それは、別に珍しい話ではなかった。



相手はあの有名な最強の殺し屋。リボーンなのだから。何があっても不思議じゃない。



彼の伝説はすざましく。故に彼は10代になったばかりの小僧だというのに誰もが畏怖の目を向けていた。



彼には数多くの愛人がいた。年齢、性別は問いておらず、ただ気に入った相手に愛人にならないかと誘っていた。





―――故に、その数多い愛人の中の一人に獄寺隼人の名があったとしても、そこにはなんの不思議もなかった。













































マフィアだということ






























「…ねぇ、獄寺くん」


「なんでしょう10代目」





ある日。ボンゴレ10代目ことツナが己の右腕と事務作業をやっていたとき。…少し前から気になっていた噂を確かめる為に聞いてみた。





「あの…さ。獄寺くんがリボーンの愛人になったって話が流れてるんだけど…」


「あ、本当ですよ」


ツナの心の葛藤を知ってか知らずか。獄寺はあっさりと答える。ツナは少し項垂れた。


「? どうかしましたか?」


「…なんでもない。……そうか、リボーンと…ね」


ああ幼き頃からの淡い恋心撃沈。どうせならその昔、いい雰囲気になったときにでもその場の勢いに任せて告白しておけばよかった。





「…? 10代目? ―――あ、心配なさらなくても大丈夫ですよ」


「え?」


「10代目がピンチの時は愛人も何も関係ありません。命に代えてもお守りしますから」


お任せ下さい、と胸を張る獄寺にツナは今一度項垂れる。ああ、この子駄目だ。相変わらず分かってない。





「あ―――でも愛人てことは、まだオレにも。見込みはあるかな?」


ツナが半分冗談――…そして半分本気でそう言うと、獄寺は。



「―――………」



少し複雑な顔をして。けれどすぐにあの笑顔に戻って。


「――…そうですね」


それだけ言って。そしてそこで会話は途切れて。二人はまた業務へと意識を戻していった。










「ねぇ、リボーンさん?」


「なんだ」





ある日の深夜。部屋の一室で獄寺は革張りのソファに座りながら、リボーンに寄り掛かかって聞いてきた。





「オレなんかを愛人にして、よかったんですか…?」


「お前はいやだったか?」


「そんなことはないですけど…」


獄寺は暫く言うかどうか戸惑って。けれどやがて意を決したかのように口を開いて。







「オレは…欠陥品、なんですよ?」


「それは獄寺の人間が言ったことか?」


「はい…」





それはまだ獄寺が子供だった頃。まだ獄寺が屋敷の中で暮らしていて外の世界を知らなかった頃。


獄寺は感情を欠落した子供だと蔑まされていた。


けれどそれは事実だった。何故なら獄寺はそうなるようにと教育されていたのだから。





獄寺は使い捨ての駒、消耗品のひとつぐらいにしか見られてはなかった。


紆余曲折の末に外の世界に出て、世の中というものを体験して少しは取り戻せたのだがそれでも時折空回りしてしまう。


これが原因で若い頃は苦労したものだ。いや、今も若いし、苦労しているのだが。





過去を思い出す獄寺の頭を、リボーンはくしゃっと撫でて。


「―――獄寺」


「…はい」


「お前が欠陥品だろうとなんだろうと関係はない。オレがお前が気に入ったから愛人にしただけだ」


「………はい」





リボーンは獄寺が欠陥品であるというこをと否定しなかった。


何故ならそれは事実だから。確かに獄寺は人間として思考的に欠落している部分がある。


10年の歳月の中で時間を掛けて直していったとはいえ、最初獄寺がツナに対しかなり陶酔していたのもこれが原因だ。





…けれど、リボーンにとってそんなことで悩む必要なんてない。


「オレ以上に完璧な人間なんて、いるか?」


軽く聞いてきたリボーンに獄寺は一瞬きょとんとして。そしてすぐに笑って。


「―――そうですね。リボーンさんから見れば、人はみんな欠陥だらけですよね」


「当たり前だ」





「はい…リボーンさん」


「なんだ」


「……愛してます」


「――オレもだ」





愛人に持つ感情程度だがな、とリボーンは付け加えて。獄寺は分かってますと笑った。


その顔は、とても幸せそうだった。










