「少しは馴染んだか?」


「リボーンさん」


とある街、そこに建つ大きな警察署。その一室。


そこに数ヶ月前より何の前触れもなく入社した一人の若者がいた。他の社員にはヘッドハンティングしたと告げられている。


彼の名は獄寺。そして獄寺に話しかけてきた人物こそ、彼をスカウトした張本人のリボーンである。


「まあ、その…お蔭様で」


「そいつはよかった」


リボーンはこの組織で非常に名の効く人物らしく、あのリボーンの紹介と触れ渡った獄寺といえばもはや知らぬものは誰もいない。


「あの…」


「ん?」


「い…いいんでしょうか……オレが、その…このようなところで働いて…」


「働きたくないのか?」


「い、いえ…働くことそのものはいいんですけど…」


今までの待遇とまったく違うので。と獄寺は顔を俯かせる。


獄寺はここに来るまではスラム街で日々を過ごしていた。そこではスラム街に住んでいる。それだけの理由で仕事を断られたり賃金を大幅に下げられたりしていたのだ。


獄寺は複数の孤児と共に暮らしている。自分だけならともかく、子供たちには食べさせてやりたい。


そう思い、獄寺はある内職………のようなものを始めた。あまり褒められた行為ではないものだ。


隠れてしていたつもりなのだが、警察様にはばれていたらしくある日あっさり捕まった。それが獄寺とリボーンとの出会いだった。


お縄に付くことも覚悟した獄寺だが、その場にいたもう一人に事情を聞かれ正直に話したところ…あっさりと開放された。更にはスカウトされた。


夢じゃないかと思った。あるいは騙そうとしているのではないかと。


だけど夢ではなかったし、向こうがこちらを騙す意味はないのだ。


その日獄寺は無事に家に帰った。後を着けられることもなかった。


そして数日考え、獄寺はスカウトを受ける決意をし……



「まさかお前がここまで使えるとはな」



リボーンの声に正気に返った。


見れば、リボーンが獄寺に任された書類の確認をしていた。


「ど、どうでしょう」


「上出来だ。ここの居心地が悪いってんならこっちに来い」


「いえ、別に居心地が悪いというわけでは―――」


言いながら、確かに注目されるのは嫌だなと思う獄寺。リボーン効果かその珍しい容姿にか、獄寺は周りによく見られる。獄寺は地味に生きたいのに。


そんなことを頭の隅で考えながら、獄寺はリボーンに引き摺られていった。





「よし獄寺。この書類を頼む」


と、リボーンが連れてきた部屋でリボーンが渡してきた書類の束は先ほど獄寺が取り扱っていた紙よりも質がよく、見るからに重要そうなものだった。


(これ一枚でパンがいくつ買えるんだろ…)


