いや、吸うのはやめておこう。
獄寺は煙草を元の位置に戻した。
吸いたい気持ちはもちろんある。身体が求めているのが分かる。
でも、やめておこう。
何故か。何故だろう。自分でもよく分からない。
まあ、この状態で煙草なんぞ吸おうものなら、間違いなく寝煙草になるだろう。
それはよろしくない。非常によろしくない。そういえば以前やらかしたときはちょっとしたボヤ騒ぎになった。あれを繰り返すわけにはいかない。
獄寺は体勢を変える。天井を見上げる。
心はいつの間にか落ち着いていた。
眼を閉じると、すぐに意識が落ちた。
起きた時、すでに陽は高く昇っていた。
こんな時間まで寝ていたのは久し振りだ。
寝起きの、意識の定まらない頭のまま階下に降りる。
―――物音が聞こえた。
はて、何だろう。とその音が聞こえる部屋を覗き込む。
ハウスキーパーが、母の部屋を荒らしていた。
「―――何してやがる」
ドスを込めた獄寺の低い、静かな声にハウスキーパーの身体がぎくりと震える。
振り向き、獄寺を見て驚く。
「な―――あんた…生きてたの」
「生きてちゃ悪いか?」
どうやら昨日のニュース…バスの事故を聞いたらしい。それでてっきり獄寺も死んだのだと思い込んだと。
「主の死を聞いて、嬉々と家捜しか? お前の姿を見たら、情けでお前を雇ってやってるおふくろはどう思うだろうな?」
「な…なによ! なんで今日に限ってあんたが…何で死んでないのよ、あんた!!」
己の死を望まれ、獄寺の胸に暗い刃が突き刺される。
傷口から流れ出た血は、熱を持ち獄寺に纏わりつく。熱は獄寺の頭に血を昇らせ冷静な思考を失わせる。
見えない血は獄寺の視界を赤く染め上げる。何も聞こえなくなる。目の前の女が生きているのが許せなくなる。
獄寺はハウスキーパーに掴み掛った。
ああ、けれど―――
ふと、獄寺の中に残った、微かな理性が呟く。
確かにこの女は許せないけれど、
今、怒りに身を任せてこの女を * したとして、
その事を知った母は、どう思うだろか。
獄寺の手が緩む。
はっと正気に戻った時には、もう遅かった。
リボーンは人間の世界、獄寺の住む屋敷の前に来ていた。
何故だか開けっ放しになっている扉から中に入る。
とある部屋で、物音が聞こえた。
リボーンはその部屋を覗き込んだ。
ハウスキーパーが、獄寺の首を絞めていた。
この部屋にあったものだろうか、ネックレスを獄寺の首に巻き付け、鬼のような形相で引っ張っていた。
リボーンは二人に駆け寄るが、ハウスキーパーに触れる事は叶わない。
死期の遠い人間と死神は触れ合えない。
何も出来ない。
ただ、獄寺が死ぬのを、死んでいくのを見ている事しか出来ない。
そして―――やがて。
獄寺の身体は動かなくなり、その身から光が漏れる。
ハウスキーパーは光に何の反応も示さない。
それもそのはずだ。その光は魂。生きてる人間には見えない。
獄寺の魂は鳥の形となり現れ、肉体から飛び立つ。
獄寺の魂はハウスキーパーの周りを旋回し、何度も突撃する。
けれどその嘴は誰も何も傷付ける事はない。すり抜けてしまうのだ。
それでも、何度も何度も獄寺の魂は突撃する。
見ていられなくなり、リボーンは獄寺の魂を捕まえる。
「獄寺、もういい」
獄寺の魂は暫しもがいていたが、出れぬと知ると今度は自身の羽を毟り始めた。光の羽がいくつも千切れ、粒子となって辺りに散る。
リボーンは触れる手から獄寺の魂が訴える感情を感じ取っていた。
それは怒りであり、悲しみであり、嘆きであった。
己に対する不甲斐無さや、悔しさも感じる。
自分がもっとしっかりしていれば、こんな事にはならなかったのに。
「―――すまない、獄寺」
リボーンの呟きに、答えるものは誰もいない。
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END No.6「お気に入りのネックレス」
可哀想に、彼女はもうそのネックレスを付けれまい。