夜。
獄寺は一人、佇んでいた。
時間は深夜。頭上には満月。そんな中、獄寺はただぼんやりとしている。
ある人を待っている。待ち合わせ。約束。
指定の時間20分前には既に着いた。そして今、指定の時間から20分過ぎようとしている。
獄寺はひたすら待つ。
こんな夜は、ふと思い出す。
まだあの人と会ったばかりの頃。
殺しのイロハを教えてもらった日の夜、それを実演させてもらった事。
ターゲットは日本に来ていた敵対ファミリーの構成員の一人。あの日は緊張した。上手く出来るかどうか。
それが顔に出ていたのだろう、あの人に笑われた。そんなんじゃ成功するもんも失敗するぞ、と。
けれどすぐにこのオレが指導してやったんだから大丈夫だ、とも言ってくれた。それで少し緊張が解けた。
結果としては、上手くいった。ちゃんと殺せた。きちんと息の根を止めれた。あの人によくやったと褒められた。
嬉しかった。
と、突風が身を裂いた。冷たい風が肌を貫く。思わず身体が震える。
寒い。今日は冷える。もう春なのに。もう少し厚着をしてくればよかった。
そういえば、と思い出す。前にもこんな寒い日はあった。
ある秋の日。あの人が家まで訪ねてきた日。
ふと部屋にあったピアノを見て、聞きたいから弾け。と一言。
分かりました、と答えて席に座った。妙に緊張したことを覚えてる。
高鳴る鼓動を何とか落ち着かせ、一曲弾いた。…実を言うと少し失敗してしまった。
けれどあの人は笑って、悪くなかったぞ、なんて。
嬉しかった。
と、頬に水滴。頭上を見上げればいつの間にか空は曇天。雨が降ってくる。
獄寺は顔をしかめる。傘など持ってない。
その間にも雨は降ってくる。ぽつぽつ。ぽつぽつ。ぽつぽつぽつ。
雨が獄寺の頬を、髪を、服を、肌を濡らす。あっという間にびしょ濡れになった。
傘をどこかから調達してこようか、とも思うが、その間にあの人が来たらと思うと動くに動けない。
動くのを諦め、雨風に身を晒す。
そういえば、雨といえば、こんなこともあった。
いつだったかの下校時間。今と同じように唐突に雨が降ってきた。当然傘など持っていない。
濡れながら帰っていると、あの人が現れた。ほれ、と傘を渡された。
驚いた。
まさかあの人が。自分に傘をなんて。
余程目をまん丸にさせていたのだろう。あの人は笑った。
いらないのか?
なんて言われて。思わずいります! なんて答えて。傘を受け取った。
何故か夢心地で帰った。だってあの人が。自分に傘なんて。
でも。
嬉しかった。
「なににやけてんだ?」
声を掛けられて、はっと正気に返る。慌てて正面を見返せば、待っていたあの人が黒い傘を差して立っていた。
「リボーンさん」
「待たせたな」
リボーンはなんの悪びれもなく言う。獄寺は笑っていいえと返した。
リボーンは獄寺に傘を差し出す。獄寺の頭上だけ雨が止む。獄寺が傘を受け取るとリボーンは獄寺の肩に乗った。
「濡れちゃいますよ」
「構わん」
リボーンがそう言い、獄寺はそうですかとまた笑った。
そうして獄寺は歩いていく。リボーンが来た今ここにいる理由はない。
二人は雨の中、夜の中。闇の中へと消えていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
では、行きましょう。
リクエスト「寒い日の夜の待ち合わせに遅刻」
リクエストありがとうございました。