「リボーン」


「ん?」


ツナが獄寺に噂の真偽を確かめてから数日後。


ツナはリボーンにも聞いてみた。





「…獄寺くんを愛人にしたんだって?」


「ああ。それがなんだ?」


当事者二人にあっさりと肯定されてツナは泣きたくなった。





「――オレが獄寺くんのこと好きだって知ってるくせに…」


少し恨みがましく言ってくるツナに、しかしリボーンはいつも通りの無表情で。


「さっさと告らねぇお前が悪いんだろうが。欲しいものは奪え。それがマフィアだ」


仮にも自分の愛人の話だというのに随分な言い様だとツナは思った。あと本気で獄寺を奪おうかとも。





「…その方がいいかもな」


「―――え?」


てっきり「出来るものなら」とか「お前には無理だ」系の言葉が出てくると思ってたツナは驚いた。そして怒りが湧いた。


「リボーン! なんだよその言い方!」





―――――あの時。





ツナが半分冗談、半分本気での台詞を言ったとき…獄寺は困ったような考え込むような、複雑な顔をした。


でもすぐにまた笑顔に戻って。…その笑顔は場違いなほどに幸せそうで。


ああ、と。このときツナは悟った。獄寺は本当に―――リボーンのことが好きなんだろうと。





きっとツナの問いに獄寺はリボーンの事を考えたのだとツナは思った。


そして考えるだけでこんなにも幸せそうな顔になるのだから。きっと獄寺はリボーンのことが好きなのだろうと、そんな結論に至った。





獄寺が幸せなのならツナは身を引こうと思った。…というか、どう足掻いても今の獄寺を振り向かせる自信がなかった。


幼き頃より大変な目にあってた獄寺だから。その獄寺が幸せになってくれるのなら。ツナはむしろ応援しようとすらした。


…けれど。なんで当事者の一人であるリボーンがこんなにも素っ気無いのか。ああもう何故獄寺くんはオレよりもこんな奴を――…





「あのねリボーン。一応言っておくけど、獄寺くんはきっと本気でリボーンのことが…」


「んなわけねぇだろ」


「な…!?」


台詞の途中でまさかの否定。リボーンの表情は読めない。





「獄寺はオレの数多い愛人の中の一人だ。その程度の愛情しか与えてねぇ。そしてそれは獄寺も知ってるし、受け入れている」


「でも、たとえそうだとしても、獄寺くんは…!」


「話はそれだけか? …まったく、無駄な時間を過ごした。―――獄寺。入ってきていいぞ」


「…え?」





再度ツナの台詞を遮るリボーンに不満を覚える間もなく。気不味そうな獄寺がおずおずと入ってきた。


「獄寺くん…? なんで……ここに?」


「今日は獄寺と飯喰う約束があってな。悪い獄寺。時間を過ぎたな」


「いえ、それは構わないのですけど…」


「ご、獄寺くん…話聞いてた?」


ツナの問いに獄寺はすいませんと答えた。ばっちり聞かれていたようだ。





「その…ど、どこから?」


「リボーンさんがそれがなんだって言った辺りからです…」


ぐぁ…っとツナは思わず頭を抱えた。芽生えてもう10年にもなる想いがこんな形で伝わるなんて。





「ツナの百面相なんて珍しいな。ここ数年見せなかったのに」


それほどのことなんだよ、とツナは内心毒付いた。いや、獄寺くんの気配に気付かなかったオレにも責任は…ごにょごにょ。





「さて。そろそろ行くか。獄寺」


「あ、はい」


二人揃って部屋を出て行こうとして。けれど獄寺は不意に足を止める。


…その手を、ツナに掴まれたから。





「10代目?」


きょとん顔で見上げてくる獄寺に、ツナは申し訳無さそうに。


「ごめんリボーン。少しの間だけ獄寺くん貸して。いや、デートを邪魔するつもりはないんだけどさ…とにかくお願い。お詫びはするから」





「10代目。頭下げすぎです」


「別に構わん。じゃあ獄寺。オレは先に行ってるから」


「あ、はい」


思ったよりもあっさりと身を引いたリボーンにツナは毒気を抜かれてしまう。扉が閉じられて部屋の中にはツナと獄寺二人きり。





「それで、なんでしょう10代目」


「えっと…」


無垢な瞳で問いられてツナは困った。ていうかリボーン、オレ獄寺くんのことがまだ好きなんだけど。オレが取らないとも限らないんだけど。


てか前リボーンが言ってたように略奪しちゃうよ!? いいのそれでも!? ああもう自分が自分で何考えてんのか分からなくなってきた!