思わずそんなことを思う獄寺。しかしすぐに正気に返る。


「え!? オレみたいな新入りがこれをですか!?」


「誰がやろうと変わらねーよ。お前の仕事振りなら大丈夫だ。任せた」


「は、はあ…」


リボーンに任されたのならばするしかあるまい。獄寺はリボーンに頭が上がらないのだ。色んな意味で。


獄寺は書類の内容を見て驚いた。紙質以上に重要な内容だった。明らかに入ったばかりの獄寺の仕事ではない。


紙一枚でパンがいくつどころではない。この書類一枚ミスしたならば再発行の手続きだけで膨大な時間と資金の無駄になるだろう。


「…あの、これって本当は誰の仕事……」


「いやー、獄寺がオレの仕事してくれて助かるわー」


言いながらリボーンがソファに横になる。


ああ、ですよね。こんな大仕事本来ならばあなたの仕事ですよね!! 獄寺は嘆いた。リボーンは暴君だった。


リボーンは絶対この仕事を代わってはくれないだろう。獄寺は腹を括り書類と戦った。





「で…出来ました、リボーンさん…」


「ご苦労。…思ったより時間が掛かったな」


そりゃああんな下っ端の仕事とリボーンさんの仕事を同じ感覚で出来るわけありませんから。などと言えず獄寺は謝罪する。下っ端はつらい。


「よし、次はこれだ」


「まだあるんですか!?」


また別の束を渡される。獄寺は嘆く。これを終わらせてもまだ次がありそうだ。


「そろそろ処理しなくちゃならなかったんだ。助かる」


「………」


リボーンは自分でする気はまったくないようだ。


獄寺は早々に諦めるを覚えた。


そのまま獄寺は定時までリボーンの仕事をし続けた。





「おーい、リボーン」


定時過ぎになり、礼にと淹れられたコーヒーを飲むリボーンと獄寺の所にひとりの人間が来た。


彼の名はツナ。彼こそ獄寺をスカウトしたもう一人で、更にはこの組織で一番偉い人だったりする。


「何だツナ。渡した書類に不手際でもあったか?」


なんでもない風に言うリボーンの台詞に身を固くするのは獄寺。その書類というのは間違いなく自分が処理したものだろう。


「いや、そこは大丈夫だけど…いつものリボーンの書き方とまるで違うからさ。何があったのかと思って」


「獄寺にやらせた」


あ、それ言っていいんですか。固まったまま獄寺は思う。


「え!? リボーン何それ!!」


ああ、やっぱり怒られた。オレも怒られるんだろうか。


「獄寺くん!!」


「は、はい! すいません!!」


「オレのもやって!!」


「はい!」


………。


「…え?」





次の日。


獄寺はまたあの部屋(どうやらリボーンの仕事部屋らしい)に呼ばれ来ていた。目の前には書類の束がまた置かれていた。どーんと。


「………」


獄寺は問題が悪化した。と頭を抱えた。


リボーンはといえば早くもソファに寝転がり寝息を立てている。仕事する気はゼロのようだ。


せざるを得ないのだろう、やはり。


獄寺は昨日の倍に増えた仕事に取り掛かった。


そして仕事の途中、思った。


(…もしかしてオレは今、かなり重要な情報を取り扱っているのではなかろうか)


