さようならリボーンさん。


どうか、オレの偽者と末永く。





銃声が鳴って、獄寺が弾け飛んだ。





そこでオレは目を覚ます。身を勢いよく寝具から跳ねらせて、室内を見て。先程のは夢だったのだということに気付く。


汗を拭う。息を整える。あの日から、オレは眠る度にこの夢を見ている。


窓の外はまだ暗く、けれどもう一度眠る気にはなれない。汗を流したくとも片足の身ではそれだでけも一苦労だ。



部屋は暗い。朝が遠い。汗が体温を奪って、寒い。


そこに、一筋の光が差し込むように。


部屋の扉が開かれた。誰かが…いや、この時間帯に来る奴なんて一人しかいない。そいつが入ってくる。



「リボーンさん…? 起きていらっしゃいますか?」


「ああ」



獄寺だった。


先程、オレの夢の中で顔面から破裂させた、そして実際、以前オレの銃を使い顔面を撃ち抜いた獄寺だった。


…いや、厳密に言えば違うか。


あの時死んだのは―――毎日夢に出ているのは…



「…まだ、うなされてるんですか?」


「……………」



獄寺がオレを労わるように触れてくる。あたたかい手だ。



「リボーンさん、身体が冷えていますよ? …お湯を浴びますか?」


「そうだな…」



獄寺が拙い動きでオレを支え、オレを起こす。オレを浴槽まで連れていく。



「いつもすまないな」


「なにを言ってるんですかリボーンさん。オレがやりたくてやってるんです」


「だが、お前は病み上がりなのに…」


「いいんです。リハビリになるし、リボーンさんが苦しんでる中オレだけのうのうと休むことも出来ません」


「………」


「それに、」



そこで獄寺は一呼吸止めて、



「…それに? なんだ」


「それに…その、空いたリボーンさんとの時間も埋めたい、ですし」



少し頬を赤くして、獄寺はそう言った。



「これからは、ずっと一緒なんですからね? リボーンさん」


「ああ…そうだな」



オレは頷いて応えた。










あの日から、数ヶ月が経った。


あの日、オレがボンゴレに帰ってから。獄寺が目覚めてから。



…そしてあいつが死んでから。



獄寺は病み上がり、その上いきなり怪我なんてしたものだからまた病棟に送り返された。戻ってきたのは数日後だった。


そんなに早く戻ってきて大丈夫なのか? とオレは尋ねた。獄寺の顔色はどちらかといえば悪く、まだ良好とはいえないようだったから。


そんな獄寺の回答は一つだった。



リボーンさんが心配で心配で、居ても立ってもいられなくて急いで戻ってきました!!



いつもならば、馬鹿だなと一言言うだけだっただろう。またお前はいらない心配をして空回りして、と。


けれど、今回ばかりは良い勘してると思った。しきりにオレの心配をしてくる獄寺には決して言えないが。



―――お前が戻ってくるのがあと少し遅かったら。


もしかしたらオレは自殺していたかも知れないなんて。



毎夜見る夢に、苛まれて。


目の前で無残に弾ける、あいつに耐え切れなくて。


死した方がきっと楽だと勝手に決め付けて。安易に逃げ出そうとしたなんて。


だけど、あいつはオレが死のうとしていたことなんて分かっていたのかも知れない。


オレの顔色は相当悪かったらしく、獄寺はオレを見てまずそこを心配して。


そしてオレを震える身体で抱きしめて、「お願いですから、もうオレを一人にしないで下さい」と言って泣いたから。



それから、獄寺はオレの補佐を申し出た。


片足のオレの、そして心が不安定なオレの補佐を。


出来る限り一緒にいましょうと。そう言ってくれた。



そうして―――今に至る。



あいつは言ってくれた通り、出来る限りオレの傍にいてくれてるが…


オレは今でも、あの夢に苛まれている。


あいつに、責められている。










昼時、オレと獄寺は歩いていた。


オレの足を診てもらうためだ。


…つっても、オレは足とかもう別にどうでもいいけどな。



「―――さん、」



ただ獄寺が心配そうにオレを見るからな。それはよくない。


まぁ、現代医学がどこまで進んでいるのかは知らないが少しでも獄寺の負担がなくなるのならそれはそれで…



「…ーン、さん、」



しかし、今日は…なんだか暑いな。日差しは別に強くないのに。


毎年この時期は…こんなに暑いものだったか?



