…夢を、見た。


それはいつもの日常の夢。


オレの隣には10代目と、あなたがいて。…みんな笑ってて。


そんな日々がいつまでも続くという―――



とても幸せな夢。









「リボーンさん」


「獄寺か」


仕事をしていたら、リボーンさんが帰ってきました。


「別に、寝てても構わなかったぞ」


「…オレが起きたくて起きてて、待ちたくて待ってたんです。それに…」


「それに、なんだ?」


「まだ仕事が終わってなくて…片付けてたらこんな時間になってたんです」


「どうせツナの尻拭いだろ」


「10代目は多忙な方ですから。それのお手伝いをしただけですよ」


「そうか」


「ええ。…あ、リボーンさん。怪我してるじゃないですか」


黒のスーツに隠れて解り辛いけど、出血のあとが見えた。…まったく。


「もう、あなたって人はどうして自分のこととなるとこんなにも無頓着なんですかっ」


「…その台詞、お前にだけは言われたくないぞ」


「そ、そうですか?」


心外です。


「そうだ。お前こそツナの為とか言いながらしょっちゅう怪我してるくせに」


「ああ、それですか。ええ、オレの血肉が10代目のためになるのならば、それは喜ばしいことですから」


「ああ。オレも自分の働きがそのままボンゴレのためになるってんならやり甲斐がある。それに…」


「それに…? なんです?」


「怪我して帰っても、お前が手当てしてくれるからな」


「そうですね。お任せ下さい。オレも10代目のために働けてリボーンさんを迎えれて。そしてリボーンさんのサポートも出来るならば嬉しいです」


「そうか」


「はい」


そう言ってオレたちは目を合わせて、淡く微笑み合う。



「行きましょうか」


「なんだ。仕事はいいのか?」


「一区切り付きましたので。それともリボーンさんはこれから報告へと向かいますか?」


「面倒だ。夜が明けてからでいい」


「嘘でも『お前と長く一緒にいたいから後回しだ』と言っては下さいませんか?」


「お前と長く一緒にいたいから後回しだ。お前こそ『仕事よりもあなたの方が大事です』とは言ってくれないのか?」


「仕事よりもリボーンさんの方が大事です。………って、リボーンさん意外に傷口深いですよこれ。一体何をやらかしてきたんですか!!」


「まず弾丸の雨の中を突っ切ってだな…」


「死にますよ!?」


「大丈夫だ。急所は避けてるからな。現にこうして生きてる」


「それは結果論です、もう…あまり、心配させないで下さい……」


「…そうだな、すまない。悪かった。せっかく今度の休暇が重なったってのにな」


「そういう意味で言ったつもりはなかったのですが…そういえばそうですね。じゃあ休日はリボーンさんのお部屋でゆっくりしましょう」


「身体が鈍る。怪我してても出歩くぐらい出来るぞ」


「出歩くって……一体どちらへ?」


「オレの行きつけがある。そこまで行くぞ」


「…? 分かりました。じゃあそのときを楽しみにしてますね」


まぁ、まずは傷の手当ですけど。とオレはリボーンを医務室まで引き摺って行きました。





「…オレは眠いんだが」


「駄目ですって! もう、どうしてあなたはこういうことに関してはズボラ大雑把でなんですか!!」


「眠い…」


「寝ないで下さいリボーンさーん!!」


オレの言葉などにはまったく耳を貸さず、リボーンさんは目蓋を閉じてオレに寄り掛かってくる。


「………もう、リボーンさん…」


いつも通りに傍若無人なリボーンさん。


けれどオレは知っている。これがリボーンさんの甘え方なのだと。


オレは包帯を巻いたばかりの部位を触らないようにしながら、リボーンさんを緩く抱きしめた。


…ああ、リボーンさん大好きです。


愛してます。







オレとリボーンさんは愛人です。


と言っても、周りは愛人ではなく本命、あるいは恋人、あるいは本妻ではないか? と揶揄してくるこもありますが。


けれど、それはオレもリボーンさんも否定しました。


オレたちの関係はあくまで愛人なのだと。


でも、いくらそう言っても何故か周りは納得はしてはくれませんが。


ちなみにその理由の一つは、オレがリボーンさんの愛人になってから―――…流石に冗談なのだとは思うけれど、オレもオレもとオレの愛人に立候補してきた人間全員をオレが振っているから…らしい。


