全てが終わった今、オレは骸を恨むべきかそれとも感謝するべきか分からないでいた。


リボーンさんの意を汲むのなら、恨むべきだろう。リボーンさんの望みは叶わなかったのだから。


しかし骸がいなければ、オレは突然身に起こった出来事に翻弄され、結局何が起こったのか理解しきれないままだっただろう。


それを考えると、どうにも恨みにくい。骸の行動は全てリボーンさんに対する嫌がらせだったとしても。



…それはほんの、数週間前に遡る。





「アルコバレーノ、そろそろ長くないですよ」



不意にそんな声が聞こえ、振り向くといつの間に現れたのか、いつものあの嫌な笑みをたたえた骸がそこにいた。


地下牢に閉じ込められてるくせに、こいつはこうして度々現れては変な予言めいたことを言い残しては消えてゆく。ちなみに当たる確立は五分五分だ。



「リボーンさんが…なんだって?」



どうせいつもの戯言なのだから無視すればいいのに、オレはつい反応してしまう。


だがしょうがないだろ? 話題があのリボーンさんなのだから。敬愛する恩師のよからぬ話は無視出来ない。たとえ嘘に決まっていても。


そう、今回だって嘘に決まってる。だってこいつはリボーンさんを嫌っているのだから。だから嫌がらせめいた戯言を言ってオレたちを混乱させるつもりなんだ。なんてつまらない奴。


オレの顔はきっと険しい顔をしているのだろうが、対して骸は相変わらず嫌な笑みを浮かべていた。気に食わない。



「アルコバレーノはもう長くありません」



同じ言葉を繰り返す骸。オレの苛立ちが心の中で爆ぜるのが分かった。血管が浮き出る。


思わず殴りたくなるが、骸の身体はクロームのものだ。オレは拳を握り締めて堪えた。


だというのに。





「あなたは、彼のことをどれだけ知っているというのですか?」





まだこいつは話し続けやがる。笑みをたたえたまま。


嫌なところを突いてくる。確かにオレはあの人のことを何も知らない。あの人は何も語らないから。



「呪われし赤ん坊。むしろ今まで生きてこれたのが奇跡と言ってもいいのですよ?」


「…黙れ」



低い声が出た。とっとと消えてほしかった。このままではクロームの身体ということも忘れて殴ってしまいそうだ。


それが通じたのか、骸の身体が透けていった。


オレは骸を見届けることもせず踵を返した。一刻も早く骸から離れたかった。


だというのに。





「アルコバレーノから、目を離さないことです」





なんて声が、耳元で聞こえた。


思わず振り向くが、既に骸の姿はなく。


代わりにどこかきょとんとしたクロームが不思議そうにこちらを見ているだけだった。


無論のこと、クロームは何も覚えてなかった。


















































それから、オレは骸の言葉を忘れようとした。


いつもの何の意味もない、たちの悪い冗談だ。オレを混乱させようとしている。それだけ。それに乗っかってやる義理もない。


だというのに。





「アルコバレーノはもう長くない」





骸の声が消えない。まるで脳内にこびりついてしまったかのように響いてくる。


そして、その度にリボーンさんを見てしまう。


遠目から見るリボーンさんはいつも通りに見える。否、いつも通りだ。変わりなどあるわけがない。


そう思っているのに。分かっているのにいつの間にかオレの中に芽生えた不安が根付いて離れない。


…仕事に集中してないせいだ。もっと気を引き締めなければ。


そう思い任務に就けば、何の因果かリボーンさんも同じ任務に就いていた。


リボーンさんを間近で見る機会が増え、そしてその度仕事の正確さに改めて感服する。


だけど、それでやっぱりオレはリボーンさんは大丈夫なのだと安心出来た。あれはやっぱり骸の戯言なんだ。分かってはいたけど。





そんなある日の夜だった。


仕事が終わり、自室に戻っている途中だった。





リボーンさんの部屋のドアが開いていた。電気が点けられており、そこだけ昼間と変わらぬ明るさを持っていた。


歩きながら室内を見ると、リボーンさんは椅子に座ってグラスを傾けていた。晩酌か。そうか。


一人の時間を邪魔してはいけないと思い、視線を通路に戻し通り過ぎようとする。が…



「ん? 獄寺じゃないか」



声を掛けられた。


予想外だった。てっきり見送られると思ったのに。



「なんだ、まだ仕事か?」


「いえ、今終わったところで…」


「そうか。なら付き合え」



オレは耳を疑った。なんだって? この人は今なんて言った? 付き合え? オレと? 何に? 晩酌に?


