ふと殺気を感じて、獄寺は目を覚ました。


状況を確認するよりも前に獄寺は身を翻す。


入れ違いになるように、その場に誰かの拳が振るわられ、そのまま拳が机にめり込む。


もし避けるのがあと少しでも遅かったら。そう考える獄寺の頬に冷や汗が流れた。


そんな獄寺のことなど意にも返さず、拳を振るった加害者は飄々とした口調で獄寺に言う。


「やっと起きたか」


「起きました…けど、その起こし方はどうかと思います」


「ああ?」


獄寺の目線の先。


机をぶん殴った携帯電話のリボーンが獄寺を睨みつける。


「オレはお前が起こしてくれって言った時間に声を掛けてやったんだぞ? それも三秒もだ。なのに起きなかったお前が悪い」


だからってぶん殴らないでください。と獄寺は内心で呟いた。


しかしリボーンはそんな獄寺を更に睨みつける。


「文句あるのか?」


「いいえそんな滅相も」


獄寺は慌てて目線を逸らし、乾いた声を出して誤魔化した。


「そろそろ授業が始まるんじゃないのか? 次は移動教室のはずだ。他の奴らはもうとっくに行ってるぞ」


「あー…本当ですね」


リボーンに言われて辺りを見渡すと、教室には人っ子一人いなかった。気配すら感じない。


獄寺はぐっと伸びをし、リボーンをポケットの中に入れる。


「このオレを雑に扱うとは大した度胸だな。命を捨てる覚悟があるのか?」


「………すみません」


獄寺はリボーンを丁寧に入れ直した。


「…ん? おい獄寺。どこに行く? 教室は別方向だろ」


「サボります。単位も足りてるし…それにオレ、あの教員嫌いなんですよ」


「不良だな」


「それから、あなたともっと触れ合いたいですし」


「…まったく、しょうがない奴だな。お前は」


リボーンは帽子を深く被り直し、明後日の方角を向く。しかしその口調はどこか嬉しそうだ。


「ま、オレは超格好いいからな。お前がつまらん授業よりもオレを優先させたい気持ちはよく分かる」


「でしょう?」


「だがなあ…曲がりなりにも一応お前はオレの所有者だ。それに相応しい行動をしてもらいたいものだな」


「そうですか? なら今からでも授業に…」


「まあ、待て」


リボーンの言葉に本当に授業へ戻ろうとした獄寺を、リボーンが止める。


「今から行っても間に合わないだろうし、まあ…たまにはいいだろう。特別にオレと過ごすことを許してやる」


「ありがとうございます、リボーンさん」


携帯電話でありながらとことん上から目線のリボーンだが、獄寺は微笑み頷くばかりだ。


「じゃあ、行きましょうか」


言って、向かった先は中庭。授業中である今は誰もおらず、誰にも咎められることなく占領出来た。


獄寺はまずリボーンを上空にかざす。太陽の光にさらされ、リボーンのボディが反射する。


「熱い」


「ああ、すみません。でも、こうするとあなたがより一層格好よく見えて」


「オレはどんな姿でも格好いいぞ」


獄寺は微笑んでリボーンを見つめる。


一目惚れだった。


その姿に惚れて、即購入した。


その際思い返すのも恐ろしいほどの料金が請求されたが、今手の中にいるリボーンを見ればそれもまぁいいと思える。


元を取ろう…と思ってではないが、リボーンを購入してから獄寺は無意味に携帯機能を使うようになった。


それまで獄寺は携帯などほとんど時計替りにしか使っていなかったのだが、そんな生活が一転した。


無意味に写メを撮ってみたり、アプリを使ってみたり。


先ほどみたいにアラームをセットして眠ったり。


「ふあ…」


日差しのぬくもりにあてられて、獄寺は欠伸する。リボーンが呆れた声を出す。


「お前…あれだけ寝ておいてまだ寝足りないのか」


「しょうがないじゃないですか。昨夜はあなたと一晩中話してたんですから」


「このオレが相手してやってるんだ。ありがたく思え」


「まあ、オレも楽しいですからいいんですけど…ね」


言いながらもリボーンを操作する獄寺。


「あ。リボーンさん、充電がそろそろ切れそうじゃないですか」


「ん? そうだったか?」


「そうですよ。…じゃあ、図書室でコンセントを拝借しましょうか」


「仕方ないな」


リボーンも渋々ながらに同意し、獄寺は図書室に向かった。





図書館には、当然ながら誰もいなかった。


獄寺はコンセント口のある隅の席へと向かって、リボーンの充電を開始する。


「これは嫌いだ。眠くなるから」


「寝てていいんですよ」


「あ、こら―――」


言いながら、獄寺はリボーンの電源を切る。リボーンの目から光が消え、動かぬ身体となる。


「おやすみなさい、リボーンさん」


獄寺はリボーンを撫でながらそう言い、自身も机に突っ伏して眠りについた。





…それから、少しして。


授業中の時間、図書室に誰かがやってきた。


誰かは部屋の隅にいる獄寺に気付き、そして―――





不意に電源を入れられ、リボーンは起動した。


「獄寺。お前オレに断りなく電源切るのやめろ。あれはどうにも……ん?」


目覚めいきなり説教をしだすリボーンだが、途中で言葉を切った。


意識を失う前と場所が違っている。薄暗い。どこかの空き教室か。


いや、そんなことはどうでもいい。


この手。自身を持つこの手が、この手は、獄寺のものではない。


