あなたがいたんです。
あなたが一人、歩いていて。
風が…その、風があなたの方へと吹いて。
だからオレは…風に流されることしか出来ないオレは…あなたの方へと、ですね。流されて…
そして……
オレは回想を打ち切り、ふと手を伸ばした。
爪ほどの大きさしかない、重さなどないに等しいそれを、手のひらで包み込む。
身を壁とし―――あいつの言う通り、そよ風程度ですらこれは飛んでしまう―――風を防ぎながら手を開いた。
そこには一枚の花びら。
桜の花びらだ。薄い、淡い桃の色を持つ小さな花びら。
今は季節とはいえ、辺りに桜の木などないのに一体どこからやってきたのか。
お前の言っていた夢の話が、現実のことになったな。
お前もオレが、花びらを捕まえたと言っていた。
これが正夢というのなら、この花びらがお前ということになる。
どうなんだろうな。
お前に聞いてみたい気もするが、オレには花の声など聞こえないし………
人間の方のお前は、既に死んで久しい。
少しだけ強い風が吹き、花びらがオレの手から離れる。
オレはそれを見送る。どちらにしろ、風に乗せるつもりだった。
あれを持ち帰っても仕方ない。直に枯れるだけの代物だ。
オレは歩き出す。
風は未だに吹き続けている。
オレは歩き続ける。
花びらの姿は、もうどこにも見えない。
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あいつは飛び続け、オレもまだ歩みを止めない。