それは、うららかな春の午後。


とある場所。テラスの下。白いテーブル。白い椅子。


ティーカップには紅茶。お供は可愛らしいクッキー。


それらを摘みながら。話に花を咲かせるは黒い少年と白い少女と銀の青年。


それはどこにでもあるような、とてもありふれた…いつもの、一日。





「―――で、オレは言ってやったんですよ。『ここはオレが引き受けた、先に行け!』って」


「その結果があの瀕死の重傷なわけか。お前は本当に生死の境を彷徨うのが好きだな」


「い、いえ、別に好きなわけでは…単に少しばかり運が悪かっただけです」


「いつもだろ。そんなんだからオレは今でもお前のお守りをやってるんだ」


「まあ、おじさまったら」





…と言っても、話の内容ばかりはどこにでもありふれては……いないようだが。





「オレが気に掛けてやってるから、お前は今日まで生き残れてるんだ。少しは強くなってオレを安心させてくれ」


「ど…努力はしているつもりなのですが……」


「お前の努力はなかなか実を結ばんからな」


リボーンにばっさりと切り捨てられ、獄寺が少し項垂れる。


それを見たユニは二人に提案をした。


「でしたら、おじさまが獄寺さんを指導したらどうでしょう」


「ユニ?」


「家庭教師はおじさまの十八番でしょう?」


邪気のまったくない笑顔で、善意だけで意見を述べるユニ。


しかしリボーンはこれまたばっさりと切り捨てる。


「それは無理だな。オレは忙しい」


「そうだぞユニ。リボーンさんは多忙な身。こうして顔を合わせたのも久し振りなぐらいだ」


このお茶会は実は、ユニがリボーンと獄寺を別々に引っ張ってきて行われたものだ。


なので二人は、ユニに誘われた先で顔を見合わせて酷く驚いていた。


ともあれ、提案を二人に一蹴されユニは少し肩を落とした。


「そうですか…それなら仕方ありませんね」


「ああ…気持ちだけ受け取っておく。ありがとな」


言って、獄寺はユニの頭をぽんぽんと撫でた。


「もう、獄寺さん。子供扱いしないでくださいっ」


と言いつつ、どこか嬉しそうなユニ。


その様子を、リボーンは微笑ましく思いながら見つめていた。





そんな楽しいお茶会も終わり、獄寺は通路を一人歩いていた。


久々に、穏やかな時間を過ごせた。心地良い空間は獄寺の心をリラックスさせてくれ、暫しの平和をもたらした。


実は誘われた段階ではあまり乗り気ではなかったのだが(主に茶請けの手作りクッキーが理由で)、行ってよかったと思った。


…と、そこで。


獄寺は一服しようとポケットを漁り、しかし目当ての物がないことに気付いた。


どこかで落としてしまったのだろうか。


暫し考え、獄寺は来た道を引き返した。


その先で、何を知らされるとも知らずに。





一方、ユニはお茶会の片付けをしていた。


三人だけのささやかなお茶会だったが、とても楽しかった。


いい香りのお茶をもらい、作ったクッキーも自信作で。それをあの二人に振る舞えたことはとても嬉しかった。


先ほど出来たばかりの思い出を思い返し、ユニは微笑む。


そういえば、獄寺の座っていた椅子の下に煙草の箱が落ちていた。


きっと座ったときにでも落としてしまったのだろう。あとで届けに行こう。


そんなことを考えながら、ユニはカップに手を伸ばす。


それはついさっきまで、リボーンが使っていたティーカップで。


それにユニの指先が触れたとき。





まず最初に音が消えて。





続いて色が消えて。





最後に全てが消えた。





何もかもが消えて。





何も聞こえなくなって。





何も見えなくなって。





そこに新たな景色が舞い踊る。





それはどこかの戦場で。





たくさんの人がそこにいて。





殺し合っていて。





死んでいて。





死体の山がそこらじゅうにあって。





血がたくさん流れていて。





そこに。





ユニは知った顔を見つけてしまう。





先ほどまで一緒に笑いあっていた、話をしていた、その二人。





二人ともお茶会の時とは打って変わって厳しい顔で。





二人ともその身体から血を流していて。





リボーンが何かに気付いたかのように、唐突にユニに目を向ける。





瞬間、ユニの身体をすり抜けて何か…とてつもなく速い何か……弾丸が二人の方へと放たれて。





それは獄寺へと向かっており。





しかし獄寺は気付いておらず。





リボーンは手で獄寺を突き飛ばし。





そして、その身に、その小さな身体に、










赤い花を、散らさせた。










「ユニ!? おい、しっかりしろ!!」


気付けば眼前に獄寺の顔があって。肩を揺すられていた。


いつの間にか世界はこちらへと戻っていて。


音も復活しており、色も息吹いていた。


何もかもが元通り。今見たのは悪い夢。白昼夢。


―――そうだと、言えたら。思えたら、本当にそうならどれほどよかったことか。


ユニは知っている。巫女としての身体が告げている。今までの経験が叫んでいる。


あれは現実。


あれは未来。


あれはこれから起こること。


「ごく、でらさん……っ」


自身から出た声は、泣きたいほど頼りない。


いや、事実ユニは泣いていた。その頬は濡れ、拭う暇も余裕も与えてはくれない。