あまりの出来事に思わず硬直してしまったオレを見て、リボーンさんは小さく声を吐く。



「嫌か? まぁ、それなら別に…」


「い…いえ!! 是非お付き合いさせて下さい!!」



オレはリボーンさんの言葉を遮り思わずそう言っていた。


それはリボーンさんのお誘いを断わるなんて無礼な真似が出来るわけない、という思いもあったし、


有り得ないことなのだが…それなら別にと言うリボーンさんの声色が、どこか寂しげに聞こえてしまったこともあった。いや、むしろそれが大半の理由だ。


リボーンさんは急に大声を出したオレに驚いたように少し目を開かせていたが、やがて笑って、グラスをもう一つ取り出した。


オレは今更ながらに冷静になってきて、少し恥ずかしくなっていた。夜中に大声を出して、リボーンさんの声を遮って、しかもリボーンさんの声が寂しそう、なんて思ったりして。


ないない。絶対にない。この人が寂しがるなんて有り得ない。仮にあるとしてもその対象がオレにだなんてありっこない。どうやら今日のオレは相当疲れているようだ。



「どうした?」


「いえ、なんでもないです」



まったく、自意識過剰にも程がある。せめてこれがリボーンさんに伝わらぬようせねば。


そう思いながら、オレはリボーンさんの部屋へ足を踏み入れた。





机にはオレの分の赤ワインと、つまみにかチーズが用意されていた。


…まさかリボーンさんの部屋でリボーンさんと一緒にワインを飲む日が来ようとは…



「最近頑張ってるみたいだからな。それのご褒美みたいなもんだ」


「光栄です」



オレはリボーンさんに勧められるまま、ワインを味わった。


…やばい。なんだこれ。旨すぎる。



「とっておきのワインだぞ」



リボーンさんが悪戯っぽく笑って言う。オレはなんだか申し訳なくなる。こんないいワイン、リボーンさんはともかくオレなんかが―――


そんなオレの心情を読み取ったかのように(事実読み取ったんだろうけど)リボーンさんが言葉を放つ。



「いいんだ。丁度一人で飲むのに飽きてたからな」


「ですが…」


「オレがいいっつってんだろ? そんなことよりチーズも食え。こっちもとっておきだ」



促され、チーズも味わう。


…やばいって。ワインに合いすぎ。何だこの旨さ。



「旨いか?」


「ええ、とっても」



顔が綻ぶのが分かる。気を引き締めなければと思うのに上手くいかない。


それは疲れもあるだろうし、ワインとチーズの旨さでもあるだろう。やはり旨いものを食うと上機嫌になるものだ。



「そりゃよかった。…ところでだ、獄寺」


「はい?」





無防備に受け応えしてしまう。リボーンさんは相変わらず少し笑った表情のままで、一言。





「最近オレを見ているな。何だ?」


「―――――」



思わず固まってしまった。リボーンさんは笑ったままだ。


別にやましいことなどないはずなのに、何故か気不味く感じる。


というか完全に不意打ちだった。まさかリボーンさんは大丈夫だ、と再確認したところで言われるなんて。



「いえ、その、」


「ん?」



言葉に詰まる。しかし所詮オレがリボーンさんに隠し事など出来るはずがないんだ。しかも本人の目の前でなんて無理に決まってる。


観念して、オレはぽつりぽつりと訳を話した。しかしなんだか、妙に気恥ずかしい。


リボーンさんは黙って聞いていた。そして、オレの話が終わるとまた笑って、



「なんだ、お前はオレより骸の話を信じたのか?」



と言ってのけた。


リボーンさんの顔が意地悪な笑みになっていたから、冗談だというのは分かっていたけど慌てて反論せずにはいられない。



「ち、違います、そうじゃなくて…!! 骸の話なんてもちろん信じちゃいませんけど、でも!!」



ああ、もう全然思った通りに話せない。こんなんで10代目の右腕してるんだから笑えてしょうがない。


と、クックと含み笑いが聞こえた。リボーンさんの声で、リボーンさんの口から。



「本当にお前はからかい甲斐があるな」


「…リボーンさんー…」



悪い悪いと言いながら、リボーンさんはオレのグラスにワインを注いでくれた。いや、別にねだったわけじゃないんですけど。



「オレはそんなに弱々しく見えるか?」


「そういうわけじゃ…」



そういうわけじゃない。そんなわけじゃない。