「えと、リボーンさんのことですか…?」


色々考えてるツナに獄寺が言ってくる。ええそうです。あの鬼畜家庭教師のことです。





「…うん。―――獄寺くん。あんな奴のどこがいいの?」


「また、直球で凄いこと聞いてきますね10代目」


「確かにリボーンは強いし頼りになるしありえないほど格好良いけどさ! なんだかんだでみんなのこと考えて行動出来る凄い奴だけどさ!!」


って、何言ってるんだオレは、とツナは内心突っ込む。好敵手のいいところ言ってどうするオレ、と。





「―――じゃなくて。リボーンはああ見えて…というか見たまんま鬼畜だよ!? 暴力とかすぐ振るうよ!?」


「なに言ってるんですか。リボーンさんがそんなことするのは10代目だけです」


「…ごめん獄寺くん。ちょっと今からリボーン締めてきていい?」


「駄目です」


ツナの冗談…半分本気半分の言葉にも獄寺は真面目に返答する。…出会ってからもう10年になるけど、獄寺は変らない。





獄寺の言動に合わせて銀の髪が揺れる。少し近付いて香るのは火薬と、硝煙と。そして昔から使っている大人びた香水の匂いで…


「―――――…ね。獄寺くん」


「はい?」





「―――好きです」





ツナのその言葉に、獄寺の頬が赤く染まる。ドアの向こうでその想いを聞いたばかりだというのに。やはり直に言われるのとはまた違うのか。


「…その、10代目…一応オレには愛人とはいえリボーンさんが…」


「分かってる。オレが勝手に言っただけだから」



でもさ、とツナは続ける。



「でも…もしオレが、リボーンからオレに乗り換えない? って聞いてきたら。どうする?」


「それは10代目の命令ですか? と聞きます」


「キミの知ってるオレだとなんて答えるのさって言うかな」


「…そうですね…10代目は、"10代目の命令"を使うのを最も嫌っているお方ですから、そんなことはしないかと。…と返します」


分かっていながらなんで聞くんだと、ツナは少し睨んだ。対照的に獄寺は笑いながら。





「―――オレ、"10代目の命令"でしたら受け入れますよ?」


貴方はオレの特別な人ですから、と獄寺は微笑む。それは魅力的な提案で。でもそれでは…





「…ありがと。でもね」


ツナは獄寺の髪をさらりと撫でて。


「オレ、その手段以外でキミを傍に置きたいから」


「はい。…貴方は、そういうお方です」





「…獄寺くん」


きゅっと、ツナは獄寺を抱きしめる。獄寺は抵抗しない。


「好きで、ごめん」


告白と謝罪。獄寺はツナの額の少し上に小さなキスをして。





「こちらこそ…貴方の想いに応えられなくて。すいません」


獄寺はツナの束縛から抜け出して。部屋を出て行こうとする。





―――その背に向かってツナが声を掛ける。





「ねえ獄寺くん」


「なんでしょう」


「もしもさ、獄寺くんがまだリボーンと付き合う前にオレが獄寺くんに告白したら……獄寺くんはオレを受け入れた?」


獄寺は暫し思案したあと答えた。どうでしょう。あやふやな答えだ。





「そう…――あと一つ。オレがキミの特別な人なら、リボーンはキミのどんな人?」


ああ、それは簡単ですよと、獄寺は笑いながら答えた。


「10代目はオレの特別な人で…―――リボーンさんはオレの…大切な人です」


パタン。扉が閉められて部屋にはツナ一人。


先程獄寺の唇が触れた額はそこだけ、熱を帯びているかのように熱かった。










「お待たせしました」


約束の店には既にリボーンがいて、獄寺を待っていた。





「思ったより時間が掛かったな。ツナに喰われていたのか?」


「あはは。食べられてたらまだここには来られませんよ」


「逃げてきたのかもしれねぇじゃねぇか」


ぴっとリボーンは獄寺の服を指差す。少し皺になっていた。





「あ、これですか? 実は10代目に抱きしめられてしまいまして」


「そしてオレからツナに乗り換えたのか。まぁ利口だな」


どこまで本気なのか。それとも全部冗談なのか。リボーンの表情は読めない。


「何言ってますか。乗り換えてなんていません。ちゃんとお断りしてきました」


「ほう。なんて言ったんだ? あのツナに」





リボーンは知ってる。あのツナが幼き頃からどれほど獄寺の事を好いているかということを。


故に獄寺がどんな言葉で振ったのかが少し気になった。





「えっと…言ったといいますか、キスしました」


「手の甲にか?」


手の甲のキスは尊敬もしくは忠誠のキス。最もそれであのツナが引き下がるとはリボーンは思わなかったが。





「いえ。おでこです」


「………どっちだ?」


額のキスは友情もしくは慈愛のキス。友情ならともかくしかし獄寺の性格を考えると…





「もちろん慈愛の方です」


やはりか。しかし困ったことにそれには一つ問題がある。





「獄寺。それ、ツナがキスの意味を知っていないとまったく通じねぇぞ」


「あれ? 10代目知りません?」


「少なくともオレは教えてねぇ」





………。暫しの沈黙。