いやいやお前ら仮に本気だとしても自惚れにも程があるだろう。


お前らの誰がリボーンさんと並べるというんだよ。



…一人しかいない愛する人。


ならばやはりそれは愛人ではなく恋人な気がすると、誰かが零していた。


けれどそう言われても……


オレたちは決して恋人などではない。ましてや生涯を共にする伴侶などとでは。


オレたちの関係は、あくまで愛人関係。





そして、それから数日後。久し振りの休暇、同じ日の休み。オレはリボーンさんに連れられて、リボーンさんの行きつけへと案内された。


てっきり小洒落たバーにでも連れて行ってくれるのかと思っていたけど、リボーンさんの足は街中から外れへとどんどん歩いてく。


そしてやがて、寂れた森の中へ。


そして見えてきたのは、小さな小さな―――…


「教会…ですか?」


「ああ。なんだ、洒落たバーにでも連れてくと思ったか?」


「………まぁ」


実際そう思ったので肯定せざるを得ない。


「それも悪くないんだけどな。傷に障るからまた今度だ」


そう言うとリボーンさんは遠慮する素振りもなく迷いも見せずに突き進んでいく。オレも着いて行く。


教会の中には誰もいなかった。立つ者のいない祭壇には色褪せた金の十字架がはめられている。


ふと見上げれば、ステンドグラスが数点。太陽に反射して光っていた。


と、オレが辺りを観察していると首襟を後ろから引っ張られる。リボーンさんだ。


「リボーンさん?」


「膝貸せ」


「膝?」


リボーンさんはオレをずるずると引っ張って、一番後ろの席まで進んでいく。どうやらそこがリボーンさんの特等席らしく、そこだけ埃が溜まってなかった。


リボーンさんはそこにオレを座らせると、当然の行為のようにオレの膝に頭を乗せた。



「…リボーンさん…」


「なんだ?」


「オレの膝、硬くないですか?」


「普通だ」


硬いのか硬くないのか解り辛い返答ですね。



「―――やっぱりな」


「はい?」


何がやっぱりなのかと、リボーンさんを見るも…リボーンさんはオレを見てなくて。


「?」


リボーンさんの視線を追ってみると…そこには先程も見たステンドグラス。


「お前に似てるだろ?」


「似てますか?」


確かに銀の髪を持っているように見えるけど。


「………オレの方がずっと格好良いですよ」


「そうだな。お前の方がずっと可愛い」


…どうして話が咬み合ってないんでしょうか。


「オレのお気に入りだ」


少し弾んだ声で、リボーンさんが言ってくる。


「お前が遠くに行ってるときとか、ここに来たりしてな」


その光景を想像して、思わず笑ってしまった。


「…また、そんな、リボーンさん……冗談は……」


やめてください、と言おうとリボーンさんを見たら…リボーンさんはいつの間にか目蓋を閉じて静かに寝息を立てていた。


「……………」


まさか本当に…なんてことはないですよね?


そんな、オレがいないときは…やっぱり他の愛人とかに会ってるんですよね?


オレと愛人になってからリボーンさんが他の愛人と一緒にいるのを見かけたことはないけれど、でもきっとそうだ。


そうですよね?


