唐突だが。


リボーンは真剣にテレビを見ていた。


その目付きは鋭く、まるで獲物を狙う獣のように。


気の弱いものがそんな目付きで見られたなら、それだけで泣いてしまいそうなほど―――リボーンの視線は尖っていた。



「……………」



暫くして、リボーンはテレビの電源を切った。もう用はない、必要な情報は全て手に入れた、とばかりに。


続いてリボーンは自室を出て歩き出した。行き先はツナの主務室である。


「ツナ。いるか?」


一言断り入った室内には、この部屋の…そしてこのファミリーの主がいる。彼はいきなり現れたリボーンに少し面食らってる様子だ。



「………どうしたの? リボーン。こんな時間に来るなんて珍しい」


「頼みがある」


「………?」



いつもとは少し違う様子のリボーンに、ドン・ボンゴレ………綱吉は戸惑う。


綱吉とリボーンは、かれこれ10年程寝食を共にした付き合いになる。


そんな綱吉は知っている。いつも不敵な、余裕のある態度を崩さないのがリボーンのスタンスだ。


その、リボーンが…今は何処か切羽詰ったかのような、思いつめているかのような………そんな様子なのだ。


気迫がある、と言っていいかも知れない。


そういえばリボーンはいつもは人を小馬鹿にしたかのような笑みを浮かべているくせに、それすら消えていた。


…それだけ余裕がないのだ、ということに気付くと、綱吉は思わず青褪めた。


綱吉とリボーンの関係は、教え子と教師だ。弟子と師匠、と言ってもいい。無論リボーンが教える側で、だから綱吉はなんだかんだでリボーンに頭が上がらない。


その、リボーンが…何が起きたのかはまだ分からないが、とにかく余裕をなくしてしまうほどの事態が起こっている。


綱吉は思わず口内に溜まった唾を飲み込んだ。ごくり、と音が嫌に大きく聞こえた。



「………頼みって、何……?」



思えば。


思えばだ。


綱吉は思う。リボーンが今の今まで、自分に頼み事をしてきたことがあっただろうかと。


ない。断言出来た。


そんなリボーンの、頼み事とは…?


リボーンは硬い表情のまま、綱吉のテーブルの上に一枚の紙を差し出した。


綱吉がそれを手に取り、見ると―――


その紙には、『届書』と書かれていた。



「・・・・・・・・・」



その紙には、残業だの早退だの色々書かれてあった。その中の、『有給』という箇所に丸が付けられてあった。


要約すると、『今度の日曜日休みたいです』と書かれてあった。


ぶっちゃけると、有給休暇の申請だった。



「週末、晴れるらしいんだ」



表情を崩さないまま、先ほど見たテレビの情報を言うリボーン。



「休んでいいか?」





今までのシリアスな空気はなんだったんだゴラァ!!