元はといえばこれらは警察のトップである彼らが扱うべき仕事である。獄寺の手が震える。


「ん? なんだどうした?」


起きたのか、それとも最初から起きていたのか動きを止めた獄寺に気付いたリボーンが声掛ける。獄寺は泣きそうな顔でリボーンを見た。


「…リボーンさん…」


獄寺は事情を説明した。それを聞いたリボーンはあっけらかんと答えた。


「何だそんなことか」


「そんなことって…あ、もしかしてそんなに重要な情報じゃない…とかですか?」


「まあ、オレとかツナ以外が取り扱っちゃやばい情報だな」


「やっぱり!!」


獄寺は嘆いた。書類を持つ手をどうするべきか悩む。離したいのに言うことを聞いてくれない。


「大丈夫だ。そんなの建前で守る気ねえから」


「守ってください!」


「お前が黙ってりゃそれでいい」


「そういう問題でもないかと!」


「獄寺くん、やってくれてる?」


ツナが出来た分の書類を回収しにやってきた。やってないなんて微塵も思ってない口調。


「…ん? どうしたの?」


「こいつ機密情報を取り扱うのに尻込みしやがった」


機密情報って。


「何だそんなこと。大丈夫大丈夫」


そんなことって。


「そもそもお前はこんなことよりもっととんでもないことしてるだろうが」


「それは…その……」


その話題を出されると少し気不味い獄寺。どれぐらいとんでもないことかというと書類を処理する側から載る側に移行するぐらいである。


と、リボーンは何かを思い出したかのように手を叩く。


「ああ、そうだ獄寺。お前用の仕事だ」


言ってリボーンは一枚の書類を獄寺に渡す。獄寺は一瞥するとすぐに燃やして捨てた。





そしてその日、とある富豪の豪邸に一通の予告状が届けられた。最近街を騒がせている怪盗からの盗みの予告。


警察にも同じ予告状が届けられ警察は面子を懸けて豪邸に警備の人間を付ける。しかし不思議なことに予告状を届けられた人間は彼らを歓迎しない。


しかし盗みという犯罪を予告され、警察も黙って見ているわけにはいかない。"善意"によって警備員を配置する。


しかし彼らの奮闘も虚しく謎の怪盗は彼らを嘲笑うかのようにあっさりと目当ての物を盗んでみせた。そしてそのまま尻尾を掴ませることもなく逃げ果せる。


役立たずと罵る富豪に、しかし警察は冷静に告げる。



こちらの調度品は本当に素晴らしい。ですが…これは盗品ですね?



顔を真っ赤にさせて怒る富豪に更に別の警察が告げる。ところで昼間来ていたお客、あなたと一体どういうお関係で?


顔を青くさせる富豪。他にもいくつもの質問を浴びせられ富豪は追い詰められていった。





今まで警察の目を欺き続けてきた富豪をあっさりと陥没させた怪盗は月夜を背に夜道を駆けていた。


…そんな彼の前に、一人の男が立ち塞がる。


「!?」


驚き固まる怪盗。手に握る盗品に力がこもる。


「そう警戒するな。オレだ」


聞こえた声は怪盗も聞き覚えのあるもの。彼は安堵の息を吐いた。


「あなたでしたか…驚かせないでくださいよ」


身体を固まらせたまま、怪盗は彼に声を掛ける。


「リボーンさん」


「何怯えてんだ獄寺。こないだのことまだ気にしてんのか?」


こないだ。その単語に怪盗…獄寺はリボーンと出会った夜を思い出す。声を掛けられるよりも早く撃たれ、運が悪ければ死んでいた夜。


獄寺の"内職" 獄寺がスカウトされた"理由" 警察における獄寺の本当の"仕事" それこそこの"怪盗"だった。


「…オレ、ここを通ることは誰にも言ってないのですが」


「お前の行動パターンぐらい、誰にでも分かる」


なんだって!? と獄寺は驚いた。自分はそんなにも分かりやすい人間だったのか!!


「いやいや。そんなことないから安心してよ獄寺くん。リボーンだから分かったのさ。オレなんて全然分からなかったし」


そう言いながら出てきたのは警察のトップ沢田綱吉。リボーンはジト目でツナを見る。


「ちなみに、オレもここに来るとは誰にも言ってない」


「やっぱりオレすっげえ分かりやすいんじゃないですか!!」


「違う違う。オレは勘で来ただけだから」


そっちの方が凄かった。


「獄寺。よく覚えておけ。こいつこそ勘だけで今の地位に昇り詰めた男だ」


「オレが努力を欠片もしてないような言い方はよして!!」


「事実だろ」


「あ、あの…」


まるで昼間の主務室にいるかのような錯覚を覚える会話の応酬に獄寺が待ったをかける。今獄寺は"怪盗"で警察に追われる身なのだ。


「なにか…ご用でしょうか。この盗品ですか?」


「いや、それはいつも通り好きにしていい。ボーナス代わりだ。あいつ黒だったしな」


「では…」


「この先別の管轄の関門があってね。引っかかるといけないからちょっと待っててって言いにきたの」


「ああ、はい。分かりました」


しかしそんな情報を持ってくるためにこんな偉い人自ら出てくるとは…いくら事情があるとはいえ畏れ多い。


「す、すみません」


「ん? いやいい。職場から抜け出せたからな」


「こんな時間までお仕事ですか?」


「いや、お前に仕事押し付けたのばれてよ。怒られてた」


自業自得だった。


「明日オレの筆跡と癖を教えるから覚えるように」


まるで反省してなかった。


「あ、オレのもお願いね!!」


自分でする気はないようだった。


というか、この二人の筆跡と癖を覚えるって。悪用されるとか考えないのだろうか…と獄寺はぼんやりと思い、しかしそれをした後を考えて身震いした。きっと死んだ方がましな目にあわされる。


