獄寺隼人は今日も沢田邸に足を運ぶ。
理由は無論のこと敬愛する10代目こと沢田綱吉に会うためだ。彼の為に出来ること。それを全てするために。
獄寺隼人が綱吉を訪ねる理由はそれだけ………だった筈なのだが、
「………」
何故か最近、獄寺隼人の視線は綱吉ではなく、彼の家庭教師でもある最強のヒットマン―――リボーンに向けられている。
おかしい。
獄寺隼人はそう思っていた。
何故。自分はリボーンさんばかり見てしまうのだろう?
ここは10代目のお宅で、自分は10代目の右腕で。だから自分が見るべきは10代目のはずだ。
いや、無論のことリボーンさんを視界に納めるのが嫌と言っているわけでは決してない。
リボーンさんのことは尊敬している。敬愛している。憧れで、目標だ。
しかしそれはそれ、これはこれだ。まぁリボーンさんと10代目は近くにいることが多いからそれでだろう。あ。リボーンさんがコーヒーを啜っている…渋い……じゃなくて。
「一体…これはどういうことなんだ?」
丁度綱吉とリボーンが席を外したので、獄寺は思わずそう声を漏らした。
それに応える声が一つ。
「それはね、隼人。愛よ」
ビアンキだった。
「姉貴!?」
「隼人…貴方もまた一つ大人の階段を上ったのね。貴方もとうとう愛を知ったのね…」
突然の姉の登場に驚きを隠せない獄寺に対し、ビアンキはマイペースに自分に酔っていた。ちなみにビアンキは眼鏡を掛けているので獄寺はぶっ倒れないで済んでいる。
「愛…? オレが…リボーンさんに?」
愛だの恋だの、今までよく分からなかった。
そんなもの体験したこともなければ、与えられたこともないと獄寺は思っていたから。
けれど。
これは恋だと、愛だとそう前提を置いて今までを振り返ってみる。
リボーンさん。
そう、名前を心の内で呼び、顔を思い出すだけで心音が跳ねる。
褒められるとその場で舞い上がってしまいそうになるほど嬉しく、叱られれば正直泣いてしまいそうなほど辛い。
綱吉に会って初めに確認するのが、いつしかあの小さなヒットマンを探すことになっていて。いたら嬉しくいなければ悲しく。
何故か気付けばずっと見ていて。でも目が合いそうになるととっさに反らして。また見てしまって…
声を掛けられると幸せで。
こちらの声に応えてくれると幸福で。
…誰かと話している姿を見るとちょっと切なくて………
「これが…愛? これが恋か…?」
「むしろそれが恋じゃなかったら世の九割は恋じゃないわよ隼人」
マジか。獄寺はそう思った。そうか、自分はあのリボーンさんに恋をしていたのか!!
「って、どうしたの隼人。後ずさって」
獄寺はビアンキと距離を置くように後ろに進んだ。
何故ならビアンキとリボーンは愛人だ。弟とはいえ容赦はしないだろう。そして自分はビアンキには勝てない。袋小路だ。
「安心しなさい隼人。リボーンに愛人が何人いると思ってるの? 今更そこに貴方が増えても私はなんとも思わないわ」
「愛人…? 馬鹿野郎、愛人という関係で満足いくか!! 男ならやっぱり本妻狙いだろ!?」
「ごめん隼人。今日の貴方はハル並によく分からない」
熱が入りすぎているのかあっさりと矛盾したことを宣言する獄寺に対し、ビアンキは冷静に突っ込んだ。
そんなビアンキを無視し、獄寺は再確認する。自分がリボーンのことが好きなのだということを。
そう思えばなんだか今更ながらに照れてくる。顔もなんだか熱い。
「姉貴…オレ、リボーンさんに告白してみる。振られるかもしれないけど、でもこの気持ちを伝えたい…!」
「…そう。なら頑張りなさい隼人。成功したら祝ってあげるし、失敗したら骨は拾ってあげるわ」
「ああ…」
獄寺が頷くと同時、席を外していた綱吉とリボーンが戻ってくる。リボーンを視界に納めると同時、恋を自覚した獄寺の顔が瞬時に赤くなった。
「リ…リボーンさ…オレ……!!」
緊張のあまりに声が掠れてしまっている獄寺。そんな獄寺の前に一歩、リボーンは歩み寄り、
「おい、獄寺。ちょっと話が…」
手を、伸ばした。