綱吉はそんな思いを込めて、とりあえずちゃぶ台返しの要領で机を返した。







「さて…」


とりあえず無事に有給休暇が取れたリボーン。


しかし、彼にとってはこれからが本番なのであった。


「どこに行くかな…」


日曜、そして快晴。それはなんとも素晴らしいデート日和。



―――突然だが、リボーンには恋人がいる。



相手は一回り以上も年上だが、というか同性なのだがお互い気にしていない。お互い相手にベタ惚れだからだ。


なのでもちろん今回のこの有給も、そして今彼が頭を抱えていることも。全ては恋人たる彼のためなのだ。



「どこに……」


真剣な表情でぶつぶつと呟いているリボーン。


と、そんな彼に声を掛ける影一つ。



「よ」


「………シャマルか。どうした」



リボーンは台詞こそ穏やかなものの、邪魔すんじゃねぇ! と言わんばかりにシャマルを睨み付ける。


…が、シャマルはそんなリボーンもどこ吹く風と言わんばかりに無視して、リボーンに紙切れを押し付けた。


「これ、人伝に貰ったんだけどオレいらねーから。やるよ」


と言いつつシャマルが差し出している紙を見ると、それはどうやら動物園のペアチケットのようだった。


「動物園…か」


獄寺はこういうところは好きなのだろうか? もし好きならばこのチケットは願ったり叶ったりなんだが。


「まぁ…貰うだけ貰っとく」


「おぅ」



じゃあなと言って、シャマルは去った。


思わぬところで収穫があった。


「………あとは獄寺の都合か…」



ここに来てようやく相手の都合である。


ここでようやく獄寺の都合が悪かったらどうしようとか思いだす11歳。若干焦り気味である。



思わずその場で暫くうんうん唸ってしまったリボーンであった。





けれどいつまでも唸っていては最強のヒットマンである自分の名が廃るのだ。


なんとか気を持ち直し、いざ愛する愛しい恋人・獄寺隼人の下へ急ぐリボーン。





その、当の。噂の恋人獄寺隼人はというと。





「姉貴…今度の日曜………オレ休みなんだけど、」


「そうね」


「………リボーンさんに弁当作って差し入れしたら変かな!?」



などということを腹違いの姉・ビアンキに相談していた。


ちなみに何故いきなり唐突に手作り弁当なのかというと、それは彼が手にしている雑誌が原因である。


その雑誌の星座占いによると、『乙女座のあなたは恋するダーリンに猛烈アタックが吉! ラッキーアイテムは手作りのお弁当☆』と書かれていた。


思わず目を覆いたくなってしまいそうな酷い文だが、それでも恋する乙女座獄寺隼人はなるほど! と納得したのである。


そして愛する弟から愛する愛人へのアプローチ方法について相談を持ちかけられ、ビアンキは暫し考え―――



「………悪くないわね」



あっさりと乗っていた。



「マジか!!」


「大マジね」



しかもノリノリだった。



「そうか、有りか………よし、今から特訓しよう。ちょっと本買ってくる」


「待ちなさい隼人。本なんて必要ないわ。だってここには………愛の必殺料理人である私がいるじゃない!!」


「悪ぃ。姉貴。オレは材料集めから弁当の包みまで自分一人の手でやりたいんだ」



暗に『てめーの手が少しでも触れたらそれだけで大惨事確定だろ止めてくれオレに関わらないでくれ』と言っているのだが、当然ながらビアンキには通じない。


「隼人………」


と彼女は目尻に涙を浮かばせ、「立派になって…!」とその場で泣き崩れた。そしてリボーンが来たのは、まさにそんな時だった。





「獄寺」


「リボーンさん!!!」



ぱっと満面の笑み。獄寺の周りにだけ色鮮やかな花々が咲き開いたかのようだった。



「今、いいか?」


リボーンはちらりと室内を見て…そこで泣き崩れているビアンキを見て一瞬「何事!?」と思ったが、


「はい! 何なりと!!」


と、やっぱり満面の笑みを見せてくる恋人がとてつもなく可愛くて可愛くて可愛かったので「まぁいいか」と思うことにした。



「今度の日曜なんだが…お前、何か用事あるか?」


「用事…ですか?」



少し考え出した獄寺を見てリボーンは内心「予定あるのか!?」と思ったが彼の売りはポーカーフェイスである。表にはまったく現れない。


一方獄寺は用といえば先ほど思案した「リボーンさんへお弁当大作戦☆」のみである。リボーンへの弁当は作れなくなるかも知れないが、他でもないリボーンの頼みなら聞かないわけがない。



「…オレは大丈夫ですよ。何か御用ですか?」


「ああ、そうか…」



決して表には出さないが、内心ほっと胸を撫で下ろすリボーン。



「じゃあ獄寺。こういうところに興味はあるか?」


と、リボーンは先ほどシャマルから貰ったチケットを獄寺に見せる。


「…動物園ですか?」


「そうだ」


「………」



獄寺はじっとチケットを見ている。リボーンは獄寺が動物嫌いだったらどうしようどうしようどうしようと内心でひたすら焦っていたが、そんなリボーンの心情など露知らず。獄寺は顔を上げた。


