突然だが、オレは弱かった。


八歳で城を飛び出し、一人でスラム街を数年過ごしたが、それだけだ。


不良やヤクザを相手に一人で倒せる。抗争に参加したこともある。けど、それだけだ。


平和ボケしているはずの、年の変わらない日本人に喧嘩で負ける。それどころか相手にすらならない奴もいる。


自分の弱さを痛感した。


それまで修行や特訓の手を抜いてたつもりはなかったし、自分の力を過信していることもなかった。はずだ。


けれど、勝てない。


それからもオレは強くなろうと努力した。実際強くなった。けれど、あいつらはもっと強くなった。


時間が経つにつれ、どんどん置いてかれてるような気がした。このままではいけない、と焦りもした。


考えて、行動して、空回り。いつものパターンだ。考えれば考えるほど、良い案だと思えば思うほど裏目に出る。


そんな日々を過ごしながら、気が付けばオレが日本に来てから10年が経過していた。


オレは変わらず弱いまま。


光栄なことに、10代目の右腕にはなれたけど。


けれどそれも、誰かと変わりそう。


オレはある抗争に参加して、そこで瀕死の重傷を負った。


死んでもおかしくない傷。


普通ならば、多分死んでいた。


けど、そうはならなかった。


オレは弱かった。けれど運はよかったらしい。


オレは助かった。


しかも、それだけじゃない。


オレは普通の治療だけでは助からない傷だったらしく、とある特殊な薬や機械を投与された。らしい。


らしい。というのは全て後から聞いた話だ。当時のオレには当然意識がなく、死ぬかまだ研究途中の肉体改造をするかの二択を突きつけられていた。


目が覚めて、説明を受けたばかりのオレには実感がなかった。


機械を植え付けられた、肉体改造されたと言われても外見に変化はまったくなかった。


実感が沸いたのは、退院してから。


部屋を出ようとドアノブを握った。


めきょり。という音がしてドアノブがへしゃげた。紙を丸めて握ったかのようにドアノブが手の平の中で丸まっていた。


力はまったくといっていいほど入れてない。いつものように、軽くドアノブを握っただけだ。


人の気配がよく分かるようになった。どこに誰がいるのか。たとえそれが扉の閉められている部屋の中であろうと手に取るように分かった。その人の感情まで。


迂闊な発言をすると気味悪がられるので自然と口数が少なくなった。いつしか表情も乏しくなった。


そして。


痛みをあまり感じないようになった。


傷付けば痛い。当たり前だ。当たり前だったはずだ。


その当たり前が。常識が。分からなくなってくる。


ずっと前から。生まれたときから。最初から。こうだった気がする。


記憶が定かじゃない。


昔が思い出せない。


写真を見ても、それを撮ったときのことを思い出せない。


自分が自分でなくなってしまったかのようだった。過去の自分は泡となって消えてしまったのではないか。と思った。


この症状は副作用なのだと教えられた。


服用した薬が脳に与える副作用。生きるための、強くなるための尊い犠牲。


…強くなるため。


確かにオレは、強さを求めた。弱かったから。強くなりたいと願った。


けれど、それは、こんな強さだったか?


制御の出来ない怪力。人間離れした知覚。痛覚を放棄した身体。


定かでなくなる心。書き換わる記憶。消えてしまった過去。


ボンゴレファミリー構成員の顔と名前は覚えてる。知り合った記憶のない奴まで知っている。代わりに、どうやって知り合ったのかはほとんど忘れている。


ボンゴレファミリーだけでない。同盟ファミリー、敵対ファミリーの情報まで頭に詰まっている。


多分、脳に直接情報を刷り込んだのだろう。オレを助けるため、などと言いながら奴らはオレの身体を実験に使った。とはいえ、特に怒りも感じないが。





オレの部屋にはダイナマイトが多数置いてある。


…どうしてオレは、ダイナマイトを得意武器として使っていたのだろう。銃の方がよくないか?


