寒い空気と冷たい夜。


吐く息は白く、息吹き出した木の葉は強風に煽られその生を終える。


―――なんとなく、予感があった。


困ったことにこういう予感は外れた試しがない。たまには例外もあってほしいものなのだが。


とんとんと窓を叩く音。


見るとそこには銀の髪と翠の眼を持った人間が外で窓を叩いていた。


…やれやれ。


窓を開けて来訪者を迎え入れた。


「こんばんはリボーンさん。すいませんけど少しオレに付き合って下さい」


「ああ。別に構わないが部屋に入ったらさっさと窓を閉めろ。寒いだろ」


「はい」



オレの声に習い獄寺が窓を閉める。その背に見えたのは――


…まぁ、予感は初めからあった。


困ったことに、こういう予感は外れた試しがない。


…一回ぐらい、外れてほしいのだが。



最後の逢瀬



「あ、リボーンさんこれお土産です」


そう言って獄寺が差し出してきたのは前にオレが頼んでいた書類と今回の任務の報告書と指輪と始末書だった。


「最後の要らねー」


「まぁそう言わず。あとで10代目に届けて下さい」


すげーな。オレを使う奴なんてこいつぐらいじゃないか?


「で、こっちの指輪は?」


「あ、オレの気持ちです」


「そうか」


こいつもやけにストレートにものを言うようになったよな。初々しかった10年前が懐かしい。


「…って、オレ結構勇気を絞り出しつつ渡してみたんですけど。そんな淡白な反応は求めてないです」


「そうは言ってもな。なんだ? オレは頬の一つでも赤らめながら受け取ればよかったのか?」


「うわぁそれはリボーンさんのキャラじゃないですね。やっぱり淡白なのが貴方には一番です」


「てか、今更だろ?」


こいつとの付き合いなんて昨日今日の始まりじゃない。教師と生徒よりも上で、上司と部下よりも親密な関係にはとっくの昔になっている。


「それはそうなのですが、でもよく考えてみたらこういうのってしたことなかったじゃないですか」


「まぁな」


ま、忘れ形見に貰っといてやるか。


「それはそうとリボーンさん」


なんだと聞く前に背中から抱き締められた。


「すいませんが、暫くの間このまま抱きしめさせて下さい」


「オレがいいという前に抱き付いたら聞く意味なくないか?」


「はぁ、じゃあ駄目ですか?」


「別に構わないが」


「ありがとうございます」


そう獄寺が言って、あとは沈黙。


オレの背には濡れる感触。後ろにいる獄寺の体重がだんだんと重くなってくる。


オレは獄寺が持ってきた報告書に目を走らせる。…血に塗れた報告書。


赤いのは報告書だけに収まらず。気付けば部屋中が赤く紅く染まっていた。


獄寺の叩いた窓。獄寺の通ったあとの床。獄寺に寄り抱えられているオレ自身ですら。何もかもが赤くなっていく。


「…獄寺」


「―――なんですか…?」


眠そうな声が返ってくる。このまま寝かしておいても、まぁいいのだが。


「シャマルでも呼ぼうか?」


「………」


沈黙。そして何故か不機嫌そうな空気を当てられる。


「なんで久し振りの二人っきりなのにそんなこと言うんですか貴方はっ」


「なんだ。要らない世話か?」


「要りません要りませんあんな奴。どうせこの怪我じゃ助からないし、最後くらい…貴方と過ごしたいです…」


語尾がだんだんと小さくなっていく。そしてぎゅっと力を込めて抱きしめられる。


「分かった分かった悪かった。機嫌治せ」


「…分かりました。リボーンさんだから許します」


「そうか。ありがとよ」


だらだらと獄寺の身体から赤いモノが流れてる。その度に獄寺の身体が重くなり、獄寺の力が抜けていく。


「あー…オレ、そろそろ限界みたいです」


「オレもそう思う」


正直にそう言うと、後ろから苦笑。


「…普通、そういう時はそんなこと言うな、とか言いません?」


「言ってほしいのか?」


「…あー…貴方には似合いませんね。言わないでいいです」


じわりじわりと重くなっていく獄寺の身体。獄寺は喋る気力もなくなったのか一言も喋らなくなった。


ただオレを放すまいと組まれた獄寺の腕が、未だこいつが生きていることを証明している。


…さて、こいつが出血多量で息絶えるまであと十数分。といったところか。


それまで精々、こいつに背中を貸していてやろう。



予感は、初めからあった。


出来ることなら外れてほしかったこの予感も、毎回に漏れる事なく当たったようだ。





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オレは外れてほしいんだけどな。