕の中から無理矢理抜けて、リボーンは主務室を後にしようとする。


「…あれ? リボーンさんどちらへ?」


「疲れたから、部屋に戻って寝る…」


子供は寝る時間だもんねー、という声に時計を見てみれば時刻は九時を指していた。


とりあえずむかついたので持っていたコップをツナにぶん投げると、分かってたかのようにツナは避け代わりに後ろにいたランボにいい音を立てて当たった。


15歳の癖にワインを飲んでいたからきっと天罰が当たったんだな。とリボーンは勝手に納得して部屋に戻った。





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10年後、覚えてろお前ら。