ただ、悔しいが骸の言う通り、オレはリボーンさんのことを何も知らない。特に呪いに関しては、聞いても誰も答えてくれない。


不安にならない、と言えば嘘になる。リボーンさんの異様なまでの強さ、冷静さ、知識の量。


それと引き替えにリボーンさんは何を差し出したのか。時折耳にする呪いの情報の断片。不吉な感情が拭えない。



「教え子に心配されるとは、オレもまだまだだな」


「いえ、その…すいません、過ぎた真似を…」


「いや、それは別に構わんが。…それで、オレを観察した結果はどうだ? オレは死にそうか?」


「いえ…骸のデマだということがよく分かりました。リボーンさんはいつも通りです」


「そうか」



リボーンさんが満足気に笑い、ワインを呷る。


…これほどワインが似合う10歳もリボーンさんぐらいだろうな…



「ん? なんだ? どうした?」


「い、いえっ………そういえばリボーンさん、随分遅くまで起きているんですね」



思ってたことを悟られぬよう目を逸らしながら適当に言葉を吐く。しかし実際気になっていたことでもあった。


オレはこんな時間まで掛かったが、リボーンさんの仕事はとっくに終わっていたはずだ。


それともこんなに旨いワインを飲んでるぐらいだから、何かいいことでもあったのだろうか。



「オレか? オレはいつだって起きてるぞ?」



オレをからかうように、茶化しながら答えるリボーンさん。



「そうですね…本当、リボーンさんがいつ寝ているのか分かりません」


「だから、ずっと起きてるんだ。オレは」



…?


事も無げに、当たり前のようにそう答えるリボーンさん。


リボーンさんがオレを見て笑う。



「骸の言っていたことだが、それは別に間違っちゃいないぞ」


「え…?」



一瞬で酔いが醒めた。思わずリボーンさんを見返し、目が合う。





「実はオレは、寝たら死ぬんだ」


「何を…」



「それに最近、身体にもガタが来ている」


「そんな…」





骸の言ってた台詞が蘇る。





アルコバレーノ、そろそろ長くないですよ。


あなたは彼のことをどれだけ知っているというのですか?


呪われし赤ん坊。むしろ今まで生きてこれたのが奇跡と言ってもいいのですよ?





温度が下がる。寒くなる。


だって、リボーンさん、そんな…


リボーンさんは少し俯いた。表情が見えなくなるが、すぐに顔を上げた。何故かしてやったりな顔をしてた。



「…引っ掛かったか?」


「え?」


「お前は本当に騙されやすいな。そんなんだから骸にも付けこまれるんだ」


「騙さ……って、今の話嘘なんですか!?」


「こんな話、信じる方がどうかと思うが」


「―――リボーンさん!!」


「悪い悪い」



クックと笑いながら謝罪するリボーンさん。無論全然悪びれた様子などない。


はぁ…本当に…この人は……


一気に脱力する。この数十秒で今日の仕事よりも疲れてしまった。



「ん? 帰るのか?」


「ええ…疲れたので……部屋に戻って寝ます」


「そうか」


「はい。…リボーンさんも早く寝た方がいいと思いますよ」


「そうだな」


「ええ。…では、失礼します。おやすみなさい、リボーンさん」


「ああ。おやすみ」



オレは自室に戻り、すぐに眠った。


















































それから暫く、仕事の関係で自室に戻る時間が深夜になる事が多くなった。


部屋に戻る途中、オレはリボーンさんの部屋の前を通るのだが毎回リボーンさんは起きていた。


ある時は本を読んでいたり、またある時は武具の手入れをしていたり。またある時はコーヒーを飲んでいたり。


通りかかる度、オレはリボーンさんに「時間があるなら付き合え」と誘いを受け遅くまで話をした。


それは本当に世間話とすら呼べないほどの他愛のない話だったのだけれど、オレにとっては有意義な時間だった。


思えばオレは、リボーンさんとは仕事や教え子だけの付き合いしかした事がなかった。


だから話す度に違うリボーンさんが発見出来て…嬉しいような、楽しいような、そんな気分になった。


恥ずかしいことにそれまでのオレはリボーンさんを強くてそれ以上に厳しくて自己中心的…もとい、悪戯好き……でもなく、茶目っ気のある方だと思っていた。いや間違いではないと思うが。