「実はオレ、ここ行ってみたかったんですよ」



獄寺は笑顔でそう言ってきた。


まさかの好感触だった。





―――ありがとう。シャマル。





リボーンは生まれて初めてシャマルに感謝した。



「そうか。じゃあ今度の日曜………一緒にここに行かないか?」


「え? でもリボーンさん、仕事じゃあ…」


「休みを取った」



実はその日はボンゴレで大きな任務があり、リボーンもそれに借り出される予定だったのだが…日曜日の天気がよかったからという理由で休んだのだった。


無茶を言いすぎだった。


しかしリボーンは一度決めたら大抵自分の意思を貫き通す。そのため綱吉は渋々休みを承諾したのである。今頃空いたリボーンの穴を埋めるためてんてこ舞っているだろう。


ちなみに獄寺は少し前に大きな仕事に出ていた為今回の任務はお休みである。その任務に弁当を持って行く気満々ではあったが。



「そうなんですか…じゃあ、是非とも行きましょうリボーンさん!! オレ、今から楽しみです!!」


「そうか。それはよかった」



にこやかに、笑顔で受け応えする恋人たち。


まさに幸せを絵に描いたかのような風景。


けれど、これが…のちの悲劇に繋がるなどと。



この時点では、誰も………思えなかった。







そしてデート当日。


日曜日。天気は天気予報の通りに快晴。


絶好のデート日和だった。



「リボーンさんっ!」



獄寺も上機嫌である。


どれくらいかと言うと、会ってすぐにリボーンと手を繋いで歩き出したぐらいだ。


急に獄寺に手を繋がれ、内心心臓がそれはそれはとてつもなく大惨事なことになってしまったリボーンだが、当然ながら表情には出ない。


あと実は何気に獄寺と手を繋いで歩くことが密かな夢だったリボーンはそれだけで早くも今日という日を満足してしまっていた。



リボーンのすぐ横では獄寺が楽しそうに動物を見ている。


リボーンは上機嫌な恋人の顔に見惚れながら歩いていた。



そんな感じに少しゆっくりと歩いていたら、お昼である。





「リボーンさん! お昼なんですけど!!」



と、獄寺が言いながら手にしていたバスケットを突き出してくる。


「獄寺。それは?」



と、疑問を口にするリボーン。


実は最初待ち合わせ場所で会ったときから気になっていたのだが、自身の恋人たる獄寺隼人があまりにも可愛すぎて可愛すぎたので今までまぁいいかで済ませていたのである。


というか、出会ってすぐに手を繋がれて心臓がどっきゅんどっきゅんばっきゅんばっきゅんとなってしまったので聞く余裕がなかったというべきか。



「お昼のお弁当です!! 今日のために作ってきたんですけど………リボーンさん、食べて貰えますか?」



ちょっとだけ不安そうな顔をして、上目遣いで聞いてくる獄寺隼人氏。


それだけでも色んな意味で大ダメージだというのに、更にリボーンは驚いていた。



「弁当…? 作ってきたって、お前がか?」


「はい!!」



大きく頷いた獄寺に、リボーンの全身に雷が落ちたかのような衝撃が走った。



弁当。


手作りのお弁当。



実はリボーンには密やかな夢が三つほどあった。そのうち一つが先ほど叶った恋人と手を繋いで歩くことである。


そしてもう一つこそが、今まさに目の前に広がっているシチュエーション。恋人の手作り弁当を食べることだった。


彼の求めるものは王道であった。そして譲れないのであった。



「リボーンさん、準備出来ましたよ」



と、気付けば獄寺は木陰にカラフルなビニールシートを広げて正座していた。真ん中には蓋の取られたバスケットがある。中を覗き込めば、意外と言ったら失礼だろうか、美味しそうな料理が広がっていた。


「今日の為に頑張りました!!」



なんて可愛いんだろう。



リボーンは世界中の人々に自分の恋人を紹介して自慢して回りたい衝動に駆られたが我慢した。今はとりあえず目の前のお弁当である。


「リボーンさん、どれが食べたいですか?」


受け皿を持って聞いてくる獄寺に、リボーンは目に付いた玉子焼きを注文する。皿に乗せて渡してくれるものだと思い込んでいたが、獄寺の行動はリボーンの想像斜め上をいくのだった。



「…はいリボーンさん、あーん!」




獄寺!?




