昔々ある所に、世にも珍しいカナヅチの人魚がおりました。 泳げないどころか潜ることも水面に顔をつけることも出来ない人魚は何時も一人ぼっち。だからその泳げない人魚の“ハヤト”は何時も浅瀬でぼんやりと海を眺めていました。 けれどハヤトは寂しくありませんでした。何故なら海に出れなくてもハヤトには陸があったからです。 鱗だらけの下半身を岩場に上げて、太陽の日差しで乾かせば人魚の尾は一時的ですが人間の足になれます。普通の人魚達は泳ぐことが大好きなので滅多な事では陸には来ませんでしたが、海で泳げないハヤトは陸が大好きでした。 そしてハヤトのいる浅瀬から近い港町の人たちもそんな不思議な人魚が大好きでした。 ある夏の日、その港町で小さなお祭りが開かれました。浅瀬にも聞こえたその楽しげな音色に誘われたハヤトは今日も陸に上がると気の向くままに歩き出します。 「きゅー・・・みんな綺麗ですね・・・」 ハヤトは浴衣を着て着飾っている人たちの間を抜けながらキラキラと輝く露天に目を輝かせました。しかし楽しめたのは最初だけ。ハヤトはお店で売られているものを見て顔を蒼くします。 たこ焼き・・・イカ焼き・・・・。 腐ってもハヤトは人魚。海の仲間といえる存在の無残な姿に涙を浮かべるとハヤトはパタパタと逃げ出しました。 食べているものを差別するつもりはありませんが心の準備をしていないときに見るとショッキングすぎたのです。 そうこうしている内にハヤトは水の匂いに誘われ一つのお店の前で座っていました。 お店で売っているものは何か良くわからない針金のついたモナカ。そして地面には水の中で泳ぐ金魚達が沢山いました。優雅に泳ぐ姿にハヤトの心は少しずつ落ち着きを取り戻します。 そんな時です。 ぴちょん 一匹の黒い金魚が跳ねました。ハヤトはその姿に目を奪われます。 「きゅーー!かっこ・・・いいです」 ハヤトは黒い金魚に一目ぼれしてしまいました。 それからハヤトは何時間もその店を動きませんでした。何故なら黒い金魚から離れたくなかったからです。 そこまで気に入ったのなら金魚すくいですくえば良いと思うかもしれませんがハヤトは人魚なので人間のお金を一円たりとも持っていませんでした。 しかし何時までもこうして見られていては他のお客さんが遊ぶことが出来ません。露店の亭主はふぅとため息をつくとビニール袋に入れてハヤトにその黒い金魚を手渡しました。 ハヤトは喜び勇んで黒い金魚と共に浅瀬に帰りました。そんなハヤトに気づいて一匹のヒバリが岩場に降り立ちます。 このヒバリは変わり者で山での生活を好まず一匹で海で暮らす変なヒバリでした。そして同様に変な人魚であるハヤトを気に入りこうして何かと果物を持ってきてくれたり話し相手になってくれたりしました。 今日も林檎を持ってやってきたヒバリはハヤトの手の中のものに気づき声をかけます。。 「ハヤトずいぶんとご機嫌だね」 「きゅーー!いいものもらったのですよー」 「金魚・・かい?まったくハヤトはそんなものに喜べるなんておめでたいね」 呆れたような口ぶりでしたがヒバリは親切に色々教えてくれました。 「金魚といえば今日、浜辺に金魚鉢が流れ着いたのを見かけたよ。せっかくだから使ってあげたら」 ヒバリに言われて砂浜を歩くとそこには立派な金魚蜂が捨ててありました。ハヤトはそれを海水でよく洗うと中に水を張って黒い金魚をいれてあげます。 「ここが今日からあなたの家ですよー」 「そうか・・・悪くないな」 ・・・・・・・・・・。 「わぉ、しゃべったね」 「きゅーーー!金魚さんがお話しました!!!!」 自分達の不思議っぷりを差し置いて驚くハヤト達は突然しゃべりだした金魚に目を白黒させます。 その後、落ち着いたハヤトとヒバリはリボーンと名乗る金魚と沢山沢山お話をしました。 リボーンは本当は金魚では無いこと。 呪いにかけらこんな姿になっていること。 そして呪いを解くことは金魚の身体では難しいこと。 「だから俺は諦めて金魚のまま一生を過ごそうと思っているんだ」 「きゅー・・・それは大変ですね、リボーンさん。だけど大丈夫です!これからはハヤトが一緒なのですよ」 何が大丈夫なのかわかりませんがハヤトは自信満々にリボーンさんを慰めました。 こうして人魚のハヤトと金魚のリボーンの生活は始まったのです。 一緒に生活をし始めてリボーンはまずハヤトの素性に呆れました。 