それはある、春になりかけ。
未だ少し肌寒い日のことでした。
獄寺が通路を歩いていると、外に見慣れた影一つ。
黒い帽子に黒いスーツのその人が、鳩に変形させたカメレオンを飛ばしていた。
「獄寺か」
こちらを見向きすらせずにリボーンが名を呼ぶ。
獄寺は近付き、リボーンの隣へ。
「どうかなされたんですか?」
「なに、風から手紙が来てな。返事を出したところだ」
言うと同時、リボーンが"手紙"を取り出す。
それは弓に括りつけられていた。
(矢文…だと……)
ジーザス。何故に矢文。矢文って確か日本の文化…あれ、中国だっけ。いや日本のはず。確か。
などという思いを獄寺がする横、リボーンが文を開き読んでやろう、と言い朗読する。
拝啓
リボーンお元気ですか…というのもこの時期に言うのは野暮というものですね。
私も少し前から熱が出始め、こないだ会ったウェルデとスカルは既にダウンしてました。
あの様子では治っても調子を取り戻すのに時間が掛かりそうです。
そちらはどうですか?
もしリボーンがまだアルコ風邪に掛かってないなら、分かる範囲で教えて下さい。
風
「…というわけでな。今のレオンはこっちの状況を纏めたものだ。ついでにそっちも教えてやろう」
「はあ」
…アルコ風邪?
手紙の中の気になる単語を聞きたい衝動を抑えながら獄寺はリボーンの話を聞く。
「まずコロネロは三日前からアルコ風邪を患わせてラルに看病されてたらしい。そのラルも今はアルコ風邪で倒れたとか」
「…あの、」
「続いてマーモン。一週間程前からアルコ風邪を引いてベッドの中だとさっき電話が掛かってきた」
「…あのマーモンから電話が!?」
マーモンといえばリボーンを毛嫌いしている…と見せかけて実はツンデレのツンが酷すぎるだけの人なのだが、とにかく意地っ張りのあのマーモンから電話が。
「確か…そう、『リボーン…僕はもう限界だ……この穢れ切った世界にキミを残していくのは不安だけど…僕は…先に…行くね……愛しているよ、リボーン…ぐふ』とか言ってたな」
あの口を開けば毒舌ばかりのマーモンがやけに素直な。
と言うか、
「え、まさか死んだんですか?」
「まさか。ただのアルコ風邪だぞ? 寝ただけだ」
「ですからその…」
「最後にユニだが、ユニからも電話が来たな」
おばさま…ユニです……
おばさま…ユニは…ユニはもうダメです…
頭が痛くて割れそうで…動けなくて……
きっともうすぐ…こうしてお話することも……出来なくなって…
おばさま…ユニは怖いです…ですがこれも宿命……
おばさま…ユニは…先に……行ってますね…
おばさま…だいすき、です……ガク。
「え、ユニ死んだんですか?」
「何を言う。アルコ風邪の症状が出てるだけだ」
「ですから何ですかそのアルコ風邪って」
やっと言えた。
すっきりする獄寺をリボーンが見上げる。
「そうか。お前は知らないんだったか。アルコ風邪ってのは、アルコバレーノしかかからない病気だ」
「病気!?」
驚く。今までリボーンを始めアルコバレーノが病に伏せるなど見たことがない。
「知らないのも無理もない。アルコ風邪は10年に一度しかかからない病だからな」
10年に一度。と言うことは10年前もリボーンはアルコ風邪とやらにかかっていたのだろうか。気付かずにいた自分に自己嫌悪する獄寺。
そんな獄寺に気付かずリボーンは説明を続ける。
「病気といっても大したもんじゃない。その名の通り、風邪とよく似た症状だ。ただし絶対に防げないし、薬も効かない」
「アルコ風邪にかかってしまったらどうすればいいんですか?」
「どうしようもねーな。寝てるぐらいか。看病も意味がないし…ああ、ちなみに移るなんてこともないから安心しろ」
「…寝る前に遺言めいた事を言ってしまうのも症状なんですか?」
「ああ。その時心に思っている人物に人生最期と何故か思ってしまいつい一言言っちまうらしい。なおその時の記憶はない模様」
良かったなマーモン。死なずに済んで。
獄寺は柄にもなくマーモンの身を案じていた。
「それで風の手紙に繋がるわけですね……って、リボーンさんは大丈夫なんですか?」
「ん? アルコ風邪か?」
「ええ…防ぐ手段がないとなるとリボーンさんも…いづれ……」