「―――リボーンさん!」


「…ん? なんだ? どうした獄寺」


「…いえ…何度呼び掛けても返事がなかったもので…リボーンさん、身体の具合はどうですか?」


「お前の方はどうなんだ?」


「オレは大丈夫です。って、オレよりもリボーンさんです! リボーンさんはどうなんですか!?」


「……そうだな。少し、暑いかも知れない」


「―――今すぐに休憩しましょう! オレ、何か冷たい飲み物持ってきます!!」



獄寺はオレを近くにあった椅子に座らせるとダッシュして行った。


…過保護だ。


つか…あいつもう走り回って大丈夫なのかよ。倒れたりしないだろうな…


………。


暑い……







目を開けたら、オレを見つめている獄寺と目が合った。



てか、オレの身体は横たわっていた。


てか、オレの頭はどうやら位置からして獄寺の膝の上にあるみたいだった。


てか、何故かオレは獄寺に膝枕されていた。



「あ…起こしてしまいました?」


「いや…これは……どういうことだ?」


「リボーンさん、オレが戻ってきたら眠ってたんですよ」



オレ最初、リボーンさんの具合が悪くなっちゃったのかって心配したんですから。と獄寺は口を尖らせてそう言った。



「リボーンさん、よくお眠りみたいでしたので…起こすのも忍びなくて」


「そうか…」



…と、獄寺がオレを心配そうに見つめているのに気付く。



「…どうした?」


「いえ、リボーンさん…いつもあまり眠れてないようでしたけど…今回は大丈夫だったのかな、って…」


「………」



言われてから、気付いた。


そういえば…いつも見るはずのあの夢を見なかったな。


単にオレが疲れてて夢見る暇すらなかっただけか。


それとも………



「…いいや、なんでもない」



オレはゆっくりと身を起こして。獄寺が持ってきてくれた飲み物を貰った。







その日の夜。


オレはいつものようにあの夢を見て、うなされた。







「リボーンさん…大丈夫ですか…?」



獄寺がそう聞いてくる。逆にこっちが心配になりそうなほど辛い表情で。


朝からこんな調子だ。もう昼食も終えたというのに。



「…ああ。問題ない」


「………そんなに覇気のない声で言われても逆効果なんですけど」



獄寺は軽くため息を吐くと、オレの目線と合わせるように屈んで。オレを抱きしめた。



「…オレの前でぐらい、強がらないで下さい。…まったく、あなたはいつだってそうして格好付けるんですから」


「…別に、格好付けてるつもりじゃないんだけどな」



常に周りに完璧を求められ続けてきた。それにただ応え続けていたら、こうなった。



「オレはあなたに完璧なんて求めてませんよ」


「そうなのか?」


「ええ」



獄寺は微笑んで、




「オレがあなたに望むのは、あなたが無理をしないこと。それだけですよ」




と言った。そして再度オレに問い掛けてくる。



「…それでリボーンさん、体調の方は大丈夫ですか……?」


「そうだな、白状すると寝不足でフラフラなんだ」


「でしたらお昼寝でもされたら如何です? …大丈夫ですよ。もしあなたが嫌な夢を見ているようでしたら、すぐに起こしますから」


「………そう、だな」



言うが早いか、オレの目蓋がまるで鉛にでもなったかのように重くなる。オレは思わず獄寺に寄りかかる。


獄寺はオレを近くのソファまで運んだ。昨日のように自分の膝にオレの頭を乗せて、あとはオレの方を見ていた。



オレは眠りにつく。



暗い夜ではなく、あたたかな昼下がりだったからか、それとも獄寺が傍にいてくれたからなのか―――


夢は、見なかった。







けれどその夜もやはりあの夢を見て。


オレはうなされた。







「リボーンさん、提案があります」


