ある日、リボーンさんが姿を消した。


何の前触れもなく。突然に。



誰に聞いても分からず。


どこを探しても見つからない。



リボーンさんが見つからない。



どこに行ってしまったんだろう。


どこへ行ってしまったんだろう。



オレは毎日リボーンさんを探す。


けれど見つからない。



訳も分からず焦燥感が募る。


意味も解らず不安が高まる。



どうしてだろう。



あの人が気紛れなのはいつものこと。


数日ぐらい消えても、然程不思議でもないのではないか?



―――誰も行方を知らないのに?


…急に仕事が入ったとか。



―――馬鹿な。あの人に10代目の家庭教師以上の仕事など入るものか。


…ボンゴレに呼び出されたのかも。



―――既に確認済みだ。9代目すらあの人の行方を知らなかった。


ならば一体どこへ消えた?



―――それを今調べてるんだ。


お前に分かるのか?



―――それを今確かめてるんだ。…ああもううるさい、お前は少し黙ってろ!!!



纏まらない思考を遮るように、ポケットの中に入っていた携帯が振動する。非通知だった。迷わず繋いだ。



「リボーンさんですか!?」


『……残念だけど、違うよ』


「お前…」



その声には、聞き覚えがあった。


「…なんでオレの携帯番号知ってるんだよ…」



けれど、どうしてこんなときにこんな奴から連絡が来やがるんだ?


「マーモン」



どうか、悪い知らせだけは止めてくれ。


…頼むから。





『リボーンが姿を消したって?』


「………ああ。今みんなで探してる」


『そ』



聞こえる声は素っ気無い。


まあ、オレとこいつの接点はないに等しい。だからそれは別に構わないのだが…


どうしてそんな奴から、こんなタイミングで電話が掛かってくるんだ?


…オレとこいつは接点はないが…リボーンさんとこいつなら繋がりは見つけられる。


アルコバレーノ。



『まぁ、僕には何の得もないんだけど。特別に教えてあげるよ』


「何を偉そうに…」



オレの呟きは、次のマーモンの声に掻き消された。



『リボーンは、諦めた方がいい』


「は…?」


『リボーンと次に会うことがあったなら、敵だと思うことだね』


「お前…何を言って、」


『リボーンは、負けたんだよ』


「負けた…?」



なんだそれ。リボーンさんと最も縁遠い言葉が出てきやがった。



『…先日、僕の…多分他のみんなもそうだろうと思うけど。おしゃぶりが黄色く、濁った色に光った』


「………だから?」



それがどうしたってんだ。おしゃぶりが黄色く? ああ、確かに黄色といえばリボーンさんの色だったさ。いつも綺麗に淡く澄んだ色の。


それが濁って光ったからって、一体何なんだよ。



『キミはもっと頭のいい子だったはずだよ。馬鹿のふりは止めた方がいい』


知らねーよ分かんねーよ馬鹿でいいよオレは。


『リボーンは、アルコバレーノの呪いに負けたんだよ』



「んなわけねーだろうが!!!」



『こうなることは分かってたはずなのに、あいつは今まで何の手も打たなかった。自業自得の馬鹿だよあいつは』


「てめ…っ」


『…まぁ、伝えたいことは伝えた。後は勝手にして』


「おい! まだ話は…」



ぶつりと音がした。…切りやがった。あの野郎。


「………」



リボーンさんが負けた…?


アルコバレーノに…呪いに負けただと…?


信じられるかそんな話。


そうさ。そんなのあいつのガセネタに過ぎない。あんな奴の言葉を真に受ける方が悪い。


だから。





今、オレの目の前に姿を現しているリボーンさんは、絶対いつものリボーンさんなんだ。






「………」


リボーンさんも、対するオレも何故か無言。


ああ、一体何をやってるんだオレは。リボーンさんだぞ? 今までずっと探し続けてきたリボーンさんがいるんだぞ?


ほら、早く駆け寄って一体どこへ行ってたんですか、とか、みんな心配してましたよ、とか、


何か言わないといけないのに、どうしてオレの口の中は乾いて声が出てこない?



リボーンさんは俯いていて、その表情が伺えない。



ああ、何をやってるんです?


あなたはいつだって無駄に偉そうに胸を張っていたのに。どうして今このときばかりだけ。





「―――ああ、獄寺くん。リボーンは見つかった?」





後ろから声。


オレの大事な人の声が。


振り向いた。そこには聞こえた声の通りに10代目。



「あ………」



喉を絞り込んだかのような声がやっと出た。その間に10代目はオレの向こう側にいるあの人に気付いた。


「リボーン! お前、今まで一体どこに行ってたんだよ! 獄寺くんやオレがどれだけ心配したと……」



10代目がリボーンさんに近付く。


リボーンさんが、微かに動く。


懐に手をやり、すぐ抜いた。


手には、銃が握られていた。


リボーンさんが顔を上げる。




その目には、光がなかった。




殺気が感じられて。


オレは思わずすぐ横まで来ていた10代目を押し退けていた。


銃声が響いた。


木々から烏が飛び立った。


10代目に怪我はないようだ。


そして何故かオレの腕が痛い。


思わず手で押さえると、何かぬめりを感じた。


血が流れていた。


撃たれた。


リボーンさんに撃たれた。


…違う。リボーンさんが撃ったのはオレじゃない。



オレが何もしなければ………撃たれていたのは10代目だ!



