最初に目が入ったのは、銀の髪。
次に目が吸い込まれたのは、白い肌。
そして、何より目が惹かれたのは、その翠の瞳。
それは鋭い目付きが印象的な、美しい少年だった。
男はハッと息を呑み、目を見開き、少年の後を着ける。
それが、すべての始まり。
獄寺隼人は視線を感じていた。
珍しいことではない。この髪、目。容姿だけで自分は嫌でも目立ってしまう。自分は地味に生きたいのに。
視線が着いてくる。
見られるだけなら別にいいが、着けられるのはあまりいい気がしない。
獄寺は適当な路地に入り、相手を誘き寄せることにした。
だが…
「…?」
誰も来なかった。
肩透かしを食らった獄寺は街中に戻って帰路に着いた。
視線はもう、感じなかった。
それから暫く、似たようなことが続いた。
街中で、通学路で、繁華街で。なにやらねっとりとした視線を感じるようになった。
といっても、学校内や店内などまでは着いてこなかったが。
獄寺は多少気になりながらも、まぁ害はないようだと判断し、放っておいた。
それから暫くして、今度は獄寺の携帯に非通知で電話が掛かってくるようになった。
一度出たが、無言電話だったので切った。それからも非通知電話は続いた。
イライラしていると、今度は見知らぬアドレスからメールが届いた。
好きだよ。
なんだ間違いメールか。そう思って無視した。
だが、メールはその後も続いた。
愛しているんだ。
ずっとキミと一緒にいたい。
勘違いしたままなのか。
獄寺はそう思って送信相手を間違えていると返信した。
だが、メールはそのあとも続いた。
キミは僕の太陽。いいや、月?
意味が分からない。
獄寺は無視した。
だが、メールはそのあとも続いた。
綺麗だ。キミの肌は美しい。
ボクの愛でキミを満たしたい。
キミの靴になりたい。
今すぐキミに会いたい。
キミを抱きしめたい。もう離したくない。
獄寺はここまで読んで、冷静にメールを拒否設定にした。
…忘れよう。もう二度とこんなメールは来ないだろう。
と、獄寺が速やかに記憶を削除していると…またメールが来た。見知らなぬアドレスだ。
獄寺は少し警戒しつつメールを開いた。
キミは僕の天使。
マイスイートハニー
獄寺は頭痛を覚えた。
どうしたものか。
よもや自分のメールアドレスがどこかに流出してしまったのだろうか。アドレス変えようか。
そう思い悩む間にも続々とメールは届く。
キミは今何をしているの?
キミと同じ景色を見たい。
ところでさっきキミの隣にいた学ランの子は誰? かわいいね。
………。
雲雀?
獄寺は記憶を振り返りながらとりあえずメール拒否設定をした。
しかし、数分後またメールが届く。やはり見知らぬアドレス。
今度デートに行こう。
海がいい。きっと綺麗だ。
迎えに行く。待ってて。
キミのシルバーアクセサリー、凄くいいね。似合ってるよ。
どこで買ったの? 僕も行きたい。
一緒に買い物に行こう。二人でお揃いのアクセサリーを買おう。
キミの髪、とても素敵だ。綺麗だよ。
染めてないよね? 天然だよね? 僕にはわかるよ。
触りたい。撫でたい。キミもそうされたいよね?