「なんだ?」



獄寺がそんなことを言ってきたのは、朝、獄寺がオレの部屋を訪れたときだった。


相も変わらずオレがうなされていることを知り―――オレの身体が冷え切っていることに顔をしかめて。そして話を切り出した。



「その………―――こ、今夜からですね……えと、その……い、一緒に眠りませんかかか!?」


「とりあえず落ち着け獄寺」



恐らく最初は純粋にオレを心配してくれて思い立ったのだろう。しかし言葉にするうち色々無駄に深読みしてしまい動転してしまったらしい。



「こ、この提案はオレはリボーンさんを心配してですね! べ、別にリボーンさんと一緒に眠るということはそそそそれ以上のことをするとかしないとかではなななななく!」


「分かってるから落ち着け」



とりあえずその赤い顔をどうにかしろ。意識しちゃうだろ。



「あと、それは駄目だ」


「ええ、駄目ですよね。では早速今夜から………え? 駄目ですか!?」



獄寺はまさか断られるとは思ってなかったのか、ショックを隠しきれない顔で聞き返してきた。



「駄目だ」


「え…オレ、寝相良い方ですよ?」


「そういう問題じゃない」


「―――オレ、リボーンさんに嫌われてたんですね!?」


「違う。泣くな馬鹿」



色んな誤解を勝手に招きつつ涙目になってる獄寺をどうにか落ち着かせようとぽんぽんと頭を撫でる。


「そうじゃなくて……うなされるオレはたぶん格好悪いから、それを見られたくないだけだ」



言いつつなんだか照れてしまい、帽子を目深く被り直そうとして…寝起きで帽子を被ってないことに気付いて。仕方なしにぷいっと顔を背けた。


だというのに。



「なんだ。そんなことですか」



当の獄寺は全然気にしてなくて。にこやかな顔でそう切り替えしてきた。



「そんなこととはなんだ」


「そんなことはそんなことです。もう、そんなことで気に病まないで下さいよ」



…何回言う気だこいつ。



「オレ、気にしませんから」


「オレが気にするんだ」


「多少は格好悪いリボーンさんも見てみたいです」


「多少どころじゃないかも知れない。それこそ100年の恋も覚めるようなものかもな」


「それはそれで興味深いです」



興味持つな。



「もう、いいじゃないですか。恋人が恋人を心配して、一緒に寝ましょうって言ってるだけなんですから。リボーンさんがオレを嫌ってない限りは問題なしです」


「…はぁ、分かった分かった。でも一緒に寝るっつってもオレは10歳半ばの幼気な少年だからな。過剰な期待はするなよ」


「な、なななななななな何を言ってますかあなたはーーー!!!」



ええい背中をべしばし叩くな馬鹿野郎。痛いだろうが。







―――そうして、その日から眠る時も獄寺と一緒になった。


結論から言えば、夢は見なかった。


オレは久し振りに朝日が昇るまで眠ることが出来た。







オレはどんどん獄寺に寄りかかっていく。


足の面でももちろん、内面的な面でも。



どんどんオレは獄寺に依存していく。


そのうち獄寺なしでは生きていけなくなりそうだ。



オレはいつから、こんなに弱くなってしまったのだろうか。



ずっと前は、こうではなかった気がするのに。


ずっと前は、もっと強かった気がするのに。


片足でも、一人で生きていけた気がするのに。愛人や恋人が死のうと平気だったはずなのに。





もし、もう一度獄寺を失ったら。オレはもう生きていける自信がない。










オレの横で獄寺が電話で話をしている。


どうにも気が進まない話らしく、顔をしかめていかにも「その仕事、嫌です!」と言った声色で対応していた。


けれど電話の相手はツナなのか最終的には獄寺は「分かりました…」とそう言って電話を切った。そしてオレを見てくる。