「そうだな。今のところ異変はないが……まあ、大丈夫だろう。前回も大したことはなかった」
と、そのとき冷たい風が一息吹いた。
「くしゅんっ」
同時、とても可愛らしいくしゃみの音が鳴った。
「………」
「………」
「リボーンさん…」
「い、いや違う。今のは違うぞ獄寺。今のは風のせいだ」
という傍からまた可愛らしいくしゃみ。
獄寺はリボーンに近付いた。
「失礼します」
「ごく―――」
リボーンの言葉を無視し、獄寺はリボーンの額に自分の額をくっつける。
「―――!?」
驚いたのはリボーンだ。
いつも奥手で、自分が何を言ってもなびかないあの獄寺がこんなに近くに。
顔が近い。少しでも自分が動けば口付けが出来そうな程に。
自覚すると同時、リボーンの頬が赤く染まる。汗を掻き、体温が上昇するのが分かる。
「熱があるじゃないですかリボーンさん!」
「い、いや獄寺。それはアルコ風邪のせいじゃなくて―――」
お前のせいだ。
そう言う暇すら与えられず、リボーンは獄寺に抱えられ自室に運ばれた。
(あの獄寺が姫抱っこだと……)
リボーンは戦慄していた。戦慄が収まらないまま上着を剥がされ、ベッドにダイブさせられた。
「だ、大胆だな獄寺」
「何を仰ってるんですか。そんなことより、何か欲しいものとかありますか? 看病しますよオレ」
剥がしたスーツをハンガーに掛けながら獄寺が言う。
「いやだから看病は意味ないしそもそも寝る程の具合では…」
またくしゃみ。
ついでに寒気も自覚し、どうやら自分にもアルコ風邪か来たとようやくリボーンも思う。
そんなリボーンの手を握る獄寺。
「…意味は無いかもしれませんが、それでも放っておけないんです」
「獄寺…」
「それに、なら看病じゃなくて護衛をしますよ。アルコ風邪を知ってリボーンさんの命を狙う不届き者が現れないとも限りませんし」
それは確かに大いに有りうる。
「だが…いいのか?」
「いいんです。やらせて下さい」
獄寺の声が何だか遠い。
うつらうつらと、視界が舟を漕いでるかのように映る。
どうやら自分も最期のときのようだ、言葉を話せるのは次で終わりだろう。
「獄寺―――」
リボーンは最期の力を振り絞り、獄寺に言葉を紡いだ。
三日後。
「そうして獄寺はそれはもうオレを甲斐甲斐しく看病してくれてな」
「まあ、おばさまったら」
快復したリボーンはアルコバレーノ達でお茶会を開いていた。といってもスカルとヴェルデは未だベッドの中らしいが。
「…ふん。あんな男、リボーンを狙う刺客に倒されれば良かったんだよ」
「マーモン。そういう事を言ってはなりませんよ」
「そうだぜコラ」
なおマーモンも微熱がある模様。しかしリボーンに会うため身体を引き摺って来たとか。
「それにしても、今回は皆ファミリーに世話になってしまったな」
微笑しながら言うのはラルだ。呪いが半端でもアルコ風邪にはきっちり掛かってしまった。
そしてラルの言う通り、誰もがファミリーの世話になった。
リボーンは獄寺を初めとする10年来の教え子達に。ユニはγ達はもちろん白蘭も泣きながら看病をした。
コロネロとラルは家光達に。マーモンだってヴァリアー達に世話になった。
「私もイーピンには大変お世話になりましたよ。起きたとき爆発してましたけど」
どうやら風の最期の言葉はイーピンが貰った模様。照れ耐性が出来たはずなのに爆発させるとは。一体何を言ったのだか。
「そう言えば私、多分最期はおばさまとお話したと思うのですけど…何か変なこと言ってませんでした?」
「……………僕も」
どうやら不調の中マーモンが来たのはこれを聞くためでもあった模様。
「いや、特に変わったことは言ってなかったな」
「良かったです」
「………ほ」
本当の事を知れば思わず自殺ものだが(特にマーモン)そうであると二人は知らず。
リボーンはリボーンで、自分は一体獄寺に何と言ったのか。と考えていた。
愛の告白ぐらいなら常にしている自分だが、起きたときの獄寺はどこかぎこちなく戸惑っているようにも見えた。
そのときの事を思い出し、笑みを浮かべながらリボーンはコーヒーを口に含んだ。
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たまには風邪も悪くねーな。