そんな都合のいい夢なんてあるわけないです。


「ですよね?」


小さくそうリボーンさんに問い掛ける。リボーンさんには何も反応はない。


…10代目は以前、「リボーンは寝る時だって目を開けているし、何か起こるとすぐ起きるし。本当に寝ているのか分からない」と言っていた。


姉貴は「リボーンの目を開けたまま寝ている姿も素敵」とオレとリボーンさんが今の関係を持つ前によくそう惚気ていた。


…でも。と、オレは首を傾げる。


リボーンさん……オレの前だと中々起きなくて。いつも目を瞑って眠っているけど。



「オレの前でだけ…とか、そんな嬉しい展開ありませんよね?」



そうリボーンさんに囁くけれど、やっぱりリボーンさんは何の反応も返してこない。


………。


オレはおもむろにリボーンさんに顔を近付ける。


眠っているリボーンさんは年相応に幼くて。この人が本当にあの最強のヒットマンなのかと疑問にすら思えてくる。


…そして。いつもちょっかい出されているからかこんなとき、オレは無性に悪戯心に駆られてしまう。


というわけで、失礼します。リボーンさん。


オレは音も立てずに、リボーンさんにそっと口付けた。


オレからリボーンさんにキス出来るのは、リボーンさんが眠っているときだけ。







…こんな幸せな日々が、ずっと続くだなんて。思っていたわけじゃない。


始まりがあるものには当然終わりが来るし…何より、オレたちの職業から考えれば早い別れはむしろ必然で。







「獄寺くん」





けれど。まさか。





「オレはボンゴレを潰すよ」





こんな風に道が分かれるだなんて。





「誰に何と言われても、オレは意見を変えるつもりはない」





なんて決定的な分岐点。





「キミはどうする?」





…ああ、10代目。





「オレに着いて来てくれる?」





そのような愚問、どうしてオレに投げ掛けるのですか?