「………リボーンさん。大変残念なお知らせです…」


「なんだ。どうした?」


「オレ…明日、任務に出ることになりました」



獄寺の傷は完治しつつある。そろそろ実践に戻ってもいいだろう、ということだろう。



「そうか。まぁ、頑張って来い」


「……その間、あなたの補佐が出来ません…」


「仕方ないだろう。お前の身体は一つしかないんだから」


「それに…多分、帰ってくるのは明後日の朝になると思います…」


「そうなのか」


「はい」


「でもそれだって仕方ない。精々死なない程度に頑張って来い」


「………」


「なんだ浮かない顔をして。久々の実践が不安でも、こういうのは最初の一歩さえ踏み出せればあとはなんとか…」


「そうじゃなくて、」



獄寺がオレの言葉を遮る。オレの目を見る。



「…リボーンさんが悪夢にうなされるのが分かっているのに、置いて行かざるを得ないこの現状に納得がいってないんです!」


「悪夢って…大袈裟な奴だな」



オレは呆れてため息を吐く。



「いくらお前が納得いくまいと、お前の立場ではどうすることも出来ん。諦めて行ってこい」


「うー…」



獄寺は悔しそうにオレを見た。



「なるべく早く帰ってきますからね! それまでリボーンさんもお辛いでしょうが耐えて下さいね!!」



一体オレがいつ辛いなんて言ったよ。ただ寝不足になるだけだっての。


そう思ったがなんか獄寺は一人で盛り上がってるみたいだったので放っといた。







その日の夜。久し振りの一人での夜。


オレは当然のようにあの日の夢を見る。







時刻は夕暮れ。


辺りには誰もおらず。


オレの目の前には夕日に赤く照らされた獄寺が膝を付いている。



ああ、あいつはきっと、疲れてバランスを崩して倒れてしまったんだ。



オレは手を貸す。すると獄寺は酷く驚いたかのような顔をして、オレを見る。


獄寺はオレの手を取る。細い、やわらかい手だった。指先は冷えていた。


獄寺がオレに問い掛ける。どうして優しいんですか? と。



…一体何を言ってるんだこいつは。


オレがお前に優しいのはいつものことじゃないか。



だと言うのに、獄寺はどこか浮かない、納得いかない顔をしていた。口をへの字に曲げて、不満を露にしている。


獄寺が口を開く。教えて下さいとオレに言ってくる。オレは獄寺隼人ですか、と。



何を、当たり前のことを。


お前が獄寺以外の誰だと言うんだ。



そう思って、答えたのに。


何故か獄寺の目が大きく見開かれて。


そうですかと、一言。



諦めたような顔で、"こいつ"は獄寺隼人ですか。とまるで自分を他人のように。


悲痛そうな顔で、"あいつ"が獄寺隼人ですか。とまるでここにはいない誰かを憎むように。


涙を流しながら、"オレ"の居場所は…あなたの隣じゃなかったんですね。とまるで何かを諦めるかのように。



―――ああ、そうだ。そうだった。



ここには、この世界には、目の前にいる獄寺ともう一人。獄寺によく似たあいつがいるんだった。


そう、そう。そうだ。そうだった。一度思い出せば次から次に忘れていたことがぽろぽろと出てくる。



獄寺はこの場にはいないはずなんだ。獄寺はあの病室で起きない眠りについているはずなんだ。


ここにいるのは、この場にいるのはもう一人の方のはずなんだ。決して本物の獄寺ではなく、しかしならば先程の問いの意味は?


オレがその意味に気付くよりも早く。



「さようならリボーンさん」



獄寺の声に、正気に戻される。


獄寺はオレの銃を握っていた。オレの銃を自分の顔に向けていた。



「…どうか、オレの偽者と末永く」



そう言ったときの"獄寺"の顔は、


とても、辛そうだった。


それはまるで、大切な誰かに裏切られたかのように。



誰かって誰だ?




