「10代目。勉強の時間ですよ」


いつものように獄寺がツナの勉強を見に来る。


毎日きっかり同じ時間に訪れる彼に、ツナは辟易とした顔を向けた。


「いや、あの、獄寺くん……」


「はい、なんでしょう10代目」


柔らかな微笑みを返してくる獄寺は何度見ても見とれてしまうがいつまでも流されてはいけない。とツナは奮起する。


「あ、あの、さ…その10代目ってのやめてくれない?」


「しかし10代目は10代目です。ボンゴレの血を引く正統なる後継者。あなたの未来はマフィアのボスですよ」


「い、いや、オレマフィアとか興味ないし。普通に生きたいんだよ、オレは」


「ですが、オレはボンゴレ9代目より直々に命を受け10代目に会いに来ました。…あなたを、ボンゴレ10代目に相応しい方にするために」


「オレの意思は?」


「―――10代目」


獄寺は微笑みを崩さないまま懐から銃を取り出してツナに向ける。


「さっきからやかましいですよ?」


辺りの温度が一気に下がる。重苦しい空気が伸し掛かり、緊張の糸がピンと張る。


これはやばい。


「ご―――っ」


獄寺を落ち着かせようと、どうにかしようと声を漏らす。


しかしその声を合図にしたかのように獄寺は引き金を引いた。その目に躊躇はなく、その指に迷いはない。


銃弾がツナの頬を、髪を、首筋を掠り壁へとめり込む。


「ひ―――!!」


固まり怯むツナに対し、獄寺はあくまでにこやか笑顔で銃を仕舞い、ツナに言う。


「さて、そろそろ勉強しましょうか。10代目」


「………はい」


こうして今日もツナは獄寺に押し負けた。





獄寺は、数ヶ月前に奈々に雇われた家庭教師だ。


偶然雇われたはずだが、実はそれは計画されたもので獄寺はツナをマフィアのボスにするためわざわざイタリアから来たというのだ。


なんでも最強のヒットマン。らしい。


確かに今見せたように銃の腕前は確かで、他にもナイフを得意としたり、体術を使ったりするらしい。(そして一番はダイナマイトだとか)


