いつもの通行路。
いつもの町並み。
昨夜の内に降り積もったのだろうか、辺りには新雪が数センチ積もっている。それに誰かの足跡が上書きされていく。
その光景の中には、彼らの姿も目撃された。
獄寺隼人と、沢田綱吉。
彼らは世間話をしながら、通学路を歩いていた。
やれ、天気がどうだの、テストがどうだの、休みがどうだの。
いつも通りの時間だった。微笑ましい空間だった。少なくともこのときまでは。
けれど。
「それでさ、獄寺くん」
「はい。なんでしょう10代目」
「リボーンなんだけど、」
ビシリ。
…今の、今まで平和だったこの世界。
けれどその名が出たと同時に、その世界は終わりを告げた。
寒い中にも温かみのあった空間が、一気に氷点下まで下がったような気がした。無論気のせいなのだが少なくとも先ほどまでの温かな雰囲気は霧散していた。
「……リ…ボーンさんが…どうされました?」
にっこり笑顔で、獄寺氏。
しかしその声はやや震えており、何かを警戒している節さえ見えた。
「いや…なんか最近、獄寺くんがリボーンを避けてるように見えるから…どうしたのかな、と」
「あ…あははははは。オレがリボーンさんを避ける? そんなことあるわけないじゃないですか。何を言ってるんですかもう」
乾いた笑いだった。
台詞も棒読みだった。
あと何故か目も背けていた。
でもツナは「ああそう。避けてないんだ」と一言言うと。
「だってよリボーン。出てくれば?」
と、そう言った。
獄寺が口を開いた。
「ああそうだ10代目申し訳ありません今日は実はどうしても外せない用事があるのでしたというわけで失礼させて頂きますまた明日!!!」
獄寺は脱兎のように逃げ出した。
呼ばれたリボーンが出てきた。
リボーンの目の前にはツナしかいなかった。
獄寺が去って言った方向を見ながら、ツナは、
「…やっぱりどう見ても避けてるじゃんねぇ」
その言葉はリボーンの胸に深く突き刺さった。
リボーンはかなり傷付いた。
なんかもう死にたくなった。
むしろもう死ぬしかない。
死のう…
「いや死ぬなよ!!!」
ツナは慌てて止めた。
事の始まりは…数週間前まで遡る。
いや、獄寺の様子は実はそれよりも前からおかしかった。
けれどそれは今のようにリボーンを避けるのではなく…むしろリボーンを見つめては、リボーンから目線を合わせようとするとさっと目を逸らすというものだった。
リボーンはそのことをツナに相談すると、ツナは軽く「本人に聞いてみれば?」と答えてくれた。
そうしようと思いリボーンがある日ツナの家に来ていた獄寺に声を掛け、手を伸ばしたら………その手を振り払われた。
しかも、なんか、そのまま帰られた。
さっきのように用事がある、とか言ってた気がする。
そして、その次の日からだった。
獄寺がリボーンが来るとまるで逃げ出すかのように姿を消すようになったのは。
どこでだってお構いなしに。
授業中に来てみた。
普通に席を立たれて退室された。しかもそのまま保健室の窓から逃げられた。
ツナが町の不良に絡まれているときに来てみた。
ツナを置いたまま踵を返して逃げられた。置いて行かれたツナも悲しがってた。
獄寺がツナの家に遊びに来たときに出迎えてみた。
同じく出迎えていた奈々にお土産を渡し、そのまま帰った。しかもその日から獄寺は家まで遊びに来ようとしない。
明らかに避けられていた。誰が? リボーンが。誰に? 獄寺に。
…これでリボーンが獄寺のこと嫌いならばそれはそれでよかっただろう。相手もこちらもお互い関心なし。それはそれでその道もありだ。
けれど…非常に難儀なことにそうではなかった。
むしろ、逆だった。
そう、獄寺氏に普段あれだけ冷たく当たり、会話も必要最低限。
修行らしい修行も人任せで自分は欠片もまともにしようとしないリボーンだが…実は彼は獄寺を嫌っているわけではなかった。
むしろ、好きでした。
ツンデレでした。
異様なほどまでのツンッぷりでした。
好きなのに冷たく当たってしまうリボーンは毎回獄寺と別れたあと実は後悔の連続でした。
あんなこと言って、嫌われてないだろうか。嫌われてたらどうしよう。とか。
そんなことばかり毎日毎日考えていました。
ツンデレ、かつ、ヘタレでした。
そして…とうとう徹底的に避けられるという決定的な行動を取られ、リボーンは軽く鬱に入りました。
ツンデレヘタレに鬱まで加わりました。
そうして、ことある度に死のう死のうとするリボーンを毎回止めるツナもたまったものではなかった。
どうしたものか、と思いながらツナはなんかめそめそしている最強のヒットマンを抱きかかえて学校へと急いだ。
(…でも…獄寺くん…)
内心でツナは呟いた。
(やっぱりどう見ても…リボーンを避けてはいるけど、嫌ってるようには見えないんだよなぁ……)
実はそれは大正解で、けれどそれを知るものはその場には誰もおらず場所は離れて獄寺のマンション。
「姉貴…オレ、どうすればいい……?」
獄寺は自室の隅で膝を抱えてめそめそしながら、こともあろうかこちらこそ大嫌いという点では大本命の実姉ビアンキ(眼鏡装備付き)に相談をしていた。
議題。リボーンさんへのこの溢れる思いをどうすればいいでしょうか。(102回目)
実は何を隠そうリボーンに恋心を抱いていた獄寺氏。けれど初めての恋というものに獄寺は感情に翻弄されまくっていた。
そして恋という感情を教えてくれた人物こそビアンキであり、獄寺は何かある度にビアンキにこうして相談しているのだった。
「逃げずに思いを伝えればいいのに」
「 で き る か ・ ・ ・ ! ! ! あの人の名前を聞くだけでオレは逃げ腰だぞ!!」
「ちっとも自慢にならないわね」
「………」
その通りだった。
そしてこのままではいけないことも、獄寺には分かっていた。
このまま逃げていたら、そのうち絶対相手にされなくなる。
むしろ、嫌われてしまう。
てか、もう嫌われてないか!?