「もちろんです」





考えるよりも前に言葉が出る。





「オレは貴方がどんな道を選ぼうとも、貴方だけに着いていきますとも」





オレは笑って、そう答えた。










     だから。さようなら。リボーンさん。










…夢を、見た。



それはいつもの日常の夢。



オレの隣には10代目と、あなたがいて。…みんな笑ってて。



そんな日々がいつまでも続くという―――







―――――とても哀しい夢。










10代目に着いてきたのはオレだけでなく、他にも何人かいた。主に日本からのメンバーが。


…てか守護者全員いるじゃねぇか…大丈夫かボンゴレは。


まぁ、オレの心配することじゃないか。


ボンゴレは守護者だけじゃない。あそこは呼べば跳ね馬が来るし、何故かシャマルもいるし、門外顧問チームに暗殺部隊だっている。



それにリボーンさんだって。



「…まさかリボーンが向こうに付くなんて…」


10代目にとってそれは予想外だったらしい。しきりにそのことを口に出していた。


「…仕方ないですよ」


「獄寺くん?」


思わず口に出してしまう。オレにとっては、むしろ当然の結果だったから。


「リボーンさんは、ボンゴレの人間ですから」


「…それを言うなら獄寺くんだってそうだ」


「オレは違います」


オレは即行で否定した。それは違いますと。


「?」


「オレは貴方のものです。ですから貴方がボンゴレを嫌うなら、オレもボンゴレを嫌いますよ」


「………」


オレは10代目の物。そしてリボーンさんはボンゴレの物。


オレたちが全てを捧げるものはもう決まっていた。そしてそれは、似ているけれど決して同じものではなかった。


…沢田綱吉という個人と、ボンゴレファミリーという組織。


10代目がボンゴレの敵になったのなら、リボーンさんは10代目を殺そうとするでしょう。



10代目の敵はオレの敵。



ですからあなたが10代目を殺そうとするのならば。


それよりも前に、オレがあなたを殺してみせましょう。



ええ。他の誰にも殺させたりするものですか。



このオレが。あなたの命を摘みましょう。


このオレの手で。あなたの息の根を止めてみせましょう。





それから暫くして、10代目に電話が掛かってきました。相手はきっとボンゴレの人間……いいえ、10代目の口調からリボーンさんでしょう。


最後の説得と言ったところでしょうか。リボーンさんの意向なのかボンゴレの意向なのかは不明ですが酷く優しく甘いことです。



無意味なのに。


誰も意思など変えないのに。



忌々しげに10代目は電話を切りました。交渉決裂といったところでしょうか。


「リボーンがオレたちを殺しに来るってさ。謝ってももう駄目。謝るつもりは毛頭ないけどさ」


「…リボーンさんわざわざ宣言して来たんですか?」


あの人も変なところでヒットマンらしくありませんよね…


………。


「10代目」


「何?」


「リボーンさんは…オレに任せては下さいませんか?」


「獄寺くん?」


「リボーンさんは10代目も身を持って知っての通りにお強い方です。こちらから先手を掛けないと……あっという間に全滅しますよ?」



リボーンさんはすると言ったら実行する人だ。


リボーンさんがオレたちを殺すと言ったのなら、本当に殺すつもりだろう。


あんなに手を掛けて指導していた10代目も。殺し屋の素質があると褒めていた山本も。面白い奴と言って笑っていた雲雀も。



あの人は殺す。



10年間手塩を掛けて育ててきた教え子たちの大切さも、ボンゴレへの忠誠心には敵わないから。


だからそれよりも前に。



オレが殺す。



「…獄寺くんだけに行かせるわけにはいかない。元はと言えばオレが言い出したことだし、オレが…」


「駄目です。…10代目をここまで育て上げたのは誰ですか? 手の内も癖も全てが知られてますよ」


「でも、それなら獄寺くんにだって…」


「…実はですね。オレ、リボーンさんに指導とかしてもらったことないんですよ。…愛人になってもですよ? 信じられます?」


「……………」


「って10代目? どうしました? 何か…」


「獄寺くんに…リボーンを殺せるの?」


「確かにリボーンさんはお強い方ですけど、でもオレも勝算もなしに戦いに行くつもりは…」



「そうじゃなくて」



10代目がオレの言葉を遮る。


「…恋人同士だったのに。獄寺くんにリボーンが殺せるの?」


………。



「…どうして笑っているのさ」


「…すいません。つい、」


10代目のお言葉を笑みで返すだなんて無礼にも程があると自分でも思うけど、でも仕方ない。


「……10代目。ひとつだけ訂正です。…何度も言ってますけど、オレとリボーンさんは恋人ではありません。愛人です」


「それでも…好き合ってたんでしょ?」


「そうですね。それなりに。…でも、その想いも所詮は"愛人"止まりなんですよ」



だから殺せます。


…殺せるんです。



「…それに多分、オレが一番リボーンさんを殺すのに適していますよ」


「……?」


「オレ、リボーンさんのこと結構知ってるんです」


「それなら、オレだって…」


「ではお聞きしますが10代目。知っていましたか? リボーンさん、一つ前の任務で右脇腹に深い傷を負ってるんですよ」


「…え?」


「それからその前の任務では右腕。…左足も傷を負ってましたね。リボーンさん、見た目通りに格好付けたがりですから怪我してもいつも隠しておくんです。オレはいつもはらはらしてました」


「………」



…それに、何よりも。


ボンゴレの裏の歴史をよしとしないあなたが。


ボンゴレの禁忌を嫌うあなたが。



いくら敵に回ったとはいえ、リボーンさんを殺せるんですか?



そうは思ったけど、口には出さず。


そしてそこで、なんだか全てが台無しになるような笑い声が響いた。


骸だった。



「クフフ。そんなこと言って隼人くん。寝返るつもりなんじゃありませんか?」


「はぁ?」


思わず素で返してしまった。こいつ今なんて言った?


オレが寝返る? 10代目を差し置いてか?


