狂った恋人





何かに気を取られ、その油断の代償に腕を持っていかれた。


ああ、しまったな。あれにはまだ弾丸の入った銃が―――という意識を頭から外す。過ぎたことを気に病んでいる場合ではない。


そう。今考えるべきは、ここにいる敵をどれほど片付けるか。それだけだ。


何、片腕でも案外何とかなるものだ。死ぬ気でやれば。


ああけれど…さっきのは本当失態だ。一体オレは何に気を取られてしまったのか。


辺りを見渡したくとも周りには敵しかおらず。考えたくともそんな暇はなかった。


…それに、なんにしろ両目に血が入りほとんど使えない状態だ。ああもう見えない。苛々する。


痛みに気を取られると傷が増える。痛覚なんて無駄なものであるといういい証拠だな。


気配で近くに敵がいるのを察して思いっきり殴る。ごりゅり、といい音を感じた。


拳から伝わる空気の振動。それはきっと悲鳴。悲鳴が上がると言うことは、つまり生きてる。



殺さないとな。



もう一発、殴った。


途切れる振動、消える気配。それに笑ってまた敵のところへと向かっていく。


と、脇腹に激痛。撃たれた…と認識しながら倒れる。


片手を使い立とうとするも血で滑り上手くいかない。けれどそれでも動かないと…まだ終われない。


己を奮い立たせるつもりで握り拳を作るが、そこにも激痛。


どうやら先程殴ったときに皮が剥げたようだった。あと爪も何枚か。道理でずきずきすると。


つーか前が見えねぇ。右瞼を閉じると本当に真っ暗。ああもうオレは左目をどこに落としたんだ?


前にいる奴の銃を奪う。撃とうとするが…駄目だ指に力が入らない。


仕方ないので素早く思考を切り替えグリップを使いそいつの頭蓋骨を陥没させる―――と前から後ろから左足に焼けるような痛み。続いて右足にも。


ああ―――身体が支えを失い地に堕ちる。倒れる。まだ終われないのに。


ここにはまだまだ刈り取るべき命があるのに。なのにオレは無様に倒れて何をしているんだ。


立たないと。倒さないと。そうでなければ終われない。


―――――と。



「―――」



衝撃が背を駆け床に転がる。


急の事に着いていけず思わず思考が停止して。


しまったと思うももう遅く。しかし如何ほど待っても現れない攻撃。


…どういうことだろう。こんなにもミスして隙を見せてしまったらオレは二桁はあの世に行っててもおかしくないのに。


今現状はどうなっているのか。理解しようにも何も見えず何も聞こえない。


右瞼を開けても真っ暗だ。まったく、右目はどこを転がり歩いているんだか。


そういえばオレはいつから何も聞こえなくなっていたんだっけ。確認するまでもなく両耳の鼓膜が破れているであろうことは想像に難くなかった。


ていうか身体がもう動かない。止まってみて分かるのは身体の破損具合だけなので動きたいのだが。


ああ、くそ、血が抜けていく。身体が重く、冷えていく。


片手を使ってどうにかどこかの傷を塞き止めようと試みるも上手く動かない。畜生役立たずめ。


けれど…本当おかしい。辺りに敵の気配がない。先程まであんなに感じれたのに。


どこに行ってしまったのだろうか。みんな殺さないといけないのに。


探して、探して。でもいなくて。


…そうだ、きっと別の場所にいるんだ。だからオレも移動しないと。そうして全てを殺さないと。


そうと決めたら早く行動に移さなければ。足が痛くて動けないけど。でも何とかして。


そうして動こうとしたら―――不意に何かに掴まれた。


………?


誰だろう。何だろう。この人は誰だろう。


思考する間に引き寄せられる。あたたかな体温がオレの身を包んで。



…この人は誰だろう。



この温かな人は誰だろう。


誰だろう。



―――と。突如胸元に当てられる硬い感触。



…ああ、なんだ。貴方でしたか。


オレを殺しにきましたか?



