「鬼ごっこだ」
「鬼ごっこ…ですか」
「ああ」
リボーンの知ってる、数少ない人間の遊びの一つだ。確か、ただ走るという…それだけの遊び。
「鬼ごっこ…なるほど、分りました。やりましょう、リボーンさん」
「ああ」
獄寺も乗り気だった。というか、獄寺の場合はただ単にリボーンに全力で付き合おうと合わせているだけだが、リボーンは気付かない。
「ええと…じゃあ、オレが逃げますね。リボーンさん、10数えてからオレを捕まえて下さい」
「分かった」
そう、確かそういうルールだった。さり気にルールを教えてくれるとは獄寺ナイス。とリボーンは獄寺を絶賛した。
ともあれ、リボーンは数を数える。獄寺は逃げる。
提案しておいてなんだが、本当に何故人間はこういうのが楽しいのだろう。以前見た幼子は狂ったように笑いながら走り回っていた。
あっという間に10秒数え終え、リボーンは獄寺の後を追う。
少ししたところに獄寺はいた。すぐに走れるようにしながら、リボーンの様子を窺っている。
リボーンが獄寺に向かい、獄寺が逃げる。
リボーンが獄寺と距離を詰める。獄寺がスピードを上げる。リボーンもスピードを上げる。
獄寺が驚きながらも更にスピードを上げる。リボーンも同じだけスピードを上げる。
―――今更だが、リボーンは死神であり、人間ではない。
見た目はただの子供だが、その中身が見た目通りであるわけがない。
当たり前のように、人間の力を優に超える―――というか、別ベクトルの次元である。
つまり、獄寺がどれだけ全力を出そうともリボーンに敵うわけがないのだ。
無論そんな事を知らない獄寺はただひたすらに走る。対して、リボーンは獄寺がスピードを上げれば同じようにスピードを上げるだけだ。涼しい顔で追い掛けて来るリボーンに獄寺は戦慄を隠し切れない。
(流石は鬼ごっこに誘うだけありますねリボーンさん…だがオレも…年上の意地で負けるわけには…!!)
年の時点でも獄寺はリボーンに負けているのだが、獄寺は知る由もない。
全力で逃げに掛かる獄寺。しかしその程度でリボーンを撒けるわけがない。
地元人である利点…地の利を活かしだす獄寺。この町の来たばかりの、年下の子供に全力で逃げるとは大人気ない、と一体誰が責められよう。
とはいえ、リボーンには死神の特性でターゲットである獄寺がどこにいるかなんて手に取るように分かる。曲がった角の先で姿を眩ませようと隠れようと何の意味もない。ただひたすらに獄寺を追う。
引き剥がせられない…むしろ段々と縮まっていく距離に焦る獄寺。
やがてだんだんと、だんだんと…危険な、足場の悪い道を選んでいく。
狭い路地、急な坂、入り組んだ小道。
これが通常の人間なれば、獄寺の思うように距離を離せただろうが相手は通常でも人間でもない、死神のリボーンだ。
必死に逃げ回る獄寺に、擦れ違う通行人が怪訝な顔をする。彼らには獄寺一人が走っているようにしか見えない。
しかしそんな彼らに気に掛ける余裕など今の獄寺にあるものか。
走る走る。ただリボーンから距離を置くように。
急ぐ急ぐ。ただリボーンから距離を取るように。
逃げる逃げる。ただただリボーンから距離を離すように。
角を曲がるとき、横目でリボーンの様子を窺えば距離はちっとも変ってなかった。
むしろ、近付いていると言っても過言ではなかった。
(マジっすか、リボーンさん)
追いつめられすぎて、笑いが出てきた。
もうわざと捕まえられようかとも思ったが、しかしリボーンはそれで喜ぶだろうか。
獄寺としては、リボーンを喜ばせたい。その為に全力を尽くしたい。
なら、もう少し頑張ってみよう 。
諦め掛けた心を奮い立たせ、獄寺は更に走り出す。全身に力を行き渡らせ、膝をばねのように跳ねさせる。
「おい、悪童何をそんなに急いでるんだ?」
「うるせぇ!!」
「よお悪童、今日は何の特売日なんだ?」
「そんなんじゃねぇよ!!」
「悪童、何遊んでるんだ?」
「見りゃ分かるだろ!!」
表通りに出たら顔見知りに声を掛けられた。悪童とは獄寺のあだ名のようなものだ。
道ではなく人でリボーンを引き剥がそうとも思ったが自分にも思わぬダメージが来た。これは駄目だ。やはり人気のないところまで戻ろう。
多少は稼げたかと思った距離も気のせいで、背後からは変わらずリボーンが迫ってくる。焦る獄寺。
急ぎ、慌て、逃げ、危険な道を走る―――
追い掛ける死神と、逃げ回る人間。
二人はただ遊んでいるはずなのに、それは滑稽なほど―――正しい姿にも見えた。
そして、こういう図の結末は古来から決まっている。
人間は、死神からは決して逃れられない。
「―――――っ!!」
ずるりと、
獄寺の足が滑る。
高い、坂の上。
バランスを崩した獄寺が落ちる。
何かを掴もうと、伸ばした手は空を掴む。
遠くに見えたリボーンが驚いた顔をしている。
予想外というような、しまった、とでも言いたげな。
獄寺は、突如目の前にリボーンが現れたような、そして手を伸ばしてきたような、そんな幻覚を最後に見た。
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END No.4「けれどもその手も虚しく空を掴む」
いかん。気付いたら遊びに夢中になっていた。