「先ほどから随分とアルコバレーノにご熱中じゃないですか。アルコバレーノと会って…そのままボンゴレに付く気じゃありませんか? 先程は否定してましたが貴方はやはり最初からボンゴレの人間なのだし」


骸の言い分に、オレは思わず吹き出してしまった。どうしてオレが、そんな理由だけでボンゴレに付くというのか。



「そう思うのなら、今ここでオレを殺すか?」



全員の目が軽く、あるいは大きく見開かれた。あの雲雀でさえだ。珍しい。


「疑われるのは好きじゃない。お前が本当に本気でそう思っているのならオレを攻撃しろ。オレは抵抗しない」



オレの言葉に骸は引いた。あいつ自身はこれ幸いに攻撃したかっただろうが周りの目がよしとしてなかった。


そんな骸にオレは言ってやる。



「安心しろ。オレはここに戻ってくる。―――リボーさんの生首を手土産にな」





オレは本気でそう言った。


オレの口元は笑みの形に歪んでいた。







そこは、思い出の場所だった。


オレがそこまで行くと、リボーンさんはもう来ていた。



「遅かったな」


リボーンさんの声には抑揚がなかった。



「ええ。みんなを説得するのに時間が掛かって」


オレの声にも抑揚がなかった。



「だろうな。死にに行くのに止めないメンバーはあの中では骸と雲雀ぐらいなもんだろう」


「オレは死にに来たわけではありませんよ」


「じゃあ何だ。命乞いか? まあツナがお前にそう命じたならお前はやるだろうな。オレは聞かないが」


「違います。―――あなたを、殺しに来ました」


「言うだけならツナでも出来るな」


「…先ほどから随分と10代目を貶めるような発言をなさいますけど…挑発ですか?」


「この程度、挑発と言えるか。お前から呼び付けておいてお前が遅れたものだから少し当たっただけだ」


言われて、オレは思い出す。そういえばリボーンさんをこの場所へと呼んだのは他でもない自分自身だったと。



…それは、10代目がボンゴレに反旗を翻す少し前。


オレはリボーンさんの自室にカードを置いていた。リボーンさんと二人っきりで過ごしたくて、こう書いた。





     "いつかの、あの場所で"