「リボーンさん…あなた…、」


あの人が手に持つ銃口はオレに標準を合わせられていた。


あの人の指の力が引き金に掛けられる。




―――銃声。




けれど銃弾が降り注いだのはオレたちではなく、リボーンさんの方だった。


「―――!?」


銃弾はオレたちの後ろ。そしてやや上の方から飛んで来ている。


振り向いて確認すれば、小さな影が大きな重火器を構えていた。


コロネロとラル・ミルチだった。



「お前たち伏せろ!!」


「蜂の巣になるぜ、コラ!」



言うのが遅すぎる。


オレは10代目の上に伏せた。





銃撃は止まない。


砂埃が辺りに立ち込めて。向こう側の様子は伺えない。


向こう側にはリボーンさんがいるのに。


暫くして銃弾が止まった。背後からラルの舌打ちが聞こえる。その意味を答えるようにコロネロが言う。



「…逃げられたぜ、コラ」



その言葉通り、煙が晴れた先には誰もいなかった。


穴の開いたオレの腕が、じくりと痛んだ。





突如現れたコロネロとラルの告げた言葉は、先程オレがマーモンに聞いたこととほぼ同義だった。


…リボーンさんはアルコバレーノの呪いに負けたのだと。


さっき現れたのは外見だけが同じだけで…もうリボーンさんではないのだと。


………そして。



「殺すって…リボーンを!?」


「そうだ。呪いに負けた奴は他のアルコバレーノが始末を付ける。せめて同士の情けって奴だぜコラ」



…呪いに負けたアルコバレーノはもう手遅れだから。


殺すしかないのだと。





オレは一人、帰された。コロネロとラルは10代目と共にいる。


…10代目が来た途端にリボーンさんは銃を抜いたから、きっとまた10代目を狙うだろうと考えて。


いつものオレならば10代目の右腕として自分もと護衛を志願しただろう。


けれど、オレは今一人で。10代目と離れていて。



「………」



オレは右腕に触れる。


乱暴に止血しただけの傷跡が、じくりと痛んだ。


















































気付けば、オレは自室の毛布の中に包まっていた。


眠っていたのか、頭がぼんやりとする。


…夢を………見ていた気がする。


はて。どんな夢だっただろうか。


思い出せない。



「獄寺」


確か…とても、悲しい夢だったような……気がする。



「…おい、獄寺」


何だっただろうか。



「―――獄寺!」


「…リボーンさん?」



気付けば、すぐ目の前にリボーンさんがいた。


何故だろう。なんだか酷く懐かしい気がする。



「…まったく、何トリップしてるんだ。寝惚けてんのか? お前」


「…そうですね。オレ、寝惚けてるみたいです…」



目の前のリボーンさんは呆れ顔でオレを見ている。


あれ? 何でオレ、今とても幸せなんだろう。



「…って、それよりもリボーンさんこんなところまで一体どうしたんです? オレの部屋まで来るなんて珍しい…ってか、初めてですよね」


あと、ですねリボーンさん。いい加減オレたちも付き合って結構立つんで出来れば名前呼びで………い、いえなんでもないです…



「こないだ、お前との約束破っただろ。その詫びに来た」


と、リボーンさんは手に持っていたケーキの箱を開ける。


「って、それ単にリボーンさんが食べたかっただけでしょう…? もう、オレをダシに使わないで下さい」


リボーンさんが持ってきたのは、リボーンさんの好きなチーズケーキだった。ちなみに二位は僅差でモンブランだったりする。


「まぁ、気にするな」


オレの発言を軽くいさめつつ、リボーンさんは一応詫びと言った手前か先にオレにケーキを差し出した。


オレはそれを受け取ろうとする。



………はて。



ところでリボーンさんの言う詫びとはなんだろう。約束? そんなもの破られた覚えはないけれど。


「お前と出掛ける約束をしてたのに、破っただろ?」



そんな約束してましたっけ?