「どうした?」


「何でもありません」


ツナが懐中時計を取り出し、時刻を確認して仕舞う。


「そろそろいいかな。ごめんね獄寺くん、こんな寒い中立ち止まらせて。オレの勘だとこの道を真っ直ぐ行った三つ目の角で左に曲がると吉」


「…ありがとうございます。是非その道を通らせて頂きます」


「うん、そうして。…あ、これお土産ね。今日の仕事の分のお金はまた後日払うから」


ツナが紙袋を獄寺に渡す。獄寺は礼を言い、二人と別れた。


ツナに言われた通り道を真っ直ぐ進み、三つ目の角で左に曲がる。他の道ではたまたま他の警察の巡回や盗人が通ったりしていた。


そんなことは知らず獄寺は我が家へと帰る。明かりがまだ点いていた。ランプの油を補充したので夜でも明るい。


「ただいま」


「隼人兄! お帰りー!!」


孤児の最年長たるふぅ太が出迎えてくれる。他の子は寝てしまっているらしい。


「何だ起きてたのか? 寝ててもよかったんだぞ」


「ううん! こんな時間まで隼人兄が働いてくれてるのに寝るなんて出来ないよ! 起きて待ってる!!」


「そっか。ありがとな。…ああ、これ土産だ」


「え、なに…? わ、お菓子だー!!」


紙袋の中身を見て目を輝かせるふぅ太。スラム街で甘いものは貴重だ。それも紙袋いっぱいだなんて。


「明日、みんなで分けて食べればいい。喧嘩するんじゃねえぞ?」


「うん! 分かったよ! あ、隼人兄お腹空いてない? シチュー温めるよ?」


「ん? …夕飯が残ってるのか? あいつらのあの食欲で? 誰か具合悪いんじゃないだろうな…」


「違うよー! みんなに隼人兄の分は残してって言ったの!!」


「…あいつらがオレのために残したのか……?」


「そうだよー! みんな隼人兄のこと大好きだから!!」


「………」


今の仕事に就いて、獄寺は孤児のみんなと過ごす時間が減った。


無論その分収入はあり、家も豊かになったのだが…彼らとの心の距離は遠ざかった気がしていた。


だが…


「…大丈夫だよ隼人兄。みんな変わらず隼人兄のこと大好きだから。まあ、最近あまり遊べてないからちょっと拗ねてはいるけどね」


「そうか…」


知らず、笑みが零れる獄寺。椅子に座りテーブルに着くと疲れがどっと出てきた。


「ちょっと待っててね。すぐにご飯用意するから。………あ」


「ん? なんだどうした?」


「隼人兄ごめん。今日ランボが隼人兄の食器割っちゃったの。代わりに別の食器にするから」


「…ああ、何だそんなことか。丁度いい、これを使え」


言って、獄寺は紙袋と別に持っていた包みを渡す。


「なにこれ。重いけど…うわあ、立派な食器だねー。これどうしたの?」


「拾った」


あっさりとそう言う獄寺。ふぅ太は疑問も覚えず信じる。


「ふーん、世の中には勿体無い人もいるんだねえ。こんな立派なものを捨てるだなんて」


「まったくだな」


言いながら、獄寺は食器に盛られたシチューを食べた。これからこの食器はちびたちの手荒な洗礼を受け欠けていくのだろう。可哀想に。


そんなことを思いながら、獄寺は新たな家族の一員となった食器に目をやった。





―――――本日の盗品。食器セット。





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一応人数分あるけど、きっとすぐに割れるんだろうな。


リクエスト「パラレルの”彼が警察官になるまで(警察リボ+怪盗獄)”の続きお願いします。」
リクエストありがとうございました。