「まぁ、そんなどこか抜けたところもお前らしい、と」


まとめに出たリボーンだった。





「―――でもな。獄寺」


「はい」


「オレは別に、お前がツナに移ろうとも構わねぇぞ?」


「知ってますよ?」


売り言葉に買い言葉のノリで獄寺は対応する。あのリボーンに恐れを知らないのか。





「というか、オレとお前の関係は愛人だ。他に本命がいても何の問題もねぇだろ」


「その通りですね」


でもですね、と獄寺は続ける。






「オレは、リボーンさんが好きなんです。だからリボーンさんの愛人をしてるんです」



そうか、とリボーンは答えた。いつも通りに素っ気無く。


「でもな獄寺。オレはお前を多くの愛人の一人程度にしか思っていない。いつ切り捨てられるかもわかんねぇぞ」


「分かってますよ? それぐらい」


獄寺は笑って。



「オレはぜーんぶ分かってるんです。その上で言ってるんです。ですから貴方は、何も思い悩まないで下さいね」


そう言う獄寺の顔はとても幸せそうだったが、少しだけ影が入っていた。


リボーンは当然そのことに気付いていたのだが、その上で無視していた。










――平和な日々が続いているかのように思えた。





リボーンは変らず獄寺に愛人として接している。それがツナにはもどかしくてたまらないようだったが。


獄寺が本当にリボーンのことが好きなのなら愛人などに満足せずにさっさと本妻にでもなれと言うのだ。いや、ツナ本人の願いとしてはそれは願い下げなのだが。





というか、リボーンの獄寺に対する接し方は他の愛人と比べてどこか素っ気無いような気がする。


…昔からそうだ。リボーンはいつだって獄寺に対しのみ、どこか冷たかった。





はぁ、とツナは嘆息する。あれで獄寺は幸せなのだろうか。満足しているのだろうか。


自分なら。とツナは思う。自分なら獄寺をあんなに素っ気無い対応はしない。それはもう愛して愛して。愛するだろう。





けれど獄寺は自分ではなくリボーンを選んだのだ。無理強いは出来ない。またも嘆息。


ツナはそのことでずっと悩んでいた。いつしか心の余裕がなくなるほど。


ツナは忘れていた。一番初めに教えられたことだというのに忘れていた。





マフィアのボスたるもの、何時如何なるどんな時だって。気を抜いてはならぬということを。





―――忘れていた。










「10代目。最近気を抜きすぎではありませんか?」


「ん…そうかな」


ある日。ツナが獄寺とリボーンとで移動していた時。獄寺が不意に口を開いた。





「まあオレの両隣には心強いコンビがいるからね。いや、コンビというよりもカップル?」


「お前まだオレが獄寺取ったこと根に持ってるのか?」


呆れたようなリボーン。しかし食べ物と恋の恨みは怖いものなのだ。きっと。





「いえいえ。思う存分いちゃつき下さい。もうオレのことなんて忘れてー…ごめんやっぱりやめて」


どうやら想像して泣きたくなったらしいツナ。しかし今はオフィス内ではなく外で。やはり獄寺が言ったように気が抜けてるような気もする。





「もう、そんなのでは駄目ですよ10代目。もっとしゃんとして下さい」


いつもと少し違う、少し強い口調の獄寺。横でリボーンが笑ってる。獄寺も言うこと言うようになったなと。





「この面子で襲い掛かろうなんて思う奴、いないよ」


「そうかも知れません。けれど、そう思うことに付け込まれるんです」


「まぁな。けど、ツナには理解出来ねぇだろ。あまり無理言うな獄寺」


リボーンのツナにとっては思わぬ助け船で獄寺も引き下がる。まぁそうかもですけど。





しかしツナとしてはそれは面白くない。何故に愛しい人に怒られて恋敵に助けられなければならないのか。


「何だよそれ。どういうことさ」


簡単なことです。と獄寺が答える。続いてリボーンも。





「貴方はオレたちの、マフィアのボスで」


「そして元一般人だ。オレたちの考えなんてお前には理解出来ねぇよ」





それがまるで申し合わせたかのようにぴったりだったから。ツナは少し怯んでしまう。





「な…なんだよそれ!」


「でもそれでもいいとオレは思います。…今回みたいに気を抜かなければ」


「え―――獄寺く」





と、そこで三者は三様にその場から飛び退いた。一瞬遅れて銃弾が飛んでくる。


な―――んだよこれ、とツナは毒付く。敵の接近にまったく気付かなかった。


ああ、とツナは理解した。最近気を抜きすぎだとついさっき獄寺に窘められたばかりだ。ああもうまったくその通りだ。





リボーンと獄寺は慣れた手付きで敵を屠っていく。突然のことなのに、まるで予め決めていたかのように背中合わせで倒していく。


ツナもツナで銃を構える。長年に渡って教え込まれたマフィアとしての行動は身体が既に覚えて勝手に行動してくれた。





しかし―――敵の数が多い。





そりゃあ相手はボンゴレ10代目と、最強のヒットマンリボーンと。そして10代目の右腕でありリボーンの愛人である獄寺なのだから半端な実力者では到底歯が立たないだろうけど。