そうだったらどうしよう!!
「オレは…どうすれば……!」
「………そうね。言葉で伝えきれないのなら、物で伝えてみたらどう?」
「物……?」
「そう…私のように思いをそのまま料理にぶつけてみてそれを渡したら? きっと伝わるわよ?」
きっと逆の意味で。
ビアンキを知るものなら、誰だってそう思うだろう。
ましてや実の弟で更に昔からビアンキの料理の餌食になってた獄寺ならなおのこと。
しかし。
「料理か……なるほど……」
獄寺隼人はそこまで追い詰められていたのか、存外『名案』として受け止めていた。
「リボーンさん…喜んでくれるかな…」
「もちろんよ。当たり前じゃない」
頼もしい姉の微笑に励まされ、獄寺隼人は決心する。
そして、キッチンへと向かっていった。
「リボーン」
「…なんだ。どうした」
連日の獄寺の避けっぷりにすっかり生気をなくしてツナの自室でしょげているリボーンに、ツナは朗らかに声を掛けた。
「獄寺くんからリボーンに贈り物だってよ」
ガバッとリボーンは身を起こした。
「………獄寺から? オレに?」
「そう。リボーン、やっぱりこれは脈有りだって。嫌いな人に料理なんて普通送らないし」
「料理?」
そう、とツナは先ほど玄関で獄寺から手渡されたばかりの品をリボーンに見せる。
お椀に盛られたシチューだった。
しかも作ってすぐに持ってきたのか、まだ湯気が立っている。
「しかも獄寺くんから伝言付きだよ」
「…伝言?」
「うん。………『これが、オレの気持ちです』…だってよ。よかったね」
「………」
気持ちと称されて、渡される手作りの品。
胸の奥の奥が仄かにあたたかく感じられるのは、手渡された椀のぬくもりが移っただけでは決してない。
「オレは…」
「ん?」
「オレは獄寺に…嫌われてるわけじゃ……なかったんだな」
「何を今更。ずっとそう言ってんじゃん」
「………」
リボーンは胸奥から込み上げてくる何かを隠すように誤魔化すように、シチューを一口、口に含んだ。
・・・・・・・・・。
ぱたり。
そんでもって倒れた。
「…あれ? リボーンなんで寝てるの?」
急に眠ってしまったかのような様子のリボーンに暫し首を傾げていたツナだったが…やがてリボーンが息をしてないということに気付いて慌てて救急車を呼んだ。
最強のヒットマン、暗殺されかける。
この事実は裏社会で何気にニュースになったという……
そして。
「リボーン。調子はどう?」
「ツナか………なぁツナ。オレは…どうすればいいと思う…?」
入院生活を送る羽目になったリボーンのお見舞いに来たツナはドアを潜ると同時に相談を持ち掛けられた。
「…えっと……何の話…?」
「オレはアルコバレーノ…普通の人間から見たら化け物だが…それでも獄寺を思う気持ちは本物なんだ。最後の人間らしい感情に従って思いを貫き通すべきか…」
「………ごめん、だから何の話?」
再度同じ問いを繰り返すツナに、けれどリボーンは答えない。正確には聞いてない。
「それとも…オレはこの身体も命も既にボンゴレに捧げた身だ…だからこの思いごと獄寺を殺し生涯灰色の世界で生き続けるか…」
「………いや、リボーンさん?」
「ククッ、所詮オレにはその道がお似合いなのかもな……」
「とりあえず落ち着いて戻って来い」
最強のヒットマン、リボーン。
愛する獄寺の手料理が猛毒であったことから、しかもそれが獄寺の気持ちと告げられたことから。獄寺隼人に嫌われていると確信。
この後さらに鬱は悪化し、本当に自殺しかけたのをツナが三時間掛けての説得で止めきるのは30分ほど未来の話。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
一方獄寺くんは自室で花占いをしていた。