オレはお前のことをどうとも思ってなかったけど。


まさかお前に思われていたとはな。





- 俺が変わればなにか違った? -





この世界はループしている。


この世界の住人は生まれては死に、また生まれては同じ人生を繰り返す。


無論、ほとんどの住人はそのことに気付かない。


…オレも、気付きたくなんてなかった。


オレたちは何度だって同じ人生を歩み、同じ過ちを犯し、同じ人を愛し…


…そして、同じ場所で死ぬ。


何度もその光景を見てきた。


不思議と、そいつの人生を変えようとは思わなかった。


それは世界がループしていることに気付くまで、散々あいつらの死に様を見てきたからかも知れないし。


一つの死を回避したところで。結局はいずれ死んで、また繰り返すのだと思うと意味のない行為に思えたからかも知れない。


人生を繰り返すうち、どこか無感傷に、無感情になっていったことは認める。


同じ言葉を繰り返し、同じ行動をするだけの日々に嫌気が差していったことも認める。


だからあの日。お前が死ぬことを、オレは知っていながら見殺しにした。


何度も見てきた光景だ。抗争の最中、一瞬の隙を突かれ足を縫われ、動きを止めたその瞬間に頭を撃ち抜かれる。


早めに死ぬが、苦しんで死なない分よかったな。と思う程度だった。


あの時までは。


何度目かの人生。幾度目かのあの場所。


いつも通りにお前が死んだけど。


お前は足を縫われず。頭を撃ち抜かれず。腹を穴だらけにして死んだ。


死ぬ時間もいつもより少し早くて。


何か変化があったことは明白だった。


それがどのような変化かは、分からないが。


疑問にも思ったが考えても答えは出ず。オレはそのまま人生を過ごして、死んで。また生まれた。


そして再会したお前は、いつもと違っていた。


お前のオレを思う気持ちが、少し変化していた。


それでもお前はいつも通りを演じていたし、オレもお前への対応を変えるつもりはなかった。


そして、またお前は死んだ。


死んでは再会を繰り返し、周りが何一つとして変わらない中お前の気持ちだけが少しずつ変化していった。


他の誰も、そんなことはないのに。


お前だけが、変わっていった。


…いや、オレも変わったな。


お前の死を、見たくないと思うようになっていった。


そう思ってもお前は死に、オレたちは再会を繰り返す。


そして、とうとうお前はオレと距離を置くようになった。


流石のオレも、その頃にはお前の気持ちがどういうものなのかが分かっていた。


オレはお前のことをどうとも思ってなかったけど。


まさかお前に思われていたとはな。


お前はどうやらオレに気を遣ってくれたみたいだが。


オレは別に気にしないし、来るものは拒まわない主義なんだけどな。


お前の徹底的なまでの避けように、オレも付き合うことにした。


オレとお前は会わず、話もしない。


ツナたちは不思議がっていたが、説明するのも面倒だった。


そうしてお前と交流を絶って、10年が経った。


お前の死ぬ時が近付く。


オレは……お前を、死なせたくなかった。


だからオレはお前に声を掛けた。警告しようと。


だが、お前はオレの予想以上に驚き、飛び退き…逃げ出した。


そして死んだ。


いつも通りに。


そしてまた、オレはお前と再会する。


この人生でオレと初めて会った時、お前は己の中に渦巻く感情に翻弄されて、ぎこちなかったな。


そのあとすぐに、お前はまたオレを避けようとした。


このままでは、また前回と…いつもと同じ結末だ。


…オレが変われば、何かが変わるだろうか。


今度は、それとなくお前に近付こうとしたが…お前は逃げた。


何度かお前に近付こうとしたが、その度お前は逃げた。


ああ、もう、分かったよ。


なら、とりあえず。この人生ではお前を生かすことに専念してやる。


オレはお前と近くにいながら、接点を持たないまま。それでも周りとお前を鍛えながら、その時が来るのを待つ。


時が経ち、10年経ち…その時が近付く。


前回は失敗してしまったが、同じ轍を踏むつもりはない。


今回、オレは気配を消して物陰に隠れ、通り過ぎる獄寺を捕まえた。


「獄寺」


「………っ!?」


言葉もなく驚く獄寺。


「り…リボーン、さん…?」


「ああ」


獄寺の体温が一気に上がり、顔が赤くなり落ち着きをなくす。


「な、なにを…」


「話がある」


獄寺は拘束される身体をなんとか振りほどこうとする。そんな甘い拘束をオレがするわけもないが。