キミの目に吸い込まれそう。
綺麗。綺麗だ。抉り取ってしまいたい。
なんてね。冗談だよ。本気にした? でも本気さ。
つれないね。そんなキミも素敵だ。
僕に心を開いて。怖くないから。
ねえ、お返事してよ。獄寺隼人くん。
獄寺は携帯ショップに駆け込んだ。
携帯に登録しているアドレス以外届かないように設定してもらった。
気持ち悪いメールはこなくなった。
獄寺はやっと一息ついた。
―――背後から、視線を感じる。
「どうした獄寺。顔色が悪いが」
とある学校の帰り道。
不意に、リボーンがをそう口を開いた。
「え…」
獄寺はそれにどきりとしつつ、苦笑いを浮かべる。
「え? 獄寺くん、どうかしたの?」
様子のおかしい獄寺にツナも気付いた。心配そうに獄寺を見つめる。
「いや、あの……」
言うべきか。否か。獄寺は迷った。
視線は今でも続いている。というか、日が経つにつれなんだか強くなっている気がする。
一度、周りに人がいないのを確認して視線が感じる方向にダイナマイトを投げてみたこともある。
視線の距離が遠ざかっただけで終わった。振り返るとすぐ逃げる。しかしまたすぐ戻ってくる。その繰り返し。
あと、どこで漏れたのか、家にも無言電話がかかってくるようになった。もともと家に掛けてくるのは間違い電話や勧誘ばかりだったので電話線を抜いて放置した。
そんな日々が続き、確かに気が滅入っていたのかもしれない。
ともあれ、二人に心配を掛けるわけにはいかない。
「いえ…なんでもないんですよ。大丈夫です」
「そう…」
「………」
そういえば今日は珍しく視線を感じない。二人がいるからか? と、そう獄寺が思っていると―――
「獄寺」
リボーンがまた口を開いた。
「は、はい?」
リボーンが懐から紙を取り出し、獄寺に渡す。
「今からここに行って、そこにいる奴ら吹き飛ばしてこい」
「あ…はい」
「リボーン…なんでそんな危険な……」
「そいつらツナの命狙っててな。本当は放っておいて、完全武装させたそいつらとツナで戦わせるつもりだったんだが…」
「お前は鬼か!?」
「そ、そういうことでしたらお任せ下さい! そいつらの息の根止めてきます!!」
獄寺は意気揚々と走り出した。
リボーンは獄寺の姿が見えなくなるのを確認してからツナに切り出す。
「さて、行くぞツナ」
「え、ど、どこに」
「まずは…とりあえず獄寺の家に行くか。何か手掛かりがあるかもしれん」
「手掛かり? なんの話?」
「お前気付いてないのか?」
「はい?」
「獄寺の奴、ストーカーされてるぞ」
「は!?」
ツナは素っ頓狂な声を上げた。ストーカー。未知の世界だ。
「だ、誰に?」
「それを今から調べるんじゃねぇか」
リボーンはそう言い放ち、すたすたと歩いていく。ツナも続いた。
獄寺の家の鍵は、開いていた。
というか、鍵のところが壊されていた。
ドアを開ける。
靴が一足もなかった。靴箱も荒らされていた。
キッチンに行けば食器類が消えていた。冷蔵庫は開けられたままになっていた。
さらに寝室に行けば…ベッドのシーツから上が全部なくなっていた。ツナはそれらを見て引いていた。
「…なに、これ」
「ストーカーが部屋荒らしていったんだろ。あと、ついでに盗聴器も仕掛けていったと」
「盗聴……」
ツナは頭痛を覚えた。
そりゃあ、テレビとかでそういう人を見たことはある。
しかし、実際に行動に移す人がまさかいるとは……
リボーンはレオンをダウジングにし、盗聴器を見つけては次々と壊していく。
盗聴器を全て壊し、二人は家を出た。
「盗聴器壊せたのはよかったけど…手掛かりはなかったね……」
「そうだな…ん?」
リボーンが何かに気付き、郵便受けに近付く。ツナも続く。
「どうしたのさ、リボーン」
「開けろ」
質問に答えず、命令するリボーンに辟易としながらも郵便受けを開けるツナ。
どさどさどさと、何かがいっぱい降ってきた。それは手紙だったり、紙切れだったり。
ツナがいくつか拾い上げ、読む。
好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ
好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ
好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ
キミを愛しているキミを幸せに出来るのは僕しかいない
早くキミと一緒になりたい一緒に暮らしたい……
でもキミはとても照れ屋みたいだからもう少し時間を置こう
でも一緒に暮らす決心がついたらいつでも待ってる
ところであの少年は誰? キミに馴れ馴れしいね
キミは優しいから我慢しているんだろうけど、本当は迷惑しているんだろう?
