「かくれんぼ…ですか」
「ああ」
リボーンが何とか思い出せた遊びはそれだった。獄寺と言えばまた不意を突かれた表情をしていた。
獄寺にはリボーンがかくれんぼなどして遊ぶ様子など想像出来ない。だが、実はかくれんぼが大好きなのだろうか。意外だ。意外過ぎる。
「…どうした?」
「はっ、いえ、何でもありません。いいですねかくれんぼ。やりましょう。是非」
リボーンはまさか獄寺が自分に合わせてくれてるなどとは夢にも思わず、獄寺が純粋に単純にかくれんぼが好きなのだと思った。二人はめっちゃ擦れ違っていた。
しかしここで訂正するものなど誰もいない。とはいえ、擦れ違っているからと言って上手くいかないとも限らないのだ。
「なら、鬼を決めましょうか。じゃんけんで決めます?」
「あ、ああ…」
リボーンはかくれんぼの鬼も分からなければ、じゃんけんすら分からなかった。しかし獄寺の態度を見るに、かくれんぼを知っているからにはこれらも分かって当然らしい。
鬼はともかく、じゃんけん、は、何とか分かる、気がする。気がした。
時折道を歩いていると子供がそういう掛け声で何かをしているのを見た…気が、しないでも、ない。
多分、何か、手を、振ればいいのではないか。何か、そうしていた、気がする。リボーンの受難は続く。
適当に手を振った結果、どうやら勝ったらしい。リボーンには意味が分からないが、そうらしい。
「じゃあ、オレ隠れますから100数えたら探して下さいね」
「分かった」
そういうルールか。リボーンはやっと理解した。かくれんぼ。一人が隠れ、鬼が見つける。なるほど。見つけた後はどうするのだろう?
分からなかったがそうなった後済し崩し的にどうにかなるのだろう。リボーンは律儀に正確に数え始めた。
―――数を数えるリボーンの、すぐ隣を。
誰かが、獄寺が消えて行った方へ向かい早足で進んで行った―――
獄寺隼人は、眼を惹く銀の髪と、翠の眼の持ち主だった。
いつも誰かや何かを睨み付け、敵愾心を剥き出しているが、それを抑えるとその顔立ちは整っており見る者の眼を奪う。
例えば、例えばの話ではあるが。
その獄寺の姿に、眼どころか心が奪われた者がいたとして。
いつも、遠くから、あるいは近くから、獄寺を見続けている者がいたとして。
そいつが、例えば昨日からの―――リボーンと話す獄寺の姿を見たとして。
穏やかに微笑んだり、拗ねたり、ころころと表情の変わる―――今まで見せた事のない顔を見たとして。
そして今、自ら人気のない所へ向かった獄寺を見たとして―――どう思うだろうか。どう動くだろうか。
そいつは、彼は獄寺の後を追い―――
そして―――
「…100」
数え始めて丁度1分40秒後。
リボーンは言われた通り100を数え終えていた。
「さて…」
次に獄寺を探せばいいらしい。…これは一体何が楽しいのだろうか。リボーンには分からない。
とはいえ、獄寺の場所など探さずとも分かる。死神はターゲットのいる場所がどこだか分かる。その気になれば、すぐ目の前に現れる事すら。
というか、リボーンの感覚は勝手に獄寺の場所を告げる。だけど、どこかおかしい。
「………?」
獄寺はすぐ近くにいる。
それはいい。別にいい。近くに隠れようが遠くに隠れようが獄寺の自由だ。
問題は、感じる獄寺の存在感…熱量とでもいえばいいのか、とにかく、感じる獄寺の気配。
それが小さい。薄い。通常では…先程、別れる前からは考えられない程に。
気配が小さいという事は、薄いという事は、消え掛けているという事で。
その気配が消えたら、その人間は、死んでいる事を意味して。
「―――――」
急いで獄寺の元に行こうとするリボーンだったが、向こうから飛んできた。文字通り。
光の鳥―――人間の、獄寺の魂が、リボーン目掛けて飛んできた。
獄寺の魂はリボーンの胸元に突っ込んだ。リボーンの手が獄寺の魂を包む。
…獄寺は、震えていた。
「…獄寺?」
「―――」
獄寺は答えない。そもそも魂は言葉を持たない。
