「うーん…」


某月某日。


獄寺は自室で唸っていた。


ベッドの上をごろごろと何度も転がる。


考えているのは無論愛しきリボーンの事。


そして。


「―――よし、決めた!」


獄寺は決意する。





「告白しよ!!」





ぐっと背伸びをする。


以前のクッキー騒動から進展は全くと言っていいほどない。


とはいえ、いつまでも先延ばしにしていい問題でもない。


勝算なんてない。


どうなるかなんて分からない。


なんなら、玉砕する可能性の方が大きいだろう。


それでも、決めた。


そして、そうと決めたら行動するのが獄寺なのだった。





「そんなわけで、町まで行ってきます」


「なにがそんなわけなんだ?」


「まあそれはお気になさらず。そんなことよりも、ちょいと買い物に行ってきます」


「待て待て。行くならオレも行く」


「なんと」


獄寺の胸が高鳴る。一緒に町へ。これはよもやデートというやつではあるまいか。


しかし今回ばかりは一人で行かなければならないのだ。特にリボーンはNGだ。


「用を済ませたらすぐ帰ってきます。リボーンさんのお手を煩わせる程ではありません」


「駄目だ。最近町は治安が悪い。お前一人で行かせるわけにはいかん」


「ですが…」


獄寺の抗議も空しくリボーンと出ることになってしまった。





(うーん…)





二人で歩きながら、獄寺は内心で唸っていた。


これは不味い。非常に不味い。


何を隠そう獄寺はリボーンへのプレゼントを買いに行くのだ。


それをリボーンの前で買うわけにもいかない。


なので、獄寺は町に出てからリボーンを撒くことにした。


当然それは楽なことではない。


それでも、やらなければならないのだ。


地形を考え、リボーンの隙を伺い、そして―――





なんと、成功した。





(マジかよ)


獄寺が一番驚いていた。


自分が、あのリボーンを、出し抜くなどと。


ともあれこの幸運を無駄にしてはならぬと、獄寺は店まで急いだ。


目当ての物を買い、リボーンに怒られるだろうなと思いながら帰路に就く途中。


少しでも早く帰ろうと、路地裏に入ったところで。


獄寺は口元を抑えられ、裏通りへと引きずり込まれた。


「―――――!!!」


思わず叫び声を上げようにも声は出ない。


身体が固まるが、そのすぐ後に地面へと投げ出された。


相手を睨み付ける獄寺。


そこには下卑た笑いを浮かべる男が数人。


(なるほど…リボーンさんが言ってたのはこれか……)


確かに治安が悪くなっているようだ。


男たちの要求は自分の身体と、金目の物。


どちらもお断りだ。


何せどちらもリボーンのものなのだから。


毅然とした態度の獄寺に、男たちは嗤う。


女を屈服させるのが気持ちいいのだ、こいつらは。


飛び掛かってくる男たちを、獄寺は避け、あるいは弾いていく。


(リボーンさん直伝の護身術を舐めんなよ)


とはいえ、実戦はこれが初めてなのだが。何せ今まで使う機会などなかったのだから。


故に獄寺は少しずつ、しかし着実に追い詰められていく。


服は破れ、肌は泥で汚れ。しかし眼だけは殺気すら漂わせて。





自分に何かあれば、それはすべて世話係たるリボーンの責任となる。





自分の身勝手な行動で、リボーンの迷惑になる。


それだけは絶対に避けなければならない。


とはいえ、追い詰められてる事実は変わりない。


多勢に無勢。後ずさりするうち、背には壁が付く。


背水の陣。


それでも諦めるわけにはいかない。


眼に再度闘志を宿したその時。





「伏せろ」





声が、聞こえた。


言葉を理解すると同時、地に伏せる獄寺。


銃声が鳴り、辺りは急に静かになった。





獄寺が顔を上げると、声の通りにリボーンがいた。


リボーンが近付いてくる。


(怒られる…よなぁ)


きゅっと眼を瞑り、飛んでくる拳を待つ。


しかし。





「よく持ち堪えたな、獄寺」





降ってきたのはそんな優しい声と、リボーンの上着。


「え…?」


「ああ―――焦った」


リボーンが獄寺の隣に座り込む。見れば、リボーンの額には汗が浮かんでいる。


「オレを…探してたんですか? ずっと?」


「ああ」


「てっきり帰ったかと」


「帰れるか。お前を見つけるまで探し続けるさ」


やれやれ、とリボーンはため息を吐いた。


「…しかし、お前がこんな目に遭っていたのに駆け付けないとは、お前の想い人とやらはやっぱ駄目だな」


「え?」


「違うのか? オレを撒くぐらいだからてっきり逢引きでもしに行くのかと思ったんだが」


「いえ、その…ちゃんと駆け付けてくれましたよ?」


「ん?」


リボーンが獄寺を見る。次いで、辺りを見やる。


「…撃っちまったか?」


「いえ、そうではなく………」


これは…言い時かな。と獄寺は思い、息を吸い、覚悟を決める。





「リボーンさん」





ポケットから先ほど買った物を取り出す。…乱闘の最中でラッピングはぼろぼろになり中身が剥き出しになってしまっている。


「こんなになってしまって申し訳ないですが…どうぞ」


獄寺が差し出したもの。


獄寺が先ほど買い、チンピラに差し出すのを拒んだもの。


小さな箱。


開ければ、指輪が一つ。


「リボーンさん」


愛しき人の名を呼び、獄寺は告げる。





「オレの好きな人は…リボーンさんです」


「…なに?」





獄寺はリボーンの袖を掴む。


「好き…です。結婚して下さい」


言葉尻の声色は下がってしまった。


何故だか涙が出てきて、リボーンに見せないよう顔をうつむかせる。


「………」


リボーンは、無言。


呆れられてしまっただろうか。


リボーンのため息が聞こえた。


振られる…だろうか。


それどころか、自分の世話係から外れるのを志願するかも。





(ああ、それはやだなあ…)