リボーンは思わず慄いてしまった。が、獄寺隼人は止まらない。


「リボーンさんはこういうのはお嫌いですか?」


「嫌いっつーか…」



むしろ大好きです。とは言えないヘタレヒットマン11歳。先ほども言ったとおり、彼は王道が大好きである。


だから恋人の手作り弁当、のあとには恋人の手で食べさせてもらう、というのも実は最初密やかな夢の中にあったのだが…流石にそこまではないだろう、と自分で思って自分で夢破れたのだ。



が、


まさか、



まさかしてくれるだなんて思いも寄らなかった。



リボーンの心臓はかなり前からばっくんばっくんいっていて、なんだかもうむしろ昇天してしまいそうである。


というかさっきから幸せの連続過ぎて最後には昇天しなくてはいけないのかも知れない、とすら思い始めてしまっている。



「リボーンさん…?」



動きのないリボーンに獄寺が不安に思ったのか、声を掛けてきてくれた。


その声で、リボーンは正気に戻った。



「いや、なんでもない」



…たとえ最後には昇天してしまおうとも。


男には、やらねばならない時がある!!



(今がその時)



決してそうではないとは思うが、リボーンはそう思って獄寺の差し出してくれた玉子焼きを食べた。



「どうですか…?」


「悪くないな」



ぶっちゃけると味なんて幸せが強すぎて分からなかったのだが、実はそれが大正解だったりする。



…獄寺隼人は、今日という日の為に特訓に特訓を重ねていた。


そして、やっと形が出来上がってきたところで、実験台…もとい、哀れなる犠牲者…ではなく、味見役をある人物に頼んだのだった。


ある人物とは、我らがボンゴレ10代目こと綱吉だった。


彼は獄寺が愛する人を想い、失敗に失敗を重ね、けれど諦めなかった愛と努力の結晶を口にして………一言、こう言った。





「………リボーンになら、獄寺くんの料理も食べれるかもしれないね」





暗に『ごめん獄寺くん。これ見た目に反して泣きたいぐらい美味しくない』と言ったのだが、当然ながら獄寺には通じなかった。



そして当日。そしてこのリボーンの反応である。獄寺隼人は歓喜した。



「嬉しいですリボーンさん!! あとこっちの唐揚げも、あとこの煮付けも! 自信あるんです食べてください!!」


「分かった分かった」



恋に恋する恋人たちは、多少のずれがありながらも幸せそうだった。





そんなこんなでお昼も終わり、午後からも動物巡りである。


とはいえやっぱりリボーンが見ているのは動物ではなく獄寺だったのだが。


そうして歩き回っているうち、獄寺が不意に足を止めた。


今まではゆっくりとはいえ歩き通しだったのでリボーンは疑問を覚えた。



「獄寺?」


「…え? ああ、すいませんリボーンさん」



と獄寺は謝罪するものの何処か上の空で、ある一方を見ていた。


「?」


獄寺の視線の先を、リボーンも見てみる。


そこは小動物コーナーだった。様々な動物が客人に愛嬌を振りまいている中、獄寺が見ているのはある檻の中だった。


そこにいたのは、元気に飛び回るうさぎたち。



「リボーンさん…」


獄寺が、うさぎを見ながら。何処か恍惚とした表情で一言。


「うさぎって………可愛いですよね…」


「………」



リボーンは、自慢ではないがこれまで獄寺に「格好良い」だの「素敵」だの、そういう言葉は散々言われてきた。


が、流石に「可愛い」と言われたことはなかった。


そんな言葉は女が言われて喜ぶものだと思っていたから、別段言われたいとも思ってなかった。



だが。


しかしだ。



「………」


うさぎを可愛いと言う獄寺の顔。


頬を少し赤く染め、酒でも入ったかのようにぽーっとした表情で、溢れんばかりの愛しい感情を込めて、「可愛い」と言う獄寺の顔。



ぶっちゃけ、なんだかうさぎに負けたような気がした。


リボーンが人生で初めて敗北を経験した瞬間だった。


そして同時に、リボーンは決意した。



(獄寺に………オレの方が可愛いと言わせてやる!!!