けれど、それでも分かった。
獄寺は、怯えている。
何か恐ろしい事があり、恐怖しながら死んだのだ。
1分40秒。
リボーンが獄寺と別れてから、たったそれだけしか経ってない。
その間に、一体何があったのか―――
リボーンため息を吐く。獄寺を撫でる。獄寺は震えている。
…助けられたはずの命だったのに、死なせてしまった。
油断した。
リボーンは未来を変えた。獄寺が乗るはずだったバスを破壊し、獄寺の行動を変えさせた。
間違いなく死ぬ未来は消えた。けれど、変わった未来の先でも死ぬ可能性は当然存在する。
その未来を引き当ててしまった。…しかも、何か恐ろしい目に遭わせた上で。
………ともあれ、獄寺は死んだ。こうなってしまったらリボーンに出来る事は帰る事だけだ。
リボーンは死神の世界へと帰った。
本来ならば、回収した魂は速やかに主へと渡さなければならない。
しかし、今回リボーンはそうしなかった。自室へと向かった。
後ろ手にドアを閉め、椅子に腰掛ける。胸元にいる光に声を掛ける。
「…獄寺」
「―――」
獄寺の魂は、もう震えてはいなかった。けれどリボーンから離れようとしない。
獄寺の魂はリボーンの指に止まり、辺りを見渡してる。
リボーンは机の上にある唯一の物体に獄寺を指ごと誘う。古い鳥籠。錆び付いて、壊れている鳥籠。
入口の檻すらなく、中に止まり木があるだけの簡易な鳥籠。
「獄寺。ここは大丈夫だ。ここはオレの部屋で、お前を怖がらせるものは何もない」
「―――」
獄寺の魂はリボーンを見上げる。様子を見るように、窺うように。
やがて獄寺の魂は、自らの意思でリボーンから離れる。指から飛び立ち、籠の中に入る。止まり木に止まる。
リボーンはそんな獄寺を見て、少し―――微笑んだ。
「―――リボーン? 帰って来てるの?」
声が響いた。
ぎくりと肩を震わせるリボーン。
見れば主が、ノックもせずにリボーンの部屋のドアを開けていた。
慌てて帽子で鳥籠を隠すリボーン。しかし獄寺の魂は自ら発光し、暗い部屋では帽子程度で隠しきれるものではない。
主は帽子を取り上げ、鳥籠を見る。獄寺の魂を見付ける。
「ああ、もう回収してきたんだ。仕事早いね、リボーン」
「あ、ああ…」
主が鳥籠に手を伸ばす。獄寺の魂は突如現れた主に驚き、慌て、暴れる。リボーンに向かう。
リボーンは獄寺を迎えようと手を伸ばす。しかしその手は空を掴んだ。
何故か。
主が、獄寺の魂を捕まえたから。
獄寺の魂が暴れる。必死に逃げようともがいている。異常な程、必死に。
それはきっと、死因に関係している。恐らく獄寺は、主の外見ような―――若い男に、何かをされ、死んだのだ。
「おい、やめろ…嫌がってるだろ。今そいつは怯えてる。少し落ち着かせないと……」
「関係ないよ」
リボーンの言葉を主はバッサリと切り捨てる。獄寺の魂はもがいている。光の羽がいくつも抜け、風に溶ける。
獄寺の魂は必死に主の手から逃れようとしている。リボーンの元へ行こうとしている。今、魂の姿だけとなった獄寺にとって安心出来る場所はリボーンの所だけなのだ。
主が少し力を入れる。すると翼が折れた。獄寺の魂が痛みに啼く。
「――――――」
悲痛な叫び。声でない叫び。魂を揺さぶられる叫び。
そのあまりにもの痛々しさに、リボーンは顔を顰める。
「おい、いい加減に…」
リボーンは主を止めようとして、気付く。
主が、嫌な笑みを浮かべている。
リボーンは嫌な予感がした。
そしてその予感は、すぐに当たった。
主が獄寺の魂を持つ手に力を込めた。めきめきと、そんな音すら聞こえそうなほど。
獄寺の魂は暴れる。主から逃れようと、痛みから逃れようと、リボーンの所へ行こうと暴れる。
主の手の力が強まる。強まる。強まる。強ま―――
―――――弾けた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
END No.3「ごちそうさま」
彼は身も心も喰われる。