「―――それで? オレはリボーンってんだが、お前の名は?」


「………獄寺です」


獄寺と名乗った青年はぼんやりとした頭でリボーンと名乗った少年に答えた。


ぼんやりとしているのは理由がある。一つは寝起きであるということ。


そしてもう一つは、身体の中に血が足りてないということ。


獄寺の身体のあちこちには傷があり、今は応急処置を施されている状態だった。


今どういう状況なのか。


それは、数時間前に遡る。





時刻は夜。温度差の激しいこの地域では昼の暑さが嘘のように夜は冷える。


そんな中で、彼は昼間出歩くような薄着で眠っていた。


…いや、正確には眠っているのではなく、気を失っていた。


その身体から、血を流して。


彼と対面するは少年。少年は周りの異質な空気にも臆さず立っている。


異質な空気。


時刻は夜。場所は街を出て暫く歩いた所。辺りは血の海。その中心は地に伏す銀髪の青年。周りは獣の死体。


血で湿気った、重い空気。重い臭い。


少年は青年に近付く。一歩進む度血の染みた地面に足が泥濘んだ。


青年に手を当てる。ぬくもりは完全に消えてはいない。呼吸も微かにしている。心臓も………動いている。


生きている。


ならば、少年の取る行動はひとつだった。


手持ちの道具で応急処置をし、街まで戻り宿を取り青年を寝かせる。


それから数時間、少年は青年が目を覚ますまでずっと看病していた。





「………―――っ」


「起きたか?」


「………?」


声を掛けられた青年はゆっくりと顔を動かし少年を見る。


それから青年が落ち着き喋れるようになるまで更に数十分。そして冒頭の会話である。


「そうか。獄寺、具合はどうだ?」


「………」


問われても獄寺は何も言わない。まだこの状況に頭がついていけてないのかもしれない。リボーンは説明する。


「…お前は街の外れに血塗れで倒れていたんだ。獣の死体に囲まれてな」


「………」


「あの獣はこの辺に生息しない種類のものだったはずだが…何か心当たりはあるか?」


リボーンの言葉を聞き、微かに獄寺が反応した。


「…まあ、いい。熱も出てないみたいだし、今のところは寝ておけ」


「………」


そう言われた獄寺は、しかし目を瞑らずリボーンを見上げていたが…リボーンに手で目を隠され思わず目を閉じた。





それから、暫く獄寺はリボーンに看病されることになった。


本来ならば、朝になってから医者に診せてそれで終わりのはずだ。


そもそも、あのとき相対した人間によっては身包みを剥がされて終わりだった。むしろそうなるのが普通だ。


だというのに、リボーンは獄寺の「医者は困る」の一言で獄寺を暫く宿に置くことを決め看病している。


獄寺は恐縮して断ったが、リボーンにあっさりと拒否された。


ろくに動けず、怪我も治ってない身体で放ってはおけないと。見殺しにするために助けたんじゃないと言われて。


しかしそうは言われても申し訳ない。


何しろ現在、宿代どころか治療具、食料、その他雑費までリボーンに出してもらっている状態だ。


気不味いどころの話ではない。しかも返せる宛がないと言っても別にいい。気にするな。と来たものだ。


何か裏があるのかと疑いもした。騙されているのではないかと。


しかしそんなわけがない。獄寺一人騙したところで何のメリットもない。今までの出費を超えるほどの何かを獄寺は持ってないのだ。


だとするならば…


つまりは……





それから更に数日。獄寺は歩いて回れるようになるまで回復した。


「よかったな」


「はい。…何から何までお世話になりまして……」


「なに、助かると思ったから助けたんだ。手遅れだと思ったら見捨ててたさ」


「いえ、それでも……」


「もう大丈夫か?」


「ええ。リボーンさんのおかげで」


「そりゃよかった。そういやお前、金はあるか? なければ少しやろうか?」


「いえ………」