心苦しいかもしれないけど、嫌なことは嫌とはっきり言ったほうがいい。それが相手のためでもある
キミは僕だけを見ていればいい。キミには僕しかいないのだから
今日もキミの夢を見る。愛しているよ、僕の可愛い隼人―――
ツナはここで限界だった。思わず持ってた手紙を落とす。
なんだこれ。なんだこれ。ツナの背筋が冷たくなる。
「獄寺は郵便物はあまり見ないって言ってたから、これには気付いてなかったみたいだな」
それはいいことだ。こんな手紙、見ない方がいいに決まってる。だって他人である自分ですらこんなに気持ち悪いんだから。
「…不味いな」
「え? どうしたの?」
「この脳内御花畑野郎の奴、今日獄寺と駆け落ちしようって手紙をよこしてる」
「迎えに来るって? でも獄寺くんいないからちょうどいいじゃん」
駆け落ち…ねえ。それで獄寺くんの食器やら靴やらを持っていったのかな…などとツナが考えていると、
「いや、ある場所で待ってるから、そこまで来てくれだと」
「ある場所…ねえ。………え? まさか…」
「オレが獄寺に行かせた場所に、かなり近い」
「それって…不味いんじゃ……」
無論、獄寺は強い。待ち合わせ場所に運悪く行ってしまいストーカーと鉢合わせしたところで返り討ちにしてしまうだろう。
だが…どうにも嫌な予感がした。このままでは大変なことが起きてしまうような…
リボーンも同じことを思ったのだろう、突然踵を返して歩き出した。
ツナも着いていった。
獄寺は暴れていた。
日頃のストレスからむしゃくしゃしていて、さらに相手は敬愛する10代目の命を狙う連中。
手加減する必要がまるでなかった。
ダイナマイトを投げ、殴り、蹴り、一人ずつ動けなくさせていく。
やがて全員をそうさせて、獄寺は煙草を吸いながら帰路に着こうとした。
だが…
帰りたくない。
帰ったらまたあの視線に付きまとわれるのだ。ねっとりとした、気持ち悪い視線に。
今は感じない。あの視線はない。奴はいないのだ。開放感が半端ない。
しかし、帰ったらまた…下手したら、帰る途中にでも……
獄寺はため息を吐いた。
こんなことならリボーンに相談しておけばよかったかもしれないとも思うが、やはりリボーンに迷惑は掛けられない。この程度、自分でなんとかしなければ。
けど、今だけは休みたかった。開放されたかった。
………眠い。
最近、あまり眠れてなかった。暴れて体力を使って、ストーカーに付け回されて知らぬうちに精神的にも参っていた。
…少しだけ、眠ろう。
獄寺は壁に背を預け、座り込み、目を瞑る。
眠気はすぐにやって来た。
………そして。
爆発音を聞きつけて、迷いながらも獄寺の元へと駆けつけた影一つ。
あの日。獄寺に目を奪われたひとりの男。
最初はあとを着けるだけだった。どうしようという気はまるでなかった。
けれどそれだけでは我慢出来なくなってしまった。エスカレートする行動。
家まで、学校まで着けて回り、名前を入手。体育の時間、教室に忍び込み携帯から番号とアドレスを入手。
携帯で獄寺と繋がれた気がして、とても嬉しかった。
けれど返信は思うようなことがこなくて、とても悲しかった。
でも暫くはそれで、満足していた。
脳内で獄寺と話し、やがてそれが現実のように思えてきた。メールや電話に出ないのは照れ屋なのだという設定にした。
頭の中の獄寺はいつも笑っていて、自分の望むがままの言葉と態度を返してくれた。
現実の獄寺は自分を見ない。優しい言葉も掛けてくれない。
男は獄寺のことをもっと知ろうと獄寺の知人を着けたりゴミ袋を調べたりした。獄寺の写真も撮った。獄寺宛の郵便物もチェックした。代わりに自分からの手紙やメモを残した。
自分と頭の中の獄寺は既に相思相愛で。将来を誓い合う仲になっていた。
だんだん何故自分たちが同じ家で暮らしていないのか疑問を湧くようになった。
どうして獄寺の隣にいるのが自分でないのか本当に分からなくなった。
だから、迎えに行こうと思った。
迎えに行った。
鍵が掛かっていたので、壊して中に入った。
獄寺はいなかった。
男は獄寺の家に興奮し、思わず辺りにあるものを手当り次第に手に取った。
獄寺の物。獄寺の欠片。それが手に入り、男はますます興奮した。
獄寺の私物を入手し、男は獄寺がここでどんな暮らしをしているのか気になった。男は獄寺の部屋に盗聴器を仕掛けた。
