「鬼ごっこをするぞ」
「え?」
「鬼ごっこだ」
「…勝手にしときなよ。オレは興味な…」
「優勝賞品は獄寺と一日デート権」
「やる!!」
「だが断る」
「ええー!?」
「男と男がデートしてどうする。気持ち悪い」
「え? ってことは…」
「参加資格は女であること、だ」
「…どうでもいいですけどオレの意見は…」
「無視だ」
「ですよねー」
「という訳で鬼ごっこだ」
「集まるかなぁ…」
「集まるに決まってる。お…おい京子。獄寺と鬼ごっこしないか?」
「楽しそうだね! やるー!!」
「ハルも呼んでくれ」
「うん!!」
「クロームも呼ぶぞ」
「また犬に繋がらなきゃいいけど…」
「そこそこ集まったな」
「そうですね」
「華やかだね」
「京子、ハル、クローム、イーピンと獄寺とでこれから鬼ごっこをするぞ。優勝者には賞品として獄寺と一日デート権が得られる」
「「「「え…?」」」」
そのとき。
その場の空気が、変わった。
「!?」
何事かと獄寺は辺りを見渡すが、一見変わった事は何もない。
ただ、女子たちがみな俯いてぶつぶつと何か呟いていた。
「獄寺くんとデート…ってことは……」
「獄寺さんとあんなことやこんなことも…」
「してもいい……ってこと……」
「×××××…」
女子たちの士気が一気に上がった。
実はみんな、獄寺のことが大好きなのだった。
「ハルちゃん! 負けないからね!!」
「こっちこそです!!」
「ごめんね…全てが終わったら、あんまんおごるから…」
「×××××」
女子たちの間で見えない火花が散っていた。
「じゃあ、そろそろ始めるぞ。みんな位置に着け」
「はい」
「オレが合図したら獄寺は逃げ、お前らは10数える。数え終わったら獄寺を捕まえに行く。制限時間は一時間。範囲は並森中学校内のみだ。…ああ、そうだ。武器の使用は許可する」
「武器!?」
いきなりの発言に獄寺は驚くが女子陣は神妙な顔をして頷いていた。
「じゃあ始めるぞ。よーい、ドン」
リボーンの合図で獄寺は走り出す。他のみんなは仲良く数を数え始める。
「いーち、にーい、さーん」
略。
「じゅーうっ」
そして始まる鬼ごっこ。
みんなの目の色が。変わる。
そんなことも知らず獄寺サイド。
(一般人と体力のないクロームと子供とで鬼ごっこなんて…リボーンさんも一体何考えてんだか)
走り出して数分。適当なところで足を止め余裕綽々に煙草なんて吸ってみたりして。
(適当に付き合ってやった方がいいのかな…それともこのまま逃げ…)
「見つけましたーーー!!!」
「…ああ?」
大声に思考をかき消され、振り返ればそこには三浦ハルその人の姿が。
「あー! 獄寺さんまた煙草なんて吸ったりして! 未成年の喫煙はいけないんですよ!!」
「はいはい…」
ハルの言葉を適当に受け流し、ふう、と煙草をひと吹き。
「むー!! ハルとのデートの時は煙草なんて吸わせないんですからね!!」
既に優勝したつもりでいるハル。獄寺にタックルを仕掛け、捕まえようとする。
「おっと」
さっと、軽く獄寺はハルを避ける。その後も猪のように突っ込んでくるハルを右から左へと受け流していく。
「むむむー!! 捕まってください獄寺さーん!!」
「捕まったら一日潰れるだろ。面倒くさい」
「むー!!」
なおも突撃を仕掛けるハルに、獄寺は窓に手を掛ける。
「やっぱり一般人相手じゃ暇潰しにもなんねぇな」
「え?」
「じゃあな」
と、そのまま外へダイブ。
「え、ええー!? ちょ、ここは二階ですよ!?」
慌てて窓まで駆け寄るハル。獄寺は上手く受身を取り砂埃を被っただけで済んだようだ。また新しく煙草に火を点け、すたすたと歩いている。
「う…」
ハルも獄寺と同じく飛び降りて後を追うとするが…地面までの高さを見るとどうしても足がすくんでしまって動けなくなる。
「うううー!!」
地団駄を踏むハルに、唐突に獄寺が振り向いて。
「残念だったな」
と、ニヤリとした顔を向けた。
その顔にハルは胸を高鳴らせ顔を赤面させて、色んな意味で撃沈した。
「あと50分か…どうしたもんか」
空き教室の時計を見て獄寺は独りごちる。煙草を吸う。こんな姿雲雀にでも見られたら殴られるどころでは済まないが獄寺は気にしない。雲雀が怖くて煙草は吸えないのだ。