相手をいなし切れない。敵を撃ちながらも後手に回ってしまう。…焦りが生じる。





と、ツナがらしくもなくミスをしてしまう。そしてそのミスは戦場では命取りとなる。


10代目の命を狙いに敵が一人やって来た。一撃は喰らってしまう。しかしその時ツナは獄寺を見ていた。彼は二人同時に相手にしていて。…いけない、背ががら空きだ。


リボーン、とツナはアイコンタクトを送る。彼を、獄寺くんを助けろ。敵を撃て。





自分も目の前の奴の攻撃を喰らってしまうだろうけど。でも死ぬほどではない。腕の一本ぐらいは覚悟しないといけないだろうだが。


けれどこれは自業自得だ。気を抜いてしまった駄賃として潔く受け入れよう。でも獄寺は今助けないと駄目だ。致命傷になってしまう。


だからツナはリボーンを見た。彼を助けろと。自らも獄寺の支援をしながら。


―――そしてリボーンは、





タァァアアアンッ





一瞬の刹那のあと、その銃口を敵に向けて…撃ち抜いた。





どさっと、ツナの目前まで来ていた奴が崩れ落ちる。リボーンが撃ったのは獄寺を狙っていた奴ではなく。ツナを今まさに攻撃しようとしていた奴だった。


「な――――」


そして、その隙を奴らが逃すはずもなく。


獄寺は敵の攻撃を喰らい、その身体から血の雨を降らせた。





何故、どうして。ツナの体温が下がる。寒くて、凍えそうになる。


けれどツナの身体は止まらない。血の臭いに敏感になってしまったのか、ますます感覚が研ぎ澄まされる。次々と敵を討つ。


リボーンは血を流す獄寺をまったく気にした様子もなく敵を撃ち殺している。表情は読めない。


獄寺は止まる気配のない血を噴き出しながら、それでも無様に倒れることもなく攻撃を続けていた。まるでその流れている血が嘘みたいに。





駄目だ、とツナは叫びたかった。そんなに激しく動いてはいけない。死に急いではいけない。早く止血を、そうしたらまだ助かるかも―――


でもそんなツナの切ない願いなんて届かななかった。獄寺は血を流しながら敵を屠る。まるで痛みを感じていないかのように振舞う獄寺に敵も怯む。


けれどそんなはずはない。痛みを感じていないはずがない。あんなに深い傷を負っているのにどうしてあんなにも素早く動けるのか――










…やがて敵は全て倒れて。その場に沈黙が流れる。動くものがいなくなる。





「な…んで、どうして…!」


数多い屍の上で、ツナは嘆いていた。ああどうして。そう、どうしてだ。


「どうして獄寺くんを見殺しにした! リボーン!!」





嘆いて、叫ぶツナ。しかしリボーンはいつも通りだ。愛人を失ったというのに、いつも通りだった。


「どうしてって言われてもな」


やれやれ、とリボーンは嘆息する。そんなことも分からないか。ダメツナ。





「獄寺とお前。助けるならそらボンゴレ10代目だろう」


まるで簡単な問題をどうしてこうも分かりやすく説明せねばならないのか。そんな口調にツナは更に激怒する。


「はぁ…!? オレはあのままでも腕一本、いや、もしかしたら指数本で済んだかも知れないのに! オレのそんなものよりも獄寺くんの命は劣ってるというの!?」


「当然だろ」


今度こそツナは言葉を失う。なんだって? 今こいつは何て言いやがった?