だけどリボーンさんと会話を重ねるうちに、当然ながらそれだけじゃない事が少しずつ分かっていった。


リボーンさんはオレが思っている以上に…なんといえばいいのだろう。



やわらかい人だった。



仕事外だからかもしれないが、リボーンさんの口調がとても柔らかく、面白くてためになる話をたくさんしてくれた。


オレは…言ってはなんだが、それまでリボーンさんにいい印象(てか嫌われてると思ってた。マジで。いや尊敬はしているぜ?)を持ってなかったから、驚きの連続だった。





リボーンさんと会うのが、リボーンさんと話をするのが日課で、楽しみになっていた。





ある日、いつものようにリボーンさんの部屋の前を通ると部屋の明かりが消えていた。


まぁ、時間が時間だ。リボーンさんも早めに寝る日もあるだろう。


そう思って自室に向かおうとしたら、後ろから声を掛けられた。それはリボーンさんの声で、振り向くとリボーンさんがいた。どうやら見回りをしていたらしい。


そしてそれからいつも通り、リボーンさんの部屋で話をした。


しかし、そのとき初めてオレは疑問に思った。



…リボーンさんは……一体いつ眠っているんだ?



朝昼に寝ているのか? しかしオレのように生活スタイルが変わったようにも見えない。


オレは10代目やその他同僚に聞いてみた。その結果……





リボーンさんは、以前と変わらず朝から仕事をしているらしい事が分かった。


無論昼も仕事で、多少サボることはあっても眠る素振りは見せていないらしい。





…おいおい、待てよ。


朝からずっと仕事して。


夜は見回り、それとオレの話し相手をして。


…本当に…一体いつ眠っているっていうんですか?



オレが部屋から去り、リボーンさんが仕事に向かうまでの早朝の時間か? 否。いくらなんでも短すぎる。


オレはまた不安になった。


リボーンさんはあの日…なんて言っていた?





実はオレは、寝たら死ぬんだ。





ぞっとする。


まさかという思いが背筋を駆ける。


リボーンさんはすぐに冗談のように言っていたけれど。



まさか、本当に?



待て。そうだとするとなお恐ろしい事がある。


リボーンさんはあの日、もう一つ言っていた。





それに、最近身体にもガタが来ている。





あれが嘘ではないとしたら?


湧き出る不安が止まらない。


消えたはずの骸の言葉が頭に響く。


………。



リボーンさんから…目を離すな、か…



そして今日も日が沈む。


夜が来る。



いつもと変わらぬ、時間が来る。


















































いつもよりも遅い時間。


そんな時間でも、やっぱりリボーンさんは起きていた。



「遅かったな。仕事に手間取ったか?」


「いえ…」



リボーンさんは変わらない。口調も、態度も、何もかも。違うのはオレの方だ。オレだけだ。


喉が重い。口から声が出辛い。何故だかオレは泣きたくなった。


そんなオレを見て、リボーンさんはオレに向き直る。



「…どうした?」



オレの気のせいだろうか。その声色はどこか優しげに聞こえた。


声を出そうとするも、上手くいかない。


声を出してしまったら、何もかもが壊れてしまいそうな気がして。声が出せない。


いっそのことリボーンさんが何か話題を出してくれないだろうか。何でもいい。どんなことでもいい。姉貴がまたクッキーを作ってきたとか、ランボがドジを踏んだとか、そんなくだらないことでいい。