と、
「獄寺くん」
と、聞きなれた声が響いた。
「10代目?」
振り返れば、制服姿のツナが立っていた。
「どうしたんですかこんなところで。…ま、まさか10代目も鬼ごっこに参加…とか」
そうだったらどうしよう。と顔を引き攣らせる獄寺だったが、ツナは静かに佇んでいるだけだ。
しかし。鬼ごっこが始まる前までツナは確か私服姿だったはずなのだが……
「…10代目、着替えたんですか?」
「ふふ…」
ツナは質問に答えず、獄寺に手を伸ばす。
「じゅうだい…」
「あぶなーーーい!!」
と、二人の間に割って入り、その上更にツナの腹に拳を叩きつける影一つ。
京子だった。
「笹川!? お前10代目に何を…!?」
「そのツナくんはツナくんじゃないよ!! ね、クロームちゃん!!」
「ふ…」
京子の声に答えるようにツナの身体がサラサラと砂粒のように流され、クロームの姿が出現する。
「見破られた…不覚…」
「まだまだ甘いよ、クロームちゃん!!」
(クロームの幻術を見破るとは…大した奴だ…)
少しだけ騙され掛けていた獄寺としては京子の方が上だと自覚するようで嫌だったが、素直に感心した。
と、獄寺の目が京子の手にいく。
「………笹川」
「え? なあに獄寺くん」
「その手に付けているものは…なんだ?」
「メリケンサック」
即答する京子。
「…なんでそんなもん身に付けてるんだ…?」
「リボーンくんが武器使用許可って言ったから…」
「…家から持ってきたのか?」
「ううん。お洋服屋さんで買ってきたの。3000円で」
(最近の服屋は恐ろしいものを売っているものだ)
獄寺は内心おののいていた。
「そろそろ…始めてもいい…?」
「ああ、うん。ごめんねクロームちゃん」
「嵐の人とデートするのは…私……」
「あはは。クロームちゃんじゃないよ私だよ」
「嵐の人にイタリア語を教えてもらうの…」
「私はねー、一緒にお洋服を買いに行くの。獄寺くんに見立ててもらうんだー」
「ふふふ…」
「あはは」
二人はしきりに笑い、同時に笑いをやめ、そして武器を構えた。
クロームは槍を。
京子はメリケンサックを。
一呼吸の間を置いて。
二人は激突した。
獄寺は二人が戦いに集中している間にその場から離脱した。
(…なんだったんだ今のは…)
獄寺は頭を抱えていた。
クロームは、まぁ分かる。幻術を使ってくるという本気っぷりには若干引いたがそれだけだ。問題は…京子だ。
クロームの幻術を見破る? 実践慣れしているクロームの腹に拳を叩き込む? 武器使用可能と聞いてすぐに調達してくる? ただの一般人が?
しかもただ今絶賛クロームと戦闘中だ。
笹川京子…恐るべし……
(流石は10代目が見込んだ女…オレも評価を改める必要があるな……)
うむうむとひとり頷く獄寺だったが、あるものを見つけて踵を返した。
あるものとは、イーピンだった。彼女のギョーザ拳はやばい。
しかしイーピンも負けない。目敏く獄寺の姿を見付け、走り出す。
ここにきてようやく鬼ごっこと呼べる代物になった。
「うわ…見つかった……どうしたもんか…」
「×××××!!」
すかさずイーピンがギョーザ拳を繰り出す。獄寺は咄嗟に曲がり角を曲がってやり過ごす。残り時間は気付けばあと10分。
(あと10分か…走り続けるかなぁ…面倒だ……)
「×××××!!」
「…子供は元気だ」
獄寺はまたも窓に手を掛けた。ここは三階だが獄寺にとって問題はない。
「じゃーな」
「!!」
イーピンに手を振り獄寺は窓から消えた。イーピンは慌てて駆け寄る。
三階とは死にそうで死なない高さだ。と誰かが言っていた。そして獄寺はそのことを身をもって証明してみせた。
(流石に痛い…がイーピンはこれで撒いたな)
獄寺は埃を払いながら歩き出す。と、
背後で何かが落ちる音がした。
振り返ると、イーピンが先ほど獄寺が落ちた場所に落ちていた。
イーピンも獄寺の後を追って落ちてきたのだった。
しかし動かないイーピン。
(大丈夫か!?)
一瞬心配するも、イーピンはすぐに立ち上がって埃を払う。そして獄寺のところまで走ってくる。
(侮れねぇ…!!)
