それは、リボーンが帰ってくる少し前。
ボンゴレ10代目の主務室。そこには部屋の主と、主の右腕と……そして、右腕の姉が顔を出していた。
悪態を付き、姉を追い出そうとする右腕。まったく怯まない姉。苦笑する主。
穏やかな時間が流れていた。右腕は昔から姉を嫌う台詞を吐いていたが、それも昔の話。
今は…少なくとも昔ほどは姉を嫌ってはなかった。ただ今までずっと憎まれ口を叩いていたので、今更口調を直せないだけで。
姉も、そして主もそのことは分かっていた。だからこそ右腕の言動を微笑ましく感じながら見ていた。
そんな時間が、平和な時間が、あたたかな時間が流れていた…そんな時。
急に芽生えた殺気。それはボンゴレ10代目へと向けられていて。
いち早く感じ取ったのは右腕。我が役目を果たそうと敵を屠り主を守る。
けれどそれで終わりではなく。
その場に現れた刺客は一人ではなく。
最初にそのことを感じ取ったのは主で。
刺客は右腕の姉を狙ってて。
主は彼女の名を叫んで。
そして―――
隼人…? 隼人!!
無事かよ…姉貴。
どうして…私を……
へ、うるせえよ…そんなんオレも知るか。身体が勝手に動いちまったんだよ。
隼人…!!
そうして、右腕は亡くなった。
姉を庇って、亡くなった。
けれど姉はそのことを認めなかった。
そして主も、そのことを認めなかった。
そこを…騒ぎを聞きつけ、訪れたのは…訪れてしまったのは、幻術使いである骸。
姉は言う。有無を言わせぬ口調で、否定を許さぬ態度で、断ったら殺しそうな勢いで―――
私の身体を媒体に、隼人を作り上げなさい。
「…とまあ、そんなところか?」
「………」
見たはずのない出来事を、まるで見てきたかのようにリボーンは…骸に語る。
「オレがここに来て感じ取ったのは、お前の幻術だ。見えない霧がオレに違和感を感じさせた」
「………」
「お前はビアンキの身体に獄寺の幻影を纏わせた…だが、それだけじゃ足りなかった。あるいはビアンキの身体が耐え切れなかった。だからクロームも使ったんだな」
「…あの子があなたに白を切ったと? あの子にそんな器用な真似が出来るとでも?」
「出来ないだろな。だからクロームは何も知らされちゃいない。クロームは何も知らぬまま、その身体を使われている。だから覚えのない疲れを感じていた」
「しかしあなたはクロームと会っている。あの子が僕に使われているのなら会えるはずがない」
「そうだな。だがオレがクロームと会ったのは夜だ。昼間に探してみたが、あいつはどこにもいなかった。クロームの力を借りるのは昼だけ。夜には身体を返してるな」
「…何故そんなことを?」
「クロームは体力が少ない。それの回復のためだろう。夜なら眠るだけだからビアンキの負担も軽いだろうしな」
「………」
「ついでに言えば…ビアンキは特に怪我をしていない。それでも病室にいるわけは獄寺になりきるためだ」
「その推測が正しいとして…どうして僕が彼女の願いを聞き届けたと? マフィア嫌いのこの僕が」
「あいつはマフィアじゃない。殺し屋だ。そしてお前が大人しくビアンキに従った理由は…そうだな、ビアンキに屈したかツナに何か言われたか…あるいは、お前も獄寺にただならぬ思い入れがあったか…ってところか」
骸が何か言おうと口を開こうとしたところで…彼らの背後、獄寺が眠っているはずの病室の扉が開いた。
現れたのは覚束無い足取りで歩くクローム。病室の中には獄寺しかいないはずなのに。
「何か訂正はあるか?」
骸の顔が憎々しげに歪む。
そして…苦い顔をして、ため息を吐いた。
「…自分の姿を惑わしたり、何もない空間に姿だけを現すのはともかく…誰かに誰かを騙らせるのは結構骨が折れるんですよ」
それは、自白。
「それに彼女と僕は相性が悪いらしく、どうも上手くいかない。クロームの力を借りてようやく…といったところでしょうか」
それは、独白。
「まあ…惚れた弱みですかね。僕もクロームも、隼人くんのことがだいすきですから」
それは…告白。
