不意に背中を押されて、オレはバランスを崩した。大きな音を立てて床が鳴る。


いててててて…


背後で誰かが走り去る音。…まぁ、別に誰でもいいんだが……


オレは床に転がっている松葉杖を拾い、立ち上がる。歩き出す。


人とすれ違えば奇異の視線。…ううむ。そりゃそうだよなぁ…


視線の先は、オレの足。


オレの足は一本、なくなっていた。


ああもう、恨みます。恨みますよリボーンさん。


本当に生き恥じゃないですか。こんなことならあの時脳天に銃弾ぶち込まれておけばよかった。


と嘆くも全ては後の祭り。その場に流されてしまったオレの馬鹿。


どうしようかなぁ…いっそ死んでしまいたいんだが、でもそれすると10代目がなぁ…


そんなことを考えながら進んでいくと、階段に辿り着く。


―――不意に、背中を強く押された。


オレの身体が宙を飛ぶ。


おお、連続か。誰だか知らんが、暇な奴だな。


ともあれはこれは、ううむ。すこし…いや、かなりやばいのではなかろうか。


死ぬ…かなぁ。死ぬ…かもなぁ。まぁ、ある意味本望で結果オーライかも知れないが…


…と、そこまで考えたところで。気付いた。


階段の下にリボーンさんがいる。


オレを見上げていて、少し驚いているようだ。オレも驚いている。


リボーンさんは数歩………オレが落下するであろう場所まで下がり、腕を伸ばす。


「オーライ、オーライ」


「って、ええええええええ!? いや、リボーンさんオーライじゃなくて!! そこは避けてくださいよ!! 危ないですよ!?」


「馬鹿野郎。ここで避けたらお前、下手したら死ぬじゃねぇか。目の前で死なれるなんて後味悪すぎだろ」


「いや、でも……っ」


オレが言えたのはそこまでだった。オレの身体は重力に従い、リボーンさんにダイブする。


リボーンさんはオレを支えきれずに背中から床に倒れた。


「だ…大丈夫ですか、リボーン、さん…」


「ん? ああ…」


リボーンさんはどこか上の空でそう呟く。


「…どうしました?」


「いや、お前を突き飛ばした奴と目が合った」


「え…」


そういえばオレは突き飛ばされたんだっけか。リボーンさんに夢中ですっかり忘れてた。


「どうする? 締め上げるか?」


「…いいですよ、別に……」


「お前もまた随分と丸く…つか、しおらしくなったものだな。昔とは大違いだ」


「…意味ないですからね」


そう。


そうだ。


意味などない。


奴一人どうこうしたところで、何の意味などありはしない。また別の奴が出てくるだけだ。


根本的なところが変わらなければ…オレが変わらなければ…意味はない。


「…あの、リボーンさん」


「ん?」


「物凄く恐縮なんですが、腕、ほどいてくれません?」


今のオレたちの図は、オレがリボーンさんを押し倒し、リボーンさんがオレをしっかりと抱きしめているという、摩訶不思議なものだった。


…傍から見たら誤解されそうだな……


「そうは言うがな。必死に死にたいと思っているお前を今ひとりにするのは流石にな。一応お前の命拾ったのオレだし」


はは。やべ。ばれてら。


「…大丈夫ですよ」


「目を反らしながら言っても全然説得力がないぞ」


「大丈夫ですってば」


突き飛ばされたおかげでようやく踏ん切りが付いた。


片足のマフィアなど、役立たずだと思った。


ただでさえ自分はクォーターで、横風も激しいというのに。


疎まれて仕方ないと思った。迫害されて然るべきだと。


…だけど。


それでもやっぱりオレは10代目の右腕でありたいし……リボーンさんの隣にいたい。


右腕の座を誰かに譲り、静かに引退した方がいいと知りつつも、自分の思いに嘘は付けない。


リボーンさんが腕をほどき、オレは身を起こす。


「ん? 獄寺。血が出てるぞ」


「え?」


リボーンさんが指した指の先。確かにオレの手から血が流れていた。


ああ、さっき突き飛ばされた時か。そういやずっと痛かったな。


リボーンさんが僅かに顔をしかめさせ、オレの腕を引っ張る。


そしてそのまま血の滴る傷口を口に含んだ。


「うぇええええええええ!?」


「なんだ。突然大声を出して」


「なんだで突然はこっちの台詞ですが!! なんですかいきなり!!」


「何って。消毒だが」


きょとんとした顔で言われてしまった。


…この人、意外とずれてるんだよなぁ……


「…結構です。こんな傷、放っておけば勝手に治ります」


「そうか。で? お前はこのまま腐れていくのか?」


「まさか」


即答すれば、リボーンさんが笑う。


「突き飛ばされたおかげで、目が覚めました。義足でもなんでも付けて、とっとと復帰しますよ」


「そうか」


リボーンさんはどこか満足気に笑んで、去っていった。


オレも歩き出すか。


さて、勢いで義足と言ってしまったが具体的にはどうすればいいんだろうな。まったく分からん。


シャマル辺りが詳しそうだな。早速寄ってみることにしよう。


などと考えていると、ふむ。後ろから気配。


別に付き合ってもいいんだが、義理はないな。


オレは相手の呼吸を読んで、タイミングを合わせて右に身体をずらす。


オレを突き飛ばそうとしていた奴がバランスを崩す。オレはそいつの足に松葉杖を引っ掛けてやる。ほいほいっと。


転ぶそいつを通り過ぎながら、


「悪いな。オレが気に食わないのは分かるが、そのうち見返してやるから楽しみに待ってろ」


と言ってやると、少しだけだがスッキリした。





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さて、頑張りに行くか。


リクエスト「「たとえ傷付き倒れても」の看病?ものを。」
リクエストありがとうございました。