愛すべきヘタレ馬鹿、リボーンは人知れずそう決心したのであった。










そしてリボーンがそう決意を決めてから、早くも数週間が経過した。


「10代目ー」


と、ボンゴレ10代目の右腕にして最強ヒットマンの恋人にしてマフィア界のアイドル獄寺隼人は綱吉の主務室に訪れてた。



「ん? どうしたの獄寺くん」


「リボーンさん知りません? 最近見掛けないんですけど…」


最近と言うか、獄寺がリボーンと最後に会ったのは数週間前の動物園デートである。



「あれ? 知らなかった? リボーン有給取ってどっか行っちゃったよ」


「ええ!? どっかって………どこですか!?」


「さぁ…オレもそこまでは。全然連絡も付かないし。…まぁリボーンのことだから生きてはいると思うけど…」


「そうですか…リボーンさん…」



と、あからさまにがっかりしょんぼりする獄寺隼人。綱吉は慌ててフォローに回る。


「ああ、でも、もうすぐ帰ってくるって! 有給あと少しで切れるし!!」


「そう…ですよね…! あ、じゃあ10代目、これ見てくださいよ!!」



と、あっという間に元気を取り戻し獄寺が綱吉に差し出したのは何枚もの写真である。


「やっと時間見つけてプリントしたんですよー!! 先日の動物園での写真です!! リボーンさん可愛いですよねー!!」



リボーン。この時点で獄寺に可愛いと言われることは達成したのだが、本人が知らないのでノーカン扱いである。



「…かわ…いい……?」



ちなみに写真に写るリボーンはどれもこれも口をへの字にした仏教面で、少なくとも綱吉にはどう控えめに見ても無愛想な子供にしか見えない。


「ええ!? 可愛いじゃないですか!! 特にこれなんかもう可愛くて可愛くて!!」


と、獄寺が差し出したのは黒い仔うさぎを胸に抱いたリボーンの写真である。獄寺が無理を言ってリボーンに抱いてもらったのだ。



「いや、うさぎは可愛いと思うけど………って、このうさぎなんだか怯えてない?」


「…やっぱり動物には隠していても一流のヒットマンの貫禄というものが伝わるんでしょうねー…」



そうかなぁ、そうなのかなぁ、と、そういう会話をしているまさにその時ボンゴレファミリーアジト内に警報が鳴り響いた。


思わず顔を上げ、全身に緊張を走らせる二人。立ち上がろうとした綱吉を獄寺が手で制する。



「10代目はそこにいてください!! オレは様子を見てきます!!」


「…分かった。気を付けて!!」



綱吉の声を背に受け、獄寺は主務室を飛び出した。



―――ボンゴレファミリーは名高いファミリーだ。恨み辛みも多く買っている。


だからこそこんな襲撃も実は珍しくはない。


ただ、ボンゴレに喧嘩を売るというのだから、襲撃をしてくる奴等は全員が全員覚悟を決めてくる。それは捕まって拷問される覚悟ではなく、自分の命と刺し違えてでもとにかく敵を殺す覚悟である。


生半端な気持ちで対応すると、例え相手がどれだけ少人数であろうとも…例え一人であったとしても、手酷い傷を負う時もある。



だから獄寺は自身が前に出た。


綱吉と自分が愛するファミリーを守るために。



獄寺は警報が鳴った現場までやって来た。


そこでは部下たちが何者かに怯えるように物陰に潜んで、佇んでいた。


獄寺はその中の一人に声を掛ける。



「おい。この騒ぎはなんだ。襲撃か。敵の数と被害を言え」


「こ、こちらの被害は今のところゼロ…襲撃者は今のところ一人、です」



どもりながら言ってくる部下の言葉に獄寺は首を傾げる。被害はなしで、敵は一人?