家庭教師としての名目上か、普通に勉強も教えてくれるが隙あらばマフィアの教えだの武器の使い方だの殺しのイロハなどを教えてくる。


ツナとしては平和に平凡に過ごしたいというか、物騒で不吉な日常はノーサンキューなのだが獄寺はまったく聞き入れてくれない。


それどころか、ツナの周りの人間をマフィアの仲間に引き入れようとする始末。


中でも彼のお気に入りは……


「よおツナ。遊びに来たぞ」


「あ、リボーン」


ツナと小学生からの付き合いである、リボーンその人だ。


「リボーンさん。こんにちは」


「ああ、そういえば今の時間は獄寺が勉強を教えてるんだったな。悪い」


「いえ、大丈夫です。オレにとってはリボーンさんも生徒ですから」


ツナにはページ指定をして放置し、獄寺はリボーンと向き合い別の本を開いたりしている。


ちなみにその本の内容は大学クラスの問題集らしい。中学になったばかりの身空で、少し前まで小学生だった頭でどれだけ先のことを学んでいるのか。


なお、そんなリボーンがどうしてツナと同じ学校に通っているのかというと、なんてことはないただ単に家と近いから。それだけの理由らしい。


「ところでリボーンさん、例の話は考えて頂けましたか?」


「ボンゴレっつーマフィアの傘下に加わることか? 悪いがオレには夢があってだな」


「おや、どのような?」


「ああ、ペットショップの店長になりたいんだ」


嘘付けよ。


ツナは内心で思わず突っ込んだ。


「おや、それは少し意外ですね。動物がお好きなんですか?」


「嫌いじゃないぞ」


この問答は二人が出会う度に行われている。ちなみにリボーンの夢はその日によって全然違う。この前はパイロットだったし、更にその前は花屋だった。


つまりは延々とはぐらかされているのだが、それでも獄寺は勧誘を続けている。


獄寺曰く。リボーンは100年に一人の逸材らしい。


殺しの、才能の。


まったく、馬鹿馬鹿しい。とツナは思う。


確かにリボーンは天才肌で、なんでも出来る。飲み込みもコツの掴み方も早い。それはツナも認める。


だが、殺しなど。誰かを殺めるなどと。


馬鹿馬鹿しい。出来るわけがない。そんなこと。


リボーンは自分と同じで一般人なのだ。しかも本人は認めないが正義感が強く、殺しなどまったくイメージと結びつかない。


なのでリボーンがマフィアの仲間入りになるとはツナはまったく思ってないし、心配もしてなかったが…


だが、ツナには別件の、もうひとつの心配事があった。


それは……


「…ああ、そろそろ時間ですね。では、10代目、リボーンさん。また明日」


時計を見ながらそう言って、獄寺は荷物を纏める。


「…ん? 今日は早く帰るんだな」


「ええ。本当は10代目の特訓をしたいんですけどね。今日はこれから用事がありまして」


獄寺の言う「特訓」とはもちろん勉強などではなく、マフィアとしての訓練だ。毎回澄ました笑顔で死ぬほど辛い目に合わせてくる。


獄寺がこの本命の任務を破棄してまで優先する用事といえば…ツナの思い浮かべるものはひとつだ。


誰かの―――例えば、ボンゴレに仇なすものの、例えば時期ボンゴレファミリー10代目の敵の、暗殺。


「………」


マフィアになるつもりはないと言っても、それを証明する術はどこにもなく…むしろ獄寺はボスにさせようとしてくるし、嫌々ながらも自分もその特訓を受けているのだから説得力の欠片もなく。