「人魚に会うのは初めてじゃないが・・・お前泳げないのか」 「きゅー・・・実はそうなのです」 「どうしても昔一度だけ見た人魚のイメージで人魚は優雅に泳ぐものと思い込んでたぞ」 「優雅に泳いでるのはりボーンさんですよー」 ハヤトは水溜りのような浅瀬で尻尾をパタパタ動かしながら鉢の中のリボーンを見ました。そんなハヤトにリボーンは宣言します。 「わかった。なら俺がお前に泳ぎ方を教えてやる。元々タダで飯だけもらうのは気が悪かったんだ。これからはお前は俺に飯をくれるならお礼に俺がお前をしごいてやろう」 そう言うリボーンに目をぱちぱちさせながらハヤトは笑顔で「ありがとうございます」と頭を下げるのでした。 それから数ヶ月。リボーンの特訓の成果でハヤトは沖まで泳げるようになりました。元々人魚なので素質はあったのでしょう。こつさえ掴めばハヤトはぐんぐんと距離を伸ばしていきます。 その姿には流石のヒバリも感嘆の声を上げました。 「すごいね、顔さえ水につけるのを怖がってたあの子が泳げるようになるなんて」 「俺には人魚なのに水を怖がっていた方が凄いと思うがな」 「面白いと思うけどね、僕は。ところで・・・」 「なんだ?」 「君、顔色悪くない?」 ヒバリがそう言うと金魚鉢の素面がぴしゃりと跳ねました。 「黒い金魚の顔色が悪いのは元からだろ」 そうつぶやくリボーンでしたが、実際はそれは強がりでしかなかったのです。 そしてその数日後、何時ものように泳ぐ練習をしていたハヤトが浅瀬に帰ってくると金魚鉢の中でリボーンはぐったりとしていました。ただならぬ様子にハヤトは慌ててリボーンに向かい叫びます。 「どうしたんですか、リボーンさん!しっかりしてください!!」 「あぁ・・・ハヤトか。俺はもう駄目かも知れない」 「駄目って・・・・何が駄目なんですかリボーンさん!」 「ずっとお前には隠していたことなんだが・・・俺の命はもう長くは持たないんだ」 か細い声で呟くリボーンの言葉にハヤトは一生懸命耳を傾けました。 「俺は2年前に今の姿になる呪いをかけられた。そしてその時に言われたんだ。俺の本当の身体は海底の奥深くにある洞窟に封印されていると。けれどこんな身体ではどうがんばったとしても海底になど辿り着けない」 「きゅー・・・諦めていたというのはそういうことだったのですか・・・」 「それに俺は元々陸の者だ。そんな俺の本当の身体が海底にあったとしたら・・・もって2年ほどだろうとも言われたんだ」 リボーンはそう言うとわずかな力を振り絞って金魚鉢の中からハヤトを見つめました。そしてじっとハヤトの緑の瞳に向かって訴えます。 「こんな身体の俺に向かって“一緒にいてくれる”と言ってくれて嬉しかった。けどもう・・・俺は無理だ。でもお前は泳げる。人魚達の世界にも帰れる。俺がいなくても独りじゃない。寂しくない。俺は・・・最後にお前と会えて幸せだった」 ぴちゃん リボーンが静かになると同時に金魚鉢の水面が揺れました。 それからハヤトは急いで泳ぎました。深い深い海の底に向かって。 リボーンの本当の身体が何処に封印されてるかは知りませんでしたが、ハヤトの泣き声を聞いたヒバリが有力な情報を教えてくれました。 海の魔女クローム。こんな呪いをかけられるのは彼女しかいないと。そして彼女の住処は深い深い海の底の洞窟だというのです。 「リボーンさん、待っててください!」 時々もつれながらも、溺れかけながらもハヤトは一生懸命泳ぎ続けました。 そしてどれくらい潜ったときでしょう。深く暗い海底の中にほの暗い明かりを見つけたのです。 「やっぱり来たね、ハヤト」 海の魔女はハヤトの姿を見ると嬉しそうに微笑みました。そして全てが分かっているという笑みでハヤトを洞窟の奥に案内します。 「ずっと待ってたよ、ハヤト。本当はあんな人に渡すのは嫌だけどハヤトが笑顔じゃなくなるのはもっと嫌。だから協力してあげる」 「きゅ・・・クロームさんはハヤトを知ってるのですか?」 「知ってるよ。ハヤトは海の一番の歌姫。そして海王ツナヨシのお気に入り」 でも忘れてしまったんだよね。クロームは寂しげに呟くとハヤトの奥底に眠る記憶を歌うように言葉にしました。 ある所に海王様のお気に入りの人魚がいた。 全ての海の生き物から人魚の歌は愛された。 けれどある日、その人魚は誤って人間の猟師の仕掛けた網に捕まってしまった。 その人魚を助けたのは若き人間。 海に逃がされた人魚はその親切な人間に恋をしてしまった。 そしてその日から人魚の歌は届かぬ若き人間のために歌われた。 海王はそれに怒りった。 けれど海王の力がどんなに偉大とはいえ人間を殺したら人魚が悲しんでしまう。 