そんないつも通りの話を出してくれれば、きっとオレもいつも通りに戻れると思う。


だけどリボーンさんは何も言わない。明らかに様子のおかしいオレを前にして、ただじっとオレの言葉を待っている。



「あの―――リボーン、さん」


「…なんだ?」



やっとの思いで声を出して、更に言葉を続ける。声が震えそうになる。


言ってしまったらきっと、後戻り出来ないだろうと分かっているから。



「リボーンさんは、いつ…眠ってらっしゃるんですか?」


「………」



聞いてしまった。


普段なら、何てことない一言。


だけど、今のオレには…そして恐らくリボーンさんにも……言葉以上に深い意味がある。



リボーンさんはオレの言葉を聞いて少し…ほんの少しだけ、目を開かせた。


リボーンさんは少し顔を伏せ、けれどすぐに上げた。



「急にどうした?」


「いえ…少し。気になりまして」


「こないだの話を鵜呑みにしたのか? あんな馬鹿みたいな話、信じるなって」


「ですが…事実あなたはずっと起きてるじゃないですか」


「調べたのか?」


「気になりまして…少しだけ聞き込みを……」


「そうか。…そうだな。いつって言われても困るが…まぁそんなに気になるなら今から寝てやろうか?」


「え…?」



予想外の言葉が飛び出した。


今から…寝る……?



「まだ眠くないんだけどな。でも可愛い生徒を安心させるためだ。一肌脱いでやろう」


「あ…ありがとうございます」


「礼を言われるほどのことでもねーけどな。どうする? オレが寝るのを見とくか?」


「え…? あ、よろしければお願いします」



思わず脊髄反射でそう言ってしまった。そして言ったあとに言葉を理解した。


リボーンさんも冗談で言ったつもりだったのだろう。驚いていた。


ああ…もう、どうにでもなれ。



「…よろしいですか?」


「まぁそりゃ別に構わんが…本気か? 面白いもんなんてないぞ?」


「そんなことないですよ。とても興味があります」


「野郎の寝顔に興味があるのか? お前とは趣味が合いそうにないな」


「いえ…そういう意味ではなく……」


「ま、それでお前が安心するってんならいいか」



そう言うと、リボーンさんは寝巻きに着替えた。そしてベッドに入る。


…あと、わざわざオレが座る用に椅子も用意してくれた…


ベッドに横たわるリボーンさんを枕元で見守る。


…なんだか…嫌に照れくさいというか…なんというか……


それはリボーンさんも同じだったのか、珍しく苦笑していた。



「そんなに見るなよ。気になるだろ」


「それはリボーンさんが目を開けてらっしゃるからですよ」


「…そうかもな」



そう言うと、リボーンさんは静かに目蓋を閉じた。


……………。


って、まさか本当に目を閉じるとは…


よく考えたらリボーンさんが目を瞑る姿なんて初めて見るぞ…だってリボーンさんは昼寝をしてるときだって目を開けて………って…


………昼寝…?


オレはハッとした。



…そういえばリボーンさん、昔からよく昼寝してるじゃねぇか!!



オレは頭を抱えた。


…何が寝たら死ぬだ。騙された…いや、思い出せなかったオレが悪いのか……


あああもう恥ずかしい。起きたらリボーンさんに馬鹿にされる。きっと馬鹿にされる。ていうかリボーンさんも言って下さいよ!!



…ふと、リボーンさんを見る。



リボーンさんは既に小さな寝息を立てていた。


…まだ眠くないんじゃなかったんですか……


小さなため息を一つ零すと、一気に気が抜けた。身体から力が抜ける。



…よかった…


心から、そう思った。



そして、オレは自分でも思っている以上にリボーンさんを心配していたのだと気付いた。


…安心したら、なんだか眠くなってきた。


思えば、今日はリボーンさんのことが気掛かりで仕事に集中出来なくて、無駄に体力を使ってしまった気がする。


部屋に戻らないと…そう、思うのに動くのが物凄く億劫だった。


目蓋が…重い……



少し…少し休むだけだ…


少し休んだら…すぐに部屋に戻るから……


そう思って、オレは重い頭をベッドに寄せる。



………。


……………。


…………………。










―――ふと、すぐ傍で何かが動く気配がした。


けれどそれに疑問を覚える間もなく、オレの意識は深く沈んだ。


















































日の光を目蓋越しに感じて、意識が覚醒する。


…身体が痛い。寝違えたか…?