「ボンゴレは完璧じゃないといけねぇんだよ。部下一人のためだけに腕を失う? そんなことあっちゃならねぇ」


そんなこと? どんなことだ。腕一本と部下の命を天秤に掛けて腕が勝つ? そっちの方こそあってはならないだろうに。ツナには理解出来ない。





「…だから。お前には分かんねぇだろうなって言ったんだ」


確認するのも億劫かのようなリボーン。冷たい目がツナを刺す。


「お前はボンゴレ10代目で、元一般人だからな」


それはついさっき。そう、ほんの少し前。…まだ、獄寺が生きていたときに言われた言葉。





「オレと獄寺はボスになるために生まれたわけじゃねぇ。そして生まれたときからマフィアだ」


この世に生を受けた瞬間から、一般人であるツナとは価値感からしてまず違う。





「オレたち部下はボスの助けになるだけの存在なんだよ。そこに私情はいらねぇし、あってはならねぇ」


例え目の前で愛人が犯されていようと、残虐されていようと、助けを求められていようと。ボスの為なら切り捨てなくてはならない。それがこの世界の常識。





「だか…らって…!」


どれほど言われようともツナは納得出来ない。これでいいのか。これで本当にいいのだろうか。





「―――リボーンは」


「あ?」


「リボーンの気持ちはどうだったんだよ…!」





確かに、マフィアとしての行動として。それは正しいことだったのかも知れない。


それを理解した上でリボーンは獄寺を見捨てて。そして獄寺もまたそれを受け入れていたのかも知れない。





―――けれど。





リボーンの気持ちはどうだったのだろうか。


マフィアじゃない。殺し屋でもない。ただ一人の、獄寺隼人の愛人のリボーンとしてのその気持ちはどうだったのだろうか。





「くだらねぇな。んなものねぇよ」


「嘘だ!!!」


絶叫。木霊が響く。





ツナはそれを認めない。認めるわけにはいかない。


そんなものがないというのなら、どうして彼は、リボーンはオレの前の敵を撃つ時。





一瞬だけ…そう、一時の刹那という短い間だけでも、迷ったというのだろうか。


ツナはリボーンにアイコンタクトを送ったから。ずっとリボーンを見ていたから分かる。


リボーンはその一瞬の刹那の間のとき。獄寺を見ていた。





助けようと思えば助けられたのだ。





なのに助けなかった。マフィアとしての習性が災いして。


けれどそれすらもリボーンは切り捨てる。くだらないと言って。





「―――くだらねぇ。それに、オレの気持ちだどうだろうともう何の関係もねぇだろ」


獄寺は死んだのだから。


「………っ」


あっさりとそう言い放つリボーンにツナは再度言葉を失う。もう何も言えない。





沈黙が流れて。リボーンは疲れたようにため息を吐いた。


「そんなに殺したくなかったのなら。オレから獄寺を奪えばよかったのにな」


それはあのときの会話だろうか。ツナはぼんやりと思い出す。





リボーンは言った。欲しいものは奪えと。その時ツナは半分冗談で…そして半分本気で。本当に獄寺を奪おうかとも考えた。


それにリボーンが言った台詞が、その方がいいかもしれない、ということ。





それは…つまり。


リボーンは結局の所、どれほど大事にしようとしても最後はツナを取らなければいけないから。どうしても相手を幸せに出来ないから。


だから、身を引こうと。そう考えての言葉だったのだろうか。





「獄寺はただでさえ"10代目の右腕"なのに。そこに"最強の殺し屋の愛人"だなんてスポット。そりゃあ狙われるよな」