「あ、あの、離してください…!!」


「離したらお前、逃げるだろ」


「逃げませんから…!!」


「嘘付け」


前回声を掛けただけでダッシュで逃げ出したくせに。


「…今度の任務の件だが……」


「は、はい…っ」


逃げられぬと知った獄寺が全力で話を早く終わらせてほしがっている。


まあ、いいけどな。


「お前。辞退しろ」


「………は?」


獄寺が理解出来ないという顔でオレを見る。久し振りに目が合い獄寺が固まる。


「どういう…意味ですか……?」


「深い意図はない。そのままの意味だ」


「………」


怪訝顔で獄寺がオレを見る。オレは言ってやる。


「あの任務に行ったら…お前、死ぬぞ」


「………っ」


息を呑む獄寺。


オレの言葉が脅しや冗談ではなく、本気だということを知ったのだろう。


獄寺は顔を伏せ、しかしまたすぐに上げる。


「死ぬ覚悟は、10年前から出来ています」


「そいつは結構なことだ。だが進めば死ぬことが分かってて、回避も出来るのにあえて進むのは馬鹿のすることだぞ」


「そうかも知れません。ですが、死ぬのが怖くて任務から逃げ出すなんて10代目の右腕として出来ません」


「つまんねー意地を張るな。その10代目が悲しむぞ」


「……任務で死ぬのは、オレだけではないでしょう?」


「そうだな」


「なら…」


獄寺は淡く笑み、一呼吸の間を置いて言い放つ。


「やっぱりオレだけ助かるなんて出来ません。次の任務でオレが死ぬとしたら、それは天命です」


よく分かってやがる。


「…お話はそれだけですか? でしたら…離して下さい」


「………」


オレは拘束していた腕を話す。離れた獄寺は服を払い、オレと向き合う。


「…心配して下さったんですね。ありがとうございます」


「別に」


オレは帽子を深く被り直しながら、吐き捨てる。


出来れば自分から引き下がってほしかったが、仕方ない。


「ご安心下さい。オレもただで死ぬつもりは…いえ、そもそもこんなところで死ねませんから」


「そうだな」


オレも、お前の説得に失敗した程度で諦めるつもりもない。


オレも、出来る限りのことをしよう。


……手始めに…そうだな。


「獄寺」


「…今度はなんですか?」


「前から言おうと思ってたんだが…オレの愛人の席ならいくらでも空いてるから、いつでも立候補していいぞ」


「な………!?」


落ち着いてきた獄寺の顔がまた一気に赤くなり、表情が崩れる。


「な、に、を……」


「なんだ。お前はオレに好意を持っていると思ってたんだがオレの勘違いか」


「そ、それは…!!」


獄寺はそこで言葉に詰まった。否定も肯定も出来ず、困っている。


「じゃあ、お前が生きて帰った暁には褒美としてデートしてやるよ。費用もオレが持ってやる」


「で…!?」


目を白黒させている獄寺を置いて、オレは踵を返す。


さて、オレにとって勝負はここからだ。


決められた道筋を、変える。


そんなことが出来るのか。


出来たとして、その後どのような変化が起きるのか。


困ったことに嫌な予感しかしない。


つっても、その程度で獄寺を諦めるつもりはないけどな。





―――そして…問題の当日。


移動中、獄寺を見つける。


獄寺はどこか上の空で、遠くを見ている。


「獄寺」


「…っ!!」


声を掛ければ、獄寺は驚き飛び退く。


「り…リボーンさん」


「緊張してるのか?」


「それは…その、まあ」


「そうだな。帰ったらオレとのデートだもんな」


「!!!」


獄寺の顔が一気に朱に染まり、固まる。


「しかも費用はオレ持ちだもんな。どこに行く? リクエストがないならオレが勝手に決めるが…」


「り、リボーンさん…!!」


獄寺がオレの言葉を止める。


「も…もう、勘弁して下さい……」


「なんだ、迷惑だったか?」


「迷惑とか、そういう話ではなく……抗争に着く前に、死にそうです…」


それは困ったな。


「ああ、悪い」


「………」


獄寺は顔を俯かせ、思いつめた表情をしている。


…少し虐め過ぎたか。


これで士気が下がって死なれても困るな。


オレは獄寺に背を向け、離れる。


「…リボーンさん」


後ろから、獄寺の声。


「どうして…今更オレに、そんなことを言うんですか……?」


「知りたいか?」


「ええ」


「そうか。なら…この任務から生きて帰ったら、教えてやるよ」


獄寺は少し困ったように笑った。


