―――って、馬鹿かオレは。
獄寺は正気に戻る。昂っていた気を落ち着かせる。己が本来の目的を思い出す。
自分の目的はリボーンを病院に連れて行く事であり、火の粉を払うのはついででしかない。
なのに、何だこの様は。己を見失って、勝ちに走ろうとして。
獄寺は己を恥じ、そしてすぐに意識を切り替える。
思い出したからには、目的に向かって走るだけだ。
獄寺は相手から距離を取る。
「おい―――」
「一般人相手に獲物持ち出しやがって。ボスに知られたら叱られるぜ?」
「な―――」
マフィアは舐められてもいけないが、大人気ない対応を取っても笑われる。
丸腰の一般人相手に武器を出すのは笑う理由に十分だ。何せ、そうでもしないと勝てないと言ってるようなものなのだから。
今更のように自分の手にしているものに驚き、固まっている相手に獄寺は背を向ける。
背後で狼狽する気配。だが追っては来れまい。これ以上大人気ない対応は取れまい。
獄寺は物陰からこちらの様子を窺っていたリボーンの所まで走り、その手を取る。
「獄寺?」
「お待たせしました。行きましょう、リボーンさん」
「行く? 行くってどこへだ?」
「病院ですよ。決まってるじゃないですか」
「ああ、お前怪我してるもんな」
言われ、身体の節々が痛んでいる事に気付く獄寺。どこか切ったか、血も流れている。相手も腐ってもマフィアだったらしい。あのまま戦っていたら危なかったかも知れない。
「…そうですね。ついでにオレも診てもらいましょうか。でも、メインはリボーンさんですよ」
「オレ?」
本気で分かってなさそうに首を傾げるリボーン。その無邪気過ぎる仕草は見掛けの年よりも幼く見える。
…本当に、一体何者なんだろう。この人は。
只者ではない事だけは、確かなのだろうけど。
会って間もないとはいえ、自分はリボーンの事を何も知らない。
なのに何故、こうも惹かれるのか。
本来の自分は、こうじゃないはずなのに。
こんなに、他人に興味を持つなんて。触れ合いたいと思うなんて。怪我を負ってると知って、助けたいと思うなんて。
そういえば、怪我と言えば、考えたくはないが…リボーンは病気でもしているのだろうか。
初め会った時も思ったのだが、リボーンの手は冷た過ぎる。
言ったら悪いが…死人のように。
本当に生きているのかと、疑問を覚えてしまうほど。
ああ、やはり早く病院へ。
リボーンを、一刻も早く病院へ。
「―――おい、獄寺」
リボーンの声が後ろから聞こえる。だが獄寺は止まらない。
だんだんと不安になってきた。早くリボーンを病院へ連れて行かなければ。そうしないと手遅れになってしまうような、そんな不安感が獄寺を襲う。
「―――獄寺、聞こえてないのか?」
「後にして下さい、リボーンさん」
不安が、恐怖が膨らんでくる。動機が止まらない。まるで何かに追われているような。
走らないと、急がないと、逃げないと、早く、早く、早く、早く―――
「―――――獄寺、そこの角に誰かいる。別の道に進め」
聞こえた言葉の、意味が分からない。
走る足が止まらない。
止まる事なんて出来やしない。
止まれば最後、死ぬ。死んでしまう。殺される。誰に? それはきっと、死神に。
だから逃げないと、早く逃げないと、走らないと、死神から逃げないと、ああでも、リボーンさんは、リボーンさんを、置いて逃げませんから、そんな事は決してしませんから、この手は離しませんから、安心して下さい。
リボーンの手を握る、片手が異様に冷たい。
その部位から、死んでいくよう。
意識がそこにしか向かない。目の前の景色すらおぼろげだ。
だから獄寺は、リボーンが、死神が警告した、角の向こうで先日のごろつきの仲間が待ち構えていて。
振り上げた凶器を、自分の脳天に叩き込んだ事も、理解出来なかった。
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END No.8「飛んで火に入る」
死神と触れ過ぎた人間の末路。