リボーンのいない生活など、考えられないのに。


やがて、声が、降ってきた。





「…獄寺」





その声は、優しくて。


思わず顔を上げる獄寺。


重力に従い、涙がはらりと落ちる。





「…泣くな、獄寺」


「だって…だ…って……」





自分だって、泣きたいわけでは、ないのだ。


なのに、涙があふれて、あふれて―――


リボーンが獄寺の頭を撫でる。


その指先も優しくて。


なのに。





「…お前の想いには、応えられない」


「………っ」





分かっていたはずだ。


覚悟していたはずだ。





なのにその言葉に、身体が貫かれる。


ぼろぼろと、涙が溢れて、零れる。


リボーンが困った顔をする。





(…泣くな、オレ)





獄寺はそう念じるが、涙は収まらない。


なれば、とリボーンの前から姿を消そうと獄寺は踵を返そうとする。


「こらこら。待つんだ獄寺」


しかしその腕を掴まれる。


…ああ、上着を借りたままだった。


「ああ、すいません、リボーンさん…」


「いや、それはそのまま着ていろ。自分の格好がわかっていないのか?」


言われて改めて自分の服装を見てみる。


男共が自分の服を引っぺがそうとしたのだろう、肩も足も丸見えとなっていた。


(…お気に入りの服だったのに)


今日は全く、ついてない。


「…オレの話はまだ終わっちゃいない」


これ以上何があるというのだろう。


自分が振られたことには、変わりないのに。


「…お前の想いには応えられないが…」


そう、何度も言われずとも分かっている。


だから、そう何度も言わないでほしい。


そう獄寺が思っていると…





「お前の面倒は、一生見てやる」





そんな、予想外の言葉が飛んできた。


「…なんですか、それ」


「お前の立場や年の差を考えてみろ。オレじゃ釣り合わないだろ」


「どちらも恋に関係ないかと思われますが」


「大有りだ」


「…立場なんて気にしてるの、リボーンさんだけですよ。オレは妾の子なんですから」


獄寺の言う通り、獄寺は愛人との子で、その立場は非常に弱いものだった。





「―――オレは屋敷を、追い出されたんですから」





母親が亡くなってから渡されたのは、多額の金と、最低限の使用人。


使われなくなった別荘地に追いやられ、後は好きにしろと、そう言われた。


それで、父親との会話は終わった。姿を見ることも。


…久々に、嫌なことを思い出した。


「………」


リボーンが少しだけ痛ましそうに獄寺を見る。


そして。





「ああ―――もう、そんな顔をするな」





抱きしめられた。


「リボーンさん…?」


「一生、お前の面倒を見る。…ずっと、お前の傍にいる。……それで勘弁してくれ」


「………」


それは、それは獄寺にとって願ってもないことのはずだ。


そも、事の始まりはリボーンがどこか遠くへ行ってしまうかもしれない、というそんな思いからきているのだから。


だからずっと隣にいると言ってくれて万々歳―――そのはずだ。





だけど。





「え。嫌ですけど」


「…お前なあ……」





もう、理屈ではなくなっていた。


獄寺はリボーンの事が好きなのだから。





「オレはリボーンさんと結婚したいです。指輪もちゃんとリボーンさんの薬指に合うサイズにしてきました」


「…お前が贈る側なのか…」


獄寺はやることなすこと男らしかった。


「…この話はもう終わりだ」


「えー」


「もうこんな無茶するなよ」


「誓えばキスしてくれますか?」


「お前…」





流石に調子に乗りすぎたかと獄寺が軽く笑うと、


その肩にそっと手が寄せられ、





リボーンとの距離がゼロとなった。





「リ―――――」


「そんな恰好じゃあ出歩けないな。代わりの服を買ってくる」


リボーンは自分の帽子を獄寺の頭に間深く被せると早口にそう言って足早に行ってしまった。





「………」





獄寺は自分の唇に指を寄せる。


自分の身に何が起きたのか。リボーンが自分に何をしたのか理解して。


顔を真っ赤にしながらも、笑みを浮かべた。





リボーンはすぐに戻ってきた。


買って来てくれた服に素早く着替え、リボーンに引っ付きながら帰った。


自室に戻ってから気付いたが、ポケットに何か入ってある。


それはリボーンにあげた指輪の箱と同じで。


突き返されたかな、と思ったが中を見れば違う指輪だと分かった。


同じデザインだがサイズが違う。


その指輪は、獄寺の薬指にぴったりのサイズだった。





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獄「やー、まいったなー、指輪あるとピアノ弾きづらいんだけどなー、まいったなー、まいったー、よし付けよう」

リボ(うぜぇ…)