きっかけは、ほんの些細なことで。


気付いたら、もう手遅れで。


どうしても、目で追ってしまって。


オレの視線に気付いた彼と目が合って、慌てて反らして、彼は不思議そうな顔をして、オレは顔が赤くなって。


でも、だって、仕方ない。


オレは自分の思いに気付いてしまったのだから。


獄寺くんが好きなんだって、気付いてしまったのだから。





気付けたのは、ほんの些細なことで。


笑っちゃうぐらい、些細なことで。


オレの隣で、一緒に話をしていた獄寺くんが。


唐突に開けられた、ドアの向こうに現れたあいつに眼を向けて。


少しだけ、目を大きくさせて。


一瞬だけ、惚けた顔をして。


ほんのりと、頬を染めさせて。


嬉しそうな、幸せそうな顔をして。


その一連の流れを間近で見て。


その顔を見て。


思わず、見惚れて。


訳も分からず、どきどきして。


それから、ずっと意識しちゃって。


何でだろうって、考えて。考えて。考えて。


それで、やっと、気付いた。


ああ、オレ、獄寺くんが好きなんだって。


気付いてから、さてこの気持ちをどうしたものかと思い悩んで。


食事も喉を通らなくて。夜も眠れなくて。頭の中は獄寺くんでいっぱいで。


ああ、こんなこと。物語の中だけだって思っていたのに。まさか現実に、オレの身に起こるだなんて。


オレは、どうするか、悩んで、悩んで、悩んで。


その間にも、獄寺くんとの交流は続いて。


何も知らない獄寺くんが、いつも通りにオレに接して。


けれどオレは自分の気持ちを知ってしまって。いつも通りに接せれなくて。


もうどうしようもないところまで来てしまって。無理なところまで来てしまって。


ああ、もう、駄目だと。


これ以上は、自分を偽れないと。


この関係が壊れるのは、それはもちろん嫌だけど。


だからといって、このまま黙ったままではいられない。


今の彼との関係を、良くも悪くも壊さないと、オレはもう先には進めない。


そして、オレは。


「獄寺くん」


彼に、自分の思いを、告げる。


「好きだよ」


だけど、そのときのオレは知らなかったんだ。


オレが獄寺くんの思いに気付かなかったように。


獄寺くんもまた、自分の思いに気付いていなかったことに。





10代目の言葉を聞いて、オレは思わず10代目を見返していた。


好き…?


10代目が…オレを……?


10代目に手を握られる。


熱い。


10代目の痛いほど真っ直ぐな視線が、オレを縛り付ける。


ああ、この人は、本気なんだ。


冗談なんかじゃなく、本気で、本当に、オレのことが……


何か言わなければ。何か、何か。


そう思うも言葉は出てこなくて。


代わりに……


何故か、あの人の顔が頭に浮かんで。


…どうして?


今はあの人は何の関係もないのに。


でも、消えない。消えてくれない。


それどころか、どんどん大きくなっていく。


何故だろう。鼓動が高鳴る。


今は目の前の、10代目の話に集中しなくちゃいけないのに。


あの人が頭から離れない。


どうして? どうして? どうして?