「よく寝てたな」


「ええ…」



……………って、


オレはガバッと身を起こした。



目の前ではスーツを着こなしたリボーンさんがニヤニヤと笑いながらオレを見てて。


オレはリボーンさんの部屋の中、椅子に腰掛けていて……



………。



あのまま寝ちまったのかオレは!!


なんつー失態をかましてしまってんだオレは!!



「す、すいませんリボーンさん!!」


「いや、オレは別に構わんが」


「オレが構います…」



ああ、もう、どうしたものか。


思わず頭を抱えてしまう。対してリボーンさんは面白そうに笑うだけだ。



「まだ仕事に行かなくていいのか?」


「夜勤なので…」


「そういえばそうだったな。なんだつまらん。あの10代目の右腕が遅刻、しかもあのリボーンの部屋から朝帰り!! …スクープになりそうだったのに」


「…なんで楽しそうなんですか……」



そもそもそのニュース、リボーンさんだって対象に入っているのに…



「オレは面白ければ何でもいいぞ」


「そういえばあなたはそういう人でした…」



リボーンさんは昔から自分が面白い方へと物事を進めていく人だったな…もう少し回りのことも考えてほしいです…



「…って、そういえばリボーンさんこそ仕事に行かないんでいいんですか?」


「ああ、いいんだ」


「…? 今日は公休でしたっけ?」


「いいや。普通に朝から仕事だな」


「………それって…」


「サボりって奴だ」


「リボーンさん!!」


「なんだようるせぇな。お前だって中学生時代はよくやってただろ。自分はよくてオレは駄目なのか?」


「そういう問題じゃなくてですね…」



ああ、駄目だ。このペースのリボーンさんはオレにはどうすることも出来ない。すいません10代目…



「…分かりました」


「なにがだ?」


「リボーンさんの代わりにオレが出ます」


「ほお。オレの代わりがお前に務まるのか」



面白そうなものを見つけた顔でリボーンさんが言う。


…ここで弱気な態度に出たらそこをまたつけこまれてからかわれるだろうな…



「…ええ。伊達にあなたの生徒をしてませんから。それぐらいもう出来ますよ」


「そいつは頼もしいな。じゃあもうオレがいなくても平気か?」


「ええ。オレだけでなく、みんなあなたに鍛えられましたからね」



言ってから、ここまで言ったらリボーンさん更にサボりそうだな…と思った。


そして、それは案の定だった。



「じゃあオレの仕事全部頼んだ。オレはサボる」


「いや…オレにも仕事があるので…」


「お前ら全員でやればいけるだろ」


「………」



どうしよう。とんでもないことになった。


10代目は謝ったら許してくれるだろうか。



「ほら、納得したら行った行った」


「いや納得はしてないんですけど…ってマジですかリボーンさん!?」


「大マジだ。ほら、とっとと行け」



ドン、と突き飛ばされて追い払われるように部屋から出された。



……………。


まぁ、いいか…


そう思うことにして、歩き出す。



しかし、それからすぐにポケットの中に愛用の煙草とライターがないことに気付いた。


…恐らくリボーンさんの部屋だが……



………。



懐にあるだけで、それだけで得られる安心感というものが存在する。


そこに煙草とライターがある。それを知っていれば煙草を我慢することもさほど苦ではない。


だが、今、それが、ここに、ない。



「………」





……なんでないと我慢出来ないんだろうなぁ、オレ…


オレはリボーンさんの部屋までUターンしながらそう思っていた。



足取りは少し重い。リボーンさんの前で格好付けたのはほんの数分前だ。なのに忘れ物をしましたなんて戻ってきて。ああからかわれる…


とはいうものの、オレに煙草を諦める選択肢などと言うものは存在しない。いや、煙草はまぁ部屋に戻ればストックもあるがあのライターはそうにもいかない。



…いつだったか、リボーンさんがオレが好きそうだからと買ってきて下さったジッポライター。


まさかずっと愛用しているなんて言えない…!! ばれたらまたからかわれるネタが増える…!!



出来れば気付かれないうちに回収したいが…もう手遅な気もする。


だが、もしかしてという望みに賭けてオレはリボーンさんの自室の扉をノックした。


だが………





―――返事がない…?





オレがここを出たのがついさっき。無論リボーンさんと擦れ違ってなどいない。


ならばまだ室内にいると思うのだが…二度寝でもしているのか? はたまたオレが気付かなかっただけでどこかへいったのだろうか?