ああ―――やっぱり。


獄寺は改めて思う。


この人は…良い人だ。


お人好しだ。


お節介とも言う。


若いし、まだこの世界の常識というものを知らないのだろうか。


もっとも、そのおかげで獄寺は助かったわけだが。


「―――リボーンさん」


「ん? どうした? まだ具合悪いか?」


「いえ…そうではなく……あの、リボーンさんの旅に、オレも着いて行っては…駄目ですか?」


「オレの旅? お前が?」


「ええ」


リボーンがとある目的のため旅をしていることを、獄寺は会話の中で聞いていた。


その旅の時間を割いてまで、こんな自分に尽くしてくれたリボーンに何かを返したかった。


「………いけませんか?」


「んなことないが…お前はどこかに行くところじゃなかったのか?」


「いえ…お恥ずかしながら、オレはこの街から逃げるところだったんですよ」


「逃げる?」


「はい。…この街のゴロツキから喧嘩買っちまって…そいつは倒したんですけど、そいつのバックから獣差し向けられて」


人間ならともかく、獣はターゲット以外の人間も攻撃してくる。


獄寺はそれをよしとせず、街から離れて迎撃ったのだが…結果は相打ちとなった。


そこに通り掛かったのがリボーンだったのだ。


それを聞いたリボーンは、どこか納得した顔を見せた。


「…なるほど」


「? なるほど、とは?」


「いや、街で―――…」


言い掛けて、言葉を途切れさせるリボーン。


「………」


「…? リボーンさん、どうなされました?」


「獄寺。宿を出るぞ」


「え?」


言いながら、リボーンはさっさと荷物を纏めて窓を開ける。


「え? え?」


「獄寺。少し高いが、屋根伝いから行けば多分大丈夫だ」


「―――………!」


なおも事態についていけない獄寺だったが、遠くから聞こえてくる荒々しい足音を聞いて事情を察する。


「行けるか?」


「…はい」


激しい動きはまだ身体が痛むがそんなことを言ってる場合ではない。


獄寺は窓から飛び降り、リボーンも続いた。


地面に降り立ち、急いで小道に逃げ込む。


宿の中…先程まで二人がいた部屋の辺りから怒号が聞こえてきた。





「…なるほど。あいつら、まだオレのこと探してたんですね」


「ああ。この街のお偉いさんのガキを殴った銀髪の男の死体が見つからないと噂になってる。お前の事だったんだな」


「ええ…まあ……」


銀髪は珍しい。ターバンを巻くなどして早めに対策を打たねばなるまい。


…もっとも、そんな時間はなかったが。


「見つけたぞ!!」


どこかに見張りでも配置されていたのか、そんな声が響き走ってくる音が聞こえてくる。


「…リボーンさん、あいつらの狙いはオレです。あなたはこの場から離れてください」


「お前は?」


「あいつらを引きつけますよ」


「お前は病み上がりだ。立ち向かうのも逃げるのもきついだろ」


「大丈夫ですよ」


「無理だな」


一刀両断された。


確かに、万全の状態ならばともかく今の身体で複数の戦闘はきつい。それは獄寺自身も自覚している。


「…ですが、あなたを巻き込むわけにはいきません」


「なんで助けた命を見殺しにしなきゃいけないんだ?」


「そう言って頂けるのはありがたいですが……」


「それに、オレの旅に着いてくるんだろ? お前が死んだらオレはどうすればいいんだ? お前の骨でも持っていけばいいのか?」


「………そうでしたね」


言い合う内に足音がどんどんと近付いてくる。逃げ場が埋まっていく。


やがて集まってくるゴロツキの面々。…人数が多い。リボーンだけでも守るか逃がすか出来ればいいのだが。


荒々しい雰囲気を纏い、手には獲物。数多くの視線に晒され、まるで善人が具現化したかのような存在のリボーンが怯まないか心配する獄寺だったが…それは杞憂だった。


「お前らで全員か?」


リボーンは獄寺を押し退け前に出て、臆することなくそう言ってみせた。