帰るとき、いつものように手紙を郵便受けに置いた。ある場所で、待ってるという手紙。男の思考はまた迎えに行ったときに戻っていた。
そしてその場所に向かって…その途中で爆発音が聞こえた。
すぐに獄寺だと分かった。ダイナマイトを投げつけられたことがあるから。
待ち合わせ場所と少し違うけど、きっと迷っちゃったんだな。彼は少しおっちょこちょいなところがあるから。
そして。
獄寺の前に、男は現れた。
獄寺は疲れて眠っている。男に気付いていない。
男は笑みを浮かべながら獄寺に近付く。
来てくれたんだ。やっぱりキミは僕を選んでくれたんだ。嬉しい。絶対キミを幸せにする。約束する。
寝ている獄寺の頬に手を添える。
寝顔も可愛い。待ちくたびれちゃって寝ちゃったんだね。待たせてごめんね。こんなに僕のことを思ってくれていたんだね。
…目が。目が見たい。キミの目が。
いつもキミの目に吸い込まれる。キミの目が欲しい。あの、綺麗な翠の目が。
男は獄寺の目蓋に指を押し付ける。
そして。
「そこまでだ」
子供の声が響いた。
子供、というか赤ん坊の。
嫌な予感がして、慌てて手を離す。
銃声が鳴った。
男と獄寺の間に銃弾が飛んだ。
「勝手に人のもんに手ぇ出してんじゃねーぞ」
誰だ? 男は混乱する。現れたのは小さな赤ん坊。更にその後ろから少年も。
「獄寺くん!?」
男は少し迷い、逃げ出した。
「あ、待て―――」
「オレは奴を追う。お前は獄寺を連れて帰ってろ」
「リボーン!?」
リボーンは逃げる男を追い、ツナと眠る獄寺がそこに取り残された。
ツナは獄寺を起こそうとするが…ここで起こすと何故自分がここにいるのか説明する事態になり、しかも自分の性格上全てを話してしまい、結果獄寺に気を遣わせてしまうのが目に見えてしまった。
ツナは獄寺を起こさず抱きかかえた。
目指すは我が家。獄寺の家には行けない。鍵壊れてるし。食器ないし。ベッドなんかマットしか残ってないし。…もしかして服とかも取られてるのかなあ…うう、考えたくない。
帰路に着く途中、リボーンと合流した。
「リボーン。片付いたの?」
「ああ。もう二度と獄寺の前に現れることはないだろうさ」
「それはよかった」
リボーンのことだ。詰めを誤るなんてことはないだろう。これで獄寺もストレスを感じずにすむ。
獄寺はよく眠っている。結局家についても眠ったままだった。獄寺はベッドに寝かせ、ツナは床で寝た。
朝になって獄寺が目を覚ますと、獄寺は混乱した。
何故!? なぜ自分が10代目のベッドの中に!? しかも10代目は床で寝てらっしゃる!?
「ああ、起きたんだ。獄寺くん」
あっけらかんとツナにそう言われ、道端で寝ていたから連れて帰ったのだと説明されると獄寺は土下座して謝った。
いいからいいからとツナに宥められ、一緒に学校に行った。いつもとルートが違うからだろうか? 視線を感じない。
帰り道も視線を感じることはなかった。うむ。嬉しい。気が軽い。
帰る途中に、リボーンに会った。
「リボーンさん」
「よお。獄寺。…これ、落としてたぞ」
と、リボーンが獄寺に投げたのは…家の鍵。
あれ? と獄寺が首を傾げ、財布に手を伸ばす。…鍵は財布に付けているはずだったのだが、なくなっていた。
「…あれ? す、すいません…ありがとうございます」
「ああ。埋め合わせは今度でいいからな」
言って、リボーンは立ち去った。獄寺は帰路に着く。
家に辿り着く。ドアに鍵を入れ、回して開ける。
玄関で靴を脱ぐ。玄関には予備の靴がいくつか置いてあった。
喉が渇いていたので冷蔵庫から野菜ジュースを取り出し、コップに注いで飲んだ。
………眠い。
授業中も寝ていたのだが、まだ寝たりない。寝室に向かう。
ベッドの中に潜り込む。…はて。シーツはこんなにもノリが利いていただろうか。毛布もなんだか心地いい。
疑問を抱きつつも、睡魔に襲われている身ではろくに頭も回らず。まあいいかと自己完結して獄寺は眠りについた。
あの視線を感じることは、二度となかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ああ、なんて素晴らしい日々。
リクエスト「ストーカー被害に遭う獄寺君を助けるリボーン様」
リクエストありがとうございました。