リボーンさんなら解ってくれると思った。実際解ってくれて、リボーンさんはこの場所にいた。


けれど、まさかそれが。こんな形になるなんて。


本来ならばここにはもっと淡く甘い空気が広まっていたはずだ。そして再会したオレたちは互いにやわらかく微笑みあって、キスとかして―――…


…間違っても、お互いに殺気を出し合うようなこんな事態にはならなかったはずで。



けど。


なってしまった。



「…ごめんなさい」


オレは遅れたことに謝罪しつつ、懐から銃を取り出して…リボーンさんに向ける。



「お前は銃は使わないんじゃなかったのか?」


「そんなオレに銃を教えたのは誰でしたか?」



オレは銃は使わない主義だったけど、それをリボーンさんが変えてくれた。


形だけでも覚えておけと、使わないのと使えないのとは全然違うからと指導してくれたのはリボーンさんでした。


だけれど、その数年後。


まさか銃の大切さを教えてくれたリボーンさんを撃つ羽目になるだなんて。


あのときのオレたちには想像も付きませんでしたね。





気付けば、リボーンさんも銃を抜いていました。それをオレに向けていました。


―――先に撃ったのは、どっちだったか。



あなたの撃った弾丸がオレの頬を掠りました。


オレの撃った弾丸があなたの腕を掠りました。



血潮が飛びました。



不思議と、痛みはありませんでした。


世界の鮮やかさが消えていきました。



そのくせ、血の赤さだけは嫌に鮮明で。



世界はモノクロ。動いているのはあの人。飛び散っているのは赤い紅。


オレもリボーンさんの動きに合わせて動きました。あの人の呼吸は読めます。





―――ここは愛するものが生涯を共にすると誓う場所。



いつもならば神聖な光と。静かな雰囲気が満ちている空間。



けれど、それも今は………





オレはタイミングを合わせて引き金を引きました。


あの人は避けて、代わりにあの人の特等席だった場所が脆くも崩れました。


…かわされた。まあそう簡単にあの人に当たるわけがない。


思わず舌打ちが出る。


撃ちたかった。


…殺したかったのに。


けれどそう簡単にいくわけがない。そんなことはよく知っている。





リボーンさんの銃口がオレを向いている。リボーンさんの指が引き金を引いて、オレへと向けて弾が発射される。


オレはとっさに避ける。少し遅れて背後からガラスが割れる音がした。頭の片隅で思い出す。


あれはいつだったか、リボーンさんがオレに似ていると笑っていたステンドグラス。


リボーンさんの舌打ちが聞こえた。


あの人が撃ちたかったのはステンドグラスなどではない。


あの人が撃ちたかったのは、オレ。


あの人が殺したかったのは、このオレだ。







オレたちはこの小さな教会の中で殺し合う。



手加減なんて一切なく。





敵として。





無感情に。



無感傷に。










その昔、オレたちが本当に愛し合ったことなんてなかったことにして。










気を抜く暇もなく弾丸が飛んでくる。オレはとっさに右腕を楯にして頭を守った。


そういえば、あなたはオレが傷付くのを酷く嫌っていましたね。肉を切って骨を絶つやり方を止めろと何度も言われました。



…自分がするのはいいくせに。



楯代わりの腕がどんどん穴だらけになっていく。


皮膚が破れ血が噴出し、肉があらわになり骨すら見える。


長くは持たない。だからすぐに決着を付けよう。


オレはリボーンさんへ特攻しました。撃たれながら。





腕がもげそうになる。オレは走るのを止めない。



脚に。耳に。脇腹に銃弾が当たる。オレは走るのを止めない。



右目に。頭に衝撃が走る。視界が半分消えて頭が重く感じられたけど、





オレは走るのを止めない。





リボーンさんとの距離が縮まる。


リボーンさんはまったく怯まないオレにやや驚いているようでした。


ええ。そうでしょうとも。いつものオレならば痛みに足を止めているでしょうから。



でも、今回ばかりはそうも言ってられないんです。



これはあなたどころか10代目すら嫌う戦法ですから、オレもあまり使いたくはなかったのですけれど。


あなたを殺すためには、これくらいしないといけませんよね?


今のオレは痛みを感じません。





あなたを殺すための、とっておきのオレをどうぞ御覧あれ。





キスすら出来そうな距離まで近付いて。


視界が掠れていく中、オレはあなたの耳元で囁いた。





「―――――さようなら。リボーンさん」





オレは引き金を引きました。


ゼロ距離射撃。


なのにどうしてあなたってば避けてしまうのでしょう?


オレがこんなに血だらけになっているのに。あなたは無傷もいいとこなのに。それでもここまで追い詰めたのに。なのに逃げるだなんて嘘でしょう?



…駄目ですよリボーンさん。


オレは「さよなら」って言ったんですよ?



だから、お別れしないと。



あなたがどこへ逃げるかだなんて、オレにはとっくにお見通しですよ?