「生きて帰るだけで、あなたとデートが出来きて知りたいことも知れるなんて…大盤振る舞いですね」


「ああ。出血大サービスだ」


そこでオレたちの言葉は終わり、身に纏う空気も仕事用に切り替えた。


殺し合いが、始まる。





いつも通りの戦場。いつも通りの面子。


いつも通りの天候。いつも通りの空気。


もう何度、この景色を見てきたのだろう。


もう何度、この光景を見てきたのだろう。


それこそ、飽きるほど見てきた。


この場所で、幾度となく、何度でも。


…お前が死ぬのを、見てきた。


それを、変える。


オレは影ながらお前を見守り、お前を討つ奴を撃っていった。


人がどんどん死んでいく。生きてる人間がいなくなっていく。


抗争の終わり。お前はまだ生きている。


ここまでお前が生きているのは…初めてだな。


お前は辺りを見渡して、何かを探している。


お前の目線がオレを捉え、オレの方へと駆けてくる。


ああ、お前はオレを探していたのか。


出来れば放っておいてほしかったんだけどな。


「リボーンさん……」


お前がオレの名を呼ぶ。


…お前からオレを呼ぶなんて。久し振りだな。


「オレ…死にませんでしたよ」


ああ、そうだな。お前は生き残った。


「さ…帰りましょう? 帰って、それから……デートを、して下さるですよね?」


ああ、その通りだ。どんなとこでも、好きなとこに連れてってやる。


「それから…今まであなたに大変失礼なことをしてきたオレに、あなたが気に掛けて下さった理由も…教えて下さるんですよね」


ああ、そうだ。つってもそんな大した理由じゃないけどな。


オレはお前の気持ちに気付いてて。


オレはお前の思いを尊重して。


オレはお前を死なせたくないと思ってた。


それだけだ。


「リボーンさん……」


お前がオレの名前を呼ぶ。


見れば、その目は潤んでいた。


…いい年した男が、この程度で泣くんじゃなねーよ。


オレはため息を吐いた。


「どうして……」


獄寺の呟きが聞こえる。


どうして、と言われてもな。


これがお前を生かした、代償という奴だろう。


ここで死ぬはずだったお前が生きる代わりに、ここで生き残るはずだったオレが死ぬ。


たった、それだけのことだろう。


「リボーンさん……」


お前がオレに近付く。


「リボーンさん…リボーンさん……」


お前がオレに触れる。





―――――どこからか、銃声が聞こえた。





お前の身体に衝撃が走り、目が見開かれ、オレに向かって倒れこんだ。


お前の口元と腹から、赤い液体。


………。


…ああ、こうなるのか。


なんとなく、予想は付いていた。


未来は変えられず、変えようとすればろくな結末が待っちゃいない。


お前が咳き込む。…まだ、生きていたか。


「…すみません。油断しました」


気にすんな。オレの方こそお前を守りきれなかった。


「…リボーン、さん」


お前がオレの名を呼ぶ。お前は何を言おうとしているのか、言葉を詰まらせていた。


…こんな死に間際の状態で、一体何を思い悩んでいるのやら。


「オレ……」


意を決したのか、獄寺が言葉を紡ぐ。その身体は急激に冷えていく。


「オレ…あなたのこと……」


そこまで言って、沈黙。


…こいつ、こんな半端な状態で死ぬつもりか?


と思っていたら、言葉が続いた。


「あなたのこと……ずっと、ずっと前から…好きでした」


「………知ってたよ」


そう言ってやれば、獄寺の身体が震える。


「お前がオレに気を遣っていることも、知ってた。気にすんなって言いたかったんだが、お前はオレから逃げ回っていたな」


「そ、それは……」


「お前がオレに気を遣うなんて、しなくていいんだよ。次からは素直に告ってこい」


お前はオレの言葉をどう受け止めたのか、少し黙って。やがて…静かに、笑い出した。


「………そう、ですね」


笑いながら、死にながら、けれど穏やかな顔で肯定の言葉。


「…もし、次があったなら。その時は……迷惑でないのなら、あなたに気持ちを…伝えたいと、思います」


「ああ。そうしろ」


それきり、オレたちは黙り込む。


血が抜け、命が流れ、世界が暗闇に満ちていく。





おやすみ、獄寺。


―――――また会おう。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そしてオレたちは死に、生まれ、またいつの日か、再会を繰り返す。