混乱する。困惑する。頭の中がぐるぐるしている。


何も答えられないでいるオレに、10代目は苦笑して、謝った。


「ごめん……こんなこと急に言われても…困るよね」


「いえ……」


「返事は…いつでもいいからっ」


そう言って、10代目は踵を返して走っていった。


オレはひとり、その場に取り残される。


「……………」


オレは暫く呆然として、夕日の光を背に浴びていた。


目が眩む。熱いような、寒いような、おかしな気分。


オレは重いため息をひとつ吐いた。


まずは、帰ろう。


そして、気持ちを整理しよう。


10代目のことと……


あの人のこと。


それからオレは、ずっとあの人のことばかり考えて。


ああ、一体どうしてしまったんだ、オレは。


おかしい。こんなの絶対おかしい。


なんで。なんで。なんで。


何故だか分からない。


でも、理由はあるはずだ。


オレがあの人をこれ以上なく気にしてしまう理由。


けれど答えは出ぬまま、時間ばかりが過ぎていって。


そして、次の日。


眠れず、そのまま朝になった。


いつもならば、支度を整えて、10代目をお迎えに行くのだが…


………。


顔を合わせづらい…


どんな顔をして10代目に会えばいいのか分からない…


そもそも、結局、10代目のことは全然考えられなかったし…


今日は学校を休んでしまおうか。いやいや、こんなことで休んでどうする。しかし…


思い、悩んで…決心する。


―――行こう。


悩んで、逃げて、それでもし10代目の身に何かあったらオレは死ぬしかない。


オレは気持ちを切り替えると、支度をすることにした。





いつも通りの時間。いつも通りの場所。


「おはようございます。10代目」


いつも通りにあなたに会う。


「……おはよう、獄寺くん」


いつも通りに接すれば、あなたもいつも通りに返してくる。


ともすれば、昨日の出来事などまるでなかったかのよう。


でも、あれは本当にあったことで。


10代目と話す。それは他愛もない日常会話。


そうして、自分の気持ちを再確認する。


10代目といると、話すと、それはもちろん楽しい。


10代目のことは尊敬している。敬愛している。友愛の感情だって持っている。


けれど、恋愛感情はと聞かれれば、どうだ?


オレは10代目と、そういう関係になれるのか?


…無理だ。


同性だからじゃない。使える君主だからじゃない。たとえ10代目が女性で、ボンゴレに関係ない方だったとしてもオレは同じ結論を出しただろう。


何故なら、オレは……


オレは?


「獄寺くん?」


考え込むオレを不審に思ったのか、10代目がオレに声を掛ける。


「いえ………昨日のことを考えていました」


「……、」


10代目が息を呑む。昨日のこと、といえばあれしかない。


「10代目」


オレは10代目に向き合う。


「…ごめんなさい。オレは…10代目の気持ちには、応えることは出来ません」


「………そっか」


10代目は少しだけ寂しそうに笑った。


「ごめんね。変なこと言っちゃって」


「いえ…オレの方こそ、10代目の気持ちに応えることが出来ずに……」


「それはいいんだ。覚悟はしていたから……でさ、都合のいいことかもしれないけど…出来たらさ、これからもこれまでと同じように…友達でいてくれないかな」


「…ええ。もちろんです」


ほっと息を吐いた10代目に、オレも息を吐く。


このまま終わればよかった。


そうすれば、平和に終わったのに。


けれど意識してしまった感情は、芽生えてしまった思いは、消すことは出来ない。


だからといって、あの人と二度と会わないわけにもいかない。


そして、そのときはすぐに来た。


その日の夕方。


帰り道に偶然、あの人と会った。


不意打ちだった。


ああ、そういえば、そういえばだ。


オレはいつも、この人を探していたような気がする。


その理由を知らないまま、深く考えないまま。


ああ、でも、そうか、そうなんだ。


オレは……


「リボーンさん」


声を出せば、あの人がオレを見る。


「好きです」


ほぼ無意識のうちに、オレはそう言っていた。


そうか、オレはリボーンさんのことが好きだったんだ。


オレはこのときになって、やっと気付けた。


でも、気付かないほうが、きっとよかった。


だって、リボーンさんは、10代目の……





唐突に告げられた言葉に、オレは顔をしかめた。


「…なんだって?」


「あ…いえ……」


獄寺が言葉に詰まる。口に手を当てる。顔を赤らめる。


「…なんでもないんです」


苦笑して、慌ててそう言う獄寺。


どうやら思わず言ってしまったようだが…さてどうしたものか。


「…なんでもないならいいんだがな。獄寺」


「は、はい!」


ビシッと背筋を張る獄寺に、冷たい目を向ける。


「仮にお前がオレに好意を持っているとしてだ。オレをどう思おうとお前の勝手だがな。オレはお前の気持ちには応えられんぞ」


「……………分かってます」


本当に分かっているならいいんだけどな。


「オレはツナの家庭教師だ。オレはツナを一人前の男にするように9代目から依頼を受けている」


「……………分かってます」


「オレが優先するのは9代目の命、そしてボンゴレの掟だ。色恋だの何だのに現を抜かす気は毛頭ない」


「……………分かってます」


本当に分かっているのか?


分かっているのなら、何故そんなにもつらそうな顔をする。泣きそうな顔をする。


「…分かっているのなら、呆けたこと言ってないでとっとと行っちまえ」


「……はい」


背を向けて歩き出す獄寺に、声を掛ける。


「オレなんかよりツナと付き合ったらどうだ? あいつはお前を好いてるし、お前を大事にするだろう」


獄寺の動きが一瞬だけ止まる。けれどすぐに走り出して行ってしまった。


「………」


ため息をひとつ吐いて、オレも歩き出した。


翌日、いつものように笑顔でツナに話しかける獄寺の姿があった。





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その前日の出来事など、彼は知らない。


リクエスト「シリアスで三角関係とか」
リクエストありがとうございました。