ボンゴレを、10代目を。…貴方を裏切った…このオレを。



なんだ。貴方が直々に来て下さるのなら、こんなにも身体を傷付けなくともよかったですね。


この身が使えないほど傷付いていれば…生きていても苦しむしかないほど傷付いていれば。流石のあいつらもオレを殺すと踏んだんですけど。


…でも、貴方ならそんな小細工無用でしたね。


だって貴方なら、オレがどんな状態でだって完膚なきまでに殺してくれるでしょうから。





…それじゃあさようなら。リボーンさん。










それはそれは酷い有様だった。


血の海。地獄絵。…そのような感じだろうか。


その惨劇の中心部にいるのは…獄寺。


片腕は千切れかけ全身は血に塗れそれでもなお敵に向かって突っ込んでいく。


手加減なく容赦もなく。ただ狂った獣のように次々と敵を屠る獄寺。


辺りに響くは怒号と銃声。そして悲鳴。


飛び散る血潮に、誰もが正気を失わされる。


消えゆく生に、皆が命を奪おうとする。


尋常ではない空気を出し、そして最もそれにあてられているのはこの中で一番異物である獄寺だった。


獄寺は笑っている。遠くからでもここから見えるのは背だけであっても、気配で分かる。


明らかに尋常ではない怪我を負いながら獄寺は高らかに笑っている。



何がそんなに楽しいんだろうか。


あいつは既に狂ってるんだろうか。


だからオレたちを裏切ったんだろうか。



「―――どうしてツナを殺した。獄寺」



小さく呟くと同時に、獄寺の腕が吹っ飛んだ。


けれど獄寺は気にしてないように。…まるで痛みを感じてないかのように、残った方の腕で近付いてきた男を殴った。


悲鳴が上がって、獄寺はもう一発殴った。男は倒れた。獄寺は笑っていた。



…ろくに目も見えてないくせに、よくやるもんだ。



近くの事は場の雰囲気でなんとなく読めているのかもしれない。


けれどそれはあくまで近くの事に関してだけだ。だからほら、撃たれた。


だけどすぐにまた立ち上がる。よろけながらも肉体を破損しながらも立ち上がる。


手元に武器がないからか、獄寺は目の前にいた奴の銃を奪って脳天に風穴を開けようとした。


けれどそれは無理だった。引鉄を引くための指が千切れていたから。


それに気付いているのかいないのか、とにかく獄寺は撃つことは諦めて目の前の奴の頭を打った。


と同時に獄寺は足を撃たれた。


倒れる。


獄寺はまた立とうとする…けれど遅い。


奴らの銃口は全てが獄寺へと向けられている。獄寺がそれに気付くよりも先に撃たれて殺される。


………。


ああ、もういい獄寺。


休め。



「伏せろ」



オレは手榴弾を投げた。


爆発音が広がった。


残党はオレが撃ち殺した。


そのほんの数秒の間に、生きてる奴はオレと獄寺だけになった。


けれどそれを獄寺が理解しているはずもなく。


あいつは脳天に疑問符を浮かべながら動こうと立とうともがいている。


真っ赤な身体。溢れ出る血潮。


獄寺はそれをどうにか止めようと塞ごうとしている。…が、残っていた腕も先程の爆発で吹き飛んでいる。それでどうして止めれよう。


そんな身体でも獄寺は立とうとしていた。無理だと言うのが分からないらしい。傍から見て滑稽だった。笑えないが。



…あいつは一体どこに行こうというのか。



既にこの建物の中には、生きてる奴はオレと獄寺しかいないというのに。


オレたちの組織と敵対していたファミリー…それに単身突っ込むとは、なんて愚か。


獄寺のツナ殺しとどこか関わりがあるのか…それとも本当に狂ってしまって意味なんてどこにもないのか。



…まぁ、意味があろうとなかろうとすぐに消えるんだが。



オレはどこかへ行こうとしている獄寺の肩を掴んだ。


―――…。


お前そんな…無垢な顔をするな。


さっきまでの狂ってたお前はどこに行った。


あいつだったら、オレはなんの躊躇いもなしにお前をさっさと殺せただろうに。


…ったく。


オレは教え子であり、仲間であり。…恋人であった獄寺を抱き寄せた。獄寺の身体は血液を大量に失ったからか冷たかった。


そして獄寺の胸元に銃身を当てる。


それであいつはオレが分かったのだろうか? 嬉しそうに笑った。



…その顔は場違いにも程があるぞ。獄寺。



オレは引鉄を引いた。


あいつの唇が動いて声のない言葉を紡いだ。


あいつの胸から赤い花が咲いた。


最後のときまで微笑んでいたあいつは、やっぱり狂ってたんだろうか。


最後のときまで涙も流さないオレは、やっぱり狂ってるんだろうか。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

オレもお前も、狂ってる。