今でも警報はガンガン鳴っている。時間が経てば経つほど不利なのは敵の方だ。なのに逃げもせず自棄になって攻撃している様子もない。陽動………にしても攻撃をしてこないのはおかしい。



「…どいつだ。オレが相手をしてやる」



考えていても仕方がない。答えを出すには材料が足りない。相手を見ればどこのどいつか分かるかもしれない。


部下が恐る恐る、といった風にある方向を指差した。獄寺がそっちを見る。


「な………っ!?」


獄寺は、絶句した。







一方で、話は変わるのだが。


リボーンサイドでは今まさにリボーンが数週間の有給を終えてボンゴレに帰ってきたところだった。


何をしていたのかと言うと、もちろん愛しの恋人獄寺隼人に「可愛い」と言ってもらえる為の旅である。



獄寺に可愛いと言って貰える為には、まず獄寺がどんなものを可愛いと思うのかが大事になってくる。


そこでリボーンは考えてみたのだが、思い返せば獄寺と知り合って付き合って恋人同士になって早10年。彼が可愛いと言ったのはあの動物園が最初で最後かも知れない。



よもや、とリボーンは思った。よもや獄寺はうさぎにしか可愛いと思えないのだろうか?


それは不味い。それでは目的は達成出来ない。どうすれば獄寺に可愛いと言ってもらえるんだ…


リボーンは頭を抱えた。このままでは彼の心は一生うさぎに負けたままである。



(うさぎごときに負けてたまるか!!!)



男として、そして一流のヒットマンとしてもここは引けず、譲れず負けれない戦いだった。


リボーンは思い、悩み、長考した。そしてついに、一つの結論に至ったのだった。



(そうか、これなら、獄寺もきっと……!!)



行くべき道が分かれば、あとは行動あるのみである。


リボーンは世界各国を巡り、目的のものを探し続けた。なまじ完璧主義者である彼は、妥協を許さず自分が納得出来るものを見つけるまで諦めなかった。


そしてついに見つけた。リボーンは歓喜した。これで獄寺に可愛いと言ってもらえると!!!



リボーンは嬉々としながら、わくわくうきうきしながらボンゴレに帰ったのだった……







そして、話は戻って獄寺サイドである。


突如現れたボンゴレへの襲撃者。


部下たちはその襲撃者に恐れをなし、誰も手が出せないでいる。


しかし獄寺は、そんな部下たちを「情けない」と一喝出来なかった。


何故なら獄寺もまた、その襲撃者に…ある意味畏怖の感情を抱いてしまったのだから。



そいつの姿は、異形だった。



顔を割られないためにそんなものを付けているのだろうか。一瞬ふとそう思ったが、それだけにしてはあまりにも不合理的な気がした。


襲撃者は特に何処かを襲う、というわけでもなく両の手に拳銃を持っているくせにそれを使おうともせずただゆっくりと歩いている。



血と硝煙の臭いをその身に纏いながら。


まるで自分のアジトのように。


けれどあんな奴がこのファミリーの人間や客人なわけがない。今をも警報が激しく鳴り響く中、余裕を持って歩くのもおかしい。



「ふざけやがって…」


獄寺は前に出た。何が目的かは知らないが、奴は今ここで自分が止める。


「そこのお前!! 何者だ!!」



獄寺がそう怒鳴り声を上げれば、襲撃者はぴたりと止まり…一呼吸の間を置いて首だけ獄寺の方を向いてきた。そいつの大きな混濁とした、そして血のように赤い瞳が獄寺を捉える。