オレだ。





銃声が鳴った。







「―――リボーンさん!!」



目を開ければ、そこには獄寺が。必死の形相でオレの肩を掴んでいた。


「リボーンさん、リボーンさん! しっかりして下さい、リボーンさん!!」


「………落ち着け、獄寺…」



獄寺の手の上に自分の手を置いて。声を掛けて。起きたことを知らせる。


…そういえば獄寺がオレの様子を見に来るのはいつだってオレが起きてからで、うなされてるところを見せるのは初めてだったか。



だから見せたくなかったんだけどな。







「……落ち着いたか?」


「あ…はい……」



落ち着かせて話を聞くと、どうやら獄寺はつい先程任務を終わらせてボンゴレに帰ってきたばかりらしい。


そしてオレが心配で足早にオレの様子を見にきてくれたんだとか。



「もう、驚きましたよ…部屋の中を覗いてみたらリボーンさんがうなされていて…いえ、話には聞いてましたけど、予想以上でした」


「100年の恋も覚めたか?」


「何を言ってるんですか」



獄寺に抱きしめられる。オレの掻いた汗が獄寺の服に吸い付くが獄寺は気にした様子を見せない。



「あなたがこんなにも苦しんでいたのに…オレは今まで何を…」


「今は添い寝をしてくれてるじゃないか」


「それをするにしても、遅すぎました。ああ、リボーンさん……」



獄寺のオレを抱きしめる力が強くなる。獄寺のあたたかな体温がオレを包む。


「………獄寺」



気付けば、口が開いて勝手に言葉を作っていた。



「…はい? なんですか? リボーンさん」


「オレの話を、聞いてくれるか?」



一度飛び出た声は、収まらない。戻らない。止まらない。



「お前にとっては多分、酷く気分を害する話だとは思うが」



オレの声はまるで、懺悔をするように情けなく。



「この話を聞いてくれるような相手は、お前しか思いつかないんだ」



伺うように獄寺を見れば、獄寺は微笑んだ顔で頷いた。



「…オレが、リボーンさんのお話を断るとお思いですか? リボーンさんがしてくれるお話を聞かないとお思いなんですか?」



話して下さい、と獄寺は促してくれる。


オレはそれにすまない、とまず返して―――



話を、始めた。





あの日のことを覚えているか? あの、任務の日のことだ。


ええ。もちろん覚えていますよ。というか、忘れられないです。


それもそうだな。お前はあの日から二年以上寝続けた。オレも片足になった。


………。


そんな辛そうな顔すんな。そりゃ二年の月日はでかいだろうが、その分これから取り返せば…


じゃなくて。


ん?


…リボーンさんの足が…片方動かなくなってしまったのが…残念で、心残りで……


馬鹿。そっちは別にどうでもいいんだよ。で、お前は意識不明の重態。医者もさじを投げたよ。お前はもう起きないだろうってな。


そうだったんですか!?


そうだったんだよ。なんだ、知らなかったのか。


知りません聞いてません。誰も教えてはくれませんでした。


………そうか。まぁ、だからだろうな。


え?


ツナが、ある日オレに言ったんだ。見せたいものがあるってな。


見せたいもの…?


ああ。それはお前の人形だった。


へ?


完璧なまでにお前だったよ。病室で寝ているお前をそのまま運んできたんじゃないのかってぐらいお前だった。しかもツナの野郎、いずれこの獄寺くん動くから。なんて抜かしやがった。


え…ええ!?


まぁ、お前はショックだわな。


ショックもショックですよ! 10代目…オレ、いらない子だったんですか…?


逆だ馬鹿。あいつらはお前が死んだように寝ているのが我慢ならなかったのさ。お前は忙しなく動き回って空回りして馬鹿してこそお前だからな。


…褒められてる気が全然しないんですけど。


そうか? まぁそれはともかく、オレはその人形には限りなく関わらないようにしようって思った。


そうなんですか?


ああ。本物のお前は病室で寝てるんだしな。お前が恋しくなったら病室に行けばいいんだ。人形にかまけていられない。


リボーンさん…


………つーのは、建前でな。


え?


獄寺。すまない。先に謝っとく。


え? え? え? え?


本当にすまない。いや、マジで。なんならオレをぶん殴ってもいいぞ。


リ…リボーン、さん?


オレはだな、獄寺。


………?


あの人形を見たとき……オレは見惚れた。


え…


あれはあまりにもお前に似過ぎていた。あれが人間みたいに動いて、お前の声を出したら。オレが動く前の人形を知らなかったら…本物のお前が起きたんだ、と信じてしまいそうになるほど。


………。


だから、オレはあいつに関わらないようにと思った。見ないようにしようと思った。一度見ただけでそう思ったんだ。二度見たらどっちが本物か分からなくなる。そう思った。


………。


幻滅したか?


え……


オレは所詮、そんな奴だったんだ。オレだって周りのことをとやかく言えない。あいつをお前の代わりにしようと思えば、出来たんだ。


……でも、しなかったじゃないですか。


あ?


でもあなたは…オレの所に来て下さっていたのでしょう? いつ目覚めるかも分からぬ…死ぬまで目覚めぬかも分からぬ、オレの所に。


…そうだな。


なら…いいです。


―――そして、あいつが完成した。そんで何の冗談かオレの補佐となりやがった。


四六時中いたんですか?


大体な。


………。


しかめっ面するな。オレだって辛かったんだ。


そうなんですか?


そうだとも。お前じゃない、でもお前と同じ奴がずっと傍にいるんだ。でもお前と同じように接したらお前の居場所がなくなる。だからわざと無視したり冷たくした。でも、そうするとあいつは酷く悲しそうにするんだ。そして隠そうとする。その仕草はお前と同じで、最初は混乱しかけたよ。


…そこまでオレだったんですか?


そこまでお前だったさ。オレ以外のお前の知り合いが立ち会って。癖やら仕草やら記憶やらなんやらを馬鹿みたいに追及してたからな。そりゃあ完璧だ。


………なんだか凄く複雑な気分なんですけど今。


そうだな。でも、そうして作られたあいつには何の罪もない。


…リボーンさん?


