「オレは死神だ。…そう言ったら、お前はオレの言葉を信じるか?」


「………」





獄寺の身体が震える。


頭ではなく、本能が悟った。


目の前にいる子供が、本当に死神であると。


逃げ出したくなる衝撃が獄寺を襲う。


けれど、獄寺はそれをどうにか抑える。理性が本能を抑え込む。





「…死神…ですか。オレの命を、刈りに来たんですか?」





獄寺の声が、微かに震える。身体が怯えている。


けれど獄寺にはどうしても信じられないのだ。


リボーンが、自分に危害を加える事など。





「ああ、オレの仕事は、お前の魂を刈る事…だった」


「だった…?」


「今は、オレはお前を助けたいと…そう思っていると言ったなら、お前はオレを信じてくれるか?」


「………」





リボーンの言葉が獄寺の魂に問い掛けられる。


獄寺は息を吐く。息を吸う。


新鮮な空気を肺の中に入れ、気持ちを…心を落ち着かせる。


リボーンを見る。


怖くない。恐ろしくなんかない。


死神だろうが、関係あるか。





「………信じます」





獄寺の、そのたった一言に。


リボーンは、安心したように息を吐いた。


その様子が、あまりにもおかしくて―――見た目の年相応通りに見えて―――獄寺は思わず笑ってしまった。





「…何がおかしいんだ?」


「いえ…別に」





言いつつも、笑いを堪え切れない。


なんだ、このかわいらしい死神は。


そして聞いた。リボーンから、事の話を。


本当なら、自分は今日死んでいたはずだったのだと、乗ったバスが事故に遭い、それに巻き込まれ死んでいたのだと。


獄寺は氷を飲み込んだように身体が冷えるのを感じた。





…本当なら、死んでいた?





そうならぬよう、リボーンが暗躍しバスを破壊した事も聞いた。獄寺一人のためだけに、この町全てのバスを壊したのだと。


流石の獄寺も少々申し訳ない気分になった。自分が死ぬのを回避するために、どれだけの人間に迷惑を掛けたのか。





「…壊すのは、オレの乗るバスだけでもよかったんじゃないんですか?」


「人間ってのは応用や融通が利く。機転もいいし、多少の無理や無茶だってしてのける。バスが一つ動けなくなった程度じゃ、他のバスで代用する可能性があった」


「………」





その通りだ。むしろ獄寺自身がそういう要望をバス会社に言いに行きそうだ。目に浮かぶ。





「…じゃあ、リボーンさんはオレの命の恩人というわけなんですね」


「一応な」





聞いて、また獄寺は笑う。


荒唐無稽な話だ。自分の魂を刈りに来た死神に、命を助けられるなどと。


けれどそれは、どうやら事実のようで。





「しかしオレは助かりますが…リボーンさんの方は大丈夫なんですか?」


「ん?」


「その…怒られたり」





と言っても、それでリボーンがはっとして「そうだった。やっぱりお前の命刈るか」と言っても獄寺は御免被るが、しかし気にもなる。


とはいえ、リボーンが誰かに怒られる場面など獄寺には想像も付かないが。





「まあ、大丈夫だろ」


「ですか?」


「噂じゃあいつ割と極悪非道らしいが、オレは怒られた事はないしな」





あ、やっぱり誰かいるんだ。と思いつつ獄寺はそのあいつとやらを想像。結構恐め。





「何にしろ、お前が心配する事じゃない。それに、死神が仕事を失敗するのもよくある話だ」


「そうなんですか?」





意外だ。死神に狙われた人間と言えば、まず間違いなく命を刈り取られそうなものなのに。





「人間の運命に抵抗する力ってのは馬鹿にならない。時には死神を退けるし…またある時には退治すらしてみせる」


「退治…」





本の中では見掛けない事もない話だが、どうやらあれはフィクションではなかったようだ。


とはいえ、リボーンが獄寺にしている事はまた毛色の違う話でもある。こちらは死神自ら助けてくれているのだ。


きっと、リボーンはずっと自分のような人間を助けて来たに違いない。まさか今回、自分だけを助けようなどと思ったわけがないのだから。





「もっとも、中には魂の回収率100%なんて輩もいるらしいがな」


「リボーンさんとは真逆ですね」


「ん? そりゃ、オレは0%って事か?」


「違うんですか? リボーンさん、今までも魂を助けていたんじゃないんですか? 今回の、オレみたいに」


「それは…」


「…? リボーンさん?」





どうしたのだろう。リボーンの様子がおかしい。


何かを考え込み、虚空を睨み付け、表情が強張る。


はて、自分は何か悪い事でも言ってしまったのだろうか。


疑問符を浮かべる獄寺に対し、リボーンは嫌な汗を掻いていた。


獄寺の言う、「今まで」を思い出してしまったがために。


獄寺の言った事は、半分正しくて、半分間違っている。


確かにリボーンは、これまでも与えられた仕事の先で任務放棄し、ターゲットの命を助けようとしていた。ずっとそうしてきた。


けれど、思い出したのだ。リボーンは、思い出してしまったのだ。





その命は、助けられなかった事を。





人間は運命から逃れられないとでも言わんばかりに。


先程自分で言った、人間が死神を退けるなんて言葉が絵空事でしか思えない程に。





リボーンと会った人間は、助からない。


誰一人として。


決して。





「…獄寺。逃げろ」


「え?」





きょとんとする獄寺。考え込むリボーン。


獄寺を逃がした方がいいのか、それとも共にいた方がいいのか。


死神は、いるだけで死の因子を引き込む特性がある。多少の偶然程度では死の運命を覆せないように。だから離れた方がいい。当然だ。


しかし離れた程度じゃターゲットは救えない。リボーンは知っている。思い出してしまっている。


そして気付く。気付いてしまう。


自分の身体が、うまく動かない事に…自分の意志と反して、動いている事に。





「!!」


「り…リボーン、さん?」





リボーンはもう口さえ動かせない。


黙って獄寺と向き直り、獄寺へと手を伸ばす。





「り―――」


「―――――」










そんな二人の様子を、どこか遠い所で見ている人物がいた。


死神の世界の主。リボーンに仕事を渡した張本人。


彼は笑みを浮かべ、二人を…リボーンを見ている。





「…惜しかったねリボーン。もう少し堪えれば、あるいは…その命を助けられたかも知れないのに」





その口調は労っているようでありながら、しかしその顔は何故か喜んでいて。


主は呟く。





「でも、まあ、今回はリボーンにも落ち度はあるよ? いくら永い眠りから目覚めたばかりとはいえ、寝惚け過ぎじゃない?」





その口調は馬鹿にしているようでありながら、しかしその顔は何故か楽しそうで。


主は呟く。





「自分の正体を…自分たちの情報をばらすなんてさ。掟破りもいいとこだよ」





その口調は非難しているようでありながら、しかしその顔は何故か嬉しそうで。


主は嗤う。





―――今、一つの命が、死神の手により刈り取られた。





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END No.10「掟破りのペナルティ」


キミたちは掟に縛られる存在。その事を忘れちゃ駄目だよ、リボーン。