既にずたぼろな右腕は、それでも動く。


強く腕を伸ばせば、手に入り込んでくる小さなもの。





…いつだったか、あなたはオレに自分の使っていた銃を下さいましたね。


オレは驚きました。それはあなたが愛用していた、とても大切なものだったから。


持っておけと。そうあなたは言いましたね。


お前が銃を使いたくないことは知っているがと前置きして。


だが使いたいとき、そのとき使えないのでは意味がないからと。


そして使ってしまったとき。悪いのは銃を持たせた自分を恨んでいいからとりあえず持っておけと。



あなたはそう言いましたね。


ええ。そうさせて頂きます。



あなたが悪い。



オレに銃を持たせた、あなたが。


オレに銃の大切さを教えた、あなたが。


オレに銃の指導をした、あなたが。


オレに銃を携帯させた、あなたが。


オレに銃を使えるときは使えと、そう言ったあなたが。





あなたが、悪い。





あなたが逃げるのは、右。


だからオレは薬とは関係無しに感覚のない右手で、見向きもせずにそちらを撃ちました。


確かな手応え。


見れば、あなたが倒れていました。



…ほら、やっぱりあなたは右に逃げていた。


あなたのことなら何でも分かりますとも。



オレが一体どれだけ昔からあなたのことが好きで、あなたのことばかり見ていたと思ってるんですか。



………それにしても、少し悔しい。


あなたを初め撃ったフェイクの銃と、あなたにとどめを射した銃。


オレが自分で選んだ銃と、あなたがオレに合うだろうからとくれた銃。



…やっぱり、あなたの銃の方が使いやすいです。







…終わった。とりあえず一つが。


薬を使ったから、自分がどれだけ酷い状態なのかいまいち分かり辛いけど、多分かなりだろう。


きっと早めに手当てをしないと命に関わる。


けれどそれよりも前にするべきことがある。



オレは10代目たちに言ってるから。


リボーンさんの生首を手土産に帰ってくると。


とりあえずそれがあればもう誰もオレが裏切るなどとは言わなくなるだろう。オレの忠誠心がみんなに伝わるわけだ。



だからこれは必要なこと。



そう、そうに違いないとも。


だからこそオレはこんなに後味の悪い思いも、我慢出来る。


これほど気分の悪い仕事も、もうこれっきり。後にも先にもこれを超えるものはないに違いない。



オレは倒れているリボーンさんに向き直る。


横たわるリボーンさんは目を瞑り、血を流していた。


すっと、オレは腰を降ろして………



……リボーンさん。



こんな形で、あなたを見返したくなんてなかった。


こんな形で、あなたを追い越したくなんてなかった。



出来ることなら、あなたの隣で。仲間としてあなたを超えたかった。


そうなったら、あなたは驚いてくれたでしょうか。



喜んでくれたでしょうか。


褒めてくれたでしょうか。



同じ任務に就けたでしょうか。


もっとあなたの隣に立てたでしょうか。



あなたはボンゴレ、オレは10代目。



着いていくと決めたものが違っていた時点で、オレたちの関係は奇跡のようなものでした。


だからそれが壊れてしまったことには、当然という他ありません。



だから悲しくもなく。


無論怒りもなく。


当然誰かを恨むこともなくて。



けれど。


一つだけ…言ってもいいのなら。



あなたと道が別れてしまったのは。


あなたと敵同士になってしまったのは。


あなたともう、笑い合うことも出来なくなってしまったのは。



とても……残念です。



だってオレは、


あなたを殺した今でさえ。あなたのことが好きで。


…あなたを、愛しているのですから。



静かに横たわるあなたは、まるで眠っているよう。


………。



最後ぐらい、いいですよね?


失礼します、リボーンさん。


オレはいつかの再現のように、おもむろにリボーンさんに顔を近付けて。


…音も立てずに、リボーンさんにそっと口付けた。










     腹部に違和感。










…腹が、熱い。


「あ……?」


力が抜けて、オレはリボーンさんの上に倒れた。腹に何か突起物が当たる。



それはリボーンさんの手にしていた銃だった。



撃たれた。


そう気付くと同時、腹から血が抜けているのだと解って。途端に寒くなった。まるで血と共に体温も抜けているかのように。



「……生きて…らしたんですか…」



ああ、騙されました。最後の最後で。


………油断した。本当に。




心臓を撃ったつもりだったのに。標準がずれたか。




「…気を失ってただけだ。けど、お前のキスで目が覚めた」


リボーンさんのその言葉に、こんな状況であるにも関わらず思わず吹き出してしまった。そして喉の奥から血が込み上げて。咳き込んだ。



「…何がおかしい」


「だって、キスで目が覚めるだなんて、あはは…っまるで御伽噺のお姫様じゃないですか」



リボーンさんの柄じゃない。キャラが違いすぎる。おかしすぎて…ああ、笑ってしまう。



「…いつもの癖だ」


「は…?」


「オレは何故かお前の傍だといつもぐっすり寝れるんだ。けど、流石にキスされると目が覚める」


「―――へ?」



オレは思わず固まった。


ちょっと……ちょっとでいいんで待って下さい?


それはつまり…どういうことですか?


まさかリボーンさん、オレがリボーンさん寝ていると思って、こっそりキスしているときとか……



「全部、気付いていたぞ」



ちょ…!


待って下さい待って下さいまだ待って下さい?