「あぁ!? なんだてめえ!!」


まったく話を聞かないゴロツキにも眉一つ動かさず、リボーンは辺りを見渡す。


「…気配もこの辺に纏まってるし、まあ、全員いるだろ」


そんな呟きを漏らし、リボーンは人差し指を立ててみせる。


…その人差し指に、光が募っていく。


「…? リボーンさん?」


獄寺の声には答えず、リボーンは人差し指をぐるりと…ゴロツキたちをなぞってみせた。


指先の光が無数の鳥の形になり、なぞった線を高速で飛んでいく。


なぞった線。すなわちゴロツキの方へ。


光の鳥はゴロツキに次々とぶつかり爆発する。


「な―――っ」


その光景を見て獄寺は言葉を失った。


光の鳥。この世界においてその存在は一つしか差さない。


ルフ。魂の還るところ。世界の血潮。世界の流れ。


無論、そうそう見れるものではない。魔道士や占い師などが生まれつきルフと語らうことが出来ると言われているが…獄寺も何度か見たことがあるが、それともどこか違う。


なんというか…彼らが操るルフよりも、ずっと―――純粋というか。


「獄寺? どうした?」


リボーンの声で獄寺ははっと正気に返った。


気付いたときには、周りに立っているものは獄寺とリボーンのみになっていた。


「リボーンさん……あなたは…一体…」


「オレか? オレはマギだ」


―――マギ。


王となる者を選び、導く役目を持つ魔法使い。


「では、あなたの旅の目的とは……」


「ああ、王を探している」


「………」


子供である外見から、世間知らずだと思っていたがとんでもない。


ゴロツキの悪意に、怯まないかと心配しておこがましいにも程がある。


この人は王を探すため、様々な場所に行き様々な人を見てきたのだろう。


獄寺が呆然としている傍ら、リボーンは倒れているゴロツキたちに近寄り漁っている。


「………リボーンさん、何を?」


「追い剥ぎ」


「………」


リボーンは、結構ちゃっかりしていた。


「宿に被害が出ただろうから、その費用に当ててもらう。こいつらのせいだしな」


「…なるほど」


と、獄寺の目の端に映る男が微かに動く。その獲物を握る手に力が篭る。


獄寺はすかさず動き、獲物を蹴飛ばし男の背を踏みつけた。


「ん?」


「リボーンさん、油断ですよ」


とは言っても、獄寺が何もしなかったとしてリボーンが易々と攻撃を喰らうとは思えないが。


「ああ、悪い。助かった」


「…いえ」


リボーンに礼を言われて獄寺は照れ何とも言えない気持ちになる。思わず踏み付けている足に力が籠った。ぐりぐり。


「結構こいつら頑丈なんだな。甘く見てた。さっさと立ち去るか」


「ええ…」


二人は路地裏に溶けるように消えていった。





勢い余って街から飛び出してしまった。


「あんなに走って大丈夫か?」


「大丈夫ですよ。…これからリボーンさんに着いていくんですから、これしきのことでへこたれません」


獄寺が肩で息をしたいのを堪えながらもそう言うと、リボーンは少し驚いた顔をした。


「本当に着いてくるつもりか?」


「ええ。…あれ。もしかしてあの時言ってくださった言葉は嘘だったんですか?」


「んなこたないが…危険だぞ?」


「分かってます。…元よりオレは、あなたが来てくださらなければ死んでた身です。リボーンさんさえよろしければ、オレに…リボーンさんのために、何かさせてください」


「……………」


リボーンは暫し獄寺を見ていたが……やがて笑って。


「ああ、分かった」


口調は仕方ないなという風に、けれど顔はどこか嬉しそうに―――獄寺の手を取った。


それはリボーンが獄寺を王として選ぶ、少し前の話。





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さあ、旅に出よう。


リクエスト「マギなリボーンさんとか?獄なんだろ?←w」
リクエスト、ありがとうございました。