銀の髪が闇夜に躍る。
黒い影が月光に映る。
黒衣を身に纏わせて。
盗品を手に、盗人は笑った。
「盗人?」
「そ。富裕層の人間ばかり狙ってるの」
「盗品の行方は?」
「知らない。結構高価で珍しいものも盗まれてるんだけど、どこにも情報が流れてないの」
「そりゃ盗人というより怪盗だな。盗人なら盗品を売りさばいてる」
「怪盗なら予告状を出すでしょう」
「書物じゃあるまいし、なんのメリットもないだろう」
「そりゃそうだけど」
「で、こいつがどうしたって?」
「この人がどうしても捕まらないの」
「それで?」
「オレの知る限り最も優秀なリボーンにこの人を捕まえるよう命じる!!」
「めんどくせぇ」
「仕事しろよ!!」
「今資料を流し読みしてるがこいつが狙っている奴どいつもこいつも叩けば埃が出そうな奴ばかりじゃねーか」
「そうだね」
「放っとけ。狙われるのも自業自得だ」
「オレこの人気になるんだよねぇ〜」
「…それで?」
「オレこの人と話をしてみたいんだよ」
「…だから?」
「警視庁総本官であるオレ沢田綱吉の命令!! この人どうにかして捕まえて!!」
「めんどくせぇー」
「だーかーらー!!!」
ざわめく繁華街。
買い物をする一人の青年。
その帰り。
行く道は物騒なスラム街へ。
しかしその顔は穏やかで。
ゆっくりと足を踏み入れる。
やがてひとつの家へと辿り着くと、ひとりの少年が青年のもとへと駆け寄ってきた。
「隼人兄お帰り!!」
「ああ、ただいま」
隼人と呼ばれた青年は持ってた荷物を少年へと差し出した。
「紙と鉛筆を買ってきた。これで勉強が出来る」
「うわあ! 嬉しいよ隼人兄!! 僕いっぱい勉強する!!」
「ふぅ太は頑張り屋だな」
「隼人兄の授業が楽しいんだよ!」
熱を持って話すふぅ太に、隼人―――獄寺隼人は苦笑して、
「少しだが菓子も買ってきた。ちびたちに分けてこい」
「わーい! お菓子ーーー!!」
嬉しそうに走りながら家の中へと消えるふぅ太を見て、獄寺は穏やかに笑った。
数日経った、その深夜。
月光にすら照らされない道の角で、リボーンは壁にもたれかかっていた。
何をするというわけでもなく、ただ時が過ぎ去るのを待っているように見える。
そして…いくほどそうして待っていたのだろうか。
瞑っていた目を薄く開き、夜空を見上げる。
そのまま腰に手をやり、そこにある拳銃に手をやった。
流れるような作業で、自然な体勢で、当たり前のように撃ち放つ。
銃撃音。
「!?」
それに驚く「誰か」
そう、そこには闇夜に隠れて誰かがいたのだ。
正確に言うならば、誰かが闇夜に紛れながら走り抜けようとしていた。
一歩間違っていれば銃撃は誰かの頭を撃ち抜いていた。
なので、その誰かは自分が自身の危険感知能力だけで銃弾を避けたことにも気付かずただただ放心していた。
その隙を逃さず、リボーンは静かに口を開く。
「動くな」
「!」
「警察だ。動けば撃つ」
既に撃っているのだが、それはリボーンの中ではノーカン扱いらしい。
「…何故……」
「何故ここに、か? 報告されてる限りの富裕層で起きた窃盗事件の資料を読んで犯人の特徴をだいたい捉えて次の犯行日時、場所、ついでに逃走路を予測して待ってただけだ」
「………」
絶句…という感じで犯人は黙る。
そこに。
「いやあ、流石はリボーンだね」
パチパチと拍手をしながら第三者が現れた。
「ツナか」
「犯人確保のお願いしてからたった数日で叶えてくれるんだもん。流石流石」
「いたのなら隠れてんじゃねーよ」
「男二人っきりで待つわけ? 寒いじゃん」
「だからって…まあいいか。ほら、お望みの犯人だ」
「ありがとう。ええとキミ…名前は? オレは沢田綱吉って言うんだけど」
問われて、今まで固まっていた犯人はようやく自分が動けることを思い出す。呼吸しだす。
「あ…あ―――――オレは…獄寺。獄寺隼人と言います……」