…昔、自分は銃は使わない主義なのだと言っていた記憶が辛うじてある。


けれど、どうして使わないと言ったのか。その理由が思い出せない。


オレの頭の中を多く占めているのは三つの事柄。ファミリーの情報、武具の使い方、そしてボンゴレに対する忠誠心。


………オレは、確か、ボンゴレよりも10代目に忠誠心を持っていたような気がするのに。


今では10代目と出会ったときのことすら思い出せないでいる。


その昔、10代目の右腕になることに執着していたことは覚えてる。


でも、今やその執着はない。現在10代目の右腕だから、ではない。もう、10代目そのものに興味がなかった。





廊下を歩く。


擦れ違う人間が、オレを避けて通る。その心はオレを不気味がっている。恐れている。オレの噂はボンゴレ中に広がっていた。


そんな中、周りと違う心が現れた。


オレを恐れず、気に掛けず。我が道を貫く黒い影。


雲雀恭弥。


脳が雲雀の情報を弾き出す。対一で負けなしの雲の守護者。どこでどうやって出会ったのかは忘れた。


…負けなし、か。


「おい、雲雀」


気付いたら、オレは雲雀に声を掛けていた。


「何」


雲雀は気だるげに返答する。足を止め、オレを見ている。心は至って平常心。


「オレと勝負しろ」





その場でオレと雲雀は戦うことになった。いや、オレが仕掛けたんだけど。


雲雀は一瞬驚いて、すぐに笑った。心からも歓喜が感じ取れた。


雲雀はいいよと短く答え、トンファーを取り出す。オレはただ雲雀と向き合うだけだ。


「キミ、武器は?」


「いらねぇ」


「そう」


雲雀の声は短く、素っ気無い。オレに武器があろうとなかろうとどうだっていいのだ。


何故オレが武器を手に取らないのかというと、理由は単純。ただ単に何も持ってないのだ。ダイナマイトも、銃も、ナイフも。何も。


あるのは身体ひとつ。腕っ節一本のみ。


雲雀が突撃してくる。口元には笑み。両手には武器。心から戦闘を楽しんでいるものの目。


あっという間に距離を詰められ、トンファーがオレの頭を割るほどの勢いで振り下ろされる。オレはまともに食らい、吹き飛んだ。


痛みが頭を中心に駆け巡り、すぐに収まる。あたたかい何かが顔を伝う。どこか切ったのだろう、血が流れた。


オレは立ち上がり、血を拭う。続けて攻撃しようとしてくる雲雀のトンファーに狙いを定め、拳を振るう。


雲雀がオレの反撃に気付き、トンファーでガードしようとする。


オレの拳はそのガードをトンファーごと打ち砕いた。


オレの拳は硬い硬い鉄の塊をひしゃげさせ貫きその後ろにあった壁をぶち抜く。





ああ、残念、外した。


オレは、首を、狙ったのに―――





オレの唇は笑みの形に歪んでいる。


オレの拳は衝撃に耐え切れず壊れ、皮膚が破れ肉が噴出し骨が飛び出た。


赤い血が出て、痛みはすぐに消えた。





雲雀と一悶着を起こしたことはすぐにボンゴレ中に知れ渡り、オレはますます周りから敬遠されるようになった。ちなみに、雲雀はあれで腕を折った。


オレも、出来るだけ周りと離れるようにした。どうやらオレは戦闘狂になってしまったようだ。これがバトルマニアか。知り合いにそんな奴がいたな。確か。


それからオレは危険度の高い任務ばかりを志願するようになった。血を浴びたくて、身体が疼いて仕方ない。


任務に出ては殺して。帰っては寝て。起きたらまた殺して。血を浴び続けた。


食事を摂るのも必要最低限になった。味覚が崩れ落ち、味が分からなくなったのも理由のひとつだ。


オレの目から光が消え、口からは言葉がなくなった。耳に入るのは意味を成さない雑音。世界には無意味で無駄なもので溢れ返っているような錯覚を覚えた。


そんな中。そんなある日。


「………」


通路の真ん中で、誰かと会った。





「……………」


ええと、この人は、誰だっけ……


検索。検索。脳内を検索。データ習得。データ習得。エラーエラーエラー。この人物は登録されていません。


心当たりがないということは、この人は一般人………それだけはないな。こんなオーラを纏った一般人がいてたまるものか。


ならばフリーの殺し屋だろうか。しかしある程度名のある奴の名なら刷り込まれているはず。そう思ったところで口から勝手に言葉が出た。


「リボーンさん」


久し振りに自分の言葉を聞いた。そう思いながら、目の前のその人…リボーンさんの存在を思い出す。


そうだ。この人は、リボーンさんだ。


脳から記憶があふれだす。日本で出会って、教え子になって、特訓を受けて。


「お久し振りです」


好きになって、告白して、受け入れられて。


「どうなされたんですか? こんなところで」


デートして、キスして、愛して。


10年分の思い出が一気に出てきて、対処出来なくなる。制御出来なくなる。


あれ? オレ、今まで、一体、何してたんだろう。


今までの自分とこれまでの自分が出てきては混ざり合って混乱する。理解出来なくなる。頭の中がぐるぐると回る。


リボーンさんはただじっと、表情の読めない顔で、オレを見ている。その口が開く。


「獄寺…」


低い声がオレの耳に入る。名を呼ばれたのは久し振りだった。特に、この人に呼ばれるのは。


ああ、そうだ。唐突に思い出した。


オレは、この人に。この人に近付きたくて強くなりたかったんだ。


この人の隣に立ちたくて。


この人に認めてもらいたくて。


この人と一緒に歩きたくて。


リボーンさんに一歩近付く。リボーンさんは何故か後退る。


あれ? リボーンさん、どうしたんだろう。


あれ? 立ち止まろうとしたはずなのに、身体は止まらず勝手に動く。


あれ? あれ? おかしいな。


オレの拳が勝手に握り締められて。


オレの拳が勝手に振り上げられる。


リボーンさんの目線がゆっくりとオレの拳に向き、続いてオレの目に移った。リボーンさんが何を考えているのか分からない。心が見えない。


リボーンさんと目が合う。


リボーンさんの目にオレの顔が映る。





―――オレの口元が、笑みの形に歪んでいる。





オレの拳が、オレの意思とは関係なしに。


リボーンさん目掛けて放たれた。










起きると、そこは自室だった。


「………?」


どうしてここにいるのか分からない。どうやってここまで来たのか、まったく覚えていない。


ただ、オレは、確か、さっきまで、廊下を歩いていたような、気がするのだが。


そこで、誰かに、会ったような、気がするのだが。


「……………?」


分からない。何も分からない。


落ち着かず、辺りを見渡す。見慣れた部屋。見慣れた風景。何も異常なことなどありはしない。


そんな中、ふと目を向けた机の上。


そこにはひとつの写真立て。


手に取って見てみるも、中に入っているはずの写真はどこにもなく。


力を入れてるつもりはまったくないのに、写真立てはオレの手の中で音を立てて割れて潰れた。





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ここにいたはずのあなたは誰で、どこにいるんですか?


リクエスト「獄が最強設定で皆と距離を置く話。リボ獄前提。」
リクエストありがとうございました。