待って下さいよリボーンさん。もう少し待って下さいよ!



「な…んで教えてくれなかったんですか!」


「教えたらお前、キスしなくなるだろう」


「当たり前じゃないですか!!」


「なら黙ってるさ」


「・・・・・・・・・」



血の気が引いてる顔が、真っ赤になるのが解った。


全然気付かなかった…。


はぁ……


どっと、肩の力が抜けた。



「もう…最悪です。みんなにはあなたの生首を土産に帰るって言ってるんですよ?」


「オレだってボンゴレにお前らの首と指輪を回収してくるって言ってきた。なのにこのざまだ」


「…ふふ、驚いたでしょう? 薬って結構偉大ですね」


「ああ。お前がここまでの馬鹿だとは思ってなかった」


「ひど…」


「何が酷いものか。お前。傷はとっくに致死量に達してるぞ」


げ…っ


「…マジですか」


「大マジだこの馬鹿たれが。なのにお前生きて帰れると思ってただろ。この大馬鹿が」


「う…」



そう言われると二の句が告げない。確かに、まぁ、自分が危険な状態であるだろうとは…思ってはいたけど。


つか、ああ、だからリボーンさんオレが特攻したとき少し驚いてる顔してたんですね…なんだそっちか……



「まったく、お前一人と相打ちなんてとんだ大損だ。オレも底が知れたな。落ちたもんだ」


「…そこまで言われるとオレもへこむんですけど……でも、ああ、すいません10代目…リボーンさん一人倒してオレは終わりのようです……ボンゴレ潰すつもりだったのに…!」


「大胆発言だな」


「それが10代目のお望みでしたから」


「あいつはお前が死ぬのなんて望んでなかっただろうよ」


む…リボーンさんが意地悪です……


「…そんな顔をするな」



そう言って、リボーンさんはオレの頭を撫でました。


……どうしてこんなときにリボーンさんはお優しいのでしょう?



「もう、今オレとあなたは敵同士ですよ?」


「知るもんか。どうせこの傷じゃ助からん。なら死ぬまでの間、好きにさせてもらうさ」



その好きにすることがオレの頭を撫でることってのはどうなんでしょうね。


……でも…ああ、


「リボーンさんの手……気持ちいいですね…」





―――ああ、どうしてこんなことになってるんだろう?


ついさっきまで、オレたちは銃を向け合って、撃ち合って。殺し合ってたはずなのに。


なのに今は、お互いに笑っている。


まるで夢のよう。


………というか、



「―――――………のに」


「…ん?」



それは、思っても仕方のないこと。



「これ全部…夢だったらよかったのに」


「………」



それは、何の意味も持たないIFだけれど。



「オレは夢を見ていて…目が覚めたらそこはボンゴレで、ボンゴレには10代目の嫌う歴史なんてなくて、そしてオレの隣にはあなたがいる…」



もしそうだったら、どんなによかったことか。


もしそうだったら、どれだけ幸せだったことか。



……ああ、寒い。薬が切れてきたのかそれとも薬の副作用か、それとも死が近くなったのかなんだか急に冷えてきた。


だんだんと、目蓋が重くなってくる。



リボーンさんの声がさっきから聞こえないな、と思ったらリボーンさんはまた目を瞑っていました。


オレの頭を撫でていた手の動きも止まっていて…一足早く昇天してしまったのでしょうか?


と思っていたら、



「…そうだな」



リボーンさんの口から、声が。



「オレも…これが夢だったらって。そう思う」



………。


ああ、


あなたも、同じ気持ちなんですね。


…嬉しいです、リボーンさん。



「だいすきです、リボーンさん……」



思わず口から漏れた一声。


それにリボーンさんが何か応える気配を感じたけど、残念ながらオレの意識はそこで落ちてしまった。







…夢を、見た。



それはいつもの日常の夢。



オレの隣には仕えるべき10代目と、愛するあなたがいて。…みんな笑ってて。



そんな日々がいつまでも続くという―――







―――――とても幸せな夢。







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さようなら。幸せでした。