「…?」



そっと扉のノブを回してみた。


鍵は掛かっていなかった。



「…リボーンさん?」



リボーンさんは、いた。


室内の真ん中に。


その身を床に伏せさせて。



「リボーンさん!?」



思わず駆け寄る。


一体何の冗談だと思った。


だって、ついさっきまで。そう。ついさっきまでリボーンさんはあんなに元気だったのに。


ほんの少し。たった数分目を離しただけなのに―――



「リボーンさん、大丈夫ですか!?」


「…獄寺か」



意外に、しっかりとした声が返ってきた。


けれど身体は倒れたまま。見ればリボーンさんの額には汗が滲んでおり、苦しそうに見えた。



「なんだ…? ははあ、さては何か忘れ物でもしたか。まったく、お前はいつも最後の最後で気を抜かせる…」


「リボーンさん…」



口調だけなら、いつも通りとも言えるのに。


けれど今オレの目の前にいるリボーンさんはとても弱々しく見えた。


知らない。こんなリボーンさんをオレは知らない。



「もっと後で発見されたかったんだけどな。世の中ってのは上手くいかねぇ」


「何を…」



発見だなんて、そんな、そんな言い方、まるで……



「ああ、言い忘れていたがな、獄寺」



まるでなんでもないことを言うような声で、リボーンさんが。



「実は、オレはもう、長くないんだ」



そんなことを、告げる。



「どうして…」



オレの喉から掠れた声が出る。


リボーンさんが「お前のほうが死にそうだな」と笑った。


…どうして、そんな顔してるんですか。


なんで、そんな声が出るんですか。



「実はな、」


「え…?」



リボーンさんが声を出す。



「寝てないんだ」


「寝てないって…」


「寝たふりをして、お前が寝たあとすぐ起きた」


「………」


「お前らはまだまだ危なっかしくて見てられないからな。オレが付いててやらねーとって思って今まで踏ん張ってたんだが」


「リボーン、さん」


「でも、お前がオレの代わりが出来ると言ったからな。休むことにした」


「……………」


「いい加減、限界だったしな」


「…………………」


「休んでもいいか?」



なんて、あなたは事も無げに言い放つ。


こんな姿見せられて。


こんなこと言われて。


オレになんと言えというのですか。


駄目などと、言えるわけないじゃないですか。



「…もちろん、いいですとも」



震えた声で、オレは言う。



「言ったじゃないですか。伊達にリボーンさんの生徒をしていません。リボーンさんがいなくなったって―――」



声が出なくなる。


でもぐっと堪えて。





「リボーンさんがいなくなったって…オレたちはもう平気です」




「…そうか」



どこか安心したような、安らかなリボーンさんの声。



「なら、安心だな」


「ええ」


「じゃあ、オレはこれからサボることにする」


「ええ、どうぞ」


「じゃあ、その前に、最後に、獄寺」


「…はい」


「膝、貸せ」


「リボーンさん?」


「昼寝をする」


「―――」



寝る。


それは…つまり……



「オレの膝で、いいんですか?」


「今ここにお前しかいないからな。仕方ない」


「妥協ですか」


「その通りだ。ほら、さっさと膝貸せ」


「………はい」



リボーンさんはオレの膝に頭を載せる。


そして目を閉じる。



「じゃあな。獄寺」


「…はい」


「おやすみ」


………。





「…おやすみなさい、リボーンさん」





























全てが終わった今、オレは骸を恨むべきかそれとも感謝するべきか分からないでいた。


リボーンさんの意を汲むのなら、恨むべきだろう。リボーンさんの望みは叶わなかったのだから。


しかし骸がいなければ、オレは突然身に起こった出来事に翻弄され、結局何が起こったのか理解しきれないままだっただろう。


それを考えると、どうにも恨みにくい。骸の行動は全てリボーンさんに対する嫌がらせだったとしても。


なんにしても、リボーンさんは眠ってしまった。


永遠に覚めない眠りに。


オレはとうとう堪えきれず、目から水を零す。


オレはそのまま、リボーンさんの亡骸を抱いて泣いた。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

泣き終わったらずっと頑張りますから。

だから今だけは、泣かせてください。