作り手の意図は何であれ、生まれたあいつには…何の罪もない。


随分とあいつの肩持つんですね。


あいつは、オレの罪だからな。


え?


お前を守れなかった、オレの罪だ。


そんなこと…


あるな。あの時オレがお前を守れてさえいれば、あいつは作られなかった。


………。


まぁ、そう思って認めたら、あいつ死んだけどな。


え―――…ああ、そう、でしたね…


ああ。あの日。あそこにいたあいつは…紛れもなく本物だった。


リボーンさん?


ああ、そうだな、すまない。本物はお前だな。だけどあの日…あの時死んだあいつも、オレは本物に見えるんだ。


……………。


嫌いになったか?


―――え…


本物と偽者の区別も付かないこんな奴。お前は嫌いになったか?


…そんなこと、言わないで下さいよ。


でもな、ごく―――





「言わないで下さいってば」





獄寺がオレの肩を抱いて、オレの身を自分の方へと寄せる。



「…オレがあなたを嫌うなんて、そんなことあるわけないじゃないですか」



囁かれた言葉は、耳元でなければ聞こえないほど小さなものだった。



「……すまない」


「いいえ。―――でも、本物と偽者の区別なんて簡単ですよリボーンさん」


「なに?」


「どれだけ完璧に作られていようと、一人は本物。もう一人は偽者です」


「そうだな」


「でしたら、」



獄寺は笑って、



「オレに聞いて見ればいいじゃないですか。『お前は本物の獄寺隼人なのか?』って」



なんて言って。



「あなたは読心術が使える。あなたには誰にも嘘が付けない。オレの心を読んで下さい、そうしたら分かります。オレが本物だって」


「……………ああ、そう、だな…」



オレがそう答えると、獄寺は安心したように微笑んだ。



「じゃあ、すいませんけどオレはもう行きますね。…実は、まだ10代目への報告が済んでないんですよ」


「なんだ、そうだったのか」


「ええ。リボーンさんが心配で心配で」


「それでオレはうなされてんだから世話ねーな。…早く行ってこい」


「ええ。―――待ってて下さいね。すぐに戻ってきますから」





そう言って、獄寺は部屋を出た。ドアをパタンと閉めて、気配が遠ざかる。


足音が消えて、オレは一つ。軽くため息を吐いた。





―――あいつが本物か偽者か確かめる方法?



そうだな。そんなの簡単だ。オレが一度覚悟を決めればそれでいい。


ああそうだ。そうだとも。オレが獄寺に嫌われるなりぶん殴られたり傷付ける覚悟を決めて聞けばいいんだ。「お前は本当に本物の獄寺なのか?」ってな。


そうすればさっき獄寺が言った通りだ。オレは読心術が使えるんだからあいつの心を読めばいい。


いくら偽者が本物そっくりに作られていたとしても、あいつは自分が偽者であること。作り物であることを自負していた。だから心の奥底では絶対に本物の獄寺と差異がある。


それがどれだけ些細なものであろうとも―――絶対に見抜く。オレにはそれだけの自信がある。



いや、あった。と言った方が正しいか。



―――あいつが本物か偽者か確かめる方法?


オレが読心術を使えばそれでいい?





そんなこと、出来るものならとっくにやっている。





…誰にも告げてはいないが…オレはあの日から。


読心術が、使えなくなっていた。



何故も何もあったものじゃない。


オレはあの日…恐らくあの時から。人の心が読めなくなった。



まぁ、今までの経験から大抵の思いは見抜けるが。


それでも前なら目の前にいる奴の心の声がそれこそ手に取るように見えるように分かった。それが今ではもう出来ない。


…仮に誰かが自分の形振りを構わず全てを捨ててでも、嘘を突き通そうとしたならば…オレはそれを見破る自信はもうない。



獄寺が死んで、こうなった。



読心術を使えばあいつが本物か偽者か分かるのに、それを確かめる前に使えなくなった。


―――そこから導き出される答えは………





答えが出るよりも前に、オレはそれ以上考えるのを止めた。





額の汗を袖口で拭う。ベッドに身を沈める。


目を瞑れば、いつものようにあの日死んだあいつがいて。あいつはオレに気付くと淡く微笑んで。


そしていつものようにオレの銃を自分の顔面に向けて、発砲した。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

あいつが本物ならば、何の問題もないだろう。

けれど、もしもそうでないのなら…


もしそうだった場合、オレの心は果たして壊れないでいてくれるのか?