未来の害は早めに始末しようと、どこからともなく送られてくる刺客に命を狙われたこともある。その度に獄寺が何とかしてくれた。


命を散らせたいわけじゃない。むしろ生きたい。出来れば平和に、平穏に。


だが…その影で誰かが殺し、誰かが殺されているという事実を知るのは、ツナの心に暗い影を落とすのに十分だった。


そんなツナとは対照的に、リボーンは呑気に獄寺に質問する。


「他の教え子のところにでも行くのか?」


「…まあ、そんなところです。あまりにも成績が酷いので、ちょっとお仕置きをしに」


なんとも曖昧な返事をしつつ、獄寺はでは、と手を振りながら退室した。


パタンと扉が閉じられ、階下へ降りる音。暫くして、玄関が開けられ、閉じられる音。更に暫くして、リボーンは息を吐いた。


「あー、緊張した」


「どこがだよ…」


「相変わらず面白いな、獄寺は」


「そう……?」


ツナの心配事。


それはリボーンが獄寺に興味を持っているということだった。


リボーンは獄寺と妙に話が合うらしく、しょっちゅう話し込んでいる。ふたりだけの勉強会も非常に楽しそうだ。


「あー…結局今日もこれ渡しそこねちまったな。どうにもオレは臆病でいかん」


「臆病ねえ……」


リボーンが指先で回しているのは小さな包みだ。中身はジッポーライターらしい。


なんでも以前街中で見掛けて、獄寺に合いそうだから購入した。とか。


「いじめっ子多数相手に平然と立ち向かう人間を、臆病とは言わないよ」


「それとこれとは話が違うだろ」


「そう?」


「ああ」


リボーンの獄寺に対する興味は計り知れず。彼はぐいぐいと自分から身を寄せている。


…その結果は、どう転んでもいいことは起こらないような気がする。


「リボーン…獄寺くんはやめといた方がいいと思うんだけど……」


「ん? やめるって何の話だ?」


しかも、自覚無しときた。


「だからさあ……獄寺くんと…その、すごく仲良くなること、とかさ…」


「?」


首を傾げるリボーン。


リボーンはさっぱり分かっちゃいなかった。


「ああもう……!!」


「何怒ってんだ? お前」


「何でもない! そういえばリボーン、獄寺くんとどんな話してるんだよ」


「ん? そうだな、最近は―――自作の暗号について熱く語り合ったな」


「暗号?」


「そう。授業中暇だからな。ノートにオレだけの言語を作っていくんだ。これをオレはR文字と名付け―――」


「い、いや、ごめんもういい……」


この野郎。とツナは思った。この野郎、オレが必死に黒板の文字を書き写している間にそんなことしてやがったのか。


しかもそんなことをしながらも授業内容はしっかり理解していて、教員に当てられてもあっさりと回答を言い当ててみせるときた。


「獄寺もオレたちぐらいの年の頃には暗号作ってたらしいぞ」


「マジで!?」


やはり頭のいい人というのはどこか何かが違うらしい。


「はあ…じゃあなんで毎回獄寺くんの誘いを断ってるのさ」


「あれは単に獄寺との掛け合いが楽しいだけだ」


「そう…」


この分じゃあリボーンの将来の夢ストックが切れて獄寺の言うままボンゴレファミリー入りするのも時間の問題だろう。


やれやれとため息を吐くとリボーンが不思議そうな顔でツナを見上げる。


「なんだ? さっきっから獄寺の話題ばかり………ははあ、なるほど」


「な、なんだよ」


じっとツナを見ているかと思ったら、急にリボーンはニヤニヤしだす。


「オレが獄寺を取らないかと心配してるんだな?」


「なあっ!? ち、違うよ!!」


「分かってる分かってる。お前は友達が少ないからな。慕ってくれる獄寺が嬉しいんだろ。安心しろ、別にオレは獄寺を取るつもりはない」


「聞けよ人の話を! そもそも、友達がいないのはリボーンだって同じだろ!?」


「………ふ。痛いところを突いてくるじゃねえか。そういやその通りだ」


と言っても、リボーンに友達がいないのはリボーンが通っていた小学校は進学校で、生徒も教員も勉強第一で友達を作る雰囲気ではなかったからだが。


だが今年からツナと同じ中学校に通っているのでいずれ友達は出来るだろう。余談だが、既にリボーンファンクラブなるものが出来ているらしい。


…そうなるとこれまで通りにリボーンと遊ぶことも少なくなるかも知れない。リボーンに友達が少ないと言われたが、それは優しい言い方で実際はリボーン一人しかいない。


「………」


「ん? どうした?」


「何でもない」


急に暗い雰囲気になり、やがて時間が迫ってリボーンは帰った。





翌日、何事もなかったかのように、いつもの時間に笑顔で獄寺がやってきた。


「こんにちは10代目。さっそくですが、今日は昨日出来なかった特訓をしましょう」


「よおツナ。遊びに来たぞ」


…リボーンも一緒に。


「………いらっしゃい」


「どうなさったんですか? やけに疲れていらっしゃるみたいですが」


「…何でもない」


「…ああ、誤解すんなツナ。獄寺とは偶然会っただけで…」


「え? 何の話ですか?」


「ツナの奴、オレが獄寺を取らないかと心配してるんだ」


「違うって言ってんだろ!!」


獄寺を挟んで二人の言葉が交差する。


その様子を見て、獄寺は微笑む。


「リボーンさん、10代目の言う通りですよ」


「なに?」


「え?」


蚊帳の外にいた獄寺から指摘され、ツナとリボーンが同時に止まる。


「10代目は、オレにリボーンさんが取られないんじゃないかって心配してるんですよ」


「なに?」


「な―――っ!?」


きょとんとするリボーンに、絶句するツナ。獄寺は笑っている。


「10代目、よっぽどリボーンさんのことが好きなんですね」


「そうなのか?」


「あ、いや……」


咄嗟に問われて、否定することも肯定することも出来ず慌てるツナを見て、リボーンが慌てた。


「ま、待てツナ」


「え?」


「オレはお前と…なんだ、そういう付き合いというか趣味というか、そういうのは……」


「いや、待てリボーン! なんでオレが獄寺くんとの関係を勘潜ったときは流してオレのときはそういう意味を取るんだよ!!」


「え? オレとの関係ですか?」


今度は獄寺がきょとんとした。


…段々収拾がつかなくなってきた。


このままでは泥沼確定だった。


「〜〜〜〜〜!! もういい!! 獄寺くん!! 今日は特訓でしょ!! なんでも付き合うからもう行くよ!!」


ずんずんと二人の間を割って通り、外に駆け出していくツナ。


残されたリボーンと獄寺は、顔を見合わせてからツナを追いかけた。


リボーンはそういえばとプレゼントの包みを取り出して、今このタイミングで渡したら誤解を受けるかな、と思って結局包みをまた鞄の中に仕舞った。


青空の下、大地の上。今日もまた並町は騒ぎに巻き込まれる。





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それは日常になった、いつもの一日。


リクエスト「立場逆転(リボ獄)綱と同級生リボX最強ヒットマン獄」
リクエストありがとうございました。