だから海王は海の魔女に頼み人間に呪いをかけた。 小さな小さな生き物の姿になる呪いを。 そして恋する相手を見失った人魚は西へ東へ人間を探して海をさまよった。 人間が姿を変えてしまったことなど知らずに。 ただ恋しがり歌を捧げながら愛する人を探し続けた。 「でもその人魚は嵐の晩に不運にも泳ぎ方を誤り、岩場に頭を打ち付けてしまった。そしてそのショックで泳ぎ方も愛する男のことも忘れてしまった・・・」 「きゅ・・・きゅー?・・・もしかしてその人魚って・・・・」 「さぁね・・・どう思うかはハヤトが決めることだよ」 クロームはそういうと洞窟の一番奥で足を止めました。そこでは一人の若い男が青白い顔で眠りについています。 「呪いを解くのはハヤト、あなたの力」 「きゅ・・・でも呪いのとき方なんか知りませんよ?」 「ふふ・・・そんなに深く考えないで。物語の呪いのときかたなんってだいたいワンパターンなものなんだから」 そう言ってクロームがハヤトの耳元でその方法を呟きます。 その瞬間、海底の奥でハヤトの羞恥の叫びが響き渡ったのでした。 数日後、浅瀬には相変わらずハヤトの姿がありました。そしてその浅瀬に一人の若い人間が歩み寄ります。 「久しぶりに・・・歩くとなんだか難しく感じるもんだな」 「きゅ・・きゅ!なら今度はハヤトがリボーンさんに歩き方を教えてあげますよー。すぱるたきょういくでビシバシいくのです」 ハヤトは男の顔を見て嬉しそうに微笑を浮かべました。けれどそんなハヤトを見る男は眉間に皺を寄せてため息をつきます。 「スパルタ・・・いや、無理だろお前には」 「む、無理じゃないんですー!ハヤトはやれば出来る子なんです!だってあの時だって恥ずかしかったけど頑張ってやったんですから」 「あの時?」 男に問いを返されてハヤトははっとしました。そして首から徐々に顔を真っ赤にさせると尻尾をばたばたさせて男に水をかけます。 「リボーンさんのエッチ!もうハヤトは知りません!!」 「な!?なんの話だ。わけがわからねぇぞ」 「わからなくって良いんです!」 ぴちゃぴちゃと水をかけ続けるハヤトに要領を得ないと思いながら男は・・・リボーンは小さく笑みを作ります。 自分ではなぜだか分かりませんがリボーンは元の姿に戻ることが出来ました。そして人間に戻ってもハヤトとリボーンは一緒にい続けます。 そんな二人に声をかけようかかけるまいか悩んでいたヒバリはしばらく上空を旋回すると海に向かって羽ばたきました。そして誰もいない海に向かって話しかけます。 「結局、君の思い通りにはならなかったね」 『ふん。折角君にハヤトの監視を頼んでいたのに、これじゃあ意味が無いじゃないか。クロームも俺を裏切るしさぁ・・・』 何処からか風に乗って少年の声が響き渡ります。ヒバリはそれに驚きもせず会話を続けました。 「裏切ったつもりは無いよ。僕はただハヤトの味方だっただけ」 最初から最後までね。ヒバリの言葉に海は波を立てて反応しました。しかしそれも一瞬だけ。再び穏やかな姿に海は戻ります。 『まぁいいや。ハヤトが幸せなら』 「あれ、もう少し文句をつけるか邪魔するかと思ってたのにあっさりしてるね」 『・・・・俺だって分かってるんだよ。クロームも言ってたけどハヤトが笑顔じゃないのは一番嫌だからね』 そう、それが一番大事なこと。誰しも好きな人が悲しんでいて嬉しいわけがありません。 それは人間も人魚も鳥も魔女も海の王様も同じこと。 浅瀬では今も幸せな二人が何か言い合っています。そこにはもう悲しみも苦しみもありません。 めでたしめでたしで終わるのに一番ふさわしい光景。知らぬうちに彼女達を見守り続けた人々には笑みが浮かんでいるのでした。 とある人魚が一人の男に恋をした。 −それが物語の始まり。 |
(あとがき) 熊侍さんに捧げます。久々に書くハヤトです。うっかりキャラを忘れて知っていました。たどたどしい似非童話風にまとめてみましたが・・・リボハヤになってますか?リボハヤの一人者熊さんに少しでも喜んでもらえれば幸いです! きゅーーー! ま、まさかご主人さまのリボハヤをまた見れる日が来るとは…!! すっごく嬉しいです! ありがとうございます!! リボハヤですよとてつもなくリボハヤですよ!! 人魚のハヤトと金魚のリボーンさん…金魚………(爆笑) 最強の名が泣きますねw まさしく赤子にすら殺せますww でもそんなリボーンさんも熊は大好きだ!!! ありがとうございましたv 次はシスターハヤト辺りを期待しています!!(鬼か!!) |