獄寺も走り出した。鬼ごっこは続行だった。
獄寺は校舎を諦めグラウンドへ。残り時間は何分だろう。
なんにしろものの数分だろう。仕方ない、走るとしよう―――
と、獄寺が体育の時間よろしく走り出す、と…
「あら、隼人じゃない」
「げっ」
獄寺の姉であるビアンキが獄寺の視界に入る。たちまち獄寺は腹痛を起こし、その場にへたりこむ。
「×××××!!」
「は! 見つけました獄寺さん!!」
「獄寺くん?」
「嵐の人…」
乙女の勘が働いたのか他の面々も集まってくる。蹲る獄寺を見て、心配どころかチャンス!! と思う女子メンバー。獄寺へとダッシュする。
「? 待ちなさい、みんな」
「は! ビアンキお義姉さん!!」
「何をしているのかしら」
「鬼ごっこです!!」
「鬼…ごっこ……またみんな…私を除け者にして…」
ビアンキはきっと上空を見上げた。そして叫ぶ。
「リボーン! 私も今から参加するわ!!」
「認めるぞ」
リボーンが木の中からにょきっと出てくる。そしてビアンキに告げる。
「鬼は獄寺だ。獄寺を捕まえた奴が優勝。ただし制限時間が迫っていてあと10秒しかねーぞ」
「充分だわ!!」
ビアンキはそう叫ぶと、すぐ傍で蹲っている獄寺にタッチした。獄寺は倒れる。
「そこまでだぞ。優勝者はビアンキだ」
「やったわ!!」
頬に赤みを差しながらビアンキはガッツポーズを作った。
「最悪だ…さいあく……」
獄寺は泣いていた。ざめざめと。
「あら。姉が勝って嬉し泣き? 嬉しいわ、隼人」
「よくやったぞビアンキ」
「リボーン!!」
最愛の人が木から降ってきてビアンキはさらに興奮する。
「お前には優勝賞品として獄寺と一日デート権が与えられるぞ。好きなときに使え」
「まあ、隼人とデート? 素敵だわ。ああでも誤解しないでねリボーン。本当に好きなのはあなただけよ。隼人とデートなのは、ほら、姉弟だからほら、別にあなたのことが嫌いになったとか、そういうんじゃ…」
「分かってる分かってる」
最愛の弟とデート出来るのがよほど嬉しいのかやや混乱した風にあれこれ話すビアンキ。どこか微笑ましかった。
「じゃあ、そうね…明日にしましょう! 確か明日は学校休みだったわね。隼人」
「明日は…」
明日は実は密かに付き合っているリボーンとのデートの日だったりする。用事があるとビアンキに告げようとするが、
「決まりだな」
(えぇー)
きっぱりと言い放つリボーンに獄寺は内心かなりのショックを受けた。
「じゃあ明日迎えに行くわね!! お弁当も作っていくから楽しみにしてるのよ!!」
(死ぬ…オレは明日死ぬ……)
「じゃあ私は明日のために買出しに行ってくるわ!! リボーン、隼人。チャオ」
笑顔で颯爽と駆け出していったビアンキを尻目に獄寺は恨めしげな目をリボーンに向ける。
「リボーンさん…ひどいです……」
「まぁ、そういうな。それより明日のデートは華やかになりそうだな」
「へ?」
「ん?」
お互い疑問符を浮かばせながら顔を見合わせる。どこかで何かが食い違っている。
「あの…?」
「ん? 明日はデートの日だったな? 忘れたか?」
「いえ…覚えてますけど、でもさっき姉貴が…」
「ああ。お前はビアンキをエスコートしろ。オレはお前をエスコートする」
「…何故にそんな面倒なことを?」
「…いや、な」
獄寺の素朴な疑問にリボーンは痛いところを突かれたかのように言葉を濁す。
「…少し考えてみたんだが」
「はい」
「…男だけでデートって、むさくるしくないか?」
「………」
リボーンの言葉に獄寺は絶句した。そして。
「ふ……くっくっく」
笑い出した。予想外の出来事に慌てるのはリボーンだ。
「な…何がおかしい」
「いやだって…くっくっく。むさくるしいってリボーンさん…あはは。―――その姿ではその心配はいらないんじゃないでしょうか」
と言って、獄寺はリボーンの頬を突く。
「む…やめろ。ほっぺたを突くな」
きゃっきゃうふふといちゃつき始めたリボーンと獄寺を途中から空気となった女子陣が見守る。
「…え? もしかして獄寺くんとリボーンくんって……」
二人の関係に気付いた京子は少し放心して、けどすぐに握り拳を作って。
「負けられないね!!」
と気合を一つ溜めた。
獄寺の受難はまだ続く。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
みんながんばろー! おー!!
リクエスト「鬼ごっこ第三回」
リクエストありがとうございました。