獄寺は混乱していた。銃弾がかすめた鼻先が痛い。
この二人は? 警察? 何故ここに? 待ち伏せていた? 資料を見て? 特徴を捉えた? そんなことが可能なのか? しかし現に―――
獄寺の混乱は止まらない。しかし二人は待ってはくれない。
「…キミ?」
「は、はい…すいません…盗んだものはお返しします……」
「そう身構えなくってもいいよ。オレはキミと話をしたいだけだから。…獄寺くんって呼んでいい?」
「はい…」
「ありがとう。…じゃあ獄寺くん。キミは何故窃盗をしたの?」
「…金が必要で……」
「早急に? 何故」
「家族が病気になって…薬代が必要で…」
「なるほど。初犯はそれで分かった。でもキミはその後も繰り返し窃盗を繰り返してる。それは?」
「食べ物や…冬を越すための毛布…他にも勉強するための紙や鉛筆が必要で…本当すいません。スラム出身じゃあどこも雇ってくれなくて…」
「スラム出身? じゃあ家族って…」
「ええ、スラム仲間です。でもオレにとっては本当の家族のような存在です」
「なるほど…感動した!!」
と、綱吉は大きな声を出して獄寺の肩をバン!! と叩いた。
「は…?」
「不問! 全部不問!! いい話を聞いた!!」
「いえ、あの…」
「でもどういう基準で盗む人を選んだの獄寺くん」
「それは…」
「獄寺と言えば有名な富豪だろ。そこで知り合った奴らだろうな」
「ん? 獄寺って有名どころなの?」
「お前な…常識だろ……」
「………」
「あー、そういやいたね。獄寺家の一人息子の隼人くん。でも彼、病気で床に伏せってるって聞いたけど」
「…世間ではそういうことになってますか」
と、獄寺は吐き捨てるように言った。
「オレは金持ちが嫌いなんです。特に汚い金でのうのうと暮らしている奴らが」
「だから抜け出してスラム街に移り住んだの?」
「…そうです」
「うーん、ますますポイントアップ」
「…?」
「ツナ。そろそろ種明かしでもしたらどうだ」
「ああ、そうだね。…ね。獄寺くん。オレ達と警察で働く気はない?」
「は?」
「優秀な人材を探してたんだよ。獄寺君なら条件にぴったりなんだ」
「で、でもオレスラム街出身で…それに犯罪者ですよ? 窃盗とか…」
「いいのいいの! 優秀な人に出身地は関係ないし盗まれた人は盗まれる方が悪いような人ばかりだし! むしろぐっじょぶ!!」
「え…えぇ…?」
獄寺はまさか褒められるとは思わなかったのか戸惑った声を上げる。
「無論雇う以上金も払う。悪い話じゃないと思うが」
「…ですが……」
「まぁ、警戒するのも分かる」
と、リボーンは銃を仕舞い代わりに名刺を取り出す。
「働きたくなったらここまでいつでも来い。オレか沢田綱吉の名前を出せばいい」
「はあ…ありがとうございます…」
「ちなみにお仕事は警察の仕事プラス怪盗ね。不法拾得容疑のある品を盗って欲しいんだ。白だったら警察が無事確保したってことで返せるし」
「ちゃんと予告状を出すんだぞ」
「え、あ、は、はい」
二人の言葉に気圧されながらも名刺を受け取り、獄寺は帰った。
盗品は返そうとしたが「逃したことにする」と言われそのままもらって帰った。
そしてそれから数日が経った。
獄寺は自分の家をぼんやりと見ていた。
ところどころぼろが出ている我が家。
子供たちは裸足で走り回っている。
ノートとペンはあっという間に使い切った。
「………」
家は早く修繕しなくては冬を迎えるには厳しいだろう。
子供たちには靴を買ってやりたい。それに遊具も。
ノートもペンももっと欲しい。もっと勉強させてやりたい。
薬も欲しい。
食料も欲しい。
菓子だって与えてやりたい。
「……………」
手元には一枚の名刺。
獄寺は意思を固め、出掛ける準備を始めた。
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ちょっと警察に行ってくる。