縋るように獄寺の袖を掴み、絞り上げるように声を出した。


「おじさまが……!!」


「リボーンさん?」


何があったのだと尋ねる獄寺に、ユニは話す。身近な人の死の予知に気が動転し、動揺し、何から何まで。


獄寺は黙って聞き、そしてユニが話し終えると深く息を吐いた。


「…オレが不甲斐ないばっかりに、お前に辛いものを見せちまったな……悪い」


こんなんだから、リボーンさんにお守りをしていると言われても反論出来ないんだ。と獄寺は内心で呟く。


「大丈夫だ。安心しろ。その予知は外れる。未来は変えられる。…オレが、変える。リボーンさんは殺させない」


「獄寺さん…?」


「ようはオレがその攻撃に気付いて、対処すればいいだけの話だ。それなら何とでもなる」


ユニを安心させるように、獄寺は笑う。


しかしユニの不安は拭えない。


確かに獄寺の言う通りだし、それで実際未来は変えられると思う。


そもそも未来なんていうものは不安定で、不確定で。少しの動きであっという間に変わるし、変えられる。事実ユニも幾度となく望まぬ未来を変えてきた。





だからきっと大丈夫なのに。


どうしてこうも心が怖がっているのか。





その理由が分からぬまま、その場所を通りかかったビアンキに慌てて獄寺はユニを託し、その場をあとにした。


ビアンキに自室まで連れて行かれ、落ち着いた空間に着いても震える身体をビアンキに抱きしめられ。いつしかユニは眠っていた。


ユニは、思い出せなかった。


他の世界の自分が誰かの命を助けるとき、どのような行動をしたのかを。


10年後の世界、他の世界全てを救うために自らが何をしたのかを。





誰かの命を救うために、自分の命を捧げたことを。





獄寺は油断なく辺りを見渡していた。


場所は戦場。手には武器。足元には死体。隣にはリボーンの姿。


ユニの予知を獄寺は疑わない。あれは獄寺の敬愛するボスの勘と勝るとも劣らないほど信頼の置けるものだ。


「今日は随分といい動きをするんだな」


不意に、隣から声。


横目で見れば、リボーンが不敵に笑いながら銃に弾丸を装填していた。


「あれから修行でもしてたのか? やるじゃないか」


獄寺はなんと言えばいいのか分からず苦笑した。


自分のためではなく、他人の…リボーンのためならこんな動きが出来るなんて。この人が知ったらどう思うだろうか。


絶対怒られるな…と獄寺は戦々恐々した。





しかしそれは、きっと仕方ない。


だってオレは、自分よりこの人の方が大事なのだから。





そう、獄寺が無意識のうちに思った束の間。


鋭く、薄く。戦場の殺気に隠れながらも…明らかに自身へと向けられた殺意に気付いた。


そちらを見る余裕すらなく、獄寺は身を動かし。


瞬間、弾丸が獄寺の脇を掠め。


リボーンが銃を撃っていた。


「…ほお。今のに気付くとは本当にやるな。お前のレベルだと撃たれると思ったが」


「あはは…」


多分、何も知らなかったら撃たれてましたよ。などと正直に言えず。


ひとまずは、リボーンの命を救えたと獄寺は戦場のど真ん中であるにも関わらず安心し。





その腹に、弾丸を食らった。





「―――」


口から空気が漏れ、逆流した血が吐き出され。倒れ込みそうになるのをなんとか堪える。


熱い腹。赤くなるシャツ。身体の破損の確認。恐らく弾は貫通したと判断。手持ちから手当ての道具の有無、時間を計算し……


全て放棄した。


「ご…」


リボーンが自分の名を呼び掛けるのが聞こえ、獄寺は困ったように笑いながらリボーンを見た。


それを見て、リボーンは口を噤み沈黙する。その表情は帽子に隠れて見えない。


けれど獄寺の意志と意図は読み取ったのだろう。リボーンは銃を構え直し、獄寺に背を向けた。


「まったく、珍しく褒めてやったと思ったらこれだ。そんなんだから、オレは未だにお前のお守りをやっている」


「すみません。ドジっちゃいまして。……でも、そのお守りもこれで最後ですから」


その言葉を聞いてリボーンの銃を握る手に力が込められたが、獄寺からそれは見えない。


さあ、会えるのは。言葉を交わせるのはきっとここで最後だろう。言いたいことがあるならば、言ってしまわねば。


そう思い、獄寺は。





「―――リボーンさん」





長年、自分の敬愛するボスを育ててくれたその人に。


未熟だった―――今も未熟な、自分を育ててくれたその人に。


頼れる仲間と引き合わせてくれた、その人に。





「さようなら」





別れを告げる。


その声は、果たして届いたのかどうか。


タイミングよく、その場に銃弾が降り注ぎ二人は別々に跳んでそのまま離れ離れに。


獄寺は傷を負ったまま、血を流したまま。


長くない命を、自分の愛するファミリーのために。


自分の無事を祈り、自分の帰りを待ち続ける少女がいることなど知らず。


獄寺はその地に骨を埋めた。





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黒の少年は灰が好き。だけど白の思いに気付いてる。
白の少女は灰が好き。そして黒と灰の思いに気付いてる。
黒と白は譲り合い、肝心の灰の青年は自分を含む誰の思いにも気付いてない。


リクエスト「リボ→(←)獄←?で獄の死にネタ」
リクエストありがとうございました。