………ああ、あれです。そういえばさっき見た夢の中でなら破られたかも知れません。


そう、少し夢の内容を思い出しました。


そうそう、あなたがいなくなってしまう夢です。


しかもその日が、あなたの言う通り一緒に出掛ける約束をしてた日で。


あなたは来なくて。


オレは何故か怒りとかよりも先に不安とか焦燥感を感じたんですよ。


そして、その日からあなたは姿を消して………



………。



………まぁ、でもそれは夢の中での話ですからね。


現実には関係ありません。


オレは差し出されるままにケーキの乗った皿を受け取ろうと腕を伸ばしました。


けれどオレは落としてしまった。


何故か。







伸ばした腕が、じくりと痛んだから。








はっと、目が覚める。


オレは外にいた。


冷たい風が吹いている。


そして、オレの目の前には…



「いい夢でも見てたのか?」


リボーンさんが立っていた。





リボーンさんが目の前にいる。


オレの目の前に立っている。


不敵に笑う姿は、一見いつも通りに見える。


リボーンさんはすっと、音もなく銃を取り出した。


その銃の構え方はまさしくあなたなのに。


そのときの癖すらあなたのものなのに。


あなたはオレに銃口を向けた。


オレは動けない。


そんなオレが面白くなかったのか、銃弾よりも先に言葉が放たれた。



「抵抗しないのか?」


その声はリボーンさんのものだ。



「オレはお前を殺して。ツナも殺すかもしれないぞ?」


リボーンさんが信じられないことを言う。



「それでもいいのか?」


いいわけありませんよ。何言ってるんですか。



「それとも、オレを見逃すか? ―――隼人」



―――――。



あなたはオレをそんな風には呼ばない。


あなたの目の光は消えている。


お前はリボーンさんじゃない。


リボーンさんでもないくせにリボーンさんの容姿でリボーンさんの声でリボーンさんを陥れるようなことをするな!!



オレはそいつに一気に距離を詰めていた。


オレに向けられてる銃を掴んで、逆にそいつに向ける。そしてオレの手は銃身を滑り引き金へ。



「………っ」



引き金を引いたなら弾が飛び出るだろう。


なのにオレの手は動かない。



「…どうした」


そいつの口から言葉が。




「…早く、オレを殺せ、―――獄寺」




え…


思わずそいつの顔を見る。


…その目には、光が。



リボーンさん?


リボーンさんが、そこにいた。



消えたはずのリボーンさんが、オレのすぐ目の前にいてくれた。


なのにどうしてオレはリボーンさんに銃を向けているのだろう。


どうしてリボーンさんが自分を撃つよう指示してくるのだろう。


オレが撃とうとしたのはリボーンさんではなく、リボーンさんによく似た何かだったのに。


なのにオレの手はリボーンさんへと銃を向けていて。


そこからオレは固まったまま動けない。


リボーンさんの望む通りに撃つことも、オレが願う通りに手を離すことも出来やしない。



「獄寺」


リボーンさんが、オレを呼ぶ。



「ここでオレを撃たないと、オレは今度こそ誰かを殺すだろう」


その言葉に思わず10代目が撃たれそうになったことを思い出す。



「オレはそれをよしとしない」


オレだってよしとしません。



「だから」


だから。



「オレを撃て。獄寺」


あなたを撃たないといけません。…リボーンさん。



頭では分かってる。理解している。そのつもりだ。


けれど。


………オレの手は、動かなかった。


それがきっと答え。


間違っているとしても、オレの出した答え。



「…出来ません、オレには…」



出した声は震えていた。


腕はまるで作り物になったかのように動かない。


「…そうか」


リボーンさんの声は単調だった。



「そうだな、…すまない、お前に押し付けようとした」


リボーンさんに謝られるだなんて、初めての経験だった。


しかもその理由が、自分を殺すよう頼んで、それを断ったからだなんて。



「お前はこのまま、固定してくれてればいい」


固定? 何を…と思うと同時、気付く。



オレの手の中…リボーンさんの指が引き金を引こうと力を込めていってることに。


その銃口の先には…リボーンさんがいるのに。



「リボーンさ…止めて下さい…!!」



オレがそう頼んでも。願っても。リボーンさんは止まらない。


リボーンさんが止めてくれないのならオレが止めないといけないのに。




なのにオレの腕は、オレの意思に反して動かない。




オレの手で包まれたリボーンさんの手の動きがリアルに分かる。


それは自らが死のうとする動き。


それを止められない恐怖といったら、ない。



「リボーンさん!!」


「獄寺」




こんな状況だというのに。あなたはいつものように不敵に笑ってみせて。




「―――じゃあな」








飛び出す銃弾。


鳴り響く銃声。


目の前で飛び散る、赤いもの。


その赤いものが、オレの手に、腕に、身体に。…顔に降り注ぐ。


視界が歪み。世界が赤い。


音が、消える。


視界は黒く。世界は遠く。





…今となっては、よく覚えてないけれど。


多分、オレはこのとき。


泣いていた。





どうやらオレは気を失っていたらしく、目を開くと世界は明るかった。


…あの人の姿はない。身体と道端に付着したはずの赤い液体も、あの人の為に来たコロネロとラル・ミルチも姿を消していた。


のろのろと自室へと戻る。


するとそこには。


何故か、二切れのチーズケーキがテーブルの上に置かれていた。





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このケーキ…なんだっけ?


某夜桜四重想パロ。