それだけで獄寺は悪寒に襲われ、思わず身を引きかけるがそんなの今更だ。自分の後ろには部下と10代目の命があるのを忘れるな。



襲撃者は獄寺の姿を確認すると、獄寺の方へと駆けて来た。両の手の武器など使う様子も見せず、それが獄寺を困惑させる。


しかしそれも一瞬だった。襲撃者と詰まる距離。襲撃者の姿がよりはっきりと見え、その恐ろしさに獄寺は思わずダイナマイトを取り出していた。



「果てろ!!!」



投げられる爆薬物。鳴り響く轟音。けれど煙が晴れた先にいたのは、多少服が焦げただけであとは無傷の襲撃者だった。


「なに!?」


襲撃者はスーツをぽんぽんと軽くはたいて、まるで何事もなかったかのようにまた獄寺のところへと歩いてくる。


攻撃が効かないというのは、恐怖だった。


獄寺はダイナマイトが効かないならナイフを、と思ったが自分の腕では投げたところで逆に返されるのがオチだろう。接近戦など考えたくもない。


この短い対面の間に、獄寺は襲撃者の方が実力は上だと悟っていた。このまま戦っても負けるだけだということも。



けれど引けない。だからといって引くわけにはいかない。


男には、負けると分かっていても戦わなくてはならないときがある。



(今がその時)



獄寺は手の平に収まる程度の大きさの筒を取り出して、襲撃者に向けて投げた。黒い煙幕が辺りを包む。



「―――一斉射撃!!!」



獄寺は力の限り叫んだ。そこらの通路の影から、警報により集まっていた部下たちが銃弾の雨を降らせる。


獄寺も懐から銃を取り出し、撃ち鳴らす。そして煙幕が晴れた先。



そこには今度は、誰もいなくなっていた。










「………で、結局なんだったの?」


「変質者ですよ変質者!!! もうアレ夢に出てきそうでオレ嫌です…」


「変質者…ねぇ……」



結局、被害はゼロのまま終わりを告げた。襲撃者はただやってきてどこかへと消えたのである。


所属ファミリー・目的は不明。というか、アレを前にそんなもの気にする余裕もなかった。



「あー…オレ、今度ばかりは死ぬかと思いました」


「そんなに強かったの?」


「対峙しただけで奴の実力が肌で感じられましたから。見た目はふざけてましたけど腕は確かでしょうね」


「ふーん…」



と、綱吉はその噂の襲撃者の写真を見る。監視カメラの映像を無理やりプリントアウトしたものなので画像は荒いが、それでもその異様な姿は手に取るように分かった。



「……………」


「うー、リボーンさん…リボーンさん早く帰ってきて下さい…」


めそめそと泣き崩れる右腕を見ながら、綱吉は浮かんだ疑問を脳内にぶつける。



(………で、なんでリボーンは妙にリアルなうさぎの被り物なんて被ってるの?)










ところ変わって、リボーンの部屋。


そこに普通に入ってきたのは、先ほどボンゴレ内を襲撃者として怯えさせ、獄寺には変質者として綱吉に報告されてしまった………我等がリボーンである。


彼はドアを閉めると、小首を傾げた。



(どうしてあいつらはオレを攻撃してきたんだ?)





―――唐突だが。





リボーンが閃いた獄寺に「可愛い」と言われる方法というのは、うさぎになる、というものである。


獄寺がうさぎにしか可愛いと思えないのであれば、うさぎになればいいだろう、という考えである。


この時点で早くも常人には理解出来ない壁が立ち塞がっているが、そういうわけで彼は有給を使い世界各国を巡ってうさぎの被り物を探していた。


リボーンは今まで被っていたそれを取る。そしてまじまじとそれを見つめる。



「…可愛いと言ってくれると思ったんだけどな」



リボーンの視線の先。


そこにあるのは妙にリアルに作りこまれた、まるで巨大うさぎの生首を元にしているかのような、可愛らしさの欠片もない、むしろおぞましさしか抱かないような………白いうさぎの被り物である。



だが彼は、それが「可愛い」と本気で信じていた。



まさか辺り一面から純度100%の殺気を向けられ総攻撃をされるとは夢にも思わなかったのである。


しかもこの被り物。不便なことに被ると音が完全シャットダウンされてしまうのだ。だからリボーンは警報の音も獄寺の怒鳴り声も聞こえなかったし、自分が放った「獄寺」と言う声も周りには聞こえなかった。



「まったく、帰る前にも一度襲撃を受けたってのに…今日はついてないな」



リボーンは名高いヒットマンなので、色んな恨みを買っている。命を狙われるなど日常茶飯事だ。無論今のところ全て返り討ちだが。


有給中もかれこれ三回ほど襲撃を受けた。その三回目こそ、不運なことにボンゴレに戻る直前で。彼は硝煙のと血の臭いが消えきれないまま、抜いた銃を収めないままアジトへと戻ってしまったのだ。


リアルうさぎの被り物を被って。



本人としては愛する獄寺へのサプライズだったのだが、それは真逆の意味で大成功を収めてしまっていた。



「一体何がいけなかったんだ?」



ありとあらゆる全てのものがいけないのだが、悲しいことにリボーンはその事実に気付かない。


彼はもう一度そのリアルうさぎを被って椅子に座り込む。小首を傾げ、頬に手をやり長考する。



「……………」



獄寺はうさぎを可愛いと言っていた。それは間違いない。


だから自分も可愛いと言われるためうさぎをこしらえてきた。何の問題もない。


が、しかしだ。獄寺の反応は自分の考えているものとは違うものだった。


…何処かに認識の差異がある。狂いがある。リボーンはそのことに気付いた。



―――もしかしたら、自分はどこか、根本的な部分で何かを間違っているのかも知れない。



それは何処だと自身に問い掛ける。鏡を見て、何がいけないのかを考える。



「…………………」



あの日の獄寺を思い出す。獄寺が可愛いと言っていたうさぎを思い出す。


そういえばあの日、獄寺に頼まれてうさぎを抱えた。あの時は獄寺に可愛いと言われるうさぎが憎くて憎くてテメェうさぎ鍋にして喰ってやろうかと思ったほどだ。獄寺の手前我慢したが。


それを思い返してまたはらわたが煮えたぎるほどの怒りを思い出した。が、それは今は関係ない。そのうさぎに勝つための今なのだ。


あのうさぎと、今目の前のリアルうさぎ。きっとどこかに違いがあるはずだ。思い出せ、よく思い出せ。



「………………………」



あの日、胸に抱いた小さな命。


つぶらな瞳。黒い、ふさふさとした毛皮。長い耳に小さな手足。



「……………そうか!!」



リボーンは閃いた。なんだ、そうか、これか。こんな簡単なことだったのか。


あの日抱いたうさぎと、今目の前のリアルうさぎ。


その違い。



「………色だな!!!」



違う。


違うのだが、そう突っ込んでくれる者は誰一人としていない。



「獄寺は黒いうさぎが好きなんだな!?」



違う。


そもそもそういう問題ではないのだが、本当に悲しいことに残念なことにリボーンはその事実に気付かない。



気付かないままリボーンはリアル白うさぎをリアル黒うさぎへと変え再度獄寺の下へと向かったのだが、またもビックゥ!! と怯えた獄寺に最大火力攻撃をされ慌てて逃げ帰った。


そこら中に傷を負いながら、リボーンは「…恋人に可愛いって言われるのって、大変なんだな…」と一人黄昏た。



向かう所敵無しの最強のヒットマンであり、難解である数学もスラスラと解ける頭脳を持つリボーン。


だがそれでも愛する恋人には決して敵わず、可愛いの方程式も解けなかった。


恋する11歳の悩みは今日も続く。


彼が恋人に面と向かって「可愛い」と言われる日は、まだ来ない。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「リボーンさん! 聞いて下さいさっきオレ変質者に襲われました…!!」

「何!? オレの獄寺に……何処のどいつだ!!」

(この事態…どうやって平和に収拾付けさせよう…)


空様へ捧げさせて頂きます。
なお、リアルうさぎを被って椅子に座り込み小首を傾げ頬に手をやり長考するリボーンさんの図は「Doulbt」という漫画の4巻の裏表紙参照です。