「………誰だ、てめぇ」


リボーンの思考が高速回転する。確かこいつは、以前獄寺に喧嘩を売って逆に返り討ちになった奴だ。


「腹いせか? まったく、そんなんだから勝てねぇんだよ」


「あぁ?」


リボーンの馬鹿にしきった声に苛立ったのか、リボーンを手にするその人物が不機嫌な声を出す。


その間にも相手の指は動き、リボーンから獄寺の情報を引き出そうとする。


無論リボーンがそんなことをさせる訳もなく、即座にロックプログラムを組み込んだが。


情報は死守しているものの、身体を乱雑に扱われる。気持ち悪い。不愉快だ。


「もう諦めろ。オレを獄寺のところに返せ」


そして獄寺にボコられろ。とは、まあ、言ったら逆効果になりそうだったから言わないでおいた。


が、言っても言わなくても同じだった。相手はリボーンの発言に逆上し、リボーンを机にガンガンと叩きつける。


仕様・能力・そして頑丈さに自信のあるリボーンだが、だからといって叩かれて愉悦を感じるわけではない。


「おい、こら、やめろ」


「やめてほしかったら、オレの物になるんだな!!」


「はああ?」


どうやら獄寺の情報を提示・及び所有者の入れ替えが解放条件らしい。


確かに、いくら頑丈さに自信があるとは言えリボーンは携帯電話だ。その気になれば壊すことも可能だろう。


ならば、素直に降伏した方が。…少なくとも、降伏したふりをしたほうが利口だろう。


だが。


「アホかお前」


リボーンはそれを許さない。


「オレの所有者は―――獄寺隼人。ただひとりだ」


「! この―――」


そいつはリボーンを大きく振りかぶり、床に叩きつけようとする。本気でリボーンを壊すつもりだ。


その時、硝子が割れる音が響いた。


続いて誰かが割れた窓から教室に飛び込んできて―――リボーンを持つそいつに回し蹴りを食らわせる。リボーンは離され、落下する。


しかし床に落ちる前に教室に飛び込んできた誰かが、獄寺がリボーンを無事キャッチした。


「リボーンさんご無事ですか!?」


リボーンを好き勝手してくれた、獄寺は顔すら覚えてないそいつを踏みつけながら慌ててリボーンに問う。リボーンはいつものように憮然とした表情で答える。


「問題ない」


「本当ですか?」


「お前はオレを疑うのか?」


「いえ…そういうわけでは」


言いつつも、獄寺はリボーンのボディを確かめる。しかし流石というか、汚れはついているものの傷はない。逆に叩きつけられた机にへこみが出来てるほどだ。


「…あとでクリーニングしないといけませんね」


「ああ。念入りに頼む。この馬鹿に散々弄られて気分が悪いんだ」


その言葉を聞いて獄寺は踏みつけている足に力を込めた。床がぐえ、と蛙のような声を出す。


「これに懲りたら今後オレの電源を切らないことだな。オレが起きていれば、こんなことにはならなかった」


「………そうですね」


しかしそうでもしないとリボーンは獄寺にひたすら話しかけてきて正直眠れないのだった。


しかしこんなことがあった手前、断るわけにもいかない。


とりあえず獄寺は足元を適当に手早く手加減なくしばき倒して教室を出た。硝子の割れた音を聞いた誰かが来てしまうかもしれない。





「それにしても、よくオレの居場所がわかったな」


「ええ…ちょっと10代目のところまで行って携帯借りてGPSで調べて…ああ、10代目に携帯返さなきゃいけませんね」


10代目、というのは獄寺が何故か敬愛している同級生だ。アドレス帳にも一番に登録されている。


「まだ授業中だってーのによく行ったな。あいつに迷惑かけたんじゃねーのか?」


「まあ…緊急事態だったので……」


「そうか」


獄寺のその言葉を聞いて、リボーンの機嫌がやや浮上する。


どうにも獄寺はリボーンよりも10代目こと沢田綱吉を優先する傾向があるのでこうしてリボーン寄りになると嬉しいのだ。


「ところで、だ、獄寺」


「はい?」


「お前…教室に入る前……オレたちの会話、聞こえたか?」


「会話? いえ、急いでいたので何も聞いてませんでしたけど……なんの話をしていたんですか?」


「いや、聞いてないならいい。大した話でもない」


「はあ…」


なんとなくその会話とやらが気になった獄寺だったが、リボーンにそっぽを向いてしまわれたためそれ以上の発言は諦めた。


そしてリボーンは獄寺が教室に入る直前に放った一言を獄寺に聞かれていなくてほっとしていた。


自分の所有者は獄寺だけと、そんなことを言ったなど。今思い返しても小っ恥ずかしくて仕方ない。


これ以上起きてたら何を言ってしまうか分かったもんじゃない。リボーンは自分の電源を切る。音が遠くなり世界が暗くなる。


「…オレは寝る。もうオレを盗まれるようなヘマはするなよ」


「あ、はい。もちろんです」


当然とばかりに獄寺の言葉を聞き、リボーンは少しばかりの眠りについた。





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少し、落ち着こう。


リクエスト「某携帯CMの携帯リボX獄!逆も可。どっちが萌える?」
リクエストありがとうございました。

すみません某携帯CMというのがどのCMなのか分かりませんでした。