ふわふわとした、暖かな空間。
そこを獄寺は歩いていた。
何故自分がこんなところにいるのかという疑問が湧いたのは、そこをかなり歩いてからだった。周りの景色はいつまでも変わらない。
しかし不思議なことにそのことを不満とも不快とも思わず、また何の疑問も抱かなかった。そんな空間だった。
それからも歩き続けると、獄寺の視界に何かが入った。柔らかい空間には場違いなほど存在感をアピールする黒い影。
獄寺はその人を知っているはずなのに、何故かその人の名前が出てこなかった。
ただ間違いなくその人を知っている確信だけはあったので、何の警戒もなしにその人に近付いた。
その人のすぐ傍まで来ても名前は出てこなかった。その人の名を呼ぶことが出来ず獄寺は困ったが、その人が獄寺に気付き自分から振り向いてくれた。
その人の顔を見て、やっと獄寺はその人の名を思い出した。
「リボーンさん」
「獄寺か」
いつもの、高い赤ん坊の声とは違う低い大人の声。
いつもの、小さな赤ん坊の姿とは違う大きな大人の姿。
いつもと姿形が違うのに、何故か素直にその人だと受け入れられた。
「どうしたんですか? こんなところで」
「お前こそ、こんなところでどうしたんだ?」
「オレですか? いえ、オレは―――…?」
言葉の途中で、獄寺が小首を傾げる。
どこか、リボーンがいつもと違うことに気付いた。容姿ではなく、もっと内面的な何かが。
「どうした? 獄寺」
「リボーンさん…いつもより柔らかい口調ですね。それに少し嬉しそうです。何かいいことでもありましたか?」
「そうだな。お前に会えた」
歯の浮くような台詞をあっさりとリボーンは言い放った。言われた獄寺は少し面食らい、けれどすぐに胸の奥がくすぐったいような嬉しさを感じた。
「リボーンさん、いつもと違いますね」
「ここだと素直にしかなれないからな。仕方ない」
「ここ?」
はて。リボーンはこの場所について何か知っているのだろうか。という疑問が獄寺の脳裏に湧いたが不思議なことに特に聞きたいとは思わなかった。
「オレはあなたに嫌われてると思ってましたよ」
「オレがただの一度でも、お前にそう言ったか?」
「それはないですが」
「嫌っちゃいない。むしろ好きだが?」
どきっと獄寺の胸が高鳴った。頬が赤くなる。
「どうした?」
「…不意打ちは卑怯ではないかと…」
「悪い」
リボーンは苦笑しながら獄寺の頭をぽんぽんとたたく。子供扱いされたと獄寺は少し不機嫌になった。
「やめてください、リボーンさん」
「なんだ、気に食わなかったか? 悪いな」
言いつつ、なんの悪びれもなく言い放ち、リボーンは獄寺の頭から手を離す。そして抱きしめた。
「り、リボーンさん!?」
「細いな。ちゃんと食っているのか?」
「食べてますけど! それよりこの状況は一体!!」
「子供扱いは嫌なんだろ?」
当然のように言い放ち、笑みを獄寺に向ける。獄寺の身体が発火したかのように熱くなる。
「ですが…これは……」
「嫌か?」
「嫌ではないです」
獄寺の口から素直な言葉が零れる。リボーンが言ってた通り、ここでは素直になってしまうのかも知れない。
おずおずと、獄寺もリボーンを抱きしめ返した。リボーンが嬉しそうに笑う。
「なんだか…変な気持ちです…」
「そうか?」
「ええ…リボーンさんがオレに優しいなんて……」
「誤解させてたか? さっきも言ったように、別に嫌っちゃいないんだがな」
「…本当ですか?」
「何でオレがお前に嘘を付くんだ?」
「いえ…違うんです。オレ……あなたが好きだから…嬉しくて…」
漏れた言葉に、獄寺は自分で驚いていた。
言わぬと決めていた言葉だったのに、あっさりと言ってしまった。
だけど後悔の念はなかった。その代わりか、獄寺の目から涙がこぼれていた。
「獄寺?」
「好き……好きです、リボーンさん……」
嫌われてると思っていた相手から、好きだといわれた嬉しさ。
好きな人に、抱きしめてもらえてる嬉しさ。
想いを伝えることが出来た嬉しさ。
そういった感情が頂点に達し、獄寺は感情のコントロールが効かなくなった。ただリボーンに愛の告白を繰り返し、涙を流し続ける。
リボーンは獄寺の涙を優しく拭い、頭を撫でた。そして自分もまた告白を返した。
「オレもお前が好きだ。獄寺」
「リボーンさん…」
リボーンの顔がゆっくりと近付いてくる。
獄寺は素直にそれを受け止めた。
「今日、夢を見たんですよ」
「へぇ。どんな?」
「それが…よく覚えてなくて……」
翌朝。獄寺はいつものようにツナを迎えに行き、共に通学路を歩いていた。
「ちゃおッス。獄寺」
「あ、リボーンさん。おはようございます」
いつも通りの赤ん坊の姿のリボーンが現れ、獄寺に挨拶をする。獄寺も笑顔で挨拶を返す。
「…あ。少し思い出しました」
「え? なに?」
「何の話だ?」
「今朝の夢の話です。今までずっと夢の内容忘れてたんですけど……少しだけ思い出しました」
「へぇ。どんな?」
ツナの問いに、獄寺はやっぱり笑顔で答えた。
「はい。とてもいい夢でした」
獄寺の答えに、リボーンは小さく「そいつはよかった」と返していた。
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お前なら、またあの場所に来てもいいぞ。
リクエスト「大人リボーンに14獄が可愛がられる」
久樹さまへ捧げさせて頂きます。
リクエストありがとうございました。