リボーンの手のひらが獄寺に触れる。
リボーンの小さな指先が、獄寺の手に触れる。
好きな人が、自分を見て、自分の名前を呼んで、自分に触れてきた。
その事実を認識したとき、獄寺の脳内はパニックに陥った。
詳しく言うと、頭の中が熱湯でも浴びたかのように熱くなり真っ白になった。
先程のリボーンの声が獄寺の脳内で何度も何度もエコー付きでリフレインし、今まさに触れ合っている指先以外の感覚が消え失せている。
「あ…」
何か、何かを言わなければと思うが喉の奥がカラカラで上手く声が出てこない。
触れ合っている指先が熱い。
だから獄寺は弾かれたかのように手を離した。他意などない。熱したヤカンに触れたら思わず手が逃げるようなものだ。
そしてリボーンの感覚が消えて…そこで獄寺の時がようやく動き出す。ちなみにリボーンに触れられてからここまで僅かコンマ一秒しか経ってない。
「ご…ごめんなさいリボーンさん! オレ今日はこれから用事があるので失礼します!!!」
言うが否や、獄寺はその場から脱兎のごとく逃げ出した。
心音がバクバク言っているのは急にダッシュをしたからではない。
顔が真っ赤になっているのは沈み行く夕日が獄寺に当たっているからでもない。
視界がぼやけている、と思ったら泣いていた。
拭おうとして、手が震えているのに気付いた。それどころか身体中が寒いわけでもないのに(むしろ熱いぐらいなのに)震えていた。
「リボーンさん…」
嫌われてしまっただろうか? 急にあんな…逃げるような真似をして。
しかもリボーンさんは用があると言ってきたのに。それすら遮って。
…嫌われてしまっただろう。これでは自分の気持ちを伝えるどころではない。誤解を解かねば。
しかし…一体どうやって? リボーンと会話が出来なくなっているのは先程立証済みだ。まず自分が持たない。
だからと言って誰かに頼める筈もない。…これは自分の問題だ。他人を巻き込むわけにはいかない。
と、そこにシャマルが通りかかった。いつものように酔いどれていて、気軽に声なんぞ話し掛けてくる。…酒臭い……
「おーう隼人どうした? まるで恋する乙女みたいな顔をして☆」
「うるせー!! お前にオレの気持ちがわかるかボケがーーー!!!」
能天気な声に腹が立ち獄寺は手加減無用でシャマルをぶん殴った。指輪が沢山はめられている指で、グーでだ。
「いてぇ!!」
「オレの痛みはこんなもんじゃねーーー!!!」
まったく理屈に適ってない言い分だったがシャマルが何も言い返せないほど獄寺の気迫は凄かった。
獄寺隼人、花の14歳。
彼の初恋のお相手は誰もが敬い、誰もが畏れる最強の小さなヒットマン。
彼の恋の行方は一体どこへ?
そして。
「…リボーン…いい加減立ち直りなよ」
「お前に…今のオレの気持ちが解ってたまるか……」
獄寺の立ち去ったあとの沢田邸ではリボーンが項垂れていた。
「獄寺に嫌われた…!!!」
「いや、まだそうとは決まったわけじゃないんじゃない? 確かに獄寺くんの様子変だったけど」
「だってお前、オレが声掛けたらいきなり帰ったんだぞ!? しかも手を弾かれたんだぞ!?」
「まぁそうだけど…でもおかしいな…最近の獄寺くんの様子だとそんなにリボーンを嫌ってる風には見えなかったけど」
「あの様子を見てよくもまあそんなことが言えるな!! …ああ、獄寺…っ」
「どれだけいっぱいいっぱいなんだよお前」
「………」
「ああ、落ち込むな落ち込むなリボーン」
「ツナ…オレ、どうすればいい……?」
「そうだね……諦めるしかないんじゃない?」
「…そうだな」
「マジで!?」
「ああ。お前程度に本気で相談したオレが駄目だったということがよく分かったよこのダメツナが。死ね」
「酷ぇ!!!」
リボーン。蕾の0歳。
実は彼もまた…恋をしていた。相手は銀の髪と翠の瞳を持つ少年、獄寺。
擦れ違いの恋の行方は一体どこへ?
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この10年後、二人は毎日ラブラブである。