痛くない。はずなんてないのに。


なのに彼らは。赤く腫れる傷口を押さえることもせず、今日も新しい傷を作ってくる。


そうしていれば、そのうち死んでしまう事だって分かっているはずなのに。


なのに彼らは。絶えず流れる血潮を拭うこともせず、明日も戦場の中に足を踏み入れる。



―――――見ているこっちが痛いということを、どうして理解してもらえない。






   - そして彼らは明日も死の淵へと足を踏み入れる -





オレの前で眠っていた獄寺くんが、うっすらと目を開ける。


オレはそんな獄寺くんを、冷たく睨みつける。



「…えーっと、10代目…?」


「そう。オレだよ獄寺くん。おはよう」


「おはよう…ございます」



どこかぼんやりとして。恐らく事情の分かってない獄寺くんに少し怒りが込み上げる。



「あの…10代目? オレ…」


「獄寺くんは抗争に出て、そこで撃たれて、三日間生死の境を彷徨ってたの。おはよう。起きてくれてオレは嬉しいよ」


「その割には全然嬉しそうな声じゃねーな」



オレが今からお説教しようと思っていたというのに、出鼻を挫くような声が上から響いてきた。



「あ、リボーンさん。おはようございます」


「もう昼だがな」


「リボーン…オレはまだ獄寺くんに用事があるんだけど」



暗に「出てけ」と言っても、オレの言うことなんて当然のように聞くような奴ではない。


「お前の都合なんて知るか」


ああやっぱり。つか酷ぇ。ここのボスに向かって。一番偉い人になんて言いようだ。



「あのね…獄寺くんは死に掛けたんだよ!?」


「馬鹿かお前は。オレたちは怪我するのが仕事みたいなもんだ。無茶の一つや二つしてなんぼだろ」


「んなッ…!」



あんまりな一言に言葉をも失う。


お前はそれでも獄寺くんの恋人か!!


そう叫んでしまいそうになるのを、なんとか堪える。


けれど睨みつけてしまうのは止められなくて。リボーンはそんなオレにため息を吐いて。獄寺くんの頭をくしゃりと撫でて退室した。


「まったく…リボーン……って、獄寺くんも幸せそうに笑ってないの!」





―――もしも死んだら、さっきみたいに撫でてもらえることも出来なくなるのに。





なのにどうして無茶をやめない。リボーンも止めない。


…それが仕事だから? 仕事の方が命よりも大事だとでも言うつもりなのか。



そんな馬鹿なことあってたまるか。



「…とにかく、獄寺くんは怪我治っても暫く外出禁止だからね。少し反省して」


「? はい分かりました」



獄寺くん絶対分かってねぇ。


小首傾げながら言っても可愛いだけだからね。獄寺くん。





…それから暫くは、平和な日々が過ぎた。


オレの補佐に当たる獄寺くん。


邪魔者のリボーンは外の任務に就いてるし、まさに夢の生活。


…なんて。そんな邪なことを思った…罰でも下ったのだろうか。





だとするならば、オレに罰を与えればいいのに。





それはこれまでもなかったことじゃない。


今までは無事に対応出来ていたことだ。



「10代目、大丈夫ですか!?」



なのにどうして今回は。どうして獄寺くんが隣にいるときに限って。


…どうしてオレが獄寺くんを隣に置いた途端に。



「大…丈夫だけど、でも獄寺くんが…」



ボンゴレ10代目を殺しに来た刺客。


そいつからオレを庇って、獄寺くんは怪我をした。


今でも鮮明に覚えているのは、手で顔を押さえている獄寺くん。


…特にその手の間から、赤い鮮やかなものが流れている姿が頭から離れない。


そして。オレが次に獄寺くんに会ったとき。


…獄寺くんは、光を失っていた。





「辛気くせー顔してんじゃねーぞ。ツナ」


「リボーン…」



放心状態だったオレに声を掛けてきたのはリボーンだった。


オレは会わせる顔がなくて。思わず俯く。



「リボーン…ごめ…」


「謝るようなこともしてねーのに謝んな」



声に顔を上げてみれば、そこにはいつもと同じ。無表情の顔のリボーンがオレを見下げていた。


…感情は相変わらず読めなくて。怒っているのかいないのかも付き合いが10年になるオレにも分からない。


「獄寺は自分の仕事をこなしただけだし、お前に落ち度があったわけでもない。つか、悪いのは襲った奴とそいつ雇ったファミリーだろ」


リボーンはそう言うものの、それでもオレの中から罪の意識は消えたりしない。


ズーンと落ち込んでいると、多分、今一番聞きたくない声が聞こえてきた。



「あの…10代目?」



思わず肩が震えた。


なんで…ここに。どうしてここに。



「リボーンさん…どうしましょう。10代目が元気ないみたいです…何かあったんでしょうか」


「さぁな。オレがここに来た時は既にこうだった。何があったかなんて知らん」


「…じゃなくて、獄寺くん!!」



思わず声を上げて立ち上がる。獄寺くんは少し驚いたように身を竦めた。



「は、はい?」


「はいじゃなくて、獄寺くん歩いてて平気なの!? その…獄寺くん、目が…」


「あ、少しだけ回復したんですよ。大まかに見えるようにはなりました」



そう言って「ご心配をお掛けしました」と微笑む獄寺くん。


ああ…よかった。いや、全然よくないんだけどでも少しはよかった。


思わず涙ぐんでくる。リボーンも獄寺くんの頭を撫でて。



「それはよかったな。獄寺」



なんて言って。


ああ、なんだ。リボーンだって獄寺くんのこと心配だったんだ。そうだよね。当たり前だよね。


そう思ったらリボーンは更に言葉を紡いだ。



「大まかに見えるなら、明日の交戦にも出れるだろう。ちゃんと準備しとけよな」



―――――待て。


「はい! お任せくださいリボーンさん!!」


だから待て。獄寺くんも笑顔で返事をしないで。



「完全に失明してたら流石に邪魔にしかならないから置いてきたんだがな。よかったな獄寺」


「ええ。本当によかったです。リボーンさん」



二人はそう言って、笑い合ってる。


待ってって…だから二人は、何を言っている。


しきりに笑ったあと、獄寺くんはオレの方(オレ、ではない。大まかな位置だ)を見て。



「―――それじゃあ、10代目」



笑って。笑顔で。





          「さようなら」





いつもならば、行ってきますなのに。なのに今回そう言ったその意味を。


オレがそれを理解するよりも前に、目が覚めた。



…ああ、夢か。



いや、違う。思い出した。単に昨日の夢を見ただけだ。


あのあと、獄寺くんはリボーンに手を引かれて去って行った。それきりだ。



オレの目を覚ました電話の音が、嫌に五月蠅い。


―――電話を取るのが、怖い。





痛くない。はずなんてないのに。


なのに彼らは、赤く腫れる傷口を押さえることもせず、きっと今も新しい傷を作ってる。


―――そうしていれば、そのうち死んでしまう事だって分かっているはずなのに。


なのに彼らは。絶えず流れる血潮を拭うこともせず、絶えず戦場へと足を踏み入れる。



…そして。あの二人のうち片方は。


きっともう、帰って来ない。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

電話は鳴り響く。鳴り続ける。


天谷様へ捧げさせて頂きます。