「クロームに話さないでいいのか? 自分の身体を勝手に使われていい気分はしまい」
「言ったでしょう? クロームも隼人くんが好きなんですよ。今彼の死を知ったら動揺し、使えなくなる…追々話しますよ」
「酷い話だ」
「それで」
骸の声の質が変わる。声の中に殺気が宿る。
「あなたはこのことを知って…どうなさるおつもりですか?」
「………そうだな」
真相を知った以上、これ以上茶番に付き合うつもりはない。
必死に現実から目を背けている教え子たちの目を覚まさせるのは骨が折れそうだ。
とはいえ、そのことはきっと獄寺も望んでいるだろうし、彼らの教師として見て見ぬ振りは出来まいが。
「ひとまずは―――」
だがそれも後回しだ。それより先にすることがある。こいつらを引っぱたくのは後でいい。
リボーンは殺気立ってる骸にこれからする行動を告げた。
「で、お前はどこまで知ってたんだ?」
「………」
車での移動中。リボーンは雲雀にそう尋ねていた。
雲雀は不機嫌な顔を窓の外に向け…口を開く。
「言ったでしょ。僕は何も知らない。何も知らされてない。だから出来たのは推測だけさ」
「聞かせろ」
「推測といっても幼稚なものさ。言うのも恥ずかしい」
「それでもいいから聞かせろ」
いつもと変わらないリボーンの態度に、雲雀はこんなのと付き合っててあの子は相当苦労してたんだろうなと思いながら話した。
「あの日彼らが襲われ、誰かが死んだ」
「………」
「姿を消したのはあの子の姉。だけど死んだのはあの子」
「ほお」
「今はもう会ってないからどうなってるか知らないけど…初め"あの子"のお見舞いに行ったとき…何とも言えない違和感と不気味さを感じたよ」
「オレが面会したときは不気味とは思わなかったけどな」
「それじゃあますます会うわけにはいかないね。…外見は間違いなくあの子。声もあの子。口調も対応もあの子のものなのに……"違う"んだよ」
「それでお前はクロームに何かあると思ったのか」
「僕はよく知らないけど、姿形を変えるのは幻術使いの十八番なんでしょ。何か関わりがあるぐらいは思うよ」
「お前が疲れていたのは気疲れか」
「………今あの場所は異常だよ。僕から言わせれば、どうして周りの奴らが平然と出来るのか分からない」
どうやら雲雀もあの違和感は感じ取っていたらしい。それがどういうものなのかは分からなかったようだが。
「…で、今僕たちはどこに向かっているわけ?」
「獄寺の墓だが?」
「―――」
窓の外を見ていた雲雀がリボーンに振り向く。リボーンの表情は変わらない。
「…知ってるの?」
「恐らくだが、当たってるだろう。ツナがあいつの遺体を適当に処分するとは思えん」
ツナの獄寺に対する執着は凄まじい。それは日本にいたメンバーなら誰もが知ることだ。
「彼は…どこにいるの?」
「昔あいつが暮らしていた城…その敷地内にある、あいつの姉のために作られた墓の中だろうさ」
獄寺の姿をした、ビアンキに告げられた言葉。
無論適当なことを言われただけかも知れない。知らないとは言えないから嘘を付いたのかも知れない。
それでも当たりだろうと、リボーンは踏んでいた。
さて、もうすぐで着く。ようやくあいつと再会出来る。
リボーンは任務に出る前、恋人と最後に交わした言葉を思い出す。
どうか、お気を付けて……また会える日を楽しみにしています。
リボーンさん…リボーンさんが帰ってきたら、言いたいことがあるんです。
ですから…必ず生きて、帰ってきて下さいね? 約束です。
「オレは約束を守ったけど、お前の方が守れなかったな」
「え? 何?」
思わず呟かれた言葉を雲雀に聞かれ、リボーンは適当に誤魔化す。
獄寺の言いたいこととは何だったんだろうなと思いながら、リボーンは車を止めた。
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さて、問題だ。
オレは"いつ"から気付いていた?
正解は教えんがな。
リクエスト「獄総受け死ネタ」
リクエストありがとうございました。