だから今まであまり相手にしなかったのに。とリボーンは独り言のように呟いた。





それは…それは。


たとえば、今まで素っ気無い対応をしていたのはリボーンの愛人としての地位を最小限に抑えて。逆恨みなどで狙われるのを出来る限り避けるため、だったとか。


たとえば、ツナに乗り換えるのを度々進めていたのは自分では決して幸せにしてやれないから。蝶よ花よと愛してやれないから、だったとか。





全ては彼を、獄寺を想った故の行動だったとしたら。





―――ああ、もう。完敗だ。もう涙を堪えることも出来やしない。


「これほどまでに冷たく当たったのに。どうして獄寺はオレから離れなかったんだろうな」


問い掛けているようで、それはきっと独り言。何故ならリボーンは誰にも答えを求めていないから。


でもツナはそれに答える。ツナはそれの答えを知っていたから。むしろ、どうしてリボーンが知らないのかが不思議なくらいだ。





「…何言ってるのさリボーン。どうしてって、決まっているじゃない」


ツナは目を閉じる。目蓋の裏に映し出されるのはいつもの彼。…リボーンの話題が上がった時の、彼。


リボーンの話題が上がる度。リボーンの事を思い出す度。決まって彼は、獄寺は同じ顔をしていた。





―――幸せで幸せで、たまらないっていう顔を。





「それほどまでにリボーンのことが好きだったって。それだけじゃない」


獄寺くんと付き合っていたこと、後悔したらゆるさないから。





精々これからも自慢してやがれ。このお互いをこれ以上ないほど理解し合って。想い合って。そして愛し合った恋人たち。


たとえそれが普通の、一般人の恋人と違った関係だったとしても。充分に愛せなかったとしても。…見殺しにしてしまったとしても。


けれども二人はお似合いのカップルだ馬鹿野郎。ああもう認めるよ。オレの浅い考えなんて何の意味ももたらさなかったよ。ツナは嘆いた。


ツナが失恋に涙を流している間もリボーンは表情を一切変えずに。けれど獄寺の顔をじっと見ていた。










それは、別に珍しい話ではなかった。



つまりマフィアのボスの命が狙われて、けれどそれは失敗に終わったと。それだけの話だった。



奪えたのはボスの右腕であり、そしてヒットマンの愛人でもある一人だけだった。実力的には三人の中で最も劣っていたのだからそれは当然とも言えた。



そして数日後にはその攻撃をしてきたファミリーは壊滅していた。結局はボンゴレの恐ろしさを世にせしめただけで終わってしまった。





右腕の死はファミリー内を轟かせた。誰もが嘆き、悲しんだ。



彼の墓には連日のように誰かが訪ねて来た。それほど彼は愛されていた。



けれど激しい抗争が始まるというのならみな時間も取れない。数日間墓には誰も来ないときがあった。



そんな時だった。





―――リボーンが、獄寺の所へと訪れたのは。





リボーンは獄寺の墓に花を一輪だけ置いて、少しだけ過去を振り返った。



それはある日の夜のこと。いつも通り、話をするだけの夜。



それでも獄寺は楽しそうだった。けれど少しだけ影が入っていた。







「オレは…欠陥品、なんですよ?」







恐る恐るそう言う獄寺は見捨てられることを覚悟していた。



けれどそれでも構わないと。獄寺はそう思っていた。欠陥品を愛人に持ってることでリボーンの名に傷が付くぐらいならと。



しかしそれこそ、リボーンにとっては本当に何の問題もなかった。あるはずがなかった。何故なら―――




(―――やはり、何の感情も見受けられねぇか)




獄寺が後天的な欠陥品というのなら。リボーンは先天的な欠陥品だった。



生まれつき、浮き上がる感情が薄い。…特に失うものに対する感情に至ってはゼロといってもよかった。



だから愛人を何人作っても何の問題もなかった。死んでも何も思わないのだから、仕事にミスはない。



―――けれど、獄寺は。獄寺だけは……



リボーンがほんの少しだけ。失いたくないと思えた人物だった。



けれど自分が近付くと弱い彼はたちまち逆恨みの対象となってしまって、殺されてしまうだろうから。



だからリボーンはずっと素っ気無い対応を取ってきた。リボーンにとって獄寺隼人という人物は重要視されてないというように。



だから、ある日リボーンが獄寺を愛人に誘ったのは本当に気紛れだった。



断ると思った。いつだって冷たい対応をしていたのだから、応じるはずがないと。



でも、話を聞いた獄寺は―――驚いて…そして微笑んで、言ったのだ。







「オレなんかでよろしければ―――喜んで」







―――本当は。リボーンは獄寺を愛したかった。



これでもかというほど愛で包んで。甘やかして。自分以外を考えられなくさせてしまいたかった。



けれどそれは出来なかった。そうしたとしたらあっという間に獄寺は殺されてしまう。




―――どちらにしろ、殺されてしまったのだが。




リボーンは帽子を深く被った。そして思い出の時を少し流す。





それはある日の食事会。いつものように素っ気無い態度を取っていた。



けれど獄寺は笑っていた。いつだってその微笑を絶えなかった。







「オレはぜーんぶ分かってるんです。その上で言ってるんです。ですから貴方は、何も思い悩まないで下さいね」







全部。それは本当に全部だった。



リボーンは結局最後はツナを取らねばならないということ。好きなように愛せないということ。



あまりにも構うと要らぬ逆恨みの対象とされかねないから、だからわざと素っ気無い対応をしているということ。



獄寺は全てを悟っていた。分かっていた。リボーンは読心術でそのことが分かった。



…けれど。獄寺はそれに少しだけの不安を持っていた。



分かっているといつも言っていたが―――…そして実際に分かっていたのだが。それには何の確証もなかった。



もしかしたらそれは自分の勝手な思い込みなのかもしれないという暗い考えがいつだって獄寺の頭から離れることはなかった。



思う。もしも一度だけでも、あの頭をくしゃっと撫でながらそうだなと肯定出来たなら。あるいは幸せに出来なくてすまないと謝罪出来たなら。



とにかく一度だけでも、その意図を汲み取ってそれは合っていると言えたなら。今と少しだけでも違った、…救いのある結末になったのだろうか。



―――でもそれはもう考えても仕方のないことだ。死者の事など考えても意味はない。



リボーンは暫しの黙祷をして、そうして墓に眠る獄寺に何の一言も掛ける事無くその場を後にして。



そうして二度と、獄寺の元へと訪れることはなかった。





リボーンは誰にもこのときの話をしていない。だから誰もこの事実を知るはずもなく。



故に、リボーンが獄寺に黙祷をしたときの彼の心情を――



…一人の獄寺の愛人として思った、人間らしい心情を理解し、そして知る者は誰